〜ガーデン本島防衛戦8〜
ご指摘や感想などのコメントをお待ちしております。
スピエンには任されたなどと啖呵を切ってきたものの、実際に俺が炎竜を追う理由は個人的な事情なのだ。頼まれずとも竜は必ず殺す。
カーディナルの仕組んだ遊戯とやらにまんまと踊らされるのは癪に触るが、紗季やスズナを人質に取られては話に乗るほかない。
しかしながら、現状でいざ戦うなら人間の状態でやらなければならない。妖力の残量が心許ないという理由もあるが、アイツは紗季しか守らない。そうするとスズナが十中八九犠牲になる・・・というよりは、囮にしてしまう可能性が高く、それはいけない。
彼女とて、その経緯はともかく、確かに同じ血を引く者だ。確かに俺は今までの血筋は断ち切ってきたが、かといって新しいものまで廃す理由にはならないだろう。
「・・・・」
ーーーああわかっている。反吐がでるような自己満足と自己矛盾そして自己否定。くだらない感情論だ。だが、今更何に義理立てる?
ーーー守るべき民も、誓うべき誓約も、愛すべき肉親も...全て裏切り、犯し、殺した。
ーーー故に、俺を真に動かすのは、他ならぬ己自身の信条だけだ。そこでスズナを護りたいと決めた以上は、どんな不条理からでさえ守ってみせる。
ーーー彼女自身が、それを望まなくなる日まで...
隣で並走するスズナに視線を向けると、彼女は素早くそれに勘づいて首を傾げる。
「如何しましたか、ファーザー?」
「大したことじゃないよ」
生き方は人それぞれだし、他人がそれについて口を出すものではない。ましてやそれを捻じ曲げようとするなど言語道断だ。
しかし、その生き方が自ら選んだものではなく、誰かから押し付けられたモノだというのなら話は変わる。・・・そんなものは自分の生き方じゃない。
「スズナ。何かあれば、すぐに言ってくれ」
「?...はい。警戒は怠っておりません。敵影を捕捉次第お伝えします」
「・・・助かる」
ーーー本当はその意味じゃないんだが。
などと胸の中で呟きながら、訓練棟へ続く道を駆ける。はじめこそ綺麗なままだった道は、進むにつれて段々と激戦の跡を語りだした。
いや、道だけではない。
頭が痺れるような硝煙の臭いと腹の底に響く火砲の轟を、随分と前から感知してはいた。
【...しい】
「?スズナ、何か言ったか?」
「いいえ」
戦いの喧騒とは違う何かが聞こえた気がしたのでスズナに尋ねてみたが、どうも彼女ではないらしい。
【...わしいぞッ!】
やはり間違いない。が、これは音というよりもネリシャの使う思念に近い。
あいにく彼女の場合にも受信のみで、こちらからの送信は練習が足りないのか成功した試しがないが、何かへ対する苛立ちの感情が言語化されて俺の頭に響いている。
「・・・」
理屈は解れど、今度は理由がわからない。
だが戦場に近づけば近づく程、声は大きく、鮮明なものとなり聞こえてくる。
【煩わしいぞッ!虫ケラが!!もっと骨のある奴を出せ!】
いくつかの角を曲がり、
瓦礫の下をくぐって、或いは飛び越え、
ようやく現場に到着した時にはすっかりと物静かになっていた。
数十人からなる一個中隊が全滅し、ガーデン兵たちは炭か肉片となって飛び散っている。
死の香りと色濃く残った恐怖の感情に、俺の中にある妖怪の部分が激しく刺激されて強い飢餓感に似た衝動を起こす。
【ほう...多少は手応えがある奴でも出てきたかと思えば、どちらも見た顔だな】
「排除します」
「ッ!待て!!」
ダッと走り出すスズナに制止の声をかける。確かに聞こえたであろう声は命令の優先順位によって無視されたのか、彼女は貸し与えた刀を手に突撃していくと瞬く間に竜の懐に潜り込み、グッと腰を落として力を貯めると、剣を振るうように刀を腹部目掛けて突き出した。
竜が微妙に身体を動かしたことによって、ガァンと鋼板を突いたような衝撃音と火花を散らした切っ先は、そこに微かに斬れ込みを与えただけで横に滑る。
【たわけがッ!】
薙ぎ払われた尾を正面から受けた彼女は、打たれた球の様に弾かれて建造物に身を沈める。
大きく動いた巨体が制動するまでの時間に接近し、ダガーにて手短な足を切りつけてみると、岩でも殴ったかのような衝撃と刀身がひび割れる振動がわずかに腕を痺れさせる。挙句に、切りつけた部分の刃が綺麗に潰れていた。
流石は鱗の防御を貫くのに大砲が用いられるだけのことはあって、装甲に対して刃物ではまるで相手にならない。
