表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Mercenaries Garden   作者: ゆーやミント
ガーデン生活 初年度生編
63/87

〜帰投〜

どうもご無沙汰しておりました。ゆーやミントです。


新作の「剣たちの鎮魂歌」の構想を練っていたら、前回の投稿から一年近く空いてしまい申し訳ありませんでした。


新作共々、どうぞ宜しくお願い致します。

ガーデンに帰投した船団の内、修理ドックへと向かう傷ついた艦艇を除いた全艦は水上正門に無事入港した。

幾ら広大な面積を持つとはいえ、総勢150隻にも及ぶ大船団がひしめき合と窮屈さと威容さが港に立ち込めている。


直接出迎えに来る先輩のガーデン生は少なく、古参の多くは付近の建物の中から死線を掻い潜ってきた新参者たちを品定めする様に遠目に見ていた。

そんな中でタラップを下って桟橋に降り立った一部の訓練生の表情は出港時とは明らかに違い、ある種の覚悟が決まった様な、もしくは何か感情が擦り減った様な、そんな表情であった。

彼らの中に誰一人として駆け落ちた班や班員について口を開く者は無く、また生き延びた幸運を甘受する者も居なかった。それは一時の幸運だと気づいてしまった恐怖が複雑に絡み合って心を(すさ)ませ、一周した結果である。

「死んだ奴は運が無かった」妙に冷めた頭に最初に浮かぶのはその言葉。次に出てくるのはこのままガーデンに居続ければ確実に自分の中の人間性が欠落するだろうという本能からの警告だった。

同時にそれは自分が以後ガーデンで傭兵として生きていって心を完全に壊すか、故郷に帰ってヒビの入った心を直すかの最後の選択肢であることも彼らは悟っていた。


一方では違った表情と考えをした訓練生達も少数ながら存在した。

他の多くと同じ様に大いに悩み、迷った挙句に冷めるのではなく燃え上がった者達だ。

恐怖に駆られ、心を殺したその日暮らしの戦闘人形(バトルマシーン)となるよりは、明日へと自分を続けるためにガーデンで生きようと決めたのである。


尤も、大多数を占めているのは未だに深い悩みの中にいる者達だった。

早々に結論を出してしまうのではなく、俯いたり、顔を手で覆ったりして夢中で自問自答を繰り返す彼らこそがある意味正常な神経を持った者達である。


救護室へと運ばれていった重症者を除く訓練生は広場に集められると欠け落ちた櫛のように穴だらけの隊列を組む。

未帰還は怪我人を除いて4割程度だった。


「諸君、取り敢えず合格おめでとうとでも言っておこう。本当によく生きて帰ってきてくれた」


用意された壇上にクレタ教官が昇ると、まず最初に生存者を労うが、その顔にいつもの笑みは無い。


「帰り道に少々トラブルが発生して余計な被害が出てしまったらしいが、これからガーデンで生きていくに当って積んでおくべきいい経験になったと俺は思っている」


クレタの冷めた言い方に、ガーデン側の不手際だったという謝罪を少なからず期待していた訓練生達が黙って奥歯を噛み締めた。


「さて、今年もそうだったが、ガーデンの志願者には貴族の家柄が多い...だがここは諸君らが以前まで思い描いていたであろう英雄の育成場ではないという事は理解しただろう。モンスターとの戦闘が如何に危険なものか、何故ガーデンから出た者達が賞賛されるのかもだ。家名の為にガーデンの門を叩いた者は今すぐ去るがいい、兵団に入ればいよいよ明日の我が身も解らなくなるのだからな...では訓練生諸君!正規のガーデン生となるか、或いは国に帰るか、最後の決断をしてもらいたい。猶予は本日午後6時から明日同時刻までの24時間だ!ただし、意識不明の者は目を覚ますまで延期となるので、もしも諸君らの班員でそのような者がいても気にすることは無い。では、入団を希望する者は各自各兵団に申請に行くように。申請の無かった者は明後日の船でミーラスブリザに送り届ける。以上だ、試験の疲れを癒しながらよく考えるように...解散!!」


