万物再生の能力⑫ 「風紀委員長2」
最新話です。何か暑苦しい戦闘回です。
「おらぁ!」
がん! と硬い打撲音が響く。
「どうしたぁ!? この程度かよ!」
作業着姿の男が拳を振りかぶりながら、制服を着た眼前の生徒に言葉を吐きかける。突き出した拳で透かさずその顔面を狙った。
「……」
対峙する相手は太い腕を立てて、一撃を防ぐ。ぐぁん、と金属質な音が再び鳴った。
制服にそぐわない筋肉を持った生徒が距離を取る。五メートル程の間合いを確保してから、静かに口を開いた。
「貴様……身体系の能力者か」
大きな体躯の生徒――風紀委員長は厳かに呟いていた。自身の殴られた腕を見下ろし、鋭く瞳を細める。そこには真っ赤な痕跡が付いていた。硬い拳骨による窪みが明細に残されている。
西側の校門で業者を装った不審者と対峙してから、二人はすぐに戦闘に入っていた。天慧教団の残党だ、と敵の正体は既に聞かされている。風紀委員長が戦う事に躊躇う理由は無かった。だが、相手が能力者である以上、考えなしに拳を放ってもいけない。
先程から、正面の男は肉弾戦ばかりを挑んでいる。能力による遠距離攻撃、または道具を用いる気配はない。
何より、打撃の際に素手とは程遠い音響が発生する。それらの情報で手掛かりは充分だった。作業着姿の男の能力は、身体に作用する身体系。奇しくも同じ系統だ、と風紀委員長は胸中でぼやく。
「ああ、正解だ。俺の能力は単純で強力。《皮膚硬化》っつう能力だ」
作業着を着た男の拳が淡く発光する。瞬く間に表面の質感が変化していった。手の甲から指先へと鋼色に染まる。
「硬化……か」
風紀委員長は表情を崩さず、淡々と男を見つめていた。
「てめえ、俺の拳は重いとか何とかぬかしやがったな。……けどよぉ、俺の拳も金属なみに硬えんだぜ?」
光沢を放つ掌が元に戻っていく最中、天慧教団の残党である男はひらひらとその腕を振った。口元には雑な笑みが浮かんでいる。まるで、これからの殴り合いが楽しみだと言わんばかりだった。
「学園を守護する風紀委員。てめえらは学生の身分ながら、国家直属の隠密組織と同等の戦力を誇っている。…………さぞかし強えんだろうなぁ? しかも、だ。そのトップにして第八階級の男なら、強さは段違いだろ?」
「…………」
「だんまりかよ。……ま、喋ろうが喋らなかろうが、てめえはどの道ぶっ潰される。第六階級のこの俺、碓済健哉の手によってなぁあああ!」
荒い口調で名乗った男が即座に駆け出す。顎を引いて、両腕を軽く胸元へと引き付けていた。
「…………」
対する風紀委員長は未だに無言を貫いていた。ただし、手足だけは反応を見せている。僅かに片足を踏み出し、両腕を浅く胸骨の前で立てる。碓済健哉と似た姿勢だったが、こちらの方が拳は前方に位置している。
碓済健哉が左拳を閃かせた。瞬間的に硬化された皮膚が、風紀委員長の厳つい顔面へと伸びていく。
「……遅い」
これまで身を固めて攻撃を受け切っていた風紀委員長が、動き出す。
突きに最も近かった左手を跳ねさせ、外側へとその軌道をずらした。鋼色の残影が視界の隅へと刻まれていく。
「お」
碓済健哉が瞳を瞬かせた直後。
鈍い音が生まれた。
風紀委員長による前蹴りが叩きこまれていた。腹部に突き刺さった足を見下ろし、男はすかさず背を丸める。肺に溜まっていた空気がその口から吐き出された。
「ふん!」
岩石の如き拳を握りしめ、風紀委員長は追撃を馳せた。真っ直ぐに撃たれた突きが碓済健也の顔面に命中する。目に見えない衝撃が一瞬にして爆ぜていく。
「ぐぉっ!」
力に押され、男は吹き飛んでいった。
「…………」
当たったのは急所でもある鼻の真下だった。鍛えようがない箇所。そこに拳骨を勢いよくぶつけてやった。普通に考えれば、致命傷である。
だが、風紀委員長の顔はそうした確信とは程遠かった。打ち出したばかりの拳を引き戻し、神妙に唇を閉ざしている。
指の付け根は赤く腫れ上がり、薄らと血が滲んでいた。
