〜ガーデン本島防衛戦 3〜
高速飛行による空気抵抗を全身で感じながら飛ぶ事、十数分。ようやくガーデンの島影を肉眼に収めることができた。
ただ、着艦した駆逐艦に積んであった装備の関係上、連れてくることができたのは一個小隊...俺を含めた3人のみだった。
俺が敵の集中を浴びながら攻撃したとしても、列機のどちらかは落とされてしまうかもしれない。
地上部隊の援護を受けたところで、空戦になったらどれだけ役に立つか当てにならない。
無駄死にだけは、させないようにしないとだな。
「間も無くガーデン上空に到達する。小隊員は着剣せよ。送れ」
各員の了承の通信を聞き届けつつ、自身も最初の刃を取りてける。
「補用機外せ、急降下!」
軽い衝撃と共にジェットパックが分離する。
速度が一気に落ちたのを利用して宙返りを行うと、3人で一気に急降下を行った。
高度計の針が息つく間もなくメモリを減らしていく。
針が高度300mを切った辺りでウィングのアイドリングを解除して出力を上げる。再び揚力を得た身体が海抜数メートルで水平飛行に戻り、波を切りながらガーデンへ急接近した。
「抜剣!」
岸壁をすり抜けると同時に剣を抜いた。
「こちらシラギ隊。緊急事態を受信して直掩に駆けつけた。指示を請う。送れ」
指揮所の無線圏内に入ったであろう頃合いを見て指示を仰いだ。しかしインカムから聞こえてくるのはノイズばかりで人の声は聞こえない。
「こちらシラギ隊。ーーー」
もう一度同じ文面で通信を送るが、やはり響くのはノイズのみだ。襲撃で通信アンテナでも破壊されたのかもしれない。
「くそっ、これだから機械は嫌いだ。・・・小隊員へ、索敵陣を組む。高度150。送れ」
『了解!送ります』
『了解です。送ります』
編隊を組んだまま高度を上げ、三角形の索敵陣形を組む。
正面港から南東の施設群にかけて黒煙が上がっている。居るとしたらあの辺りだろう。
進路を決めて翼を傾ける。
見えてきたのは破壊された砲台や建物ばかりで、そこら中に白衣を着た衛生兵団員の姿があった。
それでも、単体で一国を落とすドラゴンを相手にこの程度の損傷なら軽微な方なのだろう。
ーーーもしも俺たちが上空で2匹とも仕留められていれば、奴らも死なずに済んだ...
無意味だと知りながらも、過去の不手際に奥歯を噛みしめる。
今の俺に出来るのは、1秒でも早くドラゴンを殺して次の犠牲者を減らすことだけだ。
砲台群を過ぎて少しした頃、瓦礫の中に埋もれる真紅の巨体を発見した。
「ドラゴン発見。全員付いて来い。以上」
身を翻して急降下を行う。衝突直前に頭を上げて水平飛行に移るが、それと同時に刃をその背に叩き込む。
奇襲は完全に成功して、鱗のハゲた部分を大きく抉り取った。
「ガアアアアァァァァアアア!!」
ドラゴンは叫び声を上げながらのたうち、弱々しく上空の我々を睨む。
地上部隊が思ったよりも削っていたのだな、これならばもう一息で仕留められる。
「第2降下ーーーッ」
高高度からの反転、急降下による攻撃。飛べないドラゴンに対して、徹底したヒットアンドアウェイ戦法により全身を刻まれたレッドドラゴンは首を垂れて弱り果てていた。
それでも手を緩める事なく攻撃を続ける。連なる建物の隙間を縫う様に曲芸飛行を行うことで狙いの甘いブレスなど掠りもしない。やがて刃が欠け損じ、脂でダメになったら新しい刃と交換していく。
「もう一度ーーー」
指示を出そうとした矢先に、地上から何かが飛んできた。
ーーーまずい!
思った直後に俺たち3人のウィングが火を吹いて、空中に浮いていた身体が揚力を失う。
半ば反射的に腕が動いてバックパックのピンを抜くと、燃えるウィングが切り離されてパラシュートが開いた。
高度は上昇直後だった為250mあったが、今はそこから100mほど落ちている。安全に降下するには際どい高度だ。
「シンシア!セドリック!」
ひとまず自分の対処を終えてから、眼下の部下2人へ呼びかける。
「聞こえてないのか!貴様ら!!」
「・・・」
「・・・」
返事が無い。意識を失ったのだろう。
人外の反射神経と、飛来の瞬間が偶然見えた俺でさえ認知するのが限界で、回避は叶わなかった。2人は完全に認識外から撃ち落とされたことになる。
「くっ!」
俺の高度計の針は100mを切っている。一方で2人は自由落下に身を任せているので、地面までそうゆとりは無かった。
かと言って、ここでパラシュートを切り離して助けに行っても、物理的に追いつけないだけでなく俺も含めて死ぬだろう。
足掛かりでもあればパルクールで下りられるが、この高度では使える建物も無い。
・・・万事休すか。
こんな形で部下を失うのは耐えがたい。奴らだって戦って死ぬならまだしも、正体も分からないものに撃墜されて死ぬなんて浮かばれない。しかし、俺には2人を救ってやる事もできない。
「くっそおおおぉぉぉぉぉおお!」
怒りと遣る瀬なさを声にして、腹の底から絞り出した。握りしめた拳が圧力に負けて軋む。
ーーー畜生...せめてドラゴンは細切れにしてやる!