それぞれの思惑を胸にクレタ教官からの訓示を聞き終えると、兵団に属するか帰郷するかに頭を悩ませながら解散していった。


自由行動が許されると104班の面子は、先に意識の無い暦を肩に担いで工廠区へと向かったスピエンとウィリアムの後を追いかけると、二人には案外と早く追いつくことができた。


エルメスの所に運ぼうというのは紗季の提案である。


全員で血を捧げた結果として彼の鼓動は回復したが、例の存在が希薄になる現象は悪化していて、今では実際に触れていないと隣に居ても気づかないくらいにまで酷くなっている。

彼女の所に行くのも明確な解決法があっての行動では無く、ただ以前から暦が仲良くしていた彼女ならば何とかできるのではないかという漠然とした思いで動いているに過ぎなかった。


「そこの訓練生、ちょっと待て」


やっと工廠が見えてきたという辺りで、全員が聞き覚えのある声に呼び止められる。

振り返って声の主を捉えると紗季以外の全員は息の止まりそうになった。


銀髪を風になびかせたシラギ・スラティスタがそこには居たのだ。


「お前達、ミズカミと同じ班だったよな?」

「はい。」


緊張と畏怖で震える声を絞り出して返事をしたのはスピエンだったが、直後全員がそれらを全て忘れて耳を疑う様な発言をシラギはする。


「・・・ミズカミは、還らなかったのか?」


少し残念そうな顔でこちらを見るシラギを104班の面々は思わず見返した。

両脇から抱えられているとは言え、シラギの立ち位置から暦が死角になるということはあり得ない。


だがすぐに暦に起こっている怪奇現象の所為で気付けていないのだろうと考えた。


「彼は居ます!...ただ少し奇怪な事が起こっていまして...」

「奇怪な事?」


スピエンの曖昧な言い方にシラギは不思議そうい首をかしげる。


「と、討伐部隊長、失礼ですが我々の中間のこの辺りを触ってはいただけないでしょうか」

「?...構わないが」


説明するよりやって見させたほうが早いと判断したウィリアムが暦がいる辺りに指で円を描くと不思議そうな顔をしたシラギが手を伸ばす、その手は真っ直ぐと暦に向かって伸ばされていき---その体をすり抜けた。


まるで霧に向かって手を伸ばした様に何かに触れることもなかった。


今度ばかりは全員が強い衝撃を受けて固まり、頭が真っ白になる。

相変わらず不思議そうな表情をしているのはシラギただ一人だ。


「あらまあ、少々変わった顔ぶれですね」


優雅な口調にシラギが振り向くと、緑のサイドテールを揺らしたネリシャが相変わらずの笑みを浮かべて現れた。


「ちょうどいいところに来たなエルフ。こいつらの間に何か居るらしいんだが見えるか?」


ぶっきらぼうにシラギが尋ねると、彼女は指定された空間をじっと見つめたり手を伸ばしたりしたが、同じく空を切るだけだった。


「さて?残念ながら私には何かが存在する様には見えませんね」


困ったような微笑を浮かべるネリシャだったが、ただしと付け加えた言葉に104班の思考が蘇った。


「ただ少しばかり空間に違和感があります」

「空間に違和感?」


今度はシラギが首をかしげた。


「はい、指定された空間に人型の気配...と言いますか。人が居る気配だけが極々薄くありますね」

「気配だけ...か、どうしてミズカミがそんな状態になっているのか...?」


ジロリとシラギに睨まれた104班の面々は「早く話せ」というその視線に負けてポツリポツリと事の経緯(いきさつ)を語り出した。


その間、ネリシャは「見やすくしてみましょう」といって目を閉じると、不思議な単語を続けて唱える。その直後から空気中の水分が暦の周りに集まっていった。


「なるほどな。要するに燃料切れって訳か、だがその手の話なら俺やエルメスよりも(グレイ)の方が詳しそうだな...」


班員達がシラギに説明を終えてからもしばらく続いていた彼女の詠唱が終わると暦の輪郭に沿って微かに光る水が固定化された。

シラギがボソリと「魔法か...」と呟いたのを104班の面々は聞いていたが、暦によって摩訶不思議なことに耐性がついてしまっていた彼らは「本来なら驚くべきことなのになぁ」とわずかに苦笑する。


