〜英雄の目覚め〜
暗い視界の中をふわふわと宙を漂っている様ではあったが、明確に意識が戻ったことに気がついたのはそのあたりからだった。
急激に周囲の雑音が耳から忙しなく届けられて少しだけうるさい。
「ーーーんっ」
わずかに目を開けてみる。
すると、蛍光灯の明かりと真っ白で清潔感のある天井が映った。
そのままの状態でしばらくボーッとしていたが、やがて光が網膜を焼いて痛みを感じ始めたので、意識が戻った時から感じていた人の気配の方へと視界を流す。
「・・・・むぐっ」
そこではスピエンが眠っていた。
簡素な椅子に座り、足と腕を組んだ体勢で寝息を立てている。
ーーー雑音の正体はアレか。
状況を整理すれば、俺は病室で寝かされ、彼はその看病をしていた。といったところだろうか。
「うっ...身体が重いな」
強張った身体を伸ばそうと腕を上げただけだというのに、その腕が鉛の様に重たい。
「むっ....ん?おおコヨミ、目を覚ましたか」
スピエンの眠りは浅かったのか、わずかな布擦れの音で目を覚ました。
「ああ、迷惑をかけたみたいだな」
「なに、感謝するのは我々の方だ。貴様があの時に死力を尽くしてくれなければ、全員が水底へ沈んでいた」
彼の言葉で、なぜ自分がこうなったかの経緯をボンヤリと思い出してきた。
成る程、消滅覚悟で無茶をしたせいで力を使い果たしたからこんなに身体が怠いのか。
「皆んなはどうした?」
「班員は貴様以外は皆無事だ。強いて言えば、サキが看護疲れで倒れたくらいだな」
「ははっ、あの子らしい。・・・そうか、紗季には無理をさせたな、後で顔を見せてこよう」
「一週間も危篤状態の兄を看護し続けたのだ。存分に労わってやれよ?」
スピエンが含みを持たせて笑むので、こちらも黙って笑い返してやる。
「さてと、目が覚めたのなら僕は帰らせてもらおう。班員へは僕が知らせておくから貴様はもう少し寝ていろ」
「悪いがそうさせてもらうよ。・・・待ってくれ、一つ聞きたいことがあった」
「・・・それは、もっと体力が戻ってからにしろ。今は貴様の大事だ」
スピエンは俺が尋ねようとした内容を察したのか、それだけ言い残して部屋を出て行った。
「・・・。」
横になって目を閉じる。
すぐに意識は遠のいたが、完全には沈み切らずに思考能力だけが永遠と働き続けていた。
平べったく伸ばされた時間の中で様々な思考や情景が脳裏を過っては消えていき、やがて一つの朽ち果てた屋敷に佇む二人の子供の姿が見えてきた。
彼らは怨嗟の声を上げ、俺を罵りながら迫ってくる。
俺は黙ったまま鞘を払うとそのままーーー
「・・・っは!」
息が苦しくなって目を開けると、間近に紗季の顔があり、班員は一歩離れたところからこちらを見ていた。
「お兄ちゃん、大丈夫?私の事わかる?」
「・・・何があっても紗季の声と顔だけは忘れないよ。無理をさせちゃったみたいだね、心配させてごめんよ。」
涙をいっぱいに浮かべてしがみついてくる妹を抱いて、その背と頭を撫でながら自分の呼吸も整える。
悪夢を見るなんて、一体何年ぶりだろうか?
