〜ガーデン本島防衛戦9〜
激しい戦闘があったらしい。
銃砲や刀剣といった、あらゆる武器が方々に散乱し、その近隣には炭化した人の亡骸が無造作に転がっている。もう微かなうめき声をあげる者すら存在していない。
高温で溶かされた路面はガラス状に変質しており、燃える建物の炎を反射して視界を朱に染めた。
「酷いもんだ」
「ドラゴンは一匹で一国をも落とす。ガーデンが死の島にならなかっただけ、ここの精強さを誇るんだな」
「・・・っ」
凄惨さに、絞り出した様な呟きにグレイは平然とそう返すので、俺は思わず奥歯を噛み締めた。そうじゃないだろう、と。
いかなる時でも感情に囚われず、冷静に相手の脅威度と損害を比較してその被害の度合いを分析できるのは、確かにグレイの指揮官として優秀な所だ。だが、その一言にこの状況を収めてしまって良いのだろうか?
人が大勢死んだんだ。せめて慰りの言葉があってもおかしくはないのではなかろうか。
横目を向けて目を細めると、奴はそれを知ってか知らずか視線を切る。
「ーーーところで、本当に方角はこっちで間違い無いんだろうな?ミズカミやドラゴンが見当たらないどころか、戦闘の音さえしばらく聞こえてこないぞ」
俺はやや不機嫌ながらもそう尋ねる。
俺やグレイ、カーディナルの3人が足早に駆けてしばらくだというのに、奮戦の音もないのはおかしかった。
俺たちは多少のガレキならばジャンプして飛び越えられるため、ほとんど直線距離で進んできたというのに、目につくのはどれも悲惨な戦いの後ばかりだ。
「報告によればこっちの方で戦闘中とのことなんだがな」
「報告といえば貴様。さっきははぐらかされたが、戦闘の指揮はどうなっている。総大将がこんな所でフラついてやがって」
「問題ないといっているだろう?しつこい奴だ。俺にはまだまだ、お前の知らん力があるのだということだ」
「お前らが人間じゃないことは知っているが、貴様は貴様1人だろう。影武者でも立てているのか?」
「それに答える必要はないな」
問答の末に奴はそう言ったきり、口を閉じて開こうとはしなかった。
「くそっ・・・あとで絶対に問い詰めてやるからな!」
我ながら呆れるほど典型的な捨て台詞を吐き捨てたのを最後に、数分間は黙々とした沈黙で前進を続けた。
胸中で渦巻く不満は更に高まる。戦場の煙たさと合わさってか呼吸が苦しくて敵わない。
しかし、ずっと続くかと思えた燻る感情も、新しい衝撃を前には奥へと引っ込んでしまうようだ。
「ーーー待ってくれ」
いくつかの廃墟を超えたある場所で、俺は手を挙げて2人を呼び止めた。
黙って頷く2人を残して、建物の合間に開かれた広場へと1人で進む。
剥き出しになった支柱や、何か...おそらくはドラゴンの尾で薙ぎ払われたのであろう、地面の擦れた跡に点在する、やや黒ずんだ紅い花。その中心には、同色の池の中で半分ほどになってしまった身体を浮かべる部下の顔があったのだ。
「ガレスッ...!」
数年ほど前に目をかけた1人の少女が、苦悩の表情を浮かべたまま事切れている。
という事は、第三班はこの場所で全滅したのだろう。
脳筋揃いの中で子供の様に純粋な少女であったが、その分で機転という面では何度か意表を突かれることもあった。この少女を班長に据えてやったのは数ヶ月前だったか。当時の飛び上がる様なはしゃぎっぷりと、突然一変して肩を落としていた情景は今でも鮮明に思い返せる。
自分の袖で顔についた血を拭い、表情を整えてやって腕を胸の上で組ませる。
「これで多少は綺麗になったな、後で必ず迎えにくる。それまではここで、皆んなと一緒に待っていてくれ。部下をまとめるのが...班長の役目だ。」
ーーー最後の一言は、自分への戒めだな。
神父の言う神なぞ信じていないが、暦たちがいるんだ、死後くらいはあるのだと思いたい。
