〜ガーデン本島防衛戦7〜
辺り一面が瓦礫の山。崩れた廃屋の柱を背にし、剣を構えて息を殺すガーデン兵が数十人。
そのすぐ外には、グルルと威嚇の声を上げるドラゴンが地を揺らしながら行進していた。
ドラゴンを倒すために特別な武具を与えられ、訓練された討伐隊の第三班。しかし今は最大の強みであるウィングでの飛行が行えない状況にあり、皆が皆不利な陸戦に追いやられているのだった。
「班長、ダメです。サーキスからの連絡も途絶しました」
通信機を担いだ青年が小声で首を振ると、ドラゴン討伐隊の第三班班長 ガレス=ハインドは眉をひそめて手袋越しに爪を噛む。
「くそッ...これで3人目だ!」
現在彼女たちは謎の攻撃によって、偵察、攻撃、撤退の如何なる目的のためであろうと、空に舞い上がった瞬間に何者かに皆撃墜されていた。
「作戦本部は飛行禁止としか言わず、自らで調べることも叶わない....これでは動きようがないではないか!」
部下は皆一騎当千の猛者ばかりだが、モンスターを相手に十二分に力を発揮できないというのは致命的だった。
ーーー落ち着け!焦るな!
こんな時、シラギ隊長ならどうする?
早鐘のように強まる鼓動に顔をしかめながら、彼女は頭の中で敬愛するリーダーの後ろ姿を思い浮かべた。
いや、敬愛とは少し違う。
彼女はシラギ=スラティスタのことを異性として恋慕していた。故に大切な班長職の任命された時は飛び上がるほど喜び、この一大事に彼の後ろで飛べない事に彼女ほど気落ちした者は居なかった。
ーーー何かミスがあったのか。
ーーー何が不安だったのか。
彼女の思考の片隅ではそのことが常に響き渡っており、それは焦りや不安として彼女の思考をかき乱していた。
だが、事態をより深刻にしていたのは、部隊を率いる者の不安がそれ以上の不安となって部下たちにのしかかっていた事だった。
「班長、ここは一旦撤退しましょう。一般兵団の力を借り包囲殲滅が妥当です」
「そうです。我々だけで退治する必要はありません!」
部下の言葉により、彼女の頭にも撤退の二文字が浮かぶ。しかしすぐにもう一人の自分が頭の片隅で囁いた。
ーーーここで退けば、部下は助かるかもしれない。でも...そのせいで私たちが全滅する以上の被害が出るかもしれない。それに、私たちが崩れたならこの本島から討伐隊主力は駆逐されてしまう。
ーーーしかし、傷ついて弱ったドラゴンに対して、効力の薄い小火砲で攻撃してもダメージを与える以上に気を逆立てて興奮させてしまう危険さえある。やはり我々で対処しなければならないッ!
ーーーあの状態ならば、50口径の砲で20cm砲弾クラスでも十分トドメをさせるが、そんな巨砲は歩兵では持ち運べない。砲台まで誘き寄せるにせよ、かなり離れた海岸線まで向かわなければダメだ...とても、辿り着けない。
「ダメだ。ドラゴンの討伐こそ我らの役目...差し違えてでも必ず討ち取る。包囲殲滅の陣を組め!」
頭を振って、進言と甘えた感情を振り払い、攻撃用意の指示を下す。
ーーー相手は瀕死の重傷を負っているのだ。
この中の何人かが...例え真っ先に自分が犠牲になったとしても、きっとこの場で討ち取ってみせる!
