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万物再生の能力⑨ 「そして、当日」

投稿します。ついに話が動きます。

 その日もいつも通りだと感じていた。少なくとも、祗蓮は起床の際に何の違和感も覚えなかった。ふかふかのベッドから上半身を起こし、しばらく呆ける。頭が冴えると昨日の出来事が頭をよぎった。


「うう……」


 どうしても古崎祐雅の活躍に胸中が焦がれてしまった。能力者に立ち向かった、最低階級の少年。一晩たっても色褪せない勇姿に、祗蓮は熱を上げる。


「感謝を……しないといけませんわね」


 布団に顔を沈めて呻く。

 あの戦闘後、祐雅は男子生徒の頭を何度も地面にぶつけた。それを風紀委員に目撃されたので連行されてしまった。涙目になりながら引き摺られていた。最後だけ切り取ればとても情けない。だが、確かに祗蓮はそんな彼に助けられたのだ。

 眩しい朝日がカーテンの裾から差し込んでいる。ベッドから足を降ろそう。叔母様と叔父様に挨拶をしよう。


「うー」


 だが、祗蓮はいつまで経っても本格的に起き上がれなかった。




 何となく予想はしていた。起床した時から、こうなると心の奥底で察していた。古崎祐雅とまた唐突に遭遇する事を。


「よう」


 頬に絆創膏を貼った祐雅に声をかけられる。またもや実験を終えて校舎へと戻っている途中だった。購買を通りかかる道のりの合間。備え付けのレールが導く行き先の奥に、古崎祐雅は立っていた。


「祐雅…………」

「何だよ、元気ないな」


 祗蓮は少しだけ戸惑った。あんな事件があった翌日だ。何事もなかった様には振る舞えない。前髪が長い彼の顔を見つめ、やがて視線を逸らした。


「わ、ワタクシは何ともありませんわ。それより……貴方の方が」

「ああ、これ? 別に平気だよ」


 自分の傷跡を指先で叩き、祐雅が様子を示した。


「でも」


 尚も食い掛かる祗蓮。その反応に、祐雅の両肩が竦められた。数歩の距離が詰まった。目の前まで歩いて来ては、締まりのない笑顔で述べた。


「俺は俺がやりたい様にやったんだ。勝てると思ったから戦った。そして勝った。……ただそれだけだ」


 無理に気負うな、と言われた気がした。祐雅は単純な理屈で動いている。個人的な動機なのだから、気に病む必要は無い。


(…………でも、ワタクシは)


 だが、口で表された言い分を祗蓮は受け取らなかった。目の色を曇らせ、唇をもぞもぞと動かす。複雑な感情が喉の奥で広がっていた。生暖かい靄が立ち込めているかの様だ。

 感謝をしたい。自分もそれだけだ。

 なのに、出来ない。祐雅との距離感に戸惑っていた。祗蓮は過去を意識して、これまで人との付き合いに遠ざかっている。時間をかけて壁が築かれていたのだ。


「……まあ、どうしてもって言うなら? 俺を褒め称えたって言いんだぜ?」


 そんな祗蓮の葛藤を見抜いた上なのか、祐雅はここぞとばかりに胸を張る。ふふん、と自慢げに笑った。


「ほら、どうした? 第一階級の俺が、爆破能力者に勝ったんだぜ。すげえだろ、おい」

 祗蓮の心から謝恩の念が消えた。

「はぁ」


 悩んでいた自分が馬鹿らしかった。こぼれた溜息を目で追いかけ、祗蓮は正面の少年を見やる。


「だ、第一階級としては、まあまあ……やった方ですわね」

「えー、何だよ」


 祐雅が不満を表情に出した。唇を大きく曲げ、子供の様に不貞腐れる。実に単純な心理だった。良くやったと褒められたかったらしい。ふわふわと飛んでいきやすい風船の様に感じた。ここで手綱を握らなければ、と祗蓮は思わされた。

 先輩として威厳を見せつけてやろう。

 祗蓮は細い人差し指を祐雅に突き付けた。口を尖らせて、戒めを語る。


「貴方が取った行動はとても危険でしたわ。勝てる、というのは自惚れにしか過ぎませんわ。今回は勝てたから良かったものの……下手をすれば大怪我を負っていたかもしれませんわよ?」

「うへえ。お前もあのゴリラと同じ事言うのな……」


 がっくりと肩を落とし、祐雅は消沈した。そして周辺を見回す。


「…………お前らの言い分も、ちょっとは分かるけどな」


 辺りには爆破の痕跡が一面に広がっていた。立ち並んだ壁に罅が入っているのだ。祗蓮達が居る場所はまだ被害が軽かった。酷い所では半壊していて、細々とした破片が地面に転がっている。