【やはりは人形と狐か。歯応えすら感じん】
竜は無骨な鱗の裏で、期待していた新手が思いの外貧弱であったことに落胆し、喉の奥に火炎を溜めて姿勢を固定する。
まずいっと物陰へ退避しようとしたところで、足にコツンと瓦礫が当たった。
崩れた建物の近くで戦っているのだから、瓦礫が転がっている事は当然だし、普段なら気にも留めなかっただろうが今は違う。
ーーーそういえば、大砲は効くんだよな。あれって、加速度を与えられる空間と弾となる物体が存在すれば部品は揃う。弾を飛ばす装薬の問題さえ解決できればの話だが。
火炎発射までの隙を突いて、刃の潰れたダガーを捨てて小石程度の瓦礫を拾い上げると、一瞬だけ妖気を全身に巡らせて投擲した。
ダガーを投げなかったのは、単に形状が直線的な弾道の投擲に向かないと思ったからだ。
チュンッと甲高い音と共に緋色の閃光が数メートルだけ走って空中に溶け、衝撃波が正面でドンと構えていた炎龍を強打する。
【グウッ!!】
弾は空気摩擦によって溶けてしまい当たらなかったが、俺が自棄になり、小石でも投げるのかと思っていたのだろう竜は面食らった様子で火炎を中断した。
【貴様...唯の狐ではないな】
「それはお互い様だろう。一騎で一国は天災級じゃないか」
【・・・ッ!貴様、我々の言葉が判るのか⁉︎】
竜は続け様に驚いてみせる。・・・なんだ、意外と表情豊かな奴で面白い。
「ああ、正確には言葉じゃなくて意思が伝わってる....んだと思う?」
【自分の答えに疑問符を付けるな】
若干呆れた様子の返答が返ってくる。
ーーーあれ、今もしかして、竜にたしなめられたのか?
「どうして通じるのか、原理がわからないんだ。大目に見てくれ」
【フンッ、ますます不可解な狐だ。面白いぞ。よい、正体を現せ】
「それは諸事情につき難しいな」
正直な話、今も全身がだるくて倒れそうだ。磯姫から得た妖気をほぼ右から左へとスズナに渡してしまった為、残量は非常に心許ない。せいぜい回数制限付きで、攻撃の時に一瞬だけ身体に巡らせて動きを補佐する程度のことが限界だ。長期戦になればなるほどジリ貧になる。
【カッカッカッ!勿体ぶるなよ小僧。さもなくば死ぬぞ】
瞬く間に喉が紅く輝くと、咆哮と共に業火の息が迫る。
熱波だけで衣服と皮膚が燃え上がり、焼かれた跡の道はガラス状に変質した。
道を転がって鎮火しつつ、再び妖気を吹かして致命傷を負った部分を修復する。衣服までは直らないが、耐火性能の高い繊維は熱波だけでは完全に炭化していなかったので、辛うじて衣服の役割は果たし続けていた。
ふと、妖気を薄い皮膜のように全身の表面へ巡らせて鎧のようにできないかと試してみたが...やはり、そう都合よくはいかないらしい。
「人間の自然発火温度って何度だよ。本体だけじゃなくて余波だけであれとか...確かに国が滅ぶ訳だ」
おそらく、あの火の息だけで歩兵千人は一網打尽にでき、石造りの城壁は融解し、溶岩となって足元を焼き尽くすだろう。・・・確かに、最強の魔物だ。地を歩く人間が敵う姿がまるで想像できない。
【今度はかくれんぼか?炙り出してやろう】
肌は完治したそばから熱波に焼かれ、盾にした支柱は火炎の直撃を受けて融解するが、動くに動けず、同時に攻撃も通らないのでは、このままでは遠からず焼死体となる未来を待つ他ない。
「まずはこの炎をどうするか、だな」
方法は三択だ。
始めは、不死力にモノを言わせて強行突破する。ただし、著しく妖気を消耗するため、その後の戦闘に影響が出る。
続いては、妖術を使って薄い水の膜を・・・って、それは蒸発するだけか、これは没。
最後は瓦礫に埋まっているスズナの戦線復帰まで耐え、隙をついて脱出を図る。
むざむざと焼け死ぬのを待つ程潔い性格でもない。この火炎攻撃とて無限に続くわけでもないのだし、必ずどこかで一呼吸つくはずだ。
その間に周囲を確認してスズナの姿を探すと、炎の奔流に視界を埋め尽くされてボヤけて見えるが、何とか瓦礫からは這い出て竜の背中側でうずくまっている。
あの様子では破壊された身体の再生にもう少しだけ時間がかかりそうだ。
考え事をしている間に背中を預けていた柱がついに溶解して倒れた。
倒れゆく柱の陰から、仕方なしに炎の中へ飛び出したものの、運の良いことに丁度相手の攻撃もひと段落つく。
【まだ死なぬか。つくづく面白い奴よ。よい、我が友に倣って名乗りをを上げようぞ。我が名はグレンガート、火炎にて他を圧倒せし者だ。現在は故あってイスランディ帝国に身を置いている。さあ、貴様も名乗るがいい】