組んだ腕に手を添え、彼女と班員に祈りを捧げて立ち上がった。
「待たせたな、先を急ぐぞ」
「ああ。」
短い返事があって、俺たちは再び歩みを進める。
「シラギ。お前は神を信じるのか?」
数歩も歩かないうちに、グレイがそんな事を藪から棒に尋ねてくる。
先ほどの祈る姿を見て、何か奴なりに思うところでもあったのだろうか。
「信じない」
俺は確固たる信念を持ってそう断言する。
「居たとしても、このクソみたいな世界を傍観してるようなゲス野郎だ。信仰なんぞしてやるものか」
「神が実在するならば、その在り方は人知の及ばない領域だ。お前の価値観で存在を否定するのはおこがましいのではないか?」
「なんだ、今日はやけにお喋りじゃないか」
こいつが信奉者であるという噂は聞かないし、どちらかといえば悪魔の側になる奴だ。
人間が何かに祈りを捧げるという行為を嫌悪するのだろうか?いや、それにしてはこちらの回答を楽しみにしている様な雰囲気さえある。
「だがまあ、答えは変わらん。俺は即物的だからな、どちらにせよ都合の悪い神は信じん。・・・悪魔は多少信じているがな」
そうぼやきながら横目に奴の姿を追ってみる。すると驚いた。仏頂面のグレイ・フォックスが薄らと笑っている。
「なんだよ気持ち悪い。変なこと聞いたかと思えば、急に笑いやがって」
いつもなら、数人死んだところで何だ...くらいの物言いで俺を怒らせるような奴だというのに。
「気にするな」
そう返した頃には、既にいつもの仏頂面に戻っている。
・・・何だ。もしかして俺は今、慰められていたのか?だとすれば尚更気色が悪い。
そのまま気味の悪い沈黙を引きずって幾つかの角を曲がり、瓦礫の海を飛び越えると、視界に深紅の巨体が映り込む。
「っ!」
反射で柄を握ったものの、すぐに様子がおかしいことに気がついて手を止め、目を光らせる。
「・・・死んでいるな」
「ああ」
俺の呟きにカーディナルは嬉しそうに相槌を打つ。だがーーー
ーーーその目はドラゴンを写していない。
ーーーその声は討伐を喜んではいない。
ただジッと、巨体の傍に腰を下ろした1組の男女を眺めて浮かれている。
それは紛れもなくミズカミと、例のホムンクルスの少女だった。ただし、それぞれ無事とはいえない。
9本の尾それぞれがこちらを招く様に蠢き、頭から生えた獣の耳は起立してツノのように天を指している。
だが何よりも異様なのは足元の影であり、荒れ狂う水面の如く不定形に揺らめいていた。
先ほどまで皮肉を交えて悪魔を語ったが、それが現世に顕現した姿とは、ああなのかもしれない。
異形のミズカミの膝には、それ以上に凄惨な姿で横たわるホムンクルスの少女が死に体の状態で抱きかかえられている。
ゆっくりと近づけられたミズカミの口がホムンクルスの頸動脈を捉えて噛みつくと、それまでは勝手な動きをしていた尾も耳も影も、急に統率がとれたように彼女を向く。
「あああああ!!!ああああぁぁぁああああっっっっ!!!!!!!」
半分しか無い体が、打ち上げられた魚のように跳ねたかと思うと、耳を裂くような悲鳴とともに腕を振り乱した。
やがて影が染み込むように彼女の体に馴染むと、欠損した下半身が湧き出るように治っていく。
「いやあああっっっっっ!!!やめて!痛い!!苦しい!!!来ないでっ!来なっっっ来るなあああああああぁあぁぁぁああっっ」
ホムンクルスの悲痛な叫びを上げて、残った腕や再生する足を使ってミズカミを引き剥がそうとするが、奴は微塵も動かない。
「カーディナル、あれは...」
視線を外せないので、絞り出すようにして尋ねると、流石に引きつった奴の声が返ってくる。