「呼吸のために口もとと鼻の付近には水を纏わせていませんが、確かにコヨミさんの輪郭に見えなくもない気はしますね...こんなになるまで戦うだなんて、かなり無理をしていたんでしょう」

「居るならいるでいい。此処で無駄話をしていないで早く担いで行ってやろう」


心配そうに言うネリシャを他所にして、暦の存在がわかるとシラギは素っ気なくも聞こえる言い方で彼の身を案じ、手を伸ばしかけるが何か思いついた様に途中で()めた。


「お前たちで連れて行ってやれ。その方がこいつも喜ぶだろうからな。エルメスには俺から端末で連絡しておく、早く行け」

「わかりました。お願いします!」

「ありがとうございます」


シラギは優しい笑みを浮かべて、各々お礼を言って行く班員を見送ると素早く端末を操作してエルメスにこの旨を伝える。


「ふふっあなたは相変わらず素直じゃないくせにお節介といいますか面倒見がいいですね」

「ふん、何とでも言え」

「照れてるんですか?」

(さば)くぞ...」

「何とでも言えっていったのはあなたの方じゃないですか」

「エルフ、お前最近妙に馴れ馴れしくないか?」

「そうですか〜」


微笑まし気に言うネリシャを適当にあしらっているとすぐに了承と愚痴の混ざった返信が返ってきたので次にグレイかカーディナルに連絡を...と思ったところで後ろから突然声をかけられた。


「あの人は私が助けます」


少女の声だったがネリシャのものではない。

あまりにも突然、あまりにも自然に自分の後ろを取られていたので、シラギは思わず剣を抜きかけた。

ネリシャは剣に手を伸ばしてこそいないが、それでも笑みを消して薄く開いた目から声の主を見据えている。


「貴様は?」


艶のある黒髪と同色の瞳という東系の容姿の少女を睨み付けたシラギは威圧感のある声で短く尋ねる。


「カーディナル様の命令により多くは語れませんが、名前はスズナです」


戦士の後ろに剣を吊るした者が気配を殺して立っている。それが何を意味して、どれだけ危険なことかなど言うまでもないのだが、彼女はシラギに少しも臆することなく、無機質とも言える抑揚の無い声でそう答えた。


「カーディナルの差し金なら深くは聞けんな。だが、気配を殺して俺たちの後ろに立つのは少しばかり無粋じゃないか?クレタあたりなら問答無用で切っていたかもしれないぞ?」