のそりと巨体を立ち上げ、名乗りを上げながら、四つん這いの状態から後ろ足二本での起立姿勢をとる。
ーーー随分と古風なことをする竜だ。しかしイスランディ帝国か...確かスピエンの祖国だった気がするな。
そんなことを考えつつ、乱れた頭髪に手直しを加えてから立礼の姿勢をとった。
「マーセナリーズガーデン一般兵団員 水上 暦だ。認められて嬉しいよ」
【カッカッカッ】
互いのやり取りを終えると、竜は一際楽しそうに笑うと、機嫌よく喉を鳴らす。
【強者との闘争は我が本能!我が本懐!はじめは虫ケラのように落とされるかと気を病んでいたが、最期に貴様のような男と出会えて我輩は嬉しいぞ!・・・おおそうだ】
高笑いを続けていた竜は、何かを思い出したように向き直ると、首を差し出した。
もちろん斬れという意味ではなく、そこには甲冑を着込んだ一人の騎士の亡骸があった。騎士は衝撃波に潰されて、鎧の中で破裂している。
【我が友だ。丁重に葬ってやってほしい】
「・・・約束しよう。あと、彼の剣を借りてもいいか?得物が品切れなんだ」
【きちんと返すのであれば良かろう】
「助かる」
返事を聞くと、鱗越しで見えない表情がニッと笑ったように感じた。
遺体は戦闘の余波で傷まないように近場の地下通路へと移し、グレンガートもその一部始終を覗き込むような体勢で眺めていた。
そして約束の通り亡き騎士が帯びる剣を拝借する。
【その剣と鎧は我等が背に騎乗する者に与えられる特別製らしい。大したもので、我がブレスの余波では赤熱もせん】
見れば、黒塗りの刃は金属らしからぬ質感がある。加工され、磨きこまれてはいるが、それは竜の鱗に酷似していた。脱皮したか剥がれたものを加工したのだろう。
「それは都合がいい。やられるたびに溶かされてちゃキリがなかったんでね」
【カッカッカ!】
再び竜はニヤリと口元を緩ませ愉快そうに笑った。そして姿勢を戻すと、身の毛のよだつ様な殺気を再び放つ。
【さあ来い、狐よ。我は何人がかりでも構わんぞ?】
動かされた視線の先には、ようやく回復を終えたスズナが起き上がるところだった。
「スズナ!身体は大丈夫か!」
「復旧しました。戦闘行動に支障はありません」
「なら左右挟撃を行う。俺の反対から攻めてくれ!」
「イエス、ファーザー」
短いやり取りを終えて、俺たちは弾かれたように走り出す。
大振りに振られる腕や尾の攻撃は、常人なら兎も角俺たちには緩慢な動作に見え、回避も難しくはない。ただ、地上からこちらの刃が届く範囲は全て鱗で防御されてしまう。
荒れ狂う攻撃をかいくぐると、俺は振り抜かれた腕から、スズナは背後の尻尾から、それぞれ軽業師のように竜の上へ登ると、砲撃によって剥き出しになった地肌へ刃を突き立てる。
【ぬっ!グオオオオオ】
本来なら竜巨体と人間の武器では、体格差から爪楊枝で刺されるくらいの感覚なのだろうが、生爪を剥いだ痕のような皮膚を攻撃されては悲鳴の一つも上がるらしい。そして、振り落とそうとのたうち回り、背を建物に打ち付ける。
今の状態では、裂傷はともかく潰された場合の再生は無理だと感じた為そそくさと背中から飛び降りると、腹の下から音速の石飛礫を一発お見舞いした。
チュンッと甲高い音と朱色の軌跡をした投石が竜の腹を背まで撃ち抜いて胴に風穴をあける。ーーーが、よろめきはするものの、その程度では死なないらしい。
ならばと、今度は指に挟めるくらいの小石を三つまとめて投擲する。質量の減少に伴い威力と精度は幾分落ちたそれらは、一発は脚を撃ち抜き、残りが胸部で非貫通した。
【グウゥゥッ...】
怯んだところで、スズナが軽業師の様に竜の体へ駆け上ると弱点を連続して斬りつけ、刃を突き立てる。
絶好の連携かと思えば、竜も竜で体を転がしたり建物にぶつけたりとで、あっという間に彼女を地面に落とすと巨大な足で踏みつける。
その足を躱すものかと思いきや、スズナは足の裏に刃を突き立て、竜自身の力と自重を持ってその装甲を刺し貫いた。
「ファーザー!」
「ああ!」
態勢を崩した瞬間を好機と見た彼女の短い合図に返事を返し、荒ぶる尻尾に手をかけ、鱗を足がかりに巨体をよじ登る。
「貰ったっ!」
首と顎の境目に存在し、可動域のため急所と無装甲な箇所が唯一合致する場所...竜の逆鱗を切り裂いた。
ーーー浅いっっっ!!