覚悟を決めた彼女は目に力を取り戻して先陣を切る。
極力音を立てないように気を配りつつ、広場の中心で止まっているレッドドラゴンを四方向から囲むように潜むと自身は廃墟を上がって観察と指示を行った。
「奴は思った以上に深手を負っている。主要部の防御はまだ健在だが、手足や鱗の薄い場所はだいぶ素肌が露出しているな...」
ーーーあの損傷具合ならば、ウイングによる加速なしでも、十分アンカーレイピアで貫通し固定ができる。仮に失敗したとしても、あの様相からして四肢の動きを鈍らせるだけのダメージは十二分に通る。機会さえ見誤らなければ、対応可能だが、一番の問題は、人手の少なさだな。
ドラゴン討伐隊は空戦部隊であるが故に、一班あたりの人員はわずか9人しか居ない。
よって、四方に散り、四肢を固定する任務を帯びたグループは一ヶ所につきたったの2人。一応ペアは組ませられたものの、一撃で全滅しうる手薄さだ。
ーーー流石に人が少な過ぎる。やはり白兵隊を呼んで攻撃を待つべきだろうか?
彼女は顎に手を当ててしばし思案に耽る。
ーーー白兵隊と合流すれば潤沢な兵力で殲滅ができる。
ーーーでも今を逃せば、絶好の攻撃チャンスをみすみす逃すことになる。
ーーーだが、場所を変えて戦えば大人数で討つことができる。
ーーーいや、それじゃ他の建物や隊の損耗を増やすだけで...
「くっ!」
一度は振り払ったはずの考えが、再び後ろ髪を引く。
考えるのを止めたなら命を落とすのが戦場の常であるが、今の彼女の思考は打開策の模索よりも腰の引けたものの比重が大きく、これは返って思考を乱し、冷静さを奪う結果となった。
「ヒューザ。外洋へ出た隊長たちとの通信はどうだ?」
それでも最後にこの行動を怠らなかったのは、やはり班長に選ばれるだけの実力ゆえであった。
「残念ながら、未だ回復しません」
「そう。残念ね...」
ため息をつく様に、素の自分を最後に吐き出すかの様に、大きく呼吸すると彼女は腕を振り上げる。
そして「行けっ!」と手信号を送ると、瓦礫や建物の陰に隠れていた者たちが一斉に飛び出してドラゴンへ飛びかかった。
そのタイミングを見計らっていたかのように吐き出された炎が瞬時に前右翼陣を全滅させ、力任せに振られた尾が後衛を薙ぎ払う。
多大な犠牲を出しながらも自滅覚悟の突撃は功を成して、三本のアンカーレイピアが手足を貫いて動きを封じる。
ーーー固定が甘いが行くしかない!
タイミングを見極めて、ガレスは崩れた廃墟の4階から飛び出した。
圧倒的に勢いは足りていないものの、鱗のハゲた手負いであればトドメを刺せると信じて決死の身投げを敢行した。
ウイングによる降下加速度と自由落下により、刃は十分な殺傷能力を得た斬撃となり、燃える景色を刀身に映しながらきらめく。
ーーーその首、もらったッ!
次の瞬間、全身を震わす激しい振動と浮遊感、そして大量の血飛沫が視界を染める。
だが、確かな手応えを彼女は感じていた。
ーーーやった!倒した!
落下の衝撃で自分はもう戦えない身体になるだろうが、その手土産に討伐の戦果がぶら下がっていれば溜飲も下がる。
シラギからは大目玉を食らうかもしれないけれど、それでもいい。私は立派に職務を全うした。
そんな、細く笑んでいた彼女はある違和感になかなか気がつくことが出来なかった。
ーーーあれ?どうして私は横に飛んでいる?
どうしてあそこにドラゴンが見える?
私は・・・.....
急に息苦しくなった彼女は一つ咳をする。
同時に大量の血が口と鼻から溢れて息ができなくなった。
ーーー私は....
目が回るような、視点が定まらないような、焦点を失った瞳を下げていくと、そこにあるはずの下半身が丸々無くなっていた。
「ガフッ!.....」
もう一度血の塊が口から吹き出ると、次は体の上下から一気に体温と力がぬけていく。けれどそんな中で、意識だけは異常に早く回転して混乱させていた。
ーーー痛い!嫌だ。痛い!嫌だ。痛い!痛い!痛い!痛い!!