「問題ありません。仮に攻撃されたとしても私は撃退可能です」

「ほう...」


「大した自信だな」とは言葉にしなかった。

代わりに相手の正体を探ろうと瞳の色を変える。しかし、ターゲットを少女に合わせて一秒も満たない内に否応なく視点をずらされる。

理由は単純で、石が物凄い速度で自分目掛けて飛んできたからだった。


明らかに自分の目を狙ってこられてはシラギも黙ってはいない。

ギリギリのところで石を躱すと腰に吊った長剣を抜いて彼女のこめかみに刃を添えた。


「やってくれるな」

「・・・やはり、その目は厄介です」


モンスターでさえ逃げ出しそうな、明確な敵意が込められたシラギの視線を向けられてもなお平坦な声で彼女は語る。


シラギは剣を構える一方でネリシャを小突いた。

既に剣に手を添えていた彼女は目配りするとシラギがわずかに焦った声で囁いたのは予想とは全く違ったものだった。


「アレはまずい。恥じずに逃げろ」


初めて見るシラギの本気で焦った顔と緊張した声にただならないものを感じたネリシャは小さく頷くとそっと柄から手を離して全力で工廠の方へと走っていった。


彼女の気配が十分遠くに離れたことを確認してからシラギは口を開く。


人造人間(ホムンクルス)とは、ガーデンもまた奇妙なものを作ったな」


視線を逸らされるまでの一瞬で見えた相手のステータスを口にするとスズナの目が僅かに細められる。


「あの一瞬でよく見えましたね」

「動体視力も特別でな。しかし、よりによって一番見たくないものを見るとは...」


シラギはそのまま彼女の首を落としてしまいたかったが、何故か本能が止めろと叫んでいた。


「あなたは戦闘部隊の高官ですから、今ここで会い、語らずともその内に知らされたでしょうが...現段階では機密情報を盗み見た大罪人、と判断させていただきます」

「判断したなら...どうするんだ?」

「処分はしませんが、しばらくは動けなくなっていただきます」


冷静に語った彼女は素早くシラギとの距離を詰めると拳を両目の中間点を狙って突き出した。

シラギは咄嗟に剣を手放してそれを受け止めると、手首を捻ってスズナの動きを封じようとするが、彼女は身軽に受け流すとそのまま裏拳を延髄に叩き込もうとしてくる。

シラギもシラギで、後ろに目が付いているんじゃないかと疑いたくなる反応で前に避け、振り上げた(かかと)で彼女の(アゴ)を狙うが空振りに終わった。


「今のを避けますか。想像以上の回避性能ですね」

「お前こそ言ってくれるな。最後の蹴りを躱すなんて、どんな重心してやがる」

「私はあなたが見た通りの特別製。筋力・敏捷性・反射・平衡感覚など、戦闘能力はあなたを圧倒できなくとも苦戦させられる程度のものが与えられています」

「ふん、面倒なものを造りやがって」


シラギは汗一つかかないで喋るスズナを睨みつけながらに悪態を吐くと、何を思ったか構えを解いた。


「時間を喰わせたが、お前はもともとミズカミを助けに来たんだろ?歯切れは悪いだろうが今はこれで終いにしろ。あいつはかなり弱っていて危険な状態だったからな。治療が終わったならいつでも喧嘩の相手になってやる」


そう言ってシラギはミーラスブリザで暦を決闘(デュエル)した時に使ったブレスレットを取り出して一つをスズナに向けて放り投げると、彼女は黙ってそれを受け取る。


「決着をつける時はそいつを付けて挑んでこい。それさえあれば剣で切っても死にはしない」


そう言ったきりアッサリと踵を返したシラギを相変わらず揺れない瞳で見つめていたスズナは無言で渡されたブレスレットを着け、シラギも同じ物を着けている事を確認すると、既に離れつつあるシラギに音もなく近いてその後頭部目掛けて拳を突き出す。