「治療...というよりは超強力な自己再生だな。血ではなく、より高濃度の妖気を直接体内に流し込んで無理やりに治させているんだよ。死んでいなければどんな傷でも治癒するが、代わりに死んだ方がマシだと思うくらいの激痛が走る」
ホムンクルスの再生を終えると、ミズカミは顔を離して、先ほどに絶叫が嘘のように静まり脱力した彼女を寝かせる。
「加えて、妖気供給が直接的すぎて、不死力だけでなく彼の記憶や感情まで流れ込んでいるんだろう。あれはほぼ洗脳に近い」
最後だけ吐き捨てる様に言ったカーディナルは1人歩き出してミズカミに近づいた。
すぐに尾の1本が動いて瓦礫から1本の剣を掘り出すと、鞭のように唸りを上げる。事前に半歩引いていなければ、カーディナルの首は落とされていただろう。尤も、首を落とされた程度では、この男にとって毛先が千切れた程のことでもないのだろうが。
「おいたわしや若君。誇り高き大妖怪の末裔ともあろう方が、その力に飲み込まれかけている。まるで禍をもたらす物の怪の様ですぞ」
【・・・・】
ミズカミからの返事はない。
黒く染まった白眼の中に浮かんだ、黄金の瞳がこちらを一睨みすると、急速に周囲に霧が立ち込める。そして、現れたのと同じくらいの速さで景色が晴れていくと、俺たちはガーデンとは全く別の場所に立っていた。
星と満月の美しい夜空が生まれ、見惚れる間もなく炎上する屋敷が現れる。足元には砂利が敷かれており、悲鳴と血のりがそこかしこで広がっていた。
「ここは...」
凄惨、という言葉が当てはまるのだろうか。
いや、ここは今まで経験したどんな戦場よりも悲壮感に包まれ、渦巻いた怨念を肌で感じられるほど濃い。ここは単純な言葉一つで形容してしまって良いものではなかった。
どこに目を向けても絶望が、苦痛が、怨嗟が、それらを絡めた黒煙が天に登る。
美しく感じた夜空は煙を追って見ると、人々の感情を上から見下ろす冷たい目の様に錯覚するほど冷徹だった。
「ここは彼の心象さ。強力な妖怪はこうやって獲物を狩場に連れ込んで幻惑し、怖れさせ、心身ともに弱ったところを存在もろとも喰らうのさ。並の妖怪は精々既存空間を利用したまま獲物以外を眠らせる程度なんだが...心の内で現実を塗り潰すとは、流石は大妖怪様だ」
「おい、まずいぞカーディナル。これは流石に煽り過ぎた...」
余裕の表情を崩さずに俺へ状況を解説するカーディナルとは打って変わって、グレイは戦意を失って及び腰だ。
「臆すな、むしろ喜ぶべきだ。これでまだ全力でないのだからな。流石、流石だ!是が非でも奴らと戦うまでに力を取り戻していただかないと」
「その前に我々が滅ぼされてどうする!既に磯姫は倒れた。これ以上欠けて誰が若を導く!」
「我々は死なんさ。この程度でやられては、到底本番には耐えられない」
「言うに易しだが...」
苦虫を噛み潰したような表情のグレイが人間離れしたーーーと、元々人間ではないがーーー跳躍で間合いを空け、着地した時には奴の姿も変化していた。
ミズカミのように生えた狐の特徴。ただし、尾の数は大きく劣り、2本しかない。
だがその手には、眩く輝く一振りのロングソードが握られている。
俺とて、いつまでも呆けている訳にはいかず、残ったブレードを着剣した。右にはアンカーレイピアを、左にはスケールブレイカーを装備する。
アンカーレイピアは射出しなければ細身剣として使え、スケールブレイカーの丈夫な刀身はその他の刃よりは継戦能力を持つ。
鋭利な断面よりも、押しつぶすように損傷を与えるこいつらの方が、いくばかりかミズカミの再生能力に時間を割かせることが可能だろう。
「シラギ、一つ忠告しよう」
際どい緊張の中で、どこからか身の丈以上の大太刀を取り出したカーディナルが振り向くことなく注を入れる。
「見るな。考えるな。ただ感じろ。理屈を練った時点で君は死ぬ」
ーーーどういうことだ?
