万物再生の能力⑪ 「十臥小夜莉」
E・Dに続き、こちらも更新しました。①から出ていた木刀少女のターンです。
木刀を強く握りしめ、十臥小夜莉は相手の出方を窺う。自分の能力をいつでも発動出来る様に神経を高ぶらせていた。相手の能力が不明な以上、油断は出来なかった。細々と肺の空気を吐き出し、全身を引き締める。
「可愛らしいお嬢さんだ。……傷つけるのは、気が引ける」
スーツの男がそう口にした。
小夜莉を見つめる瞳は縁なしの眼鏡に覆われている。袖から覗く両手首の表面では骨が薄らと出っ張っていた。背は一見して高い方だが、胴体はほっそりとしている。とてもではないが、腕力がある様には考えられない。典型的な細身の体型だ。
「…………」
男の発言に応じぬまま、小夜莉はゆっくりと腰を低くした。相手の能力に検討を付け、不用心な言動を避けたのだ。
彼、及び彼等は大胆な襲撃に出ている。現場で妨害に会う可能性は想定済みだろう。それを踏まえれば、この作戦では戦闘が不得手ではない人選が主流になる。つまり、侵入者の能力は戦いに向いた代物だと考えられた。
そして、小夜莉が出会った男は筋力が乏しかった。これは直接の戦闘では致命的な弱点となる。
――となると、精神系の能力者だと考えるのが必然だ!
胸中で素早く言い放ち、小夜莉は地面を蹴った。精神系はその名の通り、相手の精神に作用する能力だ。発動に視認をきっかけとする事が多く、目の前の男にはまだ使っている様子がない。しかし、下手な言動で作用する危険もあった。そこで、唇を重くして反応を拒絶したのだ。
たたた、と軽快に屋上の地面を駆ける。
「仕方がないですね」
細腕がゆっくりと振るわれた。小夜莉の方へと掌は掲げられていた。男の両目に小さな光の膜が灯った。発光の兆し。能力が、発動する。
「――吹き飛ばせ」
男の唇が瞬くと同時に、その背後から風が大量に迫って来た。
「っ!?」
小夜莉は咄嗟に速度を落とした。急に襲ってきた暴風から逃れようと、軌道を変える。自分から見て右へと曲がった。
だが、そんな小夜莉の後を風は追って来る。
「早い……!」
強風はすぐに小夜莉の身体に食らいついた。足が床から離れる。自然では有り得ない密度の流体によって、容易く吹き飛ばされた。
気流に乗せられ、肉体は屋上の端と追い込まれる。進行方向の先では古びた柵が立っていたが、小夜莉の胸元までしか建っていなかった。このままでは勢いに乗った身体で易々と乗り越えてしまう。そして、地上へと転落する。
反射的に腕を閃かせ、木刀を真下へと叩きこんだ。元から劣化していた床が砕ける。作り出した穴に先端が埋め込まれた。立て続けに、持主までもその場で引き止められる。
「精神系じゃない……風使いか」
小夜莉が屋上の端で踏ん張りながら言い放つ。
「ええ、その通りです。私は柾谷……柾谷宏次朗と申します。能力は《気流操作》。階級は第六です。……さあ、どうしますか? これでも戦いを続けますか?」
「ふん……」
荒く鼻息を吐き、小夜莉は又もや地面を蹴った。今度は先程より強く、音が床一面に響き渡る程に力んでいた。
即座に詰まる距離。その一瞬にも、男の能力は発動していた。
「馬鹿な真似を」
柾谷宏次朗の背後から再び風が吹き出た。小夜莉を目掛けて盛大に駆ける。それはまるで風の鞭を連想させた。
対して、風紀委員の少女は真っ直ぐにただ走る。風の塊にぶつかるまで後数秒だった。速度は決して落とさない。残りが一歩分の間合いに入って、ようやく木刀を真横に深く携えていた。
少女の狙いは明白。風を木刀で遮る事だった。
気流を操る柾谷はそんな考えをすぐに読み取り、相手を見下す微笑を浮かべた。要は風を斬ろうとしているのである。だが、それは不可能に近かった。一瞬だけ風を断てるかもしれないが、迫っているのは流れその物だ。間隙は瞬く間に埋まってしまう。
「所詮、学生という訳ですか」
浅はかな行動だ、と男は切り捨てる。
「――しっ!」
短い吐息と共に、小夜莉が木刀を一閃した。
斜め上への切り上げ。たったそれだけの動作で、能力で操作されていた気流は完全に解けた。
切断されていたのだ。流れ、そのものが。
「……何!?」
「そこだ!」
風を容易く断ち切った小夜莉が即座に接近する。木刀を肩の間際まで引き寄せ、柾谷に向かって標準を定めた。
「ちっ! 距離を――」
気流を一から作り直し、柾谷が少女との間に風力を発生させた。攻撃でも押し出しでもない。自身の身体を軽くさせた。風圧の力を受け、後ろへと大きく下がる。
バシュ!
