万物再生の能力⑧ 「前日」
色々と伏線は張ったつもりです。祐雅が帰っているシーンから始まります。
「やあ、祐雅君」
「祥子さん? どうしてここに」
風紀委員長との対談を終え、祐雅は学園の校門から踏み出していた。そして、その傍でメイド服の女性とも遭遇した。彼女の名は鈴谷祥子。祐雅の周りで活躍する素晴らしいメイドである。
スカートをふわりと舞わせて、祥子が祐雅に近寄った。
「大丈夫かい? 男に襲われて、逆に馬乗りしてやったと聞いたが」
「……何か、語弊があるなぁ」
人を呪わば穴二つ。先程まで風紀委員長に向けていた疑いが我が身に返って来ていた。
「見ての通りだよ、祥子さん。何とか勝ったさ」
祐雅は両手を広げて見せつけた。俺は無事だ、と。
「そうか。それは、良かった」
表情は変わらなかったが、祥子が祐雅の頬を優しく撫でる。くすぐったい。怪我をしている方だから、余計にむず痒く感じた。
「……しかし災難だったね。そんな危険に合ってしまうなんて。風紀委員も間に合わなかったんだろう? 君は良くやったよ」
「え? あ、まあ……」
珍しく褒められたので訂正を言いだせなかった。どうやら情報に行き違いがあったらしい。祥子は祐雅が絶体絶命の状況で逆転したと勘違いしている。格好を付けたくて自ら立ち向かったのが真実だ。
祥子という女性は無表情を日常的に浮かべていた。その中身は、外面に反して冷酷かつ論理的だ。そして、仁義も兼ね備えている。
(だから、無茶したって言うと怒られそう…………)
祐雅は心から怯えた。数時間前に戦った能力者より、目前の彼女の方が怖かったのだ。
「じゃ、じゃあ行こうか。今日は疲れたぜ」
「ああ。そうだろうね」
誤魔化しを適度に混ぜつつ、祐雅が帰宅を急ぐ。祥子からの純粋な言葉が胸に突き刺さった。ごめんなさい、祥子さん。口の中でそっと謝っておいた。
「それにしても、学生の失踪……か」
マンションの一室へと歩む途中。雑木林が立ち並ぶ歩道を通りながら、目立つ姿のメイドが唐突に呟いた。
「え、祥子さんも知ってたの?」
学園の学生ではない女性は小さく頷く。瞳を祐雅ではなく正面に向けたまま、徐に口を開いていった。
「二週間以上前からそういう事件は起こっていた。だが、どれも短期間なんだ。精神系の能力が使われた痕跡も無かった。失踪していた生徒も当時の記憶はない。共通点は……学園の生徒と言う事だけ」
「情報が足りないのか」
「そうだね。学園が何処かの組織に狙われているのかもしれない。……幸い、今回の事件で国も重い腰を上げた。調査はこれから本格的に進むらしい」
祥子の報告を受け、祐雅は頬を緩めた。
「なら安心だ。祥子さん達が何とかしてくれるなら、すぐに解決するぜ」
「あんまり買い被らない欲しいな。調子に乗っちゃうよ」
そう言う彼女の瞳は一切動じていなかった。隣に居る祐雅にも変化が分からない。口調は嬉しそうに華やいでいるが、やはり違いが掴めなかった。ポーカーフェイスの貫き方が是妙だ。
日が暮れ、空には薄闇が広がっている。真上を仰ぎ、祐雅は溜息とも呼べない緩やかな吐息を出した。
「……腹、減ったな」
心配事が無くなったら、急に空腹感が気になった。
祐雅の住むマンションまではすぐ近くだ。帰ったら料理をしなければならない。今日は自分が当番だった。しかし、何も考えていない。
どうしようか、と顎に手を当てて悩む。疲れたので近場のスーパーで弁当などを買っていきたい。だが、祥子も食事を共にするのだ。手抜きは遠慮したかった。
「特別だ。今日は私がやるよ、祐雅君」
ぽん、と祥子に肩を叩かれた。
「いや、それは」
「遠慮するな。疲れているんだろう?」
優しい微笑を目の前で浮かべられた。好意を無下にしたくない。祐雅は素直に彼女へ甘える事にした。
「じゃあ、お言葉に甘えるとするよ。ありがとう、祥子さん」
「ああ。……では私はスーパーで食材を買っていく。君は先に帰っていてくれ」
お互いに手を振り合い、二人は歩道の最中で踏み入った十字路で分れていく。祐雅は夕飯が楽しみになった。人に作ってもらう、というだけで嬉しくなる。ラッキー、と思いながら自宅への道のりを進んでいった。
「あ、ちょっと待ってくれ」
直後、分かれた筈の祥子が背中から声をかけていた。慌てて戻ってきたのだろうか。普段の彼女は無駄がない言動をしているのだが、今に限っては段取りが悪かった。祐雅は少し不思議に感じてしまった。
「何だよ、祥子さん? 夕飯のメニューか? 俺、別に何でも」
「そうじゃない」
メイドは麗しい髪を揺らして、首を横に振った。
「君が戦った能力者について尋ねたいんだ。爆破能力を持っていたその生徒は……最初に祗蓮君を狙ったのだろう?」
「あ、ああ……」
