〜暗雲と電信〜
ーーー時間は少し巻き戻るーーー
工廠の火は埠頭のある船舶施設から立ち上った。
他の区画とは防火壁で完全に隔離されているとはいえ、もうもうと立ち昇る黒煙と警報ベルに誰もが警戒心を強める。
海岸線まで延焼した部分では、消防艦と駆逐艦が排水ポンプから海水を噴射して消化活動にあたっているものの、依然火元の工廠は燃え盛っていた。
「くそ、作業員の退去と救助はどうなっている!」
「討伐隊長!ありゃ火山ですぜ、突入は無理だ」
「離せクラーク、あんなもんドラゴンのブレスに比べりゃ小火だろうが!彼処にはまだっ!」
「あんたが燃えちまっちゃいかんでしょう!」
現場に突入しようとしたところを隊員に羽交い締めにされて止められる。
それと同時に警報ベルと叫び声が近づいてきた。
「弾薬庫の室温が上昇!危険温度です。至急退避してください」
「おおっと、こうしちゃいられねぇ」
俺はクラークの肩に担ぎ込まれると、そのまま退避された。
「離せぇ!この俺にみすみす見殺しをしろとでもいうのか貴様は!」
「まずは自分ありきでしょう。その取り乱しは隊長失格ですぜ」
「だが...まだ声が、悲鳴がお前には聞こえないのか?」
遠ざかっていく扉に手を伸ばす。
わかっている、クラークの言い分はもっともだ。
俺が向かったところで結果は変わらないかもしれない。
下手をすれば自分も命を落とすかもしれない。
だが、それでも---火と悲鳴は嫌いだ。
けたたましく鳴り響いていた警報ベルがピタリと止まる。
それと同時に大爆発が建物を揺らし、ありあらゆる構造物を爆風が凪いでいく。
鉄くずやガラス片といった破片が雨のように降り、黒煙が視界を染めた。
破片の一つが頬をかすめ、血を流す。
もう、炎の中から悲鳴は聞こえない。
「---すまない」
俺はただ、担ぎ上げられたまま伸ばした手を握りしめるしかなかった。
後日、火災事件の臨時集会が開かれ、各部門分野のトップが招集をかけられる。
ガーデンは復旧に人手を多く割いていること以外は業務に表立った変化はないものの、高等兵団からは歩哨が出され、対空砲群と護岸砲台は空と海を睨んだ。
司令塔の中にある会議室に集められたのは、
学園長 カーディナル
高等兵団長 グレイ・フォックス
管理委員長 ロイク・レミー
艦隊課司令長官代理 ライト・セミャルック
科学開発班長 エルメス・サンドリヨン
主計課からレレナ・クローラ
そして俺、シラギ・スラティスタと数名の副官といった面子であった。
エルメスだけは療養中なので、端末越しの通信会議となっている。
「それで、先日の出火原因は判明したのかね?」
白いジャケットを肩に羽織るロイクは苛立ち気に肩を揺らす。
「はい。憶測の域を出ていませんが、出火原因は第三危険薬品保管庫内で保存されていた過酸化水素にヒドラジンが接触して激しい化学反応を起こしたものとの解析です」
「なんだ?その過酸化水素とヒドラジンの化学反応ってのは」
エルメスの副官であるハリーの言葉にロイクが首を傾げる。
「一言で説明いたしますと、大爆発です。今回の昇格試験で使用した強襲上陸艇の撤退用噴射装置は、この二液を用いたロケット噴射機構でした。余剰在庫が何らかの原因で接触したのでしょう。まあ、場所がら故意の犯行であることに違いはありませんが」
「・・・ついにやられたかっ」
彼は苦虫を噛んだような表情で腕を組むと、眉間にしわを寄せたまま唸り声を上げる。
「あそこはパスロック式の扉で守られていたはずだ。ログで最終入室者がわからないかね?」
「はい、判明はしているのですが...」
今度はグレイが問いかけ、再びハリーが答えるがその歯切れはイマイチ良くない。
何となく誰のパスが打たれたのかわかった気もする。
「で、誰のが打たれた」
「は、はいっ!エルメス班長のものが打たれていました」