まともに不意打ちをくらったシラギは5m程宙を舞うと噴水の中に墜落した。


「決闘は決闘で受けますが、先程のはどちらかと言うと制裁に等しかったので決着をつけさせていただきました。が、あなたの思い遣りの感情には敬意を表します」


スズナはシラギをサルベージして適当な場所に座らせると、落ちたままになっていた剣も回収して来て横に立て掛ける。

一連の作業が終わると彼女は走って工廠の方へ姿を消した。


その姿が完全に消えたあたりで気絶していたはずのシラギがもそっと動いて辛そうに首を鳴らす。


「・・・・・・・・、珍しく切られ役をやってやったが、あの小娘本気で殴りやがったな。俺じゃなきゃ死んだぞ」


患部を摩りながら立ち上がると抜き身で置いてある剣を鞘に戻して、体を慣らす様に軽いストレッチを行うと濡れた髪の水分を絞ってから一纏(ひとまと)めにする。


「これで上層部の闇を知った分がチャラになるなら安いもんか」


やがて水気を含んだジャケットを肩に担いだシラギも小言を呟いて去っていった。

後にシラギが水びたしになって広場を歩いていたという情報は一時ガーデン中で話の種となったのだが、それはまた別の話。




所変わって、暦の居場所を知らないはずのスズナだが、その足取りはぶれなかった。まるで彼女にはまるで彼の運ばれた所を知っているかのようにエルメスの部屋へと向かった。


スズナが扉を開けると自分の治療に向かったらしいウィリアムを除く104班がベッドに寝かされた暦を囲むようにして座っている。

突然見も知らない少女が入ってきたことに大半は驚いていたが、一人紗季だけは眉をひそめていた。


「え、えっと...貴女は...誰ですか?今ちょっと班員が重体なんでまた後に...」


アイシャが困ったような笑みを浮かべながら断るが、スズナは無視して扉を閉じる。


「私はスズナと言います。マスターの命令により私はその方を助けに来ました。処置しますから場所を空けてください」

「貴様の風貌、どう見ても医療を心得ているとは思えんな。それにそこの女2人を見てみろ」


スピエンがスズナと暦の間に割って入ると紗季とエレンの方に目配せする。

二人の少女は驚きというよりは警戒の光を宿した目でスズナを見て、エレンに至っては得物の柄に手が添えられている。


「勘の良いあいつらでなくて、僕がその装備や歩き方を見ても武闘派なのは一目瞭然だ」


剣呑とした空気が渦巻く部屋の中でさえスズナは表情を動かさない。


「・・・ええ、貴方たちの言う通りで私は戦闘タイプです。ですが、彼を救うために私にしか出来ない芸当もあります」


その瞬間、スピエンたちは空気が揺れた様な気がした。


「!これは...」


それは暦が本気を出した時にも感じた空気の重さによく似ている。


「今のに気がつきましたか。不審に思うならば治療中は私の首に剣を添えていても構いません」

「くっ...」


スピエンは黙ってしまう。

目の前の少女は、頑張れば素手でも倒せそうなほど線が細い。

だが、本能が戦うのは止めろと訴えている。例え言う通りに首に刃を押し付けていても殺せる気は一切しない。


冷や汗が背中を流れた。


「貴様、人間ではないな?」

「貴方には私のデータを知る権限はありません。よって、その問いに答えることは出来ません」


誰が聞いても「はい」と言っている様な返事だが、そこを追求するような野暮な質問はできそうもない。


「そうか、では別の問いだ。本当にコヨミを助けられるのか?」

「その事については保証します」


今度はしっかりと頷いたスズナをジッと見つめてからスピエンは場所を空けた。


「い、いいの?」


先程の威嚇ですっかり怯えていたアイシャが震えた声でスピエンに尋ねると彼は静かに頷いた。


「どの道、僕たちではどうしようもないんだ。あの女が今の状態のコヨミを認識できている事も含めて、可能性に賭けてみるしかない」


そう押し殺した声で言うと、女性陣を庇うように腕を広げて後退する。


スズナはそんな様子を一瞥してから暦の近くまで寄ると、突然彼の上着を全て剥いでしまった。


「ねえ...何で..脱がすの?」


エレンが威圧感のある声を上げる。


「素肌の方がやり易いからです。それにエネルギーのロスも少なくて済みます」


そう言うと彼女は暦の胸、心臓の上辺りに手を添える。

そこには以前彼が班員に見せた時と同じく、深い刺し傷が生々しく残っていた。


「今から少々集中するので声をかけないでください」


全員が黙って頷くと、彼女は目を閉じた。


スズナの【治療】を言葉にするのは難しかった。

一見すれば、ただ胸に手を添えているだけであって別段変わった事はしていない。しかしスピエンはこう思った。


(何か、流れが変わった気がする)