「確かに硬いな」
皮膚硬化の能力は顔にまで及ぶ。その事実が目下の手に現れていた。
「は、ははは! たりめえだろーが!」
飛ばした筈の碓済健哉が哄笑を上げた。駐輪場の傍で悠々綽綽と横たわっている。起きる気配はないが、今の突きによってダメージを食らった様子も見られない。ほぼ無傷の状態で転がっている。
「俺が実現できる硬度は鋼なみ! そう簡単には破れねえよ」
そう言い放ち、碓済健也は両腕を地面から垂直に置いた。両方とも金属の色合いに代わっている。先程と比べて黒色寄りであった。
風紀委員長は近づく事無く、相手が二本の足で立ち直るのを待つ。
「よいしょっと」
硬化している両腕を曲げて、碓済健也が上半身を浮かせた。
「……っ」
見た目の質感は全く変わっておらず、金属色の腕は未だに光を反射せている。肘関節の部分まで硬質のままだ。屈折させられる筈が無かった。相反する現実は、風紀委員長の分厚い頬を僅かに動かす。
碓済健哉は二本の足で起立した。相手の顔に視線を向け、愉快そうに唇を吊り上げた。
「どうだ? てめえに分かるか? 硬化させた腕が、自由に曲げられる理由をよぉ?」
「…………部分、硬化か?」
ぼそりとこぼれた一言に、碓済健哉が目を剥いた。
「凄えな。……正解だよ、くそったれ。…………俺と同じ、頭が回らないタイプだと思ってたんだがな」
「馬鹿にするな。俺は仮にも風紀委員の長だ。筋肉だけで成り立つものではない」
――硬化した両腕を自在に動かした秘訣。それは部分的な硬化にあると風紀委員長は見抜いていた。皮膚の硬化を部分的に行い、それらを幾つも集合させる。隣接箇所に隙間が生まれ、関節の柔軟性は妨げられなくなったのだ。
……寧ろ、貴様にその言葉を返してやりたいがな。
胸中で呟き、風紀委員長は警戒を更に強めた。碓済健哉は能力を限定的かつ繊細に用いていた。この数分で露わにした性格とはかけ離れた技術だ。誰かの入れ知恵があったのかは知らないが、能力の使用には手慣れていると分かった。
「あーあ、くそが。面白くねえな。少しは驚いてくれよ。……ま、こんなモンでビビっちまっても逆に興ざめだがな」
目線の先に自分の片手を置き、碓済健哉が指を深く曲げる。突きを放つ際の握りと良く似ている。しかし、中指の関節が異常なまでに飛び出ていた。その部分で打突する、と言いたげだ。
拳骨とは違い、そこまでの強度は期待出来ない。硬化による皮膚の固定があるだろうが、やはり一点のみという頼りなさが残る。
「手っ取り早く熱くなるには、俺が本気出すしかねえか」
鋭く曲げた片手を振って、碓済は疾走する。
「行くぜぇ!」
ステップじみた足取りで間合いを潰し、半身を前にした状態のまま腕を引き絞る。先端には鋼の拳があった。
風紀委員長は既に身構えていた。硬化していても防御は可能だと証明されている。しかも相手の握りは奇妙に甘くなっている。敢えて突きを受けきり、逆に敵の長所を崩す。そしてカウンターの一発を繰り出そうとしていた。
尖った関節。その接近を間近で捉えようとする。
寸前。
拳の表面が光った。淡く、薄らと。
――違う! 風紀委員長の本能が警告を響かせる。
「くっ」
咄嗟に身体を捻った。
びゅん、と碓済の拳が真横を通り過ぎる。掠めた頬に違和感が直線をなぞった。間髪入れず、熱が噴き出た。生温い液体が傷口から漏れて、顔の輪郭を伝うのを感じる。
驚く暇は無い。碓済が逆側の手を素早く振るった。ガードが間に合わない。横顔に振り打ち――浅いフックが叩きこまれた。
「……舐めるな!」
怒号と共に下突きを放つ。がきん、と硬化された皮膚が威力を散らす。
「おりゃあ!」
反射的な攻撃を食らいつつ、碓済は物ともしない。伸びた腕を掌で払い、回し蹴りで上段を狙う。
今度は防御に成功した。風紀委員長の上肢が硬化されているのであろう足を弾く。