木刀が宙を突く。弾かれた空気が勢い良く弾け飛んだ。
「避けたか」
「早い! 流石、風紀委員の名は伊達ではないですね。しかも私の風を断つ程の力があるとは」
風圧を利用して退いた男を見て、小夜莉は木刀を構え直した。今度は重心を更に低くし、足幅も大きく取っていた。
「もっと踏み込まねば届かぬか」
小夜莉は手持ちの武器を腰元へと添える。
「させませんよ……!」
気流を操る能力者は攻撃の予兆を察知した。片手を前に振り抜き、動きに同調した風を操作する。垂直の面で、掌を中心とした循環が生み出された。
唸りを上げる渦。
その中心を小夜莉に向け、柾谷は放った。
「いけ」
旋風が発射される。豪風を散らす音を吐き出しながら、屋上を一気に駆け抜けた。
低くしていた重心を元に戻し、小夜莉は木刀を振り抜く。斜め上へと滑らせた軌跡の上で渦が飛散した。風の弾丸が断ち割られたのだ。
「まだまだ、だ。私の操作量はこんな物ではないですよ!」
柾谷が両掌の上で風を紡ぐ。全てが先程と同様に渦の流れを作っていた。周辺の空気は巻き込まれ、細長い息吹が悲鳴を上げていた。
「ちっ」
予定を崩され、少女は小さく舌打ちをした。忌々しさが眉間の皺に薄らと浮かび上がっている。
「……どうです、私特製の風は? 今のは防がれましたが、これが連続したらどうなるやら。避けられますかねえ、お嬢さん?」
勝ち誇る様に声が荒ぶる。対して、冷然とした目付きが小夜莉から返ってきた。
「幾多の死人を出した天慧教団の残党。その凶暴性は今も健在か。目が血走っているぞ、不審者め」
若干の不機嫌を籠めながら、小夜莉は木刀を中段に構える。両足は肩幅程度にのみ開いていた。踏み込みの態勢は選んでいない。
木刀の先端越しに男を睨みながら、小夜莉は頭を働かせていった。
風による逃走も間に合わない距離まで飛び込み、すれ違い様に胴を叩く。その様に考えていた。しかし、間合いの外から攻撃されるので実行出来ない。そこで別の方法を模索する事にした。
目の前に居る男は風――気流を操作する。しかも、小さな渦を生み出しては飛ばす攻撃手段を持っていた。木刀で叩き落としたが、中々に強力な渦である。生身の方にはあまり食らいたくなかった。
「……学園を覆っている風も、貴様の仕業か?」
「ええ、そうですよ」
「…………風使いには現象、物理系の二種類がいる。循環の発生を得意としているのなら、貴様は現象系だな」
特定の事象を実現させる能力の系統。その総称は小夜莉が言った通りに《現象系》と呼ばれていた。
「………………最後に警告だ。私が本気を出す前に、降伏しろ。貴様の能力は私の能力と相性が悪い。無血では済ませられない」
「ふはははは! 本当に可愛らしいお嬢さんだ! 自分の弱点を曝け出して! なお! 敵に降伏を求めるなんて!」
柾谷宏次朗は渦を両手にしたまま、軽くのけ反った。顔中が嘲笑と微笑で歪んでいた。気流を操る能力の持ち主。その本性が垣間見えていた一瞬だった。
「馬鹿が」
そして、致命的な油断をした瞬間でもあった。
小夜莉の姿が揺らぐ。その全身が人の目に留まるのは、爆発の如き足音が響いた直後だった。
高く振り上げられた木刀が、柾谷の寸前に出現する。
「は?」
呆然としつつ、咄嗟に風の弾丸を放つ。一発目は防御。二発目は風の圧縮を解除して後退への補助に用いた。
一刀が振り下ろされる。丸い刃によって、風の渦は縦に断たれた。整列した流体が衝撃として弾けていった。
次いで、小夜莉が木刀の切っ先から微かな手応えを感じる。それは柾谷の目を大きく見開かせる代物でもあった。宙に舞っていた、柄の付いた僅かな布きれ。柾谷宏次朗が身に着けていたネクタイの先端である。
「え、は? ……切れ……っ?」
少女の木刀によって衣服を切り離された。その事実が、風使いの顔中に困惑の色を広めていく。
「ふっ!」
間髪入れず、傾いていた木刀が跳ね上がった。小夜莉が膝のばねを使って勢いを付けたのだ。木製の刀が柾谷を目掛けて鋭く走っていく。
チッ、と又もや何かを掠めた。
数本の髪が柾谷の額から離れていた。風圧の余波が未だに続いており、小夜莉の二撃目から寸での所で避けていたのだ。だが、両目は驚愕で揺らいでいる。先程まで余裕で吊り上がっていた唇も震えていた。
「やっぱり切れてる……! 何故だ!? 木刀じゃないのか!?」
風の助力で離れていく柾谷が、小夜莉に尋ねる。