彼のこの考えは実は間違っていなかった。

そして段々と暦の顔色に血の気が帯びていくと同時に、あの存在感が極度に薄れる現象も治っていった。

一方で、スズナの方は対照的にどんどんと顔が青白くなっていく。


「・・・終わり...ました」


彼女は肩で息をしながらスピエンたちの方へ顔を向けた。

その表情は変わらず無表情だが、明らかに疲弊している。


「彼の中に...必要最低限のエネルギーを...入れました。フルチャージの....一千分の一にも満たない量ですが...日常生活を送るだけなら...十分な程です」

「貴様は大丈夫なのか?辛そうだが」

「私は平気です...すぐに回復しますので...お気になさらず」


一応心配して差しのばされたスピエンの手を断ると、よろめきながら彼女は立ち上がった。

立ち姿も歩き姿も入室時とは打って変わって覚束ない。


「それでは....私は失礼...します」

「待て」


壁伝いに歩いて帰ろうとするスズナをスピエンが呼び止めると、強引に抱き上げた。

身長差の所為で肩を支えてやれないから、というのが本人の考えらしい。


「離してください」

「それはできない」


秒殺で抵抗されるが、今の彼女ではスピエンを振り払えない。もしかするとアイシャでも無理かもしれないほどに弱っていた。


「仲間を助けてもらいながら、用が済んだら使い捨てというのは名に恥じる。送らせてほしい」

「離してください」


また抵抗されるが、スピエンは何度拒絶されても考えを改める気がないようだ。


「離してやってよ。そのコは人間があんまり好きじゃないんだ」

「エルメス団長っ!」


突然の声に振り返ると、そこには両手いっぱいに図面やら書類やらを抱えたエルメスが苦笑いしてこちらに向かって歩いてきた。

すぐにスピエンの正面まで来ると苦笑いしながらスズナを見下ろす。


「そのコは私が連れて行くよ、ちょっとした顔見知りなんでね。さあスズナ、帰ろう」


スピエンが彼女を下ろしてやると、彼の時とは正反対に素直にエルメスの白衣にしがみついた。


「おおっと!あんまり引っ張らないでって、流石に倒れちゃうぞ?」


エルメスはわざとらしく大袈裟によろけてみせながら暦の寝ているベッドの横にあるデスクに持ち物を置いて、チラリと暦を一瞥すると自分の研究室の方へ踵を返す。


「君たち、言った通り何とかなっただろう?」


彼女のその言葉は、一同が暦を連れ込んで来た時に言った言葉に対してだった。


「鍵は開けておくから、好きな時に見舞いに来てあげてよ。あ、でもそこの書類とかには触らないでね〜」


そう言って彼女はスズナと共に出て行ってしまった。


「一体何だっていうんだアイツは」


緊張感が解けたスピエンはため息を吐きながらパイプ椅子に腰掛ける。


「エルメス団長も変わった人、だよね。いつ見ても普通の人とは違ったモノを見てるみたいだし」

「まったくだ」


アイシャの意見にスピエンも吐きすてる様に賛同する。


「これじゃあ傭兵と言うよりは、変人の巣窟だ。まあ、モンスターと日々戦って、あんな試験を思いつくんだから当たり前かもしれないがな。・・・まったく、聞くのと見るのじゃ全然違う」

「貴方は...ガーデンを英雄視し過ぎていた....殺し合いは...甘くない」


エレンの呟きにスピエンとアイシャは黙ってうつむいた。


「元が闘剣士(グラディエーター)のエレンに言われると、何も言えないね。私さ、ガーデン生は兎も角ガーデン兵は無敵で、シラギ隊長やコヨミみたいな人たちばっかりの集団だと思ってた。だからお父様にガーデンへ行って経験を積んでこいって言われた時はまた無茶なことを言うなって思ってたんだ。...でも現実は違って、私たちみたいな特別に強いわけでもない人たちが大半で、逆に強い人は少なかった。しかも...」


彼女は顔を上げて暦を見つめると、そっとその顔を撫でた。


「死んでいくのは強い人が大半なんだよね」

「まあ、実力があれば当然ながら凶悪なモンスターの討伐に割り振られる。戦死率が高いのは仕方がない」

「そうだけど...嫌だよ。自分に力が無い所為で、他の誰かが死ぬなんて」


アイシャの目からこぼれ落ちた涙が暦の頬を伝って落ちていく。

その言葉にスピエンは顔を逸らし、エレンはわずかに目を細める。


「やっぱり、私がガーデンで生きていくのは...無理、なのかな?」

「・・・それは貴様で決める事だ。僕らには助言はできても決定はできない」

「そう?...私は...家を大切に思うなら...帰った方が良いと思う」


エレンの言葉に二人は顔を上げる。

当の本人は手のひらを電灯にかざして遠くを見つめている。


「私は...戦う事しか知らない人間....でも貴方たちは違う...故郷に帰れば...家も家族も...立派な身分だってある.....アイシャ...貴女は戦士になるには優しすぎる」