そう聞き返すより前に、その言葉の意味を、身をもって理解する。
自然に身体が宙を舞う。吹き飛ばされたのではない。自分の足で跳躍していたのだ。
漠然とした死の予感に、戦場で培われた直感が思考より先に身体を動かしていた。
直後に、視界の端で黄金が迸る。
鞭の様にしなり、ゴムの様に伸縮する尾が横なぎに地面を払っていたのだ。
直後にもう一本の尾が空中にいる俺を襲った。ウイングのない今、空中機動は不可能だ。
スケールブレイカーの厚重ねな刃を盾に攻撃をいなし、着地にはアンカーレイピアを地面に突き立てて衝撃を和らげる。
同時に、接地の瞬間を狙った攻撃が細身の刀身を粉砕した。もしも生身の腕で着地の衝撃を吸収していたらと思うと寒気と吐き気が込み上げる。
かと思えば、無防備になった一瞬を狙った突きが襲いかかってくる。
「シラギ!誰かが一瞬でもアレの動きを止められれば、後は後は我々で対処する。全力を尽くせっ!」
「そうは言うがっ!」
前後上下左右と、3本の尾を使った3次元的な攻め手が絶え間なく連続する。これを掻い潜って本体に一撃入れろとでも言うのか?とても正気とは思えない。
身をよじり、跳ね、伏せ、武器の損耗を少しでも減らすために、筋力と動体視力にものを言わせて回避をおこなうだけで精一杯だ。
この時ばかりは、己の身体能力が人間離れしていることに感謝するよりないが、その荒れ狂う暴力は川の濁流を彷彿とさせ、自然に対した無力さと似たものを感じる。
回避の合間に一太刀入れる。モンスター相手に切り込んだ時と同じで、腕力のみでは毛先一本断ち切れる気がしない。
反動で宙に舞い、そこへ向けて三方向から攻め手が迫る。身を捩り、全身を駒のように回転させながら振るった一撃は見事に攻撃を打ち返した。
ーーーそれでも、わずかに毛を刈っただけか。
ミズカミの変身は何度か見たこともあるし、ミーラスブリザでは試合形式であったとはいえ真剣を交えもした。
生身の部分は人間と変わらず剣で避けたが、その時にはこの尾を用いた戦いではなかった。
この黄金の獣毛は鎧であり剣でもある。こちらの剣は通らず、逆にわずかにも触れればヤスリの様に肉を持っていかれる。
自然と防戦一方となるが、スタミナは無限ではない。必ずどこかで俺は息切れを起こす。
ーーーその瞬間に俺は、、、
緊張感とは別の寒気が背筋に走る。
自分は何に切り込んでいるのかと。
自分は何故抵抗を続けているのかと。
抗いようのない死の気配に、感情が抵抗を放棄させようとする。
ーーーいっそこのまま手を止めたら、楽になれるのではないか?
自棄的な思考が過った瞬間に、ミズカミとは別の方向から強烈な、それでいて致命的ではない衝撃に襲われた。
「惚けるな」
カーディナルの声がする。
目を向けると、ボロ切れの様に全身を引きちぎられながら睨みつけていた。
「言っただろう。幻惑し、怖れさせ、心身ともに弱ったところを存在もろとも喰らう。終わりがないわけじゃない。絶望するな」
皮だけで繋がった右腕で大太刀を振るい、刃は毛と骨肉を絶って切り落とす。
瞬きするよりも早く双方の傷は完治して、続く猛攻を繰り返した。
カーディナルの戦いは初めて見る。身の丈ほどの大太刀でありながら、膂力で振り回すわけでもなく剣技として成立した流麗なものだ。
まともに打ち合えば、あれ程の長刀は簡単に折れてしまう。そうならない様に切先が相手の攻撃を誘発し、横へ流す様にいなした返す刀で確実に一撃を重ねていく。
だが見惚れてばかりではいられない。振り下ろされる尾を回避して立ち上がる。
「良い蹴りもらって目が覚めた」
絶望するな。俺の命は俺だけのものではない。
視界の端に、懐かしい膨れ面が見えた気がする。
ーーー悪かった、ルーシア。
細く吐き出した息が笛の音の様に響き、集中力の限りを尽くして剣を振るう。
カーディナルの見様見真似で攻撃をいなしては一太刀、いなしては二太刀と攻めと歩みを重ねた。
近づくたびに攻撃は苛烈になっていく。
横凪だった攻めに突きといった直線が混じると回避は一層困難になる。
攻撃を受けた左手の刃が火花を散らしながら赤熱して、緋から白くなったところで甲高い音を立てて刀身が砕けた。
後2歩と半分、ブレードを付け替える時間はない。残った空気を全て吐き出すつもりでミズカミへ叫んだ。
「このっ!おいミズカミ!俺の声が聞こえるか!!」
【・・・】
