〜模擬戦 スピードスターとトリックスター〜
場所を移動してエレンとスピエンの模擬戦が始まった。
俺たちは一歩引いたところから二人の模擬戦を観戦して、アイシャはエレンを、ウィリアムはスピエンを、それぞれ応援した。
「シッーー」
やはりエレンはスピエンの体力を奪う作戦をとった様で、ちょこちょこと動き回る。
しかしスピエンは惑わされない。
神経を研ぎ澄まして動きを追ってはいるが、足は動かさずにジッと構え続ける。直接攻撃禁止を忘れていない。
となると、今度はエレンの体力が問題になってくる。試し打ちらしい一発の斬撃がバスタードソードの鍔を直撃するも、両手でしっかりと握られた剣はわずかに上へ弾かれたまでで止まった。
撹乱が無駄だと気付くや、彼女は動きを止めて様子を探る。
その瞬間をスピエンは待っていた様だった。
ニッと笑んだスピエンは片手技の高速剣を放つ。あの両手技の方ではなかったのは制御が効かないからなのか、それとも体力が無いからなのか。
そもそも初手からの大技は上策とは言えない。体力がある分キレもあるが、その後に響いてしまうからだ。
加えて、ズバ抜けた反射神経の持ち主であるエレンに大振りの技は効果が薄い。
彼は馬鹿ではないので何かしらの勝機があるのだろうが、残念ながら俺には読めない。
そして実際に見てみると、思いの外エレンも苦戦していた。
彼女のの腕力と曲剣では、防御しただけで剣を持っていかれるだろうから避けに徹している。そしてそれは予想以上に体力の消耗が激しい様だ。
性別年齢の差もあるが、エレンの持久力はあまり高くない。
なるほどと、自分の欠点に気づかされる。
俺は相手の疲弊具合が直感的にわかってしまうのと持ち前の継戦能力の高さからか、どうしたらどのぐらい疲れるかという計算をしたことがなかったし、教わることもなかった。
単純なことだが、一つ重要なことを学んだ。
それにしても傍目から見ると、確かにエレンの歩法は見事なものだった。
アイシャが踊っている様だと表現したのも頷ける。
小柄な身体と瞬発力を利用して上手く死角へ逃げて行く。理屈ではわかっていたつもりでも、実際に見てみるととても真似出来ない。
「んっ!」
エレンが辛そうな声を上げた。
軌道を変える程度に打ち合っていた彼女であったが、わずかに動きが鈍った瞬間に剣の腹を刃がかする。
当たった角度は浅かったが、剣は手を離れ、握っていた右腕まで痺れさせたようだ。
スピエンも肩で息をしているが、ほぼほぼ勝負ありと言える。
スピエンも油断したその時を狙って渾身の一撃をバスタードソードの腹に叩き込んだが、利き手でない分力は目減りしていた。
数回刃を交わしてから両者は間合いを取ったものの、誰の目にもエレンの勝機は無かった。
「平気か?降参ならいつでもー--」
「・・・しない」
エレンは降参勧告を跳ね除ける。
表情こそ静かだが、その瞳には闘志が燃えていた。
「エレン。負けず嫌いは良いことかもしれないが、不利な状況で模擬戦を続けて怪我でもしたら本末転倒だ」
「・・・でも...」
スピエンの忠告を聞いて冷静さを取り戻したらしい。わずかに態度を軟化させて口ごもった。
「エレン、負けは恥ずかしいことじゃないよ!また挑戦すれば良いんだよ」
「・・・わかった..................負け」
アイシャの言葉を聞き、ようやく彼女は降参を受けいれる。が、その表情は心なしかムスッとしていた。
試合としては呆気のない終わり方をしたが、怪我もなく終わって何よりだ。
しかし、やはりこのまま終わっては味気ない。
「アイシャ、俺と模擬戦をやってみないか?」
「ええっ...それ本気で言ってるの?」
試しにアイシャへ声をかけてみたが、彼女は大げさな程に引いていた。
「嫌か?」
「嫌って言うか...無理でしょ。私は一般人に毛が生えた程度の剣士だよ⁉︎こんな超人決戦に入れるわけないよ‼︎」
