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Mercenaries Garden   作者: ゆーやミント
ガーデン生活 初年度生編
62/87

〜行きはよいよい帰りは...〜

この連載小説は未完のまま3ヶ月以上更新されていません。


この様な表記が出てしまい誠に申し訳ございませんでした。

これからも不定期な更新になるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします。

ガーデン生は撤退命令受諾後、生存者は強襲上陸艇に再度乗り込んで脱出したが、発進しなかった上陸艇の数は決して少なくなかった。

そして命令発信から3時間後には対地用焼散弾を積んだガーデン水上部隊による徹底的な艦砲射撃が再度行われてハファンスタッドは地図からその名を消す事になるのであった。


一方、104班の上陸艇内では乗員たちが狭い船内を慌ただしく動き回っていた。


「ウィリアムさん、新しい輸血パックをお願いします!」

「わかったよ」

「アイシャさんは清潔なタオルの替えと止血剤をお願いします!」

「サキ、もう新しいタオルが少ないよ」


深く傷ついたディアナを、紗季を中心にして必死の救命活動を行なっていたのだ。


ディアナは脇腹を切り裂かれた折に、内臓こそ無傷であったが、太い血管に傷がついてしまったようで大量出血によって衰弱していた。

紗季は傷を縫うことで止血しようするが、血は一向に止まらない。

彼女は顔を青くして、今やピクリとも動かなかったが、微かな鼓動だけが未だに生きようと努力していることを告げている。


また一方でも暦が血の滴る腕を押さえながら顔を青くして壁に寄りかかっていた。


「コヨミ...」


心配そうな表情で彼の腕をとるエレンは血で染まった包帯を外して、傷口に貼ってある湿布を慎重に剥がす。

その下には数十分前に暦自身が応急手当てとして止血剤を塗っていたにもかかわらず、傷口が塞がる様子も血が止まる様子も無かった。


「血が...止まらない....やっぱりサキに...」

「いいんだ、この面子の中で医療に詳しいのは紗季一人だろう?だから先輩の手当てを優先するように命じたんだ」


紗季を呼ぼうとするエレンの袖を掴んだ暦は小さな声で彼女を止める。

彼の言葉通り、この上陸艇に乗り組んでいるメンバーの中で医学的な治療が行えるのは座学で医学を取っている紗季一人だった。

彼女はもちろん、真っ先に暦の手当てをしようと飛びついたのだが、当の本人は重体のディアナを先に治療するように強く命令したので渋々といった様子で離れていったのだが、暦も傷こそ小さいが、それが一向に塞がる気配が無いのである。


「エレン...やっぱり俺の傷はいい、先輩の手当てを優先するんだ」

「あそこに...あれ以上居ても邪魔なだけ....」


そう呟いて彼女は新しい包帯を巻き直す。


「エレン、俺の傷はおそらく人間の治療法じゃあ治らない」

「私は...コヨミに命を貰った...お返しは...する」


諦めに近い表情の暦はエレンに治療を止めるようにいくら言うが、同じやり取りの繰り返しでまったく話が進まない。

彼女は小さな手が血で真っ赤になるのも構わずに只ひたすらに、黙々と止血作業を続けた。


「傷がふさがらないなら...感染症の...疑いがある...薬が必要...かも?」


暦は、小首を傾げて唸る彼女の手を力無く握ると静かに首を振る。


「そうじゃ無い。自分のことだからわかる、さっきの戦いで俺は妖怪としての力を使い果たしたんだ。治癒力は体感だが妖気依存だった気がする...包帯を巻くだけ無駄だ」

「じゃあ...どうしたら...その力...回復する?」


そう問われると彼は歯を食いしばり、答えたくないというオーラを発する。

もちろん、それに気づかないエレンではなかったが、彼女は敢えて無視して再度問いかける。


「どう...すればいい?」

「・・・・」


暦は相変わらず、やめてくれと言いたげな視線を送るだけで口を動かさ無い。


「言わないと...傷のこと....サキに...告げ口する」

「エレン、それは反則だ」

「喋らない...コヨミが....悪い...」

「そうはいってもな...はぁ、甲板に出よう」


エレンの強い押しにようやく折れた暦は適当な言い訳をして後部甲板に移った。


重たい鉄のハッチを開けると、二人は胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込んだ。


「それで...どうしたら....治るの?」


潮風とはいえ、やっと落ち着いて吸える空気を楽しむ間も無くエレンは尋ねるので、暦はやれやれといった様子でため息を吐くと小声でボソボソと呟き出した。


「妖怪という存在は、人間が肉を欲する様に人間...と言うより知性体の霊魂か強い恐怖を糧にしているんだが、俺はよりによって霊魂を欲する側、つまりは知性体を喰らうことで存在を維持する型の方らしい」