地面に倒れ込むドラゴンを睨みつけ、感情の捌け口にした。
意識を失ったシンシアとセドリックがまさに地面に衝突する寸前、物陰から2つの人影が飛び出して来て、それを捉えた。
あの反応速度。まさか、ミズカミか?
咄嗟に瞳の色を変えてその影の正体を探る。
そこに写ったのは、ミズカミとはまた別の人外達であった。
「グレイと...カーディナル?」
2人目の名前には思わず目を見張る。
まさかあの出不精のカーディナルが最前線まで出張ってくるとは夢にも思わなかった。
第一に、カーディナルは兎も角、どうしてグレイがここに居る。この本土防衛戦において奴は実質最高司令官のはずだ。こんな所で遊んでいて良い人物ではない。
しかも、相変わらず傷は癒えてしまって無いようだったが、負傷をしたようで装備に大量の血が付着していた。
両者とも、2人を抱えて最寄りの地下壕へと入っていく。
言いたいことも聞きたいことも山ほどあるが、今は部下の安否が一番の気がかりだ。
ーーーあとでとっちめてやる。
とにかく、遅れて着地した俺も急いでパラシュートを外して、防火扉を蹴り開けた。
「シンシア!セドリック!」
「焦るなシラギ。二人とも軽い脳震盪を起こしているだけだ、放っておけば数分で目を覚ます」
退避用なのか、直ぐに突き当たる地下室の中に4人は居た。グレイ達はちょうど意識の無い2人を地面に寝かせ終えたところのようだ。
すぐに瞳の色を変えてステータスを覗き見たが、数値を見て安堵の息をこぼした。
カーディナルの言葉通り、もう少しすれば意識が戻るだろう。
続いて、装着されたままの壊れたウィングを確認する。なぜ落ちたのか、その答えを知らなければならない。
2人の背に腕を回して、手動で装置を取り外してふたつ並べて壊れた場所を見てみると、どちらにも何かで撃ち抜かれたような痕が本体から見つかった。
「こいつは...」
破口には砕けた小石が詰まっていて、これが我々を落とした原因であることは簡単に判明した。
だがそうなると、誰が250mもの上空で動いていた俺たちに小石を当てたかという疑問が残る。・・・一番の容疑者は後ろにいる両名だったが、そうすると撃墜したシンシア達を助ける意図がわからない。
機械から離れて、2人へ振り返る。
この件をここで確かめるのはあまりに危険すぎるので、今回は触れないで済ませよう。
「・・・確かに2人は軽傷だな問題ない」
「だがまあ、直ぐに戦線復帰させるのはやめた方がいいな。今はちょうど衛生兵団が救護兵を出している、1組呼び寄せよう」
「いや、その必要は無い」
端末を操作して救護の手配をするグレイの手を止めさせる。
「軽傷なら俺が運ぶ。救護は他に回してやってくれ」
「戦場では軽傷者から治療するものだ」
「こいつらには外傷はなく、腫れも鬱血も見当たらない。さっきお前が言ったように放っておいて平気だ」
グレイの言うことも尤もだが、こちらも考えなしには発言していない。私情を抜いて、2人のステータスを確認してもHPはさほど減っていなかった。
「そうか」
「それよりも、その血を流した奴が何処へ消えたかが気になるな」
ここに入った時から気になっていた血だまりと、その中に転がる鉄パイプ。
あの出血量ではパイプを抜いた瞬間にショック死してもおかしくはない程だが、内にも外にも遺体は見当たらなかった事から本人は今も何処かをうろついている筈だ。
「ふむ...」
カーディナルが血だまりに指を浸し、表面張力で浮いた1滴ほどを眺めて唸る。
・・・雑念だが、どうしてあの引きずるほど長い髪が汚れないのだろうか。
「・・・うまくやったか」
彼はそんな事を呟いて眉間に皺を寄せる。
「グレイ、ここはシラギに任せて我々は仕事に戻ろう。いつ邪魔が入るとも限らない」
「わかった、そうしよう。シラギ、竜は代わりの者が討つ。お前はここで2人を介抱してやるんだ」
「ちょっと待て」
頭の中のメモにグレイの言葉が引っかかる。去ろうとするグレイの裾を掴み、それを拒むと、微かなため息と共に2人は止まった。
「何だ?」
「・・・代わりとはお前達か?それともミズカミか?はたまたホムンクルスか?」
「暦くんだ。彼なら竜を討てる」
「いくら腕が立つといっても、奴はまだ新兵だ。ドラゴンとの戦い方だって知らなければ、装備も無い。俺にやらせろ!」