「何を言う、その様な奴があの撤退戦を抜けられる訳がない。その謙遜は美徳とは言わんぞ」
「謙遜じゃないって!」
剣を地面に突き刺し、一息吐いていたスピエンの言葉にアイシャは食って掛かる。
「あれは...運が良かっただけで、私は何もできなかったし。自分勝手な事してディアナさん達に怒られたし...」
「焦れったい!貴様はどうしてそうも元気の有る無しが顕著なのだ‼︎」
イラついたスピエンがアイシャの頭をかき乱して髪をメチャクチャにする。
「自信を持て。貴様はこの中の誰よりも天才だ」
最後に額を小突くと、剣を引き抜いて肩にかける。
「頼んだぞ」
彼は俺にそう言って脇に逸れる。
俺だってもとより、そのつもりで模擬戦を挑んでいる。
「よしっ...じゃあいくぞ!」
「えっ本当にやるの?」
「がんばって、アイシャ」
ゲンナリとした彼女は、にこやかに笑うウィリアムから模擬剣を渡された。
彼もなかなか良い性格をしている。
「あーっ、こうなりゃヤケだ!かかってこーい!」
彼女が剣を構えたのを見て、こちらも戦闘態勢に入った。
「ルールはさっきと一緒だ」
「わかったよ!」
今度はいきなりは飛び出さない。
座学ではよく会ったアイシャであるが、模擬戦の経験は無い。故に対人戦だとどんな戦い方をしてくるかわからないので、自分から突撃するには不安が残った。
「いくよ!」
掛け声とともに彼女はダッと駆け出した。
切込みは上段からの一直線。アイシャらしい素直な斬撃だが、思ったよりも鋭い打ち込みである。
軽く弾いて軌道をずらし、まだ攻めないで出方を見る。
反転して腰を落として勢いを付けたかと思うや否や、彼女の姿が視界から消え失せた。
「?」
一瞬理解が追いつかなかったが、すぐにエレンの真似だと気づいた。
左側から気配と風切り音を感じて、反射だけで防御する。金属音が鳴り響き、強い衝撃が腕に伝わった。
「今のはッ--ー」
「見様見真似だよ!」
続けざまに数回切り結ぶ。
真似にしては凄まじい完成度だった。
エレンの歩法は人間の動きと習性、視野を徹底的に知り尽くした上で、彼女の機動力があってこそ為し得る技だ。
とても一朝一夕には習得できない。
横を見ればエレンは物言いた気な視線をアイシャに送っており、ウィリアムは苦笑いを、スピエンは誇らしそうな表現をしている。
「次はコヨミの技だよ!」
そう言って模擬剣を両手で握り締め、右上段へ構える。
ー--燕返しだ!
驚きこそすれど、答えがわかってしまえば自分の技を避けるのは容易い。
初手の大上段からの一撃、続けて返す刀の追い打ち。共に躱し切った。
自分が食らうのは、はたして何年ぶりだろうか。
「あれ?」
二連撃を綺麗に空振りすると、アイシャは間の抜けた声を上げる。
「馬鹿者!手品のタネを明かしてからやる奴が何処にいる!!」
「ひぃっ...ご、ごめんなさい!」
アイシャはスピエンの叱咤にすくみ上がった。なるほど、先ほどからの口ぶりといい、スピエンは彼女の才能を見出して訓練させていたらしい。
今のは師匠が弟子を叱る時のそれそのものだった。
続いて、アイシャは腰を落として突きの構えをとる。・・・まさか。
嫌な予感がして一撃目の突きが来る前に大きく後退しておくと、直後に見事な三段突きが空を切る。
もう少し再現度が高ければ一、二発は食らっていたかもしれない。
「なるほど、スピエン言う通りでアイシャはとんでもない逸材だよ。こんな短時間に奥義を二つも盗まれるとは想像しなかった」
笑いたい様な、歯を食いしばりたい様な、そんな気分になる。
どこが一般人に毛が生えた程度だと言うのか。
彼女の見真似は、発展性は低くとも再現度は高い。どれだけの技を吸収できるかはわからないが、五つも覚えられたら厄介だ。
「・・・一昔前だったら、斬っていたよ」
「えぇ⁉︎私、何かやった?」