問いかけに対して返事はない。
だが奴は、黙ってこちらを見返しはした。
「っ!」
見覚えのある表情だった。
この世の全てが憎いような、怒りの炎で頭を
焼き尽くされるような。
いつかの、古い鏡を見せられているかのようだった。
「シラギ!集中しろ!!」
「しまっ!」
ミズカミの表情につい気を取られて防御が疎かになる。
いくら身体が直感的に動くからといって、無意識に動き続ける訳ではない。極度の緊張状態を維持し続けなければ回避はままならないのだ。
風切り音だけを残した黄金の閃光が、同時に三方向から迫る。
尾の一本に刃を立てれば、切断するより早く別の尾が迫る。加えてとても硬く重い。まるで岩に切りつけているかのようだ。
2撃までは上手くいなせたが、横凪の攻撃は剣を盾にする他なかった。
刀身はへの字に歪み、左腕が軋みを上げる。せめてと後ろに飛んだため勢いを殺すことには成功して骨折は免れたが、代わりに大きく吹き飛ばされて遠くまで転がった。
ミズカミはその場を動かない。不動のまま尾だけをうねらせる。
伸縮性のある攻撃だが、ここまでは届かないらしく呼吸を整える間が生まれた。
咽せるように絶え絶えな息を落ち着かせ、曲がった刀身を交換する。
全身の点検をおこない、出血の有無や打撲に捻挫をしていないか確認した。我ながら恐ろしいことに、擦り傷以外に怪我はない。
だが、いくら肉体的に損傷が無くとも、精神的な疲労は間違いなく戦闘に影響を及ぼしている。このような疲労は、初めての単独飛行や対竜戦の後でも経験しなかった。
ーーー奴に弱点は無いか。
思考を巡らせ、記憶の端々にまで検索をかけるが、思い当たる節はなく、警戒心の強い奴が弱点など軽々しく口にする筈もなかった。
手当たり次第に切りつけたところで、こちらのスタミナが尽きてしまうか、先にミンチにされるかのどちらかだろう。
せめてウイングがあれば優位な立ち回りができただろうが、無いものねだりは意味がない。
改めて視線を向けると、ミズカミは手をハンドガンのような形にしてこちらへ向けている。
子どもの遊びではないのだ。転がるようにして右へ避けた瞬間に、地面が炸裂して炎上する。
ナパーム弾のごとき攻撃に頭が混乱した。
さらに連続して5発が撃ち込まれるのを、転がり続けて回避する。
改めて目を凝らすと、童話の挿絵に出てくる霊魂のような、ゆらめく青い炎がミズカミの指向する方へ弾丸のような速さで飛んでくる。
1発当たりの威力は手榴弾程度のようだが、破片に注意しなくて良い分、回避は楽だ。
転がりながら腰のホルスターから銃を引き抜き、動体視力を最大限活用して火の弾とミズカミの頭を撃つ。
火の弾は銃弾が透過してしまい意味が無かったが、頭に当たった分は頭部の後ろ半分を吹き飛ばして一瞬だが攻め手が止んだ。
そうか、いつだったかエルメスが言っていた。こいつらは治癒するだけで、肉体の構造も、神経の伝達も、全て人間と変わらない。ならばいくら無限に再生ができたとしても、一瞬で傷が癒えたとしても、頭を破壊すれば治るまでの一瞬は動きが止まる。
伏せ撃ちのまま、さらに弾丸を叩き込む。距離は50mも離れていないので、流石にミズカミが完治するよりも速く弾が到達するが、同時にこの距離はハンドガンの有効射程とほぼ一致する。加えて専門でも得意でもない、身体能力に完全依存した銃撃は7発全弾を撃ち切っても2/7の命中率だった。
最後の45口径弾が右肩を追加で吹き飛ばしただけで、スライドは後退した位置で停止する。初めの1発が頭に当たったのは奇跡としか言いようがない。
「「よくやったシラギ!」」
頼もしい二つの声が響く。
グレイとカーディナルが隙を見逃すわけもなく、無防備な胸を前後から串刺しにした。位置からして心臓を貫いている。
【アアアアァァァァァアアッ!】
耳をつんざく絶叫が響き渡る。夜空に亀裂が走りひび割れると、本物の空が顔をのぞかせた。
まるで世界が崩壊していくかの様だ。
それと同時に9尾や狐の耳、金色の長髪など光の粒となって霧散すると、いつものミズカミが後に残る。
胸から剣が抜かれると、崩れるように膝をついた。
「若君、頭は冷えましたかな?」
「・・・」
「これは悪手だ。衝動に飲まれ、怒りに飲まれ、結果護りたいものまで傷つけてしまう」
「・・・」
「まだ本調子ではないとはいえ、その力は圧倒的な暴力でしかない。それに、元より敵対は本意ではないのだ」