「いや、彼なら問題ない」
グレイの肩を掴んで、食ってかかっても動じた様子はない。ただ大丈夫だという返答しか返って来なかった。
「大丈夫だというのなら、その根拠はなんだ」
「彼のスペックは君の方が詳しく分かっているだろう?それに、あの竜はもう虫の息だ。練習台にするには丁度いいはずだ」
「だが...」
「聞き分けがないなシラギ。降格されたいか?」
それでも反抗しようとすると、カーディナルも権力を使い始める。
「そんなもの構わない。奴を死にに行かせるくらいなら、俺は今の席だって蹴ってやる」
「相変わらず熱いな。・・・ではどうだ、共に成長を見届けて見ないか?危ないと君が判断したなら、すぐにでも助けに行っていい。その時は我々も手を貸そう」
「・・・・」
何だ。何故こいつらはそこまでしてミズカミにドラゴンを倒させたがる?本職の俺たちを蔑ろにしてまで、どうして奴なのだ。
俺が推薦を出したからか?いや、この襲撃は偶然だ。だとすれば、それを利用して実績を作らせる為か?わからない。わからない。
ーーーここは素直に従って動き、危なくなる前に助けに入るのが上策か。
「わかった。念を押すようだが、助けに入るタイミングはこちらで決めさせてもらうぞ」
「好きにしたまえ」
言質はとった。不思議と口約束を破らないこいつらならこれで大丈夫だろう。
今は取り敢えず、部下2名の回復を待つ他ない。
その間にでも、グレイに指揮がどうなっているのかを問いたださんとだ。
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「まったく君は、久し振りに顔を見せたかと思えば面倒事とは...」
ネギル団長が先ほどの団員から引き継ぎを終えて追い払い、一呼吸おいてのボヤキがそれだった。
「返す言葉もございません」
「まあいい。下手に説明しても彼女が混乱しただろう。いい判断だった」
白衣をたなびかせる細身の彼は、椅子に腰を下ろすと天井を仰いだ。
「その娘は人間じゃないな。君の子供か?」
「似た様なものです」
「そうか、まあ深くは突っ込まんさ。できる限りの治療をしよう。・・・と言っても、内にも外にも怪我は無いんだがね」
寝かせておくのが一番だろうさ。と、いい加減な様でその通りなことを言うと、彼は薬棚を漁って紙の小箱を持ってきた。
「前に君へ支給していた精神安定剤だが、最近は頼まなくなったね。調子はどうだい?」
「その節はお世話になりました。今は妖気も安定しています」
「それは良かった」
にこりと笑って頷く彼は、箱を棚に戻すと部屋の出口へと向かう。
「ネギル団長、妹の紗季は今どこに居ますか?」
「君が配属されていたはずの正面港砲台群へ向かったよ。本人きっての志願だったけれど...その様子じゃ、入れ違ったみたいだね」
紗季のことで呼び止めると、彼は振り向かないでも足を止めて答えた。
「サキ君は優秀だよ、あっという間に班長級さ。人間の構造や仕組みをよく理解している。...壊すのも直すのも得意なタイプだ」
最近、紗季の上着に紋章が増えたのは、早くも昇格していたからだったのか。
特に聞いていなかったから成績は分からなかったが、なかなかに優秀な結果を出しているらしい。
「最後のは、兄として褒めて良いのか微妙ですね」
「良いことさ。上手な切開は患者の負担を大きく減らすものだよ」
軽く笑ってから、やや早足で今度こそ去っていく。
「では私は失礼するよ。なにせ外は戦闘中だからね」
ひらひらと手を振って出ていく姿からは緊張感のかけらも感じられなかったが、立場を考えればよく俺たちの為に時間を割いてくれたものだと感心せざるを得ない。
「さて」
人目も消えたので、スズナの治療をしなければならない。
不足した妖気を補填してあげればいいのだが、経験の無い作業を直感のみで進めるのは気が重かった。
とはいえ、彼女も直感だけで俺を治療してくれたはずだ。スズナにできて、俺に出来ない道理は無い。
「ふーーーっ」
大きく息を吐いて目を閉じ、頭を空にする。そして傷ついた獣が傷を舐める様に、相手を助けたいという思いで心を満たしていく。
「スズナ、恩返しだ」
目を開けると、火の粉のように降る金色の光が室内を満たしていた。流れる長い金髪と九本の尾の神々しさといえば、未だにそれらが自分のものだという事を疑う程である。