妖気を巡らせた渾身の斬撃は、武器の間合いを誤るという初歩中の初歩の誤りで決定打に欠けていた。
「くっ!!」
空中で姿勢を整え、着地と同時に再度飛び上がって剣を突き出す。これであれば間合いは関係ない。己が自身を弾に、高速の刺突で急所を今一度突くだけだった。
ガチンと硬い音がして、俺の体は空中で宙吊りとなった。
「・・・はっ、見事だよ」
吐き捨てる様な俺の言葉に、竜は無言の視線で応える。
驚くべき事にこの炎竜は、首と顎の鱗を使い、蝶番の要領で刃を挟み込んだのだ。
【スタミナ切れだな、狐よ。はじめの頃と同じ速度なら今の一撃で即死だったが...しかし見事よな。これまでの連撃、強靭な我が身も流石にここまでのようだ】
その通り。竜は既に満身創痍で出血多量。先の一撃も一撃決殺の決定打にこそならなかったが、十二分に致命打たり得ていた。
【貴様勝ちだ狐。満足して死ね】
圧迫されて切っ先が砕けると、俺の体は自由落下状態になる。そこへ死に際の一撃が接近するが、時間にして着地まで一秒前後の間、流石にこの状態では空中で身をよじる程しか体は動かない。
木っ端微塵にならなければ、あと一回は不死力で再生できると見積もって可能な限り身を縮こめて衝撃に備えた。
・・・とその時、一撃迫り来る正面からではなく、背面から鈍い衝撃に襲われる。
「がっ!?」
そのまま横の瓦礫群に突っ込み、全身を強かに打ち付けた。
大きな裂傷などとは違い、ジワリジワリと再生する打ち身は嫌な鈍痛を感じさせられる。
ズシンと重量物の倒れる音とともに砂埃が舞う。
【カッ!人形が...邪魔を、しおって....】
「ファーザーは護衛対象です。目標の死滅と両立可能な最適解でした」
会話の端々から、どうやら俺はスズナに蹴られて軌道を逸らされたらしいことは分かった。だが、回復が追い付き、彼女の方へ視線を向けて驚愕する。
「ファーザー、目標の討伐に成功しました。帰投しましょう」
「何を...いやっ...」
ここで彼女を責めるのは価値観の押し付けになる。だがそれにしても凄惨な情景が眼前には広がっていた。
「どうか...しま..したか?」
地面に仰向けで倒れ伏し、青い顔で首を傾げる彼女には下半身が存在しなかった。さらには爪により胸元から先のない腹部にかけてを大きく引き裂かれて地面に血だまりを作っている。
「いや..........ありがとう。お陰で助かった」
「ファーザーは...護衛..対象で......す...から」
血を吐き、息も絶え絶えだというのに、彼女はあいも変わらず平然とした口調でそう答えた。
頭の中から冷静さという言葉が消えそうになった。
彼女に無理な戦い方をさせてしまった己自身と、彼女に命の執着を持たせなかったガーデンに、底知れない怒りが湧き上がる。
それでもあと一歩を踏み止まったのは、目の前のスズナのお陰に他ならなかった。
「待っていろ。必ず助ける」
ーーー真水...は無い。水場も炎竜の火炎で蒸発してしまった。
ーーー血は...もう妖気をほとんど感じられない。おそらく傷口に垂らしたところで、やや治りが早まる程度だろう。
ーーーダメだ、妖気が....人間が...足りない。
【恐ろしや...そこまで..滾るとは....ああ、恐ろしや】
後ろから、美味しそうな匂いがした。
【己が姿を...見るがいい。まるで..悪魔の....様だぞ?】
そうだった、俺の食事は...
【・・・そんな目で...こちらを......見るな】
知性体なら何でも良いんだ。
【カカッ....貴様、よもや......!】
グニャリと歪んだ意識の中で、死にかけの竜の目に悪鬼のような姿の自分が映ったことは覚えている。