「つまり...人間を..食べればいい?」

「生きた、な」


暦はエレンの答えに、彼自身が最も嫌な付け加えをする。


「それとは別に他者からの信仰心でも回復はするみたいだが、こっちは時間とそれなりの人数が必要だ。尤もこれは回復よりも現界しているのに必要な条件みたいなものだな」

「最低でも...一人がコヨミを...認知してれば...消えない....ってこと?」

「殺されない限りはそうだろうな。でも、妖怪という者たちは人間からは忘れられやすい存在だ。あやふやなものをずっと覚えていられる程人間の記憶はしっかりしていない」


暦は苦笑しながら空を見上げた。

彼という存在の有無はどんなに本人の力が強くても第三者次第で決まってしまうのだ。

もしも明日にも暦の事を知る人物が残らず死んでしまえば、その瞬間から水上 暦という妖怪は存在そのものが無くなってしまう。彼はそれを皮肉に笑ったのだろう。


「兎も角、一番手っ取り早いのが命を喰らうことだけれども、この程度の傷を治すのなら一人分の命も必要無い。精々血が一滴か二滴あれば充分に足りるだろうな」

「わかる...の?」

「自分がどのくらい空腹かは人間でもわかるだろう?それと同じさ。...こんな呪われたみたいな体になって、いろいろ知りたくもない事が自然に頭にあるんだ」

「その体...悪く言えば....役に立つ...と思う....変な意味じゃ無い...戦闘もできて...回復の心配も無い..味方なら....私はとても重宝する...」

「味方ならな。でも、いつ何時俺が人間に牙を剥くかわからないんだぞ?」


軽く眉を上げてからかう様にそう言う。

血の流し過ぎで顔は青いが、瞳には真剣な光が宿っている。


「コヨミは....そんなことしないって.....信じてる」

「今は意識が人間寄りだから元の自分でいられているだけれど、変化すれば思考そのものが入れ替わってしまう。芯は同じかもしれないが、俺と奴は別物だ...奴の心は氷の様に冷たくて、触れるもの全てを拒絶する。あいつまでエレンたちに優しく接するとは限らない」

「それは...サキも?」


エレンの問われた暦は情けない様な困った様な笑みを浮かべてから首を横に降る。


「いや、紗季は違う。紗季が俺たちの芯なんだ」

「それは?」


首を傾げるエレンの頭に傷ついていない方の手をポンと置いて猫をあやす様に撫でた。


「帰ったら話す約束だったから、詳しい事はまた後で皆んなの前で言うけど、要約すると俺は紗季一人を救うために家を捨て、奴も致命傷を負った俺の前で紗季が殺されかけた時に現れた...まあ、要するに俺たちは妹離れできないバカ兄ってわけだ」