「おい!」


スピエンが余計な事を言うなと睨みを効かせるが、エレンは構わずに続ける。


「よく考えて...一歩先は崖どころか....今立っている場所さえ薄い岩の上だってこと....貴女が死んで悲しむ人が居るなら...此処は居ていい所じゃない」


エレンの忠告に言葉を失ったアイシャは、しばらくの間うつむいていたが、不意に顔を上げると紗季の方を向いた。


「ねえサキ、貴女は...迷わないの?」

「え?なに?」


一人だけ心ここに在らずといった様子だった彼女は三人の会話をほとんど聞いていなかったらしい。

そんな様子に気の抜けたアイシャは深いため息を吐く。


「だから、サキは本当にガーデンで生きていけるの?ってこと」

「お兄ちゃんが此処にいるって言うなら残るよ」

「相変わらずだな、貴様らは。前から思っていたが、普通の兄妹の仲の良さを超えていないか?」

「何で?」


スピエンの呆れた声を聞いても彼女はキョトンとした顔をするだけだ。


「いや、常識的に考えておかしいだろう。エレンから聞いたが夜も共に過ごしているそうじゃないか。普通の兄妹...いや、恋人でもそこまでの関係にはならない。異常だ」

「そんなこと知ってるよ。でも、お兄ちゃんにとって私は家で、私にとってお兄ちゃんは家族」


そう言う紗季の笑顔にスピエンは少し背筋がゾッとした。


「私たちを船に例えればお兄ちゃんが船体で、私はそれを繋ぐ釘。両方がしっかり合わさらないと不安定で壊れちゃう。二人で一個の単位...共依存って言い方をすれば解りやすいかな?」

「家族が...支え合うのって普通じゃないの?」


アイシャが怯えたように言う。


「私もね、昔はそう思ってた。自分は水上家を支える柱の一本なんだって。例え遠からぬ未来には取り外され、捨てられる運命にあったとしてもそれで家が繋がるなら良いって、そう考えてた。一の犠牲で十が成り立つなら本望だった...でも!」


それまでは顔を伏せ、小さな声で語っていた彼女は突如手を広げて宙を仰いだ。その表情は恍惚としている。


「お兄ちゃんは違った!私を一本の柱から一人の人間にしてくれた。物だった私に心をくれた!それが嬉しくて、愛しくて、恋しくて、狂おしくて‼︎...気づいたら今の関係になってたんだ」


自然と語気が強まっていった紗季は感想を求めるように3人に目線を合わせるが、誰一人として目を合わせようとする者は居ない。

彼女の愛という名の狂気は、エレンの倫理観すら可愛く思える程に常人に理解できる範疇(はんちゅう)を遥かに凌駕していた。


「っと、ごめんね。ちょっと熱くなっちゃったかな?」

「あ、ああ。そうだな」


目が覚めた様に元に戻った紗季が小首を傾げると誰もが気まずそうな表情を見せる。


「ところでさ、さっきの娘...なんだか変じゃなかった?」

「う、うむ。言われなくとも感じたが、あれはコヨミと似ていたな」


スピエンは、貴様はスズナ以上に変な娘だがな。と思いながらも自分の感じたままの言葉を口にした。


「私にはすっごく歪に見えた。目で見ると確かに女の子なのに、気配がお兄ちゃんの形をしてて...二つの輪郭が重なったみたいだった」

「えーっと...それってどういう事?」


あやふやな紗季の言い方に対して、一同の意見を代表してアイシャが尋ねる。


「んー、説明してもいいけど...生物の公式って知ってる?」


疑問の返事として返ってきた疑問に全員が首を横に振った。


「超が付く程簡単に言うとね。生物、まあ人間だと仮定して...それを構成しているのは【肉体】【精神】【霊力】【魂】の四つ」


そう言いつつ、彼女は部屋の備え付けのホワイトボードに図を描く。

それは肉体が魂と霊力で精神と結ばれているものだった。


「こんな感じなの。お兄ちゃんはもう人間じゃないからこの図とはちょっと変わっちゃうんだけど、今は関係無いからこのままで話すね」


紗季はペンの頭で精神と魂の所を指す。


「人間の場合は図の通り肉体と精神が魂と霊力っていう二つの紐で結ばれてるの。魂は別の言い方をすればHP(いのち)、霊力の方は無視していいや。精神は個を司るモノで肉体は器。この精神と肉体は相性が悪くて反発し合うから両方を繋げている魂は物凄い勢いで疲弊して、それが切れた瞬間が寿命ってことになってるの」