下半身を盛大に使ったので、相手に隙が生まれた。顔面、胸部と容赦なく一発ずつ叩きこむ。だが、金属音が綺麗に反響したので、余計に苛付きを覚えた。ダメージがあまり与えられていない合図だった。まだ足りないらしい。
「んの、糞が!」
打撃が返された。律儀に顔面と胸部へと拳を当てて来る。身体を逸らして打点をずらしたが、掠っただけでも鈍い痛みが広がった。
風紀委員長は次に三発殴る。軽めの連打をした後、若干の間合いを挟んだ。
碓済がここぞとばかりに肩を開いた。やはり反撃のチャンスに乗った。続ける筈だったコンビネーションの最後はここで放つ。
ガラ空きになった脇腹に横蹴りが撃たれた。
ぐぉん、と金属が歪む様に音は響く。二人の間は開き、風紀委員長の正面から碓済が一気に遠ざかった。
「…………っ」
張った脚部に痛みを感じる。ズボン越しの足に一本の線が引かれていた。鋭い双眼で睨んでいる間に赤みが滲む。出血していた。
「予想以上に速い手業だな」
蹴り飛ばす瞬間に切られていたのだ。硬化によって指関節の鋭さを増す。金属並に硬くなった部分は刃となり、物体を裂く。それが身体を切った凶器の正体だった。
「……へっ! 噂の第八階級もたいした事はねえな。全、然! 痛くねえぞ」
碓済はゆっくりと起き上がる。
「……しかし、てめえの実力は本当にこんなもんか?」
解せない、と言いたげだった。
「第八階級の風紀委員長。その能力は俺と同じ身体系だと聞いてたんだがな」
話の途中で、碓済が近くの自転車を掴んだ。飛ばされた方向には駐輪場があった。周囲には数多くの自転車がレーンに沿って停められている。その内の一つを、軽々と、勢い良く投げ飛ばす。
慌てる事も無く風紀委員長が避ける。地面に激突した自転車は破砕した。破片の一つが足元にまで転がって来る。
「おらおら!」
一つ、二つと傍の自転車を投擲する。
避けるのは容易いが、生徒の私物が粉砕されていく状況が気に食わない。風紀委員長は顔を顰め、碓済を鋭い目つきで見やる。
「止めろ。自転車を不用意に壊すな」
「はっ! だったらお前が本気を出してみろや!」
「……」
どうやら全力を引き出す為にやっているらしかった。風紀委委員長は重い眉を上げて、長い溜息を吐いた。
相手は皮膚硬化の能力者。どのみち、通常時の力ではダメージを与えられそうにない。
――覚悟を決めよう。
風紀委員長は両目を閉ざし、浅く足幅を開く。
長く息を吐いては自分自身に命じた。能力、発動。制限として求められる代償は払い、効力が全身に漲る感触を覚えた。
「……うりゃあ!」
耳で接近する物体を感知する。碓済が自転車を投げたのだ。
「はっ!」
瞳を開き、力を宿した拳を振るう。
自転車は衝撃と共に粉砕した。フレームがへし折れ、中空で幾つかに分解していた。がしゃん、と悲鳴の如き落下音が周りに重なる。能力は、無事に発動していた。
「そう……それだよ。俺が叩き潰したいのは、それ何だよ」
碓済は風紀委員長の能力発動を視認し、両腕の筋肉を力ませた。膨れ上がった肉が鋼色の皮膚に角度を付ける。光がその表面をなぞった。小さな反射光は鋭く薙いでいく。
「戦闘狂め」
「折角の力だ。普通じゃやれねえ事に役立てるのが一番だろ」
蔑んだ一言も受け流し、敵は自然な動作で構えを取った。片腕を己の身体から離しては、いつでも切り裂ける体勢を整える。もう一方の腕は垂直にガードの役目を果たしている。攻防が吊り合った構えだった。隙が、見当たらない。
風紀委員長も身構える。力を抜きつつも油断をするつもりはない。瞳孔を拡大し、常に相手の動きに注意を払っているのだ。向こうも同様に、こちらの全身を見つめていた。
「…………行くぜ」
薄らと笑みを作り、碓済は呟いた。
「来い」
利き腕の拳に淡い輝きを巡らせる風紀委員長。その視線の先で、皮膚硬化の能力者――碓済健哉は全速力で突進した。
一週間以内にエクステンデッド・ドリームの方を更新したいと思います。その次にこちらの次話を更新する予定です。次話で両方の決着が付けばいいなぁ、と考えています。