小声でいい年してなぁと暦が呟いたのを聞いて思い出した様にエレンは尋ねた。


「ん...コヨミとサキって...今何歳?」

「俺が今年で二十歳、紗季はあれでも十八だ」


エレンは暦の言葉に軽い衝撃を受けたようで黙ったまま顔を手で覆う。


「まさか...サキが....年上だったなんて....」

「そこまで落ち込まれると兄としては紗季がどれくらいの認識だったのか非常に気になるものだがな」

「...........15くらい?」

「まあ、わからなくはないが...」


塾考した末に出した年齢に暦は苦笑する。


「ところで....コヨミ?」


さっきまでの落ち込んだ空気は何処へやら、いつもの平坦な口調だが、どこか真剣な様子で彼女は問う。


「あなた傷を治すの...血が...いるんだよね....?」


暦は、話を蒸し返されたかと心の中でため息を吐きながら単語で答える。


「まあ...な」

「そう...わかった」


コクリと頷いたエレンは、折り畳みナイフ取り出しておもむろに自分の腕に刃を走らせると、真っ白でか細い腕に赤い線が走り、やがて雫が垂れる。


暦が何をしているんだと叫ぶ前にエレンの唇で彼の口は塞がれた。

限界まで背伸びをして、暦の肩でバランスをとる彼女との口付けは十数秒間も続いた。


「!」


エレンの突然過ぎる行動に、流石の暦も脳内での処理が追いつかないで目をパチクリさせている。

やや名残惜しそうに唇を離した彼女は次に血の滴る腕を差し出した。


「コヨミ...私の血....舐めとって...」


猟奇的な発言だったが、未だに処理が追いついていない彼は言われるがままにエレンの腕をとり、舌を這わせる。

その顔はお互いに真っ赤であった。


「ん...ぁ....コ、コヨミ...ちょっと.....くすぐったい」

「あっ、すまない。って俺は何をして...」


ようやく正気に返った暦は反射的に離れようとしたが、背中に回されたエレンの片腕が邪魔をしてそれは叶わなかった。


「少しは...回復した?」

「あ、ああ多少は...いや、本当に何してるんだ!」


暦の言葉の通り、彼の腕は初めから怪我などしていないかの様に元に戻っている。


とは言え、自分の生身を裂いて血を与えるなどという行動は真っ当な神経をした人間のする行動では無い。

これは一人で戦いの中に長く身を置いていたエレンだったからこそ《他人に命を救われた=救われた分の命をその人に尽くす》という方程式が成り立ったのだ。

もっとも、本人はそれを自覚して動いているわけでは無いので始末が悪い。


「キス...と....血を...あげただけ...」


彼らしくない慌てぶりを面白がっているのか、やや嬉々とした声でさも当然と答えるエレンに暦は頭を抱た。


「紗季に知られたら殺される...」

「.......流石に...その反応は..傷つく」

「すまない」

「今は....他の女の話は...しないでほしい...」

「それは....」


「どういう事だ?」と続けかけてから野暮なことは言うまいと口を閉じ、咳払いをして無表情にしょんぼりする彼女に問いかける。


「第一、どうしてこんな事をしたんだ?特に前者」


未だに困惑の色が残る表情をしながら、彼はため息混じりに尋ねる。


「元気...でた...でしょ?...」

「いや、そういう問題じゃないだろう。こういうのは無闇にする行為じゃない」

「無闇じゃ...ないよ」


暦が抱きついたままジッと見上げてくるエレンから目が離せなくなって困っていると、珍しく表情を変えた彼女は優しい声で呟いた。


「私は、コヨミのこと...好き..だ....よ......」


最後の方は恥ずかしくなったのか耳まで真っ赤にして口籠ると暦の胸に顔を埋める。

突然過ぎる告白に彼は驚いた顔をしていたが、やがて嬉しそうな、けれど僅かに申し訳なさそうな表情を浮かべてから小動物の様に震えるエレンを抱きしめた。


「ありがとう。エレンの気持ちはすごく嬉しいよ」


あえて曖昧な言葉でどっち付かずな返事をすると、暦を包む腕が一瞬だけ小さく震えたのを、彼は気づいた上で無視した。


「こっちこそ...ありがと.....」

「寂しくなったら何時でも来てくれ。どんな愚痴にでも付き合おう」


震えるエレンの背中を優しく撫でながら暦がそう囁くと、彼女は薄っすらと涙ぐんだ目で見上げながら一つだけ尋ねごとをした。


「ねえ...コヨミは...私のこと...嫌い.....?」


シラギの言葉を借りるなら「あざとい」のだろうと思いつつも、今までにないくらい少女らしい可憐さと儚さを散らす彼女の仕草から暦は、「ここで嫌いだなんて言える奴は居ないよ」と思った。


