万物再生の能力⑦ 「尋問」
戦闘後のお話です。
「古崎、祐雅」
「…………はい」
日が暮れた放課後。祐雅は分厚い筋肉の塊と正面から向き合っていた。
狭い一室。差し込む光はか細い天井の照明だけ。まるで警察の尋問を受けているかの様だった。
爆破能力者に勝利してから、一時間は経過していた。現場にはすぐに風紀委員が駆けつけた。離れた場所に居た祗蓮は保護され、暴走した男子生徒も連行されていった。だが、予想外の事が起こった。祐雅も風紀委員に捉えられたのだ。そして言い訳をする間もなくここへ閉じ込められてしまった。
涙目になる、祐雅。
「何でこんな暑苦しい男と一緒にするんだよ……。地獄だ」
「貴様が悪い」
風紀委員長が太い眉の下で祐雅を睨む。視線には相手を苛む圧迫感が濃密に込められていた。
「だって、中々気絶しないし……」
「しかし、だ。あの生徒の後頭部を何度も叩き付ける必要はないだろう。地面に何回ぶつけた? こぶが幾つも出来ていたぞ」
古崎祐雅は確かに爆破能力者を倒した。だが、相手は地面に転がって呻いていた。視認で発動する爆弾を防ぐ為には気絶させなければいけない。そう考えた祐雅は、早々と男子生徒に跨った。続けて、頭を両手で持ち上げては落下させたのだ。
それを繰り返している折に、風紀委員達は駆けつけた。横たわった生徒に馬乗りして、その後頭部を腫れ上がらせた祐雅。連行されるには充分な理由だった。
「視認するタイプならば、目を隠せば良かった」
「あ」
「…………全く、この男は。まあ、一緒に居た女から事情は聴いた。お前が暴走した生徒を止めた、とな」
祐雅の嫌疑が晴れていく。目前の筋肉も僅かに肩を下げた様だった。
(ふふふ。今度の俺はめっちゃ主人公したからな。褒められて当然だぜ)
「そして言おう。馬鹿が。反省しろ」
「何で!? 俺、かなり活躍したじゃん!」
賞賛を期待していたのだが、一瞬にして裏切られた。祐雅は前のめりになって風紀委員長に問う。今回に関しては自分でも誇らしかったのだ。ほぼ無能力者対、能力者。そんな逆境を自らの実力で跳ね返す。通常では考えられない功績である。
はぁ、と小さな吐息が吐かれた。巨大な腕を胸の前で組み、高階級である風紀院長は厳かに言い放っていく。
「活躍したから、こそだ。何故、風紀委員の到着を待たなかった?」
「え、いや、それは……お前らが遅かったから」
「ならば、それまで逃げていればいい。お前があの生徒に立ち向かうよりはよほど安全ではないか?」
「う……」
――勝てると思ったから、とは口に出来なかった。徐々に滲み出ている怒りを肌で感じ取ったのだ。対面している筋肉は、祐雅の無謀を戒めようとしているらしい。
「自分の身体を見下ろしてみろ。下手をすればそれ以上の怪我を負っていた所だ。運が悪ければ死んでいたかもな」
「…………」
上から言い包められ、祐雅は黙って視線を降ろす。初めに飛び込んだ両の手は掠り傷で赤らんでいた。小石や爆破で割れた破片を握った結果だ。制服も爆炎によって僅かに黒焦げている。最後に頬に指先で触れた。丈夫な絆創膏がぴったりと貼られているのが分かった。
軽傷のみだが、確かに無傷とは言い切れない。
沈黙した祐雅に向かって、風紀委員長が発言を加える。
「分かったか? お前は賞賛されても許容されはしない。誰かを救っていたとしても、反省が必要だ」
「…………悪かったよ」
いじけた口調で祐雅が反省する。椅子の背もたれに重心をのせ、風紀委員長の前で背筋を伸ばしていった。
低音の疑問がすぐさま投げかけられる。
「次からはするな、と言ったら?」
数秒の逡巡を経て、祐雅は答えを出した。
「んー、多分次もする」
「それを、反省したとは、言わん……!」
ごん、と打ち付けられた両の拳が机をへこます。解いた左右の腕を垂直に立て、風紀委員長は鬼の形相で祐雅を凄んでいた。露わになった二の腕がぼこぼこと盛り上がる。図太い血管と共に筋肉が異様に発達していた。
(おいおい……。能力使おうとすんなよ……)
焦った祐雅は額に汗を浮かべた。先の爆破能力者と違い、風紀委員長に対しては勝ち目が絶対にないと踏んでいる。逆らってはいけないと本能が叫んでいた。
「祗蓮がさ……女の子がさ、怯えてたんだ」
「何?」
物々しく歪んだ顔が僅かに反応する。自分でも臭い台詞だと思いながら、祐雅は口を開いていった。
「自分の傍で女の子が怖がっていた。俺はそんな顔をして欲しくなかった。だから、倒そうとした。……ただそれだけだ。お前も男なら分かるだろ、こういうの?」
「…………ふん」
「分かんないの? やっぱりお前、同性愛し――――」
岩石の如し拳骨が祐雅の目の前で構えられた。脇にがっしりと抱えられた拳によって自分の顔が捉えられている。整えた腕全体が筋肉を稼働していた。外見から発せられる印象が、単なる突きでは収まりきらなかった。