どれだけ口を開けても、魚のように口を動かすだけで空気は肺に取り込まれない。
徐々に視界が色を失っていくと、未だに鳴り響く鼓動が嫌に大きく感じられた。
やがてどれだけ目を動かしても暗闇しか映らなくなり、あれだけうるさかった心音さえ停止した事に気付いた彼女は一筋の涙を零す。
ーーーごめんなさい、シラギ隊長...
最期の意識が途絶える瞬間、彼女の冷え切った身体に温かなものが通うように感じた。
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死と恐怖。焔と黒煙が支配した、かつては美しかった孤島の城下が崩れ落ちている。級友たちと練り歩いた道が、瓦礫と死体で埋まっていた。
教本で学んだし、国元で伝説にも聞いていた。
弱いものが相手でも軍が派遣されるほど、力の差を持つモンスターと人間。その中でも最上位に君臨するドラゴンは、たった一匹であっても正に天災そのものであった。
「これ程の強敵...いや、災害に、本当に抗えるのか?」
ーーー怖いッ!
息も詰まるような恐怖により、体はとうに動けなくなっている。
ハンターホークに洋上で襲われた時にも恐怖はあったし、その後乗っている上陸艇が被雷した時にも死は覚悟した。だが、あれらは森で獣に会ったような感覚であり、今の空が落ちてきたような虚無感と絶望は無かった。
「はっ...はははっ.....」
渇いた笑い声が自然と口から溢れ、握っていた剣が音を立てて地面に転がる。
「人間は・・・ここまで無力なものなのか」
努力や根性で歯が立たつ相手ではない。
人類最高の防御戦力たるガーデンでさえ、早期警戒網を破られるというイレギュラーで懐に入り込まれるとこのザマだ。並大抵の国家では半日も保たないだろう。
頭の中では過去の記憶が走馬灯のように流れ、そして、出会った当初こそ下級貴族の小娘と見下していた少女の笑顔が浮かぶ。
「アイシャは...無事だろうか」
己が生涯において、これまで自分に裏の無い笑みを向けてくる女は妹たちしかいないと思っていた。
だが彼女は、ガーデンでは世俗の身分は関係ないと言い放ってタメ口をきき、屈託のない笑みを浮かべて自分と接してくれた。初めこそ無礼だとか、鬱陶しく思っていたものの、次第に新鮮味を感じていた自分が居たことに間違いはない。
それが月日とともにどう変化していったのかを分からないほど子供ではないが、ついぞ告白は出来ずにここまできてしまった。
「まあ、こんな醜態を見られるよりかはマシか」
無事かどうかも分からないが、戦意喪失した今の姿を見られるよりは、後々どちらか一方へ生死が伝わる方がいい。そのくらいのプライドは今も内に残っている。
「皆は無事だろうか...」
新兵である我々は皆、比較的安全な砲台へ散らされたらしいが、コヨミの向かった正面港あたりは壊滅したと聞く。
まあ、彼なら余程のことがあっても無事だろうが。
しかし、いくら一兵一兵の力量まで管理できていないとはいえ、彼を穴蔵送りににしたのは失策としか言いようがない。
本気になればコヨミだってこのくらいのことはできるだろう。あいつの強みは、筋力や反射神経に秀でていることよりも不死性にある。ドラゴンでさえ切り刻まれれば死ぬのに、あいつは違う。まごう事なき、正真正銘の化け物だ。
だが、その力の矛先が人類に向けられることはほぼ無い。あの性格だ、妹にさえ手を上げなければむしろ進んで人間を助けようとする。
・・・そんな、お人好しで心優しいだ化け物だ。
「頼むコヨミ、皆んなを救ってくれッ!・・・人間を、助けてくれッ!」
生まれて初めて、何かに本気で縋った。願った。祈った。
都合がいいことは承知だし、他力本願をするなと思われようと構わない。
だが今は、今だけは願わせて欲しかった。