「ふむ、話の腰を折るが、殺されて死ぬのは器が駄目になるからか?」

「そう、紐は無事でも一方が無くなっちゃったらもう片方はバランスを失って飛んでいっちゃうでしょ」


疑問への解説にスピエンは黙って頷いた。


「それで、この四つの要素は十人十色...同じ形のものは二つと無いの。でもあのスズナって娘はこの魂の部分がお兄ちゃんのモノなの」

「その魂って...複製できるの....?」

「・・・・・うん」


エレンの質問に紗季は暗くて小さい声で答える。


「魂の色は西(こっち)の医学用語で言うとDNA。つまり遺伝子と同じ色。だから減数分裂した細胞か生きた体細胞と専門的な機器があれば同じモノを作り上げる事も不可能じゃ無いの...でも安定性は悪いし、体細胞の場合は採取した細胞の年齢分年をとってるから長持ちもしない」


そこまで言って彼女はさらに苦しそうな声になる。


「けどお兄ちゃんの身体は代謝が無い、つまりは細胞が劣化しないの。だからお兄ちゃんの体細胞から核を取り出して適当な卵子に入れれば理想的なクローンが出来る。女の子だったから核の中の設計図をいじったんだと思うけど、それはもうクローンって言うよりは人造(ホムン)...」


足音がして紗季は口を閉じた。

段々と近づいてきて、開いたままの扉の縁から拳銃を片手に握ったエルメスが現れた。

その照準はぴったりと紗季の頭を狙っている。


「よく気がついたね。あれっぽっちの要素からその答えが導き出せるなんて本当に凄いと思うよ。可愛いだけじゃなくて頭の良い、最初に目を付けた通りでどこまでも私好みだなぁ」


彼女は本心から言っているが、どれだけ体を動かしてもぶれない銃口が不気味に光る。


「それで、お兄ちゃんの体を弄んで...あんな娘まで作って、一体何を企んでるんですか?」


紗季は細めた目から睨みを効かせた。


「それは言えないなぁ....ケホッ...でも、上から命令されてね。私もこんな形でなのは不本意だよ」

「その割には楽しげでしたけど?」


咳混じりの答えが気に食わないとばかりに言い返すと、笑みの中に一瞬だけ冷たいものが混じる。


「不可能を可能に出来るチャンスがあったらやるのが科学者でしょ?」


屈託の無い笑みで彼女は笑う。

さながら、無邪気に動物を甚振る子供の様に。


「だからと言って、こんな命を弄ぶ様な真似が許されるのか!」


スピエンが語気を強めていきり立つ。

今にも剣を抜きそうな気迫であったが、紗季に銃口が向けられているのを気にしてか、柄を握る気配は無い。


一方でエルメスは、彼の怒りを見ても子供の屁理屈をあしらう様に鼻で笑った。


「心外だね。確かに人道的に許された行為じゃあないさ、でも、こうでもして安定した兵力を手にしなきゃ、この先いったい何万人の英傑たちが血を流すと思ってるんだい?」

「それは...」


いつもの彼であったなら、多少の反論はできたかもしれない。しかし、アイシャの胸中を聞いてしまった現在は、言葉に詰まってしまった。

何故なら彼もまた、自分がその英傑に含まれない事を自覚していたからである。


「必要投資ってヤツだよ。私だって本当ならこんな真似はしたくなかったさ、上からの注文が無ければ発想自体が生まれなかっただろうね。でも、もう後の祭りだよ。彼女は完成してしまった!シラギをも上回る戦闘能力を持った100人の特殊兵団が実現する。これを人類の救世主と言わずして他に何と言うのさ!」


興奮した様子で語り続けたエルメスであるが、突然顔を青くすると口元を押さえて激しく咳き込んだ。


手からこぼれ落ちた拳銃が廊下に音を響かせる。


「ゲホッゲホッ!...参ったね、はしゃぎ過ぎたかな?」


口を覆っていた手を退けると、その手と口には真っ赤な血液が付着していた。


「衛生へ、工廠の団長私室に急ぎ担架を...」


震える手で端末を操作して衛生兵団に連絡を取り終えると、崩れる様にその場へ座り込んだ。


「はっ...はっ...けどね、これだけは誓うよ」


重たそうなまぶたをこじ開けながら、エルメスは1つの覚悟を口にした。


「彼女たちは...一人たりとも犬死はさせない」


そう言い残すと、エルメスは苦しげな呼吸を続けながら目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