まるで、大砲。
「ま、ままままま待て。すいませんでした」
すかさず椅子から飛び降り、その場で土下座する。
「…………本当にふざけた男だな、貴様は」
風紀委員長はゆっくりとその拳を下げた。放たれる事無く、祐雅は安心する。彼の一撃は余りにも恐ろしい。それこそ、爆弾以上の威力を出しかねないのだ。
「古崎祐雅。……話は以上だ。もう帰れ」
床に座ったままの祐雅は心を軽くした。やっとこの暑苦しい空間から抜けられる。だが、残念ながら冷静な理性がそれを邪魔した。
「いや、俺も訊きたい事がある。……あの爆破能力者についてだ。アイツ、どうして祗蓮を襲おうとしたんだ?」
「あの男子生徒は眠っている最中だ。俺達もお前以上の原因は知らない」
風紀委員に連れて行かれていた間、一緒に運ばれた生徒が急に気を失ったと耳にした。恐らく能力の酷使と怪我が原因だろう。小規模だが爆破を自らに受けたのだ。祐雅もその時の痛みを考えたくはなかった。
そこまでの筋を束ねてから、祐雅はとある可能性を抱いていた。
「あの生徒……誰かに操られていたんじゃないか?」
祐雅の推測に対し、風紀委員の目付きが変わる。
「戦っている時、ずっとおかしいと思ってたんだ。自分の能力で被害を受けてるし、まともな受け応えもしない。もしかしたら、精神系の能力で操られているのかもって……」
「……それはないな」
風紀委員長は断言した。床上から立ち上がりながら、祐雅が首を傾げる。言い切れる根拠が不明だった。
「お前が戦う数分前、あの生徒は精神状態を探られている。結果は異状なしだ。そして、その検査から現場へと直行しているのも判明している。何もなかった」
「さっき、知らないって」
「原因は分かってない、とも言った。身辺調査は目下進行中だ。だが、時間がかかるだろう」
そういう情報が欲しいんだ、と祐雅は叫びたくなった。だが、怒られたばかりの身としては追及し難い。また、先の言葉で気になる内容も見つけてしまった。
「精神状態を探ったって言ったな? 普通はそんな事しないだろ。もしかして、普段からあの生徒がやばかったとか……」
それなら祐雅は気にする必要がなくなる。今回の戦闘が単なる不運だと割り切れた。
「四日前、あの生徒が一日だけ失踪していた」
「まじか」
期待は裏切られた。心の何処かで分かっていたが、直に告げられると重荷になる。明らかに事件は終わっていないのだ。安心が遠ざかった。
「しかも、だ。最近、似た様に短い期間だけ失踪している生徒が増えている」
「おいおい。大事じゃねえの?」
問い詰める祐雅を、風紀委員長の静かな視線が射抜いた。騒ぎたてるな、という警告だと読み取った。けれども心配はしてしまう。
対策はしていないのか。
ほぼ無能力者の祐雅は訊こうとした。そして、直前で理解した。無造作に頭を掻いて、苛立ちが混じった納得を吐いていく。
「あー、そういう訳か。最近になって良くお前らと遭遇していたのは。風紀委員だけで見回りを強化していたのか? くそ、それなら逃げた方が本当に早かったな」
近日、祐雅と祗蓮は二日連続で風紀委員に遭遇していた。当時は自分達が騒がしいなどと言われていたが、実際は彼等の活動が頻度を増していたのだ。失踪者の増加を防止する為に校舎内をひたすらに見回っていたのだろう。
今日だって同じである。
あの現場から少し離れた場所にも風紀委員が居た筈なのだ。助けは呼ばずともすぐに駆けつける。無理をして格好を付ける必要はなかったのだ。
「まあ、そういう訳だ。次からはきちんと助けを呼べ。分かったなら、さっさと帰れ」
「言われなくても帰るさ」
話に区切りを付け、祐雅は背中を向けた。狭い一室の扉へと歩いていく。主人公ぶった活躍は最善手ではなかった。そんな事実を知り、思わず足音が荒くなる。なるべく平穏を保ちながら去っていこうと気を付けた。
「古崎祐雅」
最後に、風紀委員長の方から声をかけた。顔だけを後ろへと回した。
「?」
「一つ、アドバイスをくれてやろう。……人を殴る時は、腕を振り抜く様にしろ。叩くのではない。殴り飛ばすんだ」
ごつい拳を固く握りしめ、風紀委員長は己の目前に掲げる。一層の威圧感を与える真面目な顔色をしている。作られた拳骨は厳つく骨が出っ張っていた。とても真似出来ない、と祐雅の諦めを誘った。
気持ちは受け取る。再び扉の方を見つめては、自分なりの礼を述べる祐雅。
「風紀委員長が暴力を教えんなよ。じゃあな」
短く笑い、廊下へとその後ろ姿を持っていった。
股間を狙う。相手を何度も傷つける。そんな主人公が古崎祐雅です。やる事はやるけど、いまいち最低なキャラを目指しています。