夢見の悪さに眉を寄せたが、そんな思いも紗季を抱きしめているうちに溶けてしまった。
「皆んなにも迷惑をかけたな。一週間も意識が無かったそうだけど、正規兵昇格はどうなった?」
「全員残留、104班はもうガーデン兵になったよ。コヨミ以外はね」
「サキは凄いんだよ!救命師団に飛び級なんだって!」
「ディアナさんへの施術技術を買われたんだよ」
ウィリアムとアイシャが元気そうに答える。
だが、ディアナ先輩の名を挙げたことでスピエンにおいと小突かれた。
ーーーあれで隠しているつもりなのだろうか。嘘のつき方も教えたほうが良いかもしれない。
「そうか、よかったね。・・・俺はどうなんだ?」
「お兄ちゃんや意識不明者は選択期間無期延長だって。教官室にいるクレタさんに言えば昇格させてもらえるよ」
「それならよかった。留年なんてしたくないからな」
珍しく冗談を言ってみると、皆んなよく笑ってくれた。
調子も戻って来たかと思うや否や、周囲の笑い声を遮って病室のドアが叩かれた。
全員が急に静まり返る。
「どうぞ」
「うむ、取り敢えず目が覚めた様で何よりだ。よく生きて帰って来たな」
「ありがとうございます」
入ってきたのはシラギ先輩で、開口一番に見舞ってくれた。
椅子を用意しようとしたスピエンにそれを断って、立ったまま話を始める。
「仲間内に長居する気はない、悪いからな。一つ耳に入れておいて欲しい事があるんだ」
「それは・・・」
「いいや、ディアナの事じゃない。ミズカミに直接関係する話だ。お前たちも合っているだろう?」
「それでは、あの少女の事でしょうか?」
「そうだ」
スピエンの言葉に頷き、やれやれといった様子で話を始めた。
「あの娘はミズカミの遺伝子を使ってエルメスが生み出した人造人間だ」
「えっ!」
「・・・」
シラギ先輩の一言で一気に俺へと視線が集まる。
一方で、紗季は何やら含みのある目線を送ってきた。
「俺の遺伝子で?・・・身に覚えはありませんが」
「別にヤッてなくても、体細胞が手に入ればいいらしいからな。一時期検査とかで入り浸っていたそうじゃないか、その時に髪の毛でも抜かれたんじゃないか?」
生物学は専門外だから憶測だがな、と付け加えてから俺を見つめた。
一同安堵の息をついて表面上は冷静さが戻る。
「そう言えば、サンプルがどうのこうので採集されたような...」
「それだろうな。前からエルメスの所に人工兵が作れないかという依頼が来ていたことは知っていたが、本当に作るとは誰も予想しなかった」
「でも、作られてしまった」
「そうだ。お前の高い再生能力のおかげで寿命面も難なくクリアしたようだ。アレが量産され、前線配備されれば、ガーデンは人的資源の損失無く依頼を達成できるだろう」
シラギ先輩は目を閉じて眉間に皺を寄せてしばらく黙り、そして立ち上がった。
「それだけだ、体調がもう少し回復したら俺の私室に来い。話がある」
邪魔したな。と残すと、そそくさと去って行ってしまった。
頭を無造作にかいて脳内を整理させ、この面倒をどう片付けたものかと悩む。
「えーっと、取り敢えずだ。そのホムンクルスはどんな子なんだい?」
「私達の目には東洋人風だったけど、サキが変だって...」
視線を紗季に向けるアイシャと共に妹の方を見る。
「紗季にはどう見えた?」
「・・・上手く言えないんだけど、二つの輪郭が入り混じったみたいで気持ちが悪かったの。一つは確かに女の子なんだけど、もう一つがお兄ちゃんで・・・とにかく歪なナニカ」
「紗季でソレだと、俺が見たらどうなるんだ?」
再び病室が静まり返る。
「良くて失神?」
「自我が崩壊しちゃうかも?」
「まあ、タダでは済まんだろう」
「人間は...重複した自分を....認められない」
仲間たちはなかなかに辛辣な意見を述べてくれる。
「そうまで言われると、流石に会いたくなくなるんだけど」
「大丈夫...コヨミなら....きっと平気...だ、よ?」
エレンが俺の袖を摘みながら呟く。
最後の小首を傾げる動作を、不覚にも一瞬だが可愛く感じてしまった。
「お兄ちゃん?」
「・・・ナンデモナイ」
紗季の視線が背けた顔に突き刺さる。
すまないアイシャ、俺も一緒に嘘のつき方を習うよ。
「ところで、俺の装備は今どこにあるんだ?あの血糊の量だから、最低でも誰かに油変えしておいてほしかったんだけど」
わざとらしく咳払いをすると、無理矢理に話題を変えた。
「それならシラギ討伐隊長が持っていたからな。おそらく後日の話とはそのことなのではないか?」
「そうか、先輩が預かってくれてるんなら心配ないな」
自分の武器を他人に弄られるのは好きではないが、まあ先輩なら下手にはしないだろう。
伸びを一つしてから足をズラし、寝具から立ち上がってみる。
流石に少しよろけてしまい、掴まり立ちがやっとの状況だった。
「危ないよお兄ちゃん!まだ病み上がりなんだから...」
「ああ、ごめんごめん」
いち早く駆け寄ってきた紗季に謝罪をしてから肩を借りた。
細く、小さい筈の身体なのに、とても頼もしく感じる。
「まったく、体が重くて仕方ないな」
「当たり前だよ、普通は一週間も寝たきりだった直後に自力で立てるはずもないもん」
「コヨミ...まだ横になってて」
ウィリアムとエレンに、押し戻されるようにベッドへと横たえられた。
気遣いはありがたいが、少々過保護なくらいに感じる。
だが、いま余計な抵抗をしても、思考も動きもモッサリとした現状では簡単に組み伏せられるのがオチだ。
素直に好意に甘んじよう。
そう思って横になると、沈んでいた倦怠感が再浮上してきて目蓋が重くなる。
「お言葉に甘えさせてもらうよ...ふぁっ、少し疲れたみたいだ」
欠伸をすると、眠気はさらに加速して思考力を奪い去っていく。
「大丈夫...今度は.....普通にーー」
眠たい。
そう言い終わる前に、俺の意識は再び途切れた。