ハリーに睨みを効かせると、一瞬体をすくませて口早に答える。
それにしてもエルメスか...上手いポストを狙ってきたものだ。
「お前、ついにやったか?」
「なんでさ。この監禁状態でどうしろっていうの?」
ガーデン本島から任務以外で外出する時は端末は持ち出せず、護衛兼監視として1小隊が派遣される。
現に エルメスは護衛の端末を利用して通信を行っているのだ。
療養中ということは部屋の内外に監視がいる状況だろう。逆にストレスが溜まりそうだ。
「最新のパスが発行されたのは2日前、ちょうど班長がそちらに到着された頃です」
「保管中のエルメスの端末はどうした?」
ロイクの質問にまたもハリーは苦しそうな表情を浮かべる。
「それが...保管した金庫ごと持ち去られていまして」
「何だと!」
ロイクの顔は烈火のごとく真っ赤に染まり、拳は怒りで小刻みに震えている。
しかし、端末保管庫を破られるとは思ってもみなかった。
地下にある保管庫は、四方を分厚い装甲板で覆われ、一つしかない出入り口には高等兵団から派兵された2人の警備が完全武装で常時張り付いている。
「おい、そっちの最終入室者はどうなっている」
「はい、4日前に班長が入ったきりです」
「警備の奴らに異常は?」
グレイに目配せすると、奴は静かに首を横に振る。
「報告はない。物音一つしなかったそうだ」
「保管庫にも異常は無かったか?」
「ありません。地上にも掘削された痕跡は見当たりませんでした」
「エルメス、また変な仕掛けでも作っていないだろうな?」
「流石にやるわけないじゃないか」
完全な密室犯行ということになる。
こういった事件解決は専門じゃないから月並みな意見しか出てこないが、それでも不可解な問題であることは間違いないだろう。
「あ〜っ、でもあの保管庫の設計は先代だしなぁ。詳しい調査もできない場所だから知らないだけかもよ?」
「学園長と管理委員長の許可をいただければ、即日で解体調査も可能ですが、いかがなさいますか?」
エルメスのボヤキとハリーの提案に会場はしばし騒がしくなった。
「先代と言えばあの急死した変人だろう ?」
「解体調査となれば他の保管中の端末が無防備になる。それこそ思うツボかもしれませんね」
「第一、工廠があの損害では解体後の再建にどれだけ時間がかかるか」
雑多な意見を聞く分には、解体には反対する意見が多いようだし、俺もそう思う。
守りをこれ以上薄くし、足りていない技術員を更に割くわけにもいかないだろう。
「ロイク、君はどう思う?私もやめた方がいいと思うが?」
「ええ、そうですな。こちらの態勢が万全でない現状、これ以上現場を下手に混乱させないほうがいい。この件は一旦凍結としましょう。では、工廠の被害はどうなっている?」
事件の解決は一時保留とし、一先ず復興の方へと話題が移った。
「はい、被害は埠頭及び入渠ドックといった船舶施設を大きく巻き込んでいます。海が近かったので消化作業は捗りましたが...」
ハリーの表情が暗くなる。
俺が聞いた話では、艦艇用の燃料精製施設にも被害が出ているとのことである。船の稼働に制限がかかるというのは、島であるガーデンにとってライフラインの寸断に等しい。
「何故そんな場所に危険薬品庫の設置をしたんだい?」
「例の薬品は艦艇用資材だったからね。危険物だし近場で搬入するのが道理じゃないか」
「それもそうか」
首を傾げたグレイは、エルメスの言い分を聞くと素直に頷いた。
しかし、船舶施設が使えないとなると船の修理や補給に支障が出る。それらについてはまずライトが意見した。
「現在ガーデンが保有する艦艇は戦艦6、重巡16、軽巡21、駆逐艦45、輸送艦150です。その内で入渠中もしくは修理が必要な艦は戦艦1、重巡2、軽巡0、駆逐艦24、輸送艦68。稼働数は合計で144隻、戦闘艦艇はその半数が海上護衛や遠洋哨戒といった任務に出ています」