「……無論、これは単なる木刀だ。お前を切っているのは」
木刀を構え直し、風紀委員の腕章を備えた少女は重々しい口調で告げた。張り詰めた空気を裂く様に、言の葉が差し込まれる。
「私の能力――《切断付与》だ」
木目が映った刀身は、淡く光りを帯びる。それは小夜莉の能力が木刀に対して働いている事を意味していた。
「切断……付与……。私と同じ現象系……いや! 概念系か!」
「そうだ」
認めると同時に、小夜莉は再び加速した。柾谷の物ではない旋風が巻き起こる。屋上に吹いた一陣の風は黒い軌跡を押し出し、その先で漆黒の長髪を舞わせる。
「く……っ!」
風の防壁が柾谷の周りを囲った。循環する流れが音を立てる。ごうっ、と外からの害意を弾こうとしていた。
しかし、木刀は容易く循環を断つ。上からの一閃が柾谷の目前で廻る風圧を裂いた。
「そういう――意味だったのか――」
愕然と言葉を吐きながら、急いで後退する。風による補助を最大限に用いて、刀を降ろした姿勢のままで固まっている小夜莉から離れていった。木刀を含めた間合いより遠く、自分の能力が届く範囲より広く。安全な距離にまで柾谷は下がる。
「相性が悪い…………とは、私が不利という意味ですか。概念系は現象系とは違い、曖昧な対象さえも対象にする。……私の気流による循環さえも! 切断されるのか!」
「その通りだ」
風紀委員は暴れた能力者との戦闘を想定し、武器の所持を学園から認められていた。審査もあるが、その一例には刃物も含まれている。剣術を得意とする小夜莉には真剣の装備が順当だと考えられた。
だが、小夜莉はあえて木の刀を手にする。
必要が無かったからだ。
《切断付与》の能力により、手にした武器は全て刃を備える。真剣を持たずして、断ち切る剣技を放てる少女。それこそが風紀委員として名高い四天王が一角。十臥小夜莉という剣士だった。
「初めは力技だと思っていたが……まさか、そんな能力だったとは」
「安心しろ、当たっても死にはしない。数針縫うだけだ」
負傷させる事を前提に話し、小夜莉はゆっくりと片足を前に出した。後ろ側は踵をゆっくりと上げる。どちらも爪先が柾谷宏次朗の方へと向けられていた。
「……しかし、私もまだまだ未熟だな」
溜息交じりに唱えながら、小夜莉は腰元に木刀を添えた。利き手で柄を握り、片側の手を淡く輝く刀身に乗せる。
「遠くに踏み込もうとすればするほど、構えに時間がかかってしまう。父上の様には上手くいかない。精進あるのみ、という事か」
「…………お嬢さん、何か剣道でも……やっていたのですか?」
柾谷は冷や汗を浮かべながら質問した。その両手の周辺に小さな渦が発生していた。この瞬間にでも攻撃は出来るのだろう。しかし、一向に発射の気配は見せてこなかった。
躊躇させている原因は、小夜莉の突発的な加速にあった。
「本気を出す」と口にした途端、速度が格段に上昇している。全てが自然な体勢からだった。そして、今は予備動作の構えまでも荘厳に整えている。素人目からでも小夜莉が何らかの武術経験を持っている事実は明白だった。
「……私は、十臥流という流派の跡取りでな。師範代の階級を持ってはいるが、見ての通り未熟者だ。当主である父上には到底敵わない」
「…………御冗談を。既に人間さえも超えていますよ」
「ふんっ。今までの剣で判断してもらっては困るな。私の全力は――ここからだぞ?」
そう言い放ち、小夜莉は瞳を一段と鋭くした。重心が少しずつ落ちていく。全身から溢れ出る圧力も深みを増していく。
それらの雰囲気は柾谷を充分に竦ませた。額だけではなく、掌にも汗が浮かんでいく。先程まで自分の有利を謳っていた男の顔は緊張で変貌していた。
「…………こちらも全力を尽くすしかありませんね」
柾谷が片手を小さく振るった。
それを合図として、学園中で回っていた強風が止んだ。柾谷による気流循環が解除されたのだ。けれども、降参の証ではない。寧ろ柾谷宏次朗が全力を発揮するのに欠かせない行為だった。
かつての静寂が校庭に戻った。吹き荒れていた頃との落差によって、屋上へ痛々しい程の切迫が広まる。
刃を容赦なく振るう少女と、費やしていた能力を一身に返した男。
二人の視線は交差し、時が沈黙を刻む。
――そして、何の発端もないまま、能力者達は同時に動き出した。
能力バトルです。主人公が一切出てこないバトル回です! ちなみに、次話も主人公が出る予定はないです!