「冗談だ」
怯んだ隙に踏みよって、剣の付け根に渾身の一撃を叩き込む。
彼女の剣は簡単にその手を離れて地面に転がった。
「ああ!不意打ちした!」
「気を抜くからだ。模擬戦とはいえ、最後まで集中しなさい」
ポンと、軽い手刀をアイシャの頭にお見舞いする。
「意地悪ぅ...」
痛くはないはずだが、彼女は頭を押さえて頬を膨らませた。
「ま、勝負ありだな」
「あーっ、だから無理だって言ったのにー」
スピエンがそう言い渡すと、アイシャは叫んだ。
「いいや、アイシャの真似技は凄かった。それこそ真似できるものじゃない」
「そ、そうかなぁ?」
おだてると、笑顔を浮かべて照れる。
事実、素晴らしい才能であるし、スピエンの言う通りで天才だ。
だが、それ故に他人が教えられる限界は近い。本能と直感だけで成し得る特技を、一つの技として昇華させるには時間をかけて自分で磨くしかない。
「さて、時間も時間だ。昼食とでもいこうじゃないか」
「いいねー、どこの食堂に行く?」
スピエンの提案にアイシャが勢いよく飛びついた。
「何なら紗季も呼ぼう。今日は暇にしているみたいだったし、部屋にいると思う」
「いーねー、皆んなでご飯だ!」
多分、紗季の活動限界がそろそろのはずだ。また禁断症状を起こす前に会いに行かないと。
「しかし、出られるか?」
「団長も監視とは言っていない。本来なら自由行動なのだから、声はかけられても強制できる道理はない」
「それもそうだ」
耳打ちしてきたスピエンにそう返す。
剣を所定の場所に戻し、練兵場の出入り口まで行くと、案の定に団長が待ち構えていた。
「何だ、もう良いのか?」
話しかけてきた団長は、どこか先ほどと違って緊張感があるというか、ピリピリとした雰囲気を感じた。
しかし、すぐにそれらは消え去り落ち着いた様子になる。
「はい、親しい仲間内での模擬戦は済みました。お昼時ですし、級友のウィリアムが本来なら療養中の身ですので、これから送りに行こうかと...団長はこちらで何を?」
嘘は含めず、外出としては真っ当なことを言う。
練兵場にも食事処はあるが、ウィリアムを送るという大義名分がある以上は引き止める理由もなくなる。
「事故の後だ。一応目を光らせているのさ。しかし、もうそんな時間か。・・・しっかりとな」
「失礼します」
何気ない顔のまま脇をすり抜けて外に出る。と、そこで再び呼び止められた。
「ところで、君はその見た目からして東洋人だね?」
「はい」
ジッと、上から下まで品定めされるように見られる。
すぐに団長は顔をほころばせて、俺の背中を叩いた。
「はっはっは、良い面構えだ。噂のコヨミだろ?シラギがよく話してる。期待してるぞ、ルーキー」
もう一度背中を叩かれ、そのまま見送られる。
俺は会釈程度に頭を下げ、振り返って仲間たちと共に歩みを進めた。
端末で紗季を呼び出すとあっという間に返事が返ってきて、すぐに落ち合うことに決まった。
さて、食事が終わったらいよいよ昔話の時間だ。
迷いはない。むしろ今では、この仲間たちに俺たち兄妹の罪を知ってもらいたくさえある。
偽りも誇張も無く、ただの事実を。
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紗季と合流し、会話を弾ませながら昼食を済ませると、一同は俺の部屋へと集まった。
「汚い所だけど、適当に腰を下ろして楽にして」
居間に全員を招き入れ、人数分の水を用意する。
机を挟んだ二つの長椅子の俺の両隣に紗季とエレンが、その向かいにスピエンたちが座った。
「勝手に悪いな。紗季は平気?」
「うん、知った顔だし...お兄ちゃんが話せるくらい信用してるなら、文句は無いよ」
「ありがとう。・・・じゃあ話すよ、俺たちの過去を」
仲間たちと、自分自身に言い聞かせ、あれだけ閉じたかった記憶の蓋をこじ開けた。