「・・・あの子は...スズナは、忌みの落し子だ」
起き上がり近づくと、ミズカミのか細い呟きが聞こえてくる。
「俺にはもう、家族しかない。見ろ、この景色を」
顔を向ける先にはこのロケーション唯一の建物である、燃え上がった大屋敷がある。
「眠れば必ず夢に見る。これは俺が滅ぼした、俺の人生そのものだ」
ミズカミとしての人格が蘇ったためか、この不思議な空間の崩壊は一層と早まっていく。
星空は砕けたガラス細工のように欠け落ち、屋敷の火は激しく燃え上がって柱が倒壊していく。
「自分の人生は捨てた。多くの人から、人生と生活を奪った。故に俺は...」
力無く垂れていた腕が刀の柄を再び握り直す。
「俺は、贖罪ではなく只の自己満足で、この手に残したものを護る。護りたいと思ったものを、失うことも、再び捨てることも無いようにッ!」
腕の力のみで放った斬撃が前方のカーディナルから右腕を奪うが、後ろからグレイに蹴飛ばされて転がる。
「スズナは....彼女は確かに...お前達が作った存在だ...だが、だからといって...お前の好きに扱っていいわけじゃない。少なくとも、俺が生きている内には...」
大きな力を使ったためか、ミズカミは項垂れたまま動くことができない。
カーディナルはその様を見下ろして、諭すように口を開く。
「・・・開発班長が産んだ構想は単純だよ。単騎でモンスターに勝り、命令に忠実で、且つその範囲で自己判断がおこなえ、安価なコストで生産と運用ができる兵器。確かにアレらなら革命的にこれらの問題を解決できただろう。人間の犠牲を払うことなく、数によってはモンスターの駆逐さえ夢ではない戦力の人形を作れるのだからな。この行動はほぼエルメスの独断専行であり、培養施設の流用も私的で規律に反したが、結果的にガーデンの利にはなっていた。だが、私にとっては好ましく無かった。ああ勘違いのないように言っておくが、人間が死なないことがまずい訳ではない。戦う意志と力を失うこと、そして何よりも、大妖怪の神秘を不正にコピーしたことが問題なのだ。前にも同じことを説明しただろう?君主の劣化コピーを人間の人形として使い潰される、こんな屈辱は耐えられない。故に、彼の国を唆して、ガーデン本島防衛戦にまで発展したこの事件を引き起こした。おかげで無事に量産品の殲滅と生産施設や遺伝子データ等の研究記録の抹消ができたのだ。あとはその試作品さえ、よりによって生殖機能さえ持ったその紛い物さえ破壊すれば、ドラゴンの火炎で残さず炭にしてしまえばと思ったのだが、まさかその主君自身に阻止されるとは思わなんだ」
淡々とした、独白のような長文をミズカミは黙って聞き入れていたが、最後の言葉には少し表情が動いた。
「お前たちに主人になった覚えはない」
「そうでしょう。我々も個人ではなく、その血統へ麾下しているのだから」
血族への忠誠は、一種の信仰に近いものがある。古来より多くの支配階級が用いてきた安定統治の基礎となる考え方ではあるが、そこに神輿に担がれる側の心情は考慮されない。
「若君、これが我々のエゴであることは否定しない。だが、主を想う家臣の気も汲んではくれないだろうか?」
そう問うカーディナルの表情に、いつもの余裕や軽薄さは感じない。
あれほど真摯な奴の姿を見るのは初めてだった。
「・・・お前たちの目的は何だ?何故断絶寸前の血統に、それ程の忠義を捧げる。何をそんなに、憎んでいる」
ミズカミの目が、カーディナルの瞳からその奥を覗き込んでいるようだった。
奴は核心をつかれた様に目を丸くして、それからいつもの笑みと、凶暴な憎悪を浮かべた。
「「謀反への報復を」」
「「不忠への制裁を」」
「「辱めへの天誅を」」
グレイと声が重なり、全身から溢れ出る殺意と威圧は黒い影となって眼に見えるようだが、ミズカミは平然とした様子で問いを続ける
「その殺気、いったい何へ向けている?」
問いの答えに、二人の指は天を指す。
「「自らを、神と騙る愚か者へ」」
お久しぶりです。前回の投稿より年単位での休載が続いてしまい、読者の皆様にはご迷惑をおかけしております。
幾たびも筆を取っては置き、構想に沿って物語を考えては没にしてを繰り返すうちに月日が経過しておりました。
いくらか考えも纏まり、また投稿を再開しようと思うので、よろしければお付き合いください。