 ここまでの破壊を可能な能力者と祐雅は戦ったのだ。だが、事態を避けられない訳でもなかった。風紀委員の到着まで逃げていれば良かったのだ。


「あんな無茶はもうしてはいけませんわ。風紀委員にもそう言われたのではなくて?」


 注意を受けたからこそ、先程の発言があったのだろう。案の定、祐雅は思い返す様に顔を傾けていた。


「分かったよ。今度からはきちんと助けを呼ぶさ。……多分」

「多分って」


 適当な相槌に祗蓮が反応する。


「しょうがないだろ。《学園》だぞ、ここは。風紀委員が居る限り、暴れる生徒なんて滅多にいないんだよ。昨日のはたまたまだ」


 祐雅は首を振って主張した。その話は不思議と説得力を持っている。祗蓮も心の中で小さく頷いた。それ程までに風紀委員という抑止力が有能なのだ。ここ数年でも起きた事件は小規模の物しかない。少なくとも内部での大事件は考えられなかった。


「気を付けるんだったら、俺よりもお前の方じゃね? お前、可愛いし」

「なっ……」


 不意打ちを食らってしまった。祗蓮は一歩だけ後ずさり、頬を染めてたじろぐ。


「襲いやすそうだし。何か金持ちっぽいし。お嬢様キャラって誘拐されるのが何かデフォルトじゃん?」


 代わって祐雅が前へと出た。半笑いで言葉を並べて先へと急ぐ。

 祗蓮は遅れて冗談だと気付かされた。慌ててその背中を追う。まだ頬は熱を帯びており、距離を縮めるのも躊躇われた。


「要は、祗蓮も危ない時は助けを呼べって事だな」

「また……呼び捨て……!」


 思い切って隣へと立った。自分なりの鋭い視線を送る。だが、祐雅には簡単に受け流されてしまった。


「ん? 何だ? もしかして俺に惚れた? 本当にちょろいな」

「違いますわ! どうしてそういう話になりますの!?」

「いやー、困るなー。俺がイケメンだからって」

「顔なんて見えないじゃありませんの、貴方」


 段々と火照りが冷めてきた。祗蓮はいつもの調子で祐雅と共に歩く。


(……不思議、ですわね。数日前まではこんな人……嫌いでしたのに)


 購買の横を抜け、二人は封鎖された箇所を大きく迂回する。部室棟までは時間がかかりそうだった。昨日の影響は広範囲に出ていたらしい。至る所で立ち入り禁止を示すテープが貼られていた。スーツや作業着姿の珍しい人影も見かけた。校舎を直す業者なのだろう。


「遠回りすんの面倒だな」

「仕方ありませんわ」


 祗蓮は無意識に髪を片手で抑えた。砂煙が祗蓮達の目の前に薄らと立ち上がる。びゅおおお、と巨大な風がなびいた。


「――きゃ!?」

 制服のスカートが高く舞い上がる。突然の事だった。慌てた祗蓮は両手で抑える。


「み……見えてはいない、ですわよね?」


 再度顔を真っ赤に染めながら、隣の少年に尋ねる。


「…………」


 二人の間に不気味な沈黙が訪れる。強く吹いた風が祐雅の長い前髪を揺らしていた。何処か冷めた瞳に祗蓮は覗かれる。肯定も否定もない。その口が開くまでの数瞬はとても長く感じられた。

 やがて、古崎祐雅は言葉を発する。


「黒かーっ! 大胆な下着を穿いてるなー!」


 あろうことか、周囲に響く様に大声で叫んだ。


「違いますわ! 嘘は止めなさい! 黒なんか穿いていませんわー!」


 追い打ちのピンチに祗蓮が怒る。流れている風は未だに速く、スカートを抑える手は離せない。祐雅を止めるのは難しかった。


「……冗談だよ。見えてないって」

「ううう……!」


 祐雅が戯れを呆気なく明かす。スカートの中身は見えていなかったらしい。しかし、それ以上の問題が広まろうとしていたのだ。からかわれた本人として、祗蓮はすぐに祐雅を許せなかった。