ガーデンにくる依頼は白兵戦闘のみではない。商船や要人警護といった海上護衛もかなりの比重を占めている。
加えて、島であるが故に飛行系モンスターや海魔系モンスターの哨戒も必要となってくるのだから、艦はいくらあっても足りないらしい。
「業務に支障は出ませんが、任務や兵員輸送分の艦は避けませんので、修復資材の搬入や食料品の調達にも影響が多少なり発生します」
「はい〜、そうなんです〜。なので皆さんも質素倹約に努めましょ〜...じゃないと携帯食の刑ですよ〜」
レレナが間の抜けた声で爆弾を投げていく。
思わずこの場にいる全員が彼女をへ振り向き、顔を青くした。
恐ろしい制裁だ。流石は主計科、やることがえげつない。
「え、えーっ...そんな訳ですので、ご協力をお願いします」
いち早く立ち直ったライトが強引にこの話を終わりにする。
取り敢えず、依頼へ支障が出なくて何よりだ。
「そうだエルメス、君に言い忘れていたことがあった」
会議は一旦終了かと思った矢先、グレイが思い出したかのように口を開いた。
「爆発の際に吹っ飛んだ戦艦クラスの不発弾が君の部屋に命中してね、私室を粉砕して地下の研究所で炸裂した」
「・・・嘘おおおおおぉぉぉぉお!!!」
端末越しに絶叫と咳き込みが響く。
呼吸が落ち着くまでにしばらく時間を要したが、それでも興奮は冷めていない。
「え?え?チルドレンは?」
「残念だが、別室にいた試作一号を除いて全滅だ」
「そんなああああぁぁぁぁ・・・.....」
何かが倒れる音と端末の向こうが騒がしくなる。
「会議中失礼します。エルメス開発班長が倒れられたので一度通信を切れせていただきます!」
護衛らしい青年の声を最後に通信が切れる。
気を失うほどショックだったのか。
果たして親心からか、はたまた研究成果の喪失からか、おそらくは後者だろうが前者であることを道徳的に願おう。
しかし、この件については俺としても複雑な心境だ。
兵器として、消耗品として、ただ利用されて使い切られていくのは堪え難かったとは言え、工廠で爆死したのとで何が違っただろうか?・・・いいや、命を弄んだことに変わりはない。
それでも、自室に居たスズナが生き残ってくれたのは素直に喜ばしかった。彼女には、ミズカミと共に人として過ごさせてやりたい。
そんな時、会議室のドアがノックされた。
しかもその気配は尋常ではない。
「入れ」
「失礼します!」
カーディナルが許可を出し、扉が開くと、1枚の紙を握った電信員が肩で息をしながら入室してきた。
「遠洋哨戒中の巡洋艦 ガートより入電!ガーデン南南東500km海域にて不審鋼鉄艦と遭遇。発光信号を送るも反応無し」
「ガーデン以外に鋼鉄蒸気船を保有するところがあったか?」
「いえ、私は聞いたことも見たこともありませんが...」
「待て、報告には続きがありそうだ」
首を傾げて論議をするロイクとライトにグレイが歯止めをかけ、何か言いたそうにする電信員に目配せをした。
「続報、不審艦から飛翔する物体を視認。我、ドラゴン2匹を見とむ。以上です」
室内へ一気に緊張が走った。
カーディナルに目を向けると、彼は静かに頷く。
「任せたぞ、シラギ」
「了解した!行くぞクラーク、討伐隊総員に緊急出撃命令だ!」
俺は椅子を蹴って立ち上がると、付き添いだったクラークを引きずって部屋を出る。
ドラゴンの速さなら、500kmなんて距離は3時間ほどで飛んでしまう。
こっちの所要時間は出撃準備に15分、全員が上昇して編隊を組むのに5分だが、索敵に1時間前後かかるとガーデンを目視される危険性がある。
加えて、この島は依然黒煙が上がっているのだから、煙と油の匂いのするガーデンはドラゴンからすれば見つけてくれと言われているようなものだ。
「どこの誰だか知らねぇが、ドラゴンをペットにするたぁいい度胸だ!」