ーーーあまりオレにも余裕は無い。だが、スズナが回復力を失うまで妖気を絞ってもあの程度だったと言うことは、逆を言ってしまえばほんの僅かに力を注いでやれば息を吹き返すはずだ。
彼女の胸に手を当てて力を流していくと、触れ合う皮膚と皮膚の間に導線が生まれた様だった。
それと同時に自分を満たしているモノが急速に彼女の中へと吸い込まれていくのを感じる。まるで血液を抜き取られている様で、立ち眩みさえ起こっていた。
倒れそうになるのを気合いで踏ん張り、半分程度を流し込むと、吸収から循環に変わっていく。すると今度は、不思議な心地よさに包まれる。
「んっ...ん」
スズナから喘ぎに似た声が溢れるると、思わず手を離してしまった。
その瞬間に今までの現象が幻であったかの様に消え去って、後には軽い吐き気と倦怠感に包まれた俺と、潤んだ薄目でこちらを見つめるスズナだけが残った。
「ありがとう...ございます。ファーザー....」
「目が覚めて良かった」
ボーッとする彼女の頭を撫で、笑ってから椅子に腰を下ろす。と言うよりも、それ以上は立っていられなかった。
「これは...ファーザーの妖気を体内に確認しました」
「ああ、失った分くらいは戻せただろう。容量が小さかったから満たしてやれたよ」
「はい...」
コクリと頷いて、ゆっくりと胸から腹部の方へと指をなぞっていく。
「ファーザーの、温かいです」
息をこぼす様に呟くスズナの頭をもう一度撫で、それから気合いを入れて立ち上がった。
カチャリと、鞘の金具が音を立てる。
「ーーーっ!ファーザー、ドラゴンは!」
俺の腰に吊られた刀を見たスズナは急に自身の指名を思い出した様で、勢いよく体を起こした。
「問題ない。スズナはしばらく寝ているといいよ。肉体の負荷はまだ取れていない」
「傷は癒えます。そして、ドラゴンの討伐は私に与えられた命令です」
制止を無視して起き上がろうとするスズナの肩を抑えるが、それでも彼女は止まろうとしない。
しばらく揉めあったものの、素の状態では力で押し負けて逆に押し込まれてしまった。
「死に急ぐんじゃない!無機質な機械じゃない、命を持った生物なんだ」
「いいえ、私は兵器です。私はその試製品、得られたデータは制式採用される私へ引き継がれます。安心してください、ファーザーのデータも残ります」
「そうじゃない!」
単に情報として残るだけならば、兵器どころか本とさえ変わらない。
ーーーそこに吟味された想いは残るのか?
ーーーそこに至る過程は受け継がれるのか?
答えだけ見ても知識は身にならない。
そこへ至るまでの過程を理解して、解明しなければ意味は無いだろう。
「スズナは一人だ、代わりは居ない。もしも結果として戦死するというのなら、せめてを今を生きる努力をするんだ!」
「ファーザー...?」
スズナを叱っているはずなのに、何故だか目頭が熱くなって頬が濡れた。
どうしてだろう?目の前の少女に、死なれたくなくて仕方がない。
単に友人知人の無鉄砲を咎めているのとはわけが違う。もっと切実な、芯から震える様な拒絶反応を感じたのだ。
言うなれば、あの忌まわしい少年の日や、一年前の列車事件の時に感じた衝撃とよく似ていた。
「ファーザー、私は幾らでも交換が効きます。涙を流す必要はありません」
「そうじゃ...ないんだ....ッ」
スズナは困った表情を浮かべる。
互いに互いの考えが理解できない。
やはり彼女は、感情論を理解してくれないのだろうか。
とことん合理的な、歯車計算で弾き出された解しか導くことは出来ないのだろうか。
忘れていた時間が再び動き出した様に、ズズンと地響きが鳴り響いた。パラパラと天井の塗料が溢れ、電灯が赤色に切り替わる。
床も壁も白で統一されていた病院等地下壕は、暁の様な不気味な色で染め上げられた。
竜の攻撃は激化しているようだ。シラギ先輩は遅れているのだろうか?
ともかく、ゆっくりと話していられる時間はないらしい。
「ならスズナ」
抜本的な解決は後回しにして、とにかく今は眼前の問題を解決する方針でいこう。その為にも、スズナへは合理的な提案をする事にした。
「一緒に行こう」
「イエスファーザー」
案の定、彼女は即答でこの提案に食いついた。