 やはり最低ですわ、と胸中に刻む。数十秒前の気持ちを返してもらいたかった。周囲に生徒の姿が無い事がせめてもの幸いだ。

 両足を撫でる強風が砂利を躍らせていた。息吹と共に小さな雑音が宙に舞う。砂粒が当たる肌がくすぐったい。目に異物が入りそうだった。祗蓮は両目を軽く閉ざす。


「……しかし、いきなり風が強くなったな」


 スカートとは別に前髪を留めている祐雅は呟いた。上から手を重ねておかないと、前髪が瞳に入ってしまうのだろうか。切ればいいのに、と思いながら祗蓮は何気なく返した。


「そういえば、昨日も風が強かったですわね」


 早く部室棟に入ってしまおうと、祗蓮は足を前に出す。



「……………………え」



 横にあった足音が不意に途切れた。


「祐雅?」

「……昨日は、風なんか強く……え? どういう事だよ」


 振り返った先で祐雅は酷く困惑していた。前髪から頭を抑え、考えに没頭している。祗蓮の声は届いていなかった。


「ど、どうしましたの?」

「昨日……いや、今日も…………まさ……か、偶然じゃない……のか」


 段々と口調が行き詰まっていく。顔色は青い。冷や汗も滲み出ている。ぶつぶつと言葉が垂れ流しになっていた。

 聞いているだけで祗蓮は不安を覚えた。飄々とした雰囲気を脱ぎ捨て、祐雅が愕然とした面持ちを浮かべている。初めて見た表情だった。こんな顔も出来るのかと知った。

 だが、それ以上に不吉な予感を抱く。


「おいおい、ふざけんなよ。さっきの冗談が返ってきたのか?」


 後ろを振り向き、祐雅は吐き捨てる様にぼやく。

 祗蓮も同じ場所を見つめた。昨日の事件によって壊れた建物が幾つか視界に入った。風の影響か、破片がゴロゴロと地面を転がっている。

 危ないですわ、と微かに思った。

 そして、古崎祐雅の焦りは頂点に達する。


「昨日の事件は……これが狙いか!?」


 突如に叫んだ。

 祗蓮が腕を掴まれた。強い握力がかかっていた。苦痛に眉根を寄せ、祗蓮は訴える。


「い、痛いですわ――」


 祐雅は全く聞き入れず、祗蓮を引っ張っていく。


「学園生徒の失踪、爆破能力者による瓦礫の拡散、そして、同じ時間帯の強風。……ああ、くそ! 気のせいでいてくれ! 破片が風で飛んで危ないから外に出てる奴が少ない! 建物を直す為に見知らぬ人間が出入りしている! ちくしょう、フラグだらけじゃねえかっ!!」


 風が弱い方角を求めて祐雅は歩く。腕を掴まれた祗蓮の理解は追いついていなかった。あらゆる出来事が、この瞬間に集中している事も把握していない。

 昨日、今日と祗蓮は強風に遭遇した。

 それらの気象は同じ時間帯に重なっているのだ。祐雅は桜井理沙から伝えられていたからすぐに察した。けれども、当の本人はまだ呆然としている。自分のとある行動が全てに起因しているという真実にまだ気付いていない。


「な、な……?」


 重心を前に崩しながら、何とか祐雅についていく。


「逃げるぞ、祗蓮! とにかく遠くに!」

「ど、どうして……」

「昨日の襲撃と強風、そして今日も同じ強風。全部、お前の実験が終了した後に起きてんだよっ! 多分、学園生徒の失踪は本命じゃない! 狙いは――」


 祐雅の声は途中で途切れた。

 走り出したばかりの足が止まる。十メートル程の距離を駆け抜けた地点。そこに一つの影が立ちはだかっていた。黒いスーツ姿の、学園の生徒ではない男性だ。背中で吹き荒れる強風を受け止めながら、二人の正面で屹立している。

 流石に、祗蓮も様子がおかしいと思った。掴まれた腕から祐雅の危機感が伝わってくる様だった。人気の無い校庭。止まない強風。見慣れない男性。頭では理解出来なくとも、本能が息苦しさを抱かせる。

 祗蓮は祐雅の背後から顔を出した。前方に現れた男を確認する。


(………………っ……?)


 背筋に電流が駆けた。胸の鼓動が一段と速くなる。


「あ、貴方……どうして…………!?」


 思わず口走っていた。驚愕せずにはいられなかった。現れた人物に祗蓮は覚えがあったのだ。息を呑んで、見張った瞳で男を見つめる。


「覚えておいででしたか。光栄です」


 スーツの男が慇懃に頭を下げた。


「嫌な予感ってのは本当に的中しやすいな。……祗蓮の知り合いってだけで、正体分かったかも」


 乾いた口調の祐雅は、頬を硬直させていた。祗蓮の前で背筋を伸ばしているが表情が強張っているのが明らかだ。

 不自然に現れ、突然に頭を降ろした男性は顔を持ち上げた。怪しい、とは正反対の柔和な顔立ちをしている。だが、真っ直ぐに祗蓮を見つめる双眸は強固な意志を感じさせた。

 一拍置いて、男は要件を切り出す。



「――さあ、お迎えに参りました。教主様」



 その言葉は、確かに御京院・アナスタシア・祗蓮へと向けられていた。

 周囲は音の鳴る風が飛び交い、鋭い破片が踊っている。飛び込めばかなりの裂傷を負うだろう。暴風を凌げそうな建物までの道も前方の男に塞がれていた。行き場が既にない。祐雅達は人為的に閉じ込められていた。

 全ては、祗蓮の実験が終わった直後の出来事だ。

 所縁のある人物との遭遇。そして、「迎えに来た」という一言。認めたくもない答えが祗蓮の胸中に描かれていった。先程の祐雅が伝えようとした内容の文末と重なり、はっきりと形が模られる。


(狙いは…………ワタクシ――――!?)


 目の前に現れた男は、かつて滅んだはずの天慧教団の一員であった。


申し訳ないのですが、来週は恐らく更新できません。再来週までには必ず更新します。

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