どうやら祗蓮に関わる話らしい。祐雅は彼女の名前から袋に入っていたお茶菓子を思い出し、更に腹を空かせてしまった。あの事件で何処かに落としたようだ。一人で食べると欲をかいた罰だろう。ざまあみろ。
(って、これは違うか)
思考が脇道に逸れてしまったと自覚し、祐雅は改めて祥子を見つめる。
「初めに爆発が起きた時、彼女は怪我をしたか?」
「んーと……」
数時間前の光景を思い返す。最初の爆発による黒煙でかなり焦ったが、すぐに祗蓮の顔が見えて一先ず安堵した記憶がある。そこから彼女を連れて逃げ出していった。些細な会話を交わせていたので、とりあえず無傷だったのだろう。
でも、何故そんな事を訊くのか。
祐雅は胸にしこりを覚えつつ、ありのままを話す。
「いや。祗蓮は怪我をしていない。…………けど、それがどうかしたのか?」
「そうか」とだけ頷かれた。そして祥子は祐雅から一歩遠ざかり、いつもの無表情じみた笑顔を浮かべる。正面を保ったまま、後退していく。
「何でもない。ちょっと気になってね」
祥子はそれだけを教え、早々とスーパーの方角へと走り去ってしまった。後には呆けた祐雅が立ち尽くす。
「何なんだ……?」
そよ風が祐雅の傍を通った。気にもならない微風。しかし、祐雅はその行き先を目で追った。夜空には点々とした星々が輝いており、すっかり暗くなっていた。能力者との一戦からかなり時間が経った気になる。
自覚すると、疲れが再び湧き出した。祐雅はマンションの方角へと身を翻し、ゆっくりと歩き始める。手間のかからない夕食とベッドが恋しくなっていた。どの様にくつろぐか、の一点に気持ちも切り替わっていた。
「帰るか」
眩しい明りが灯るビルや住宅を背にして、祐雅は残り長くもない帰り道を辿った。
とあるビルの屋上。宣伝用の大きな看板が立てられており、裏側では数人の男達が屯っていた。派手な表面に隠れ、輪の形に並んでいる。
「……準備はいいな、貴様ら?」
低い男の声が響く。
「はい。……ついにあの方を取り戻せるのですね」
「了解だ。俺に任せろ」
「承知しました。作戦通り、私の能力で経路を封鎖しましょう」
「オーケイ」
周囲に居た四人の返事が黒い星空に吸い込まれていく。初めに疑問を投げかけた男はそれを確認し、一歩だけ円の中央へと踏み入る。
片腕を大げさに振るい、男は声量を張り上げた。
「今日の一件で作戦実行が可能だと証明された。明日には攻め入る。そして、我らの希望を救出するのだ!」
全体を鼓舞しつつ、更に四人の中央に近付く。
「残酷なようだが、誰かの命よりもあの方の救出を優先しろ。迷うな、立ち止まるな。この作戦が成功するかどうかに、世界の運命がかかっているのだ!」
空から降り注ぐ光が男の顔を照らした。司令塔と思しき男の、獣に似た面容が露わになった。薄らと顎下に生えた髭に、周囲の人間を睨む三白眼。激昂を吐き散らす口元は、ナイフで切り裂かれたかの様に鋭い笑みが浮かんでいた。
上空から零れる明りを浴びながら、ぎらつく顔面の男は語る。
「……覚悟は出来ているな? ならば、攻め入るぞ! あの、憎き学園に!」
今度は両腕を広げ、男が全員の賛同を求める。
その周辺にも星の淡い光が広がり、囲んでいる者達を反射した。ビルの屋上で五人の素顔が晒される。向かい合った彼等に共通点は殆どなかった。皆がスーツを着込んでいるが、場の雰囲気とは全く調和していない。類似する為の記号へと成り果てていた。
中心の男を囲んでいた一人が、柔和な声色で奮起の続きを受け継ぐ。
「天から降り注ぐ慧に感謝を」
間髪入れず、引き締まった肉体を持つ背の高い男が口を開く。地鳴りを思わせる静かな低音が震えた。
「我らが教団に輝かしい奇跡を」
その文句を引き締めたのは、眼鏡をかけて痩せ細った男だった。
「教主様に崇拝を」
全ての条件は出そろっていた。学園側の妨害も考えられるが、今からでは手遅れだ。双眸を尖らせた男は万事の良好さに笑みを漏らす。くっくっくっ、と。
――ヒュウ!
笑っていた男を前に、残っていた金髪の男が口笛を鳴らした。
「グッド。楽しみだな、ミスター?」
片言の同意を求められるも、ぎらついた顔付きの男は否定した。
「違うな。楽しいのではない。……これは、喜びだ。あの日から十年。長い時間をかけてようやく叶う時が来たのだ。喜ばずしてどうする?」
気分の高揚を挟みつつ、四人を纏める男は頭上を見た。息を深く吸い、時間をかけて発言の文尾を万全にした。
そして高らかに公言する。
この作戦の果てで目指す、結末を。
屋上に集った自分達が、一体何者であるかを。
「さあ、天慧教団の復活だ!」
学園に捕らわれた教主、御京院・アナスタシア・祗蓮を救出する。それが彼等の目的だった。
次話から急展開になります。今回で敵が明らかになりました。能力バトルが増えていく予定です。頑張ろうと思います。