・・・故に、後ろからかけられた声をはじめは幻聴か何かだと思った。
「追い詰められて何かに縋る気持ちは理解できるけど、俺はこっちでいう悪魔に近いぞ?」
突然誰かに背を叩かれて正気に返る。
いったいどれだけ惚けていたのか。5分か10分か、もしくは1分にも満たなかったのかは分からないが、遠のいていた騒音が急速に現実に帰ってくる。
「大丈夫かスピエン?戦場でボーッとしてると簡単に命を落とすぞ」
「コヨミと...スズナ?」
そこには苦笑いを浮かべたコヨミと、無表情なホムンクルスの娘がいる。
一瞬目を疑った。
コヨミがいるのは島の南東のはず。ここはほぼ中心区だぞ?それにあのホムンクルスの娘と一緒というのも訳がわからない。
「目がすごい動きをしてるぞ。本当に大丈夫か?」
「あっ...いや、大丈夫だ」
流石に幻影に心配されるということはないはずだ。だとしたら、彼らはどちらも本物だと言うことになる。ならばすることは一つしかない。
「頼むコヨミッ!ガーデンを救ってくれ」
「それに関しては、個人的な事情も含めて、言われなくても取り組んでるところだ・・・けど、情報が無い。紗季と炎竜がどこにいるか分からないか?」
「ははっ...」
こんな状況でも・・・いや、こんな状況だからこそ、ブレずに妹第一な性格や、目下の災害をオマケのように尋ねてくる余裕に呆れて笑えてきた。
が、今は咳払いで気を取り直して把握している情報を伝える。
「ドラゴンは訓練施設のあたりにいるのを見たが、サキは見かけなかったな。所属からして...って、そもそも、どうしてコヨミがここにいるんだ?貴様は正面港の砲台へ回されただろう」
「砲台が壊滅...したのは知ってるか。それで白兵隊に移されて、再編中の部隊で遊撃隊としてスズナと共に竜の攻撃隊になったんだ」
「ファーザー、その解説は大いに誤かッ...むぐぅ」
「そこは要らない」
なにやら訂正をしようとしたらホムンクルスの口を手で強引に塞いだコヨミは、そのまま誤魔化すように笑う。
目を細めて顔を睨むと、目を合わせまいとした意思が顔に出ていた。
「まさか貴様...」
「いや、所属や行動理由に嘘はない。俺が全力で戦うには、大隊で動くよりも少数の方が都合がいいだろ?理解ある上官に頼んで適当な所属を付けてもらったんだよ」
「まあ、詳しくは聞かんさ...しかし、サキなら所属からして医療棟地下壕に居なければ、被害の大きい正面港砲台の方に派遣されてるんじゃないか?多分行き違いになったのだろう」
良いのだろうか?という疑問は胸の内にしまっておくのが一番だろう。ついでに、サキについては一番無難な推測を述べておく。
「そうか...ありがとう。あと、疑惑も何も戦果で洗い流せる。ここは傭兵機関であって、軍隊じゃないからな」
「それで、ペアでのドラゴン退治か?いざという時はその娘に注目を集め、自分はその影に隠れると」
「・・・流石に鋭いな」
「当たり前だ。相手は違えど、貴族が政治でよく使う手法だからな」
弱小貴族が陞爵や中央政界への進出を図ろうとする場合、寄親とともに成果を上げることで一種の防波堤を築くのだ。
当然後ろ指は刺される訳だが、それを無視できるだけの成果や実力があれば、評判は後から追いついてくる。
ーーーそういえば、父上も何やら野心家の宰相に手を焼かされていたと聞いたが、あの一件はカタがついたのだろうか?
「じゃあ俺たちは先を急ぐ。情報は助かった」
「待ってくれコヨミッ!」
やや焦りは感じたものの、良くも悪くも普段通りなコヨミの様子で、俺の気分は幾分回復していた。これならば、自分なりのやり方でまだ戦える。
ならば、礼も兼ねてこの言葉は言っておかなければならなかった。
「頼むぞ」
「ああ、頼まれた」
突き出された拳に自分の拳を合わせると、コヨミはホムンクルスを連れて風のように走り去っていった。