「嫌いなわけないさ」


今度はエレンの目を見て即答で答える。

涙で目尻を濡らす彼女を今一度抱き直してから彼は何気なく空を見上げた。


するとその表情が険しいものへと急激に変わり、さっとエレンを退かすと閉じてあるハッチを開き大声で怒鳴った。


「五時の方向上空に魔物(モンスター)発見!数はおおよそ二十!!」


はっとなったエレンは急いで涙を拭くと暦の示した方角に目を凝らすが、そこには何も見えない。

しかし、艦内では張り詰めた空気が一瞬にして立ち込める。


そのうち羅針艦橋の偵察員も双眼鏡越しにその姿を認めたらしく、伝声管から対空警戒の声が、鐘からはけたたましい音が響いた。

前部甲板では弾丸を装填した機銃座が空を睨んだ。


エレンも初めは見えなかったものの、だんだんとその方角の空の色が違うような気がし始めたかと思うと、ポツポツと黒い点が浮かび上がり、それが大きくなるにつれて羽ばたく大鷹の形になった。


「エレン、艦内に戻るぞ!」


エレンは、はしごを駆け下りてゆく暦の後に続いて艦内に戻ると、真っ先に班員の居る部屋へと向かう。

彼女が艦内に戻った時には既に暦の姿は無く、途中で狙撃銃とその弾倉らしき物を担いで遮光グラスのゴーグルを着けた青年とすれ違うも、何事も無く待機室に戻った。


小柄な彼女には重く大きい鉄扉を開くと、部屋の中には意識の無いディアナとその治療をする紗季がいるのみだった。

紗季は慎重な手つきでディアナの傷を縫い合わせいる最中だったので、エレンが声をかけられないでいると彼女の方から声をかけてきた。


「エレンさん、皆さんは機銃の給弾員として行きました」

「そう...」


踵を返して自分も班員を追おうとするエレンは、再び発した紗季の声によって止められた。


「ところで、お兄ちゃんは一緒じゃないの?」

「え...?」


てっきり自分よりも早くこの部屋に戻り、そして他の人たちと同じく給弾員となったのだろうと思っていたエレンは思わず聞き返した。


「みんなと....一緒じゃ...ないの?」


今度は紗季がえっという顔をした。

もちろんその間も手の動きは止まっていない。


「さっき一瞬だけ戻ってたけど、すぐに何処かに行っちゃったから...」

「私...コヨミとは....すれ違ってない...」

「でも、皆んなとは別行動してるみたいだったけど?」

「じゃあ...」


どこに?と続ける前に壁にかけてあった非常時用の狙撃銃とその弾倉が消えていることに気がついた。

エレンはまさかと思って後部甲板に戻ると案の定、暦は丁度銃に弾倉を押し込んだところだった。


「コヨミ...」

「今度は気づいてくれたな」


ゴーグルと口元のマフラーをずらして顔を見せた暦はニコッと笑うとすぐに直してスコープを取り付ける。

エレンは、やはりさっきすれ違ったのは暦だったのかと思う反面で一つ疑問が湧いた。


「銃....使えるの...?」

「知り合いの先輩の一人に銃使いが居るんだ。偶に訓練に付き合わされてたから当て方くらいは知ってる」


彼はそう言い、ボルトを引いて弾丸を装填すると銃床に頬を当ててスコープを覗いた。


「エレンのおかげで目がよく見えるようになった」


暦は独り言のようにそう呟くと、一番手前まで迫っている大鷹、正式名称ハンターホークに向けて引き金を引た。


重い発砲音と共に噴出された燃焼ガスが二人を包み込む。

続いて飛び出したスス汚れた薬莢を見たエレンはその大きさに驚かされる。

それは当たり前のことだった。暦が撃っているのは以前104班の初実戦訓練の時に教官たちが携帯していた物と同じで、本来なら二~三人で扱う対モンスター用の狙撃銃であり、その弾丸は25mmもあるのだ。


しかも彼はそれを立って撃ったのである。

流石に踏ん張っている足元の甲板材に足がめり込んで木の繊維が毛羽立っていた。


エレンの目ではその弾が当たったのか外れたのかはわからなかったが、暦は次弾を装填しながら小声で呟く。


「有効射程は800が限界か、必中を狙うなら300まで引き付けるようだな...奴の速度は大体秒速3ってとこか、なら...」


そう呟いたきり暦は銃を構えたままで一発も撃たなくなった。

既にモンスターは相当近くまで寄ってきており、肉眼でもその輪郭がなんとなくわかる程まで接近している。


各艦の機銃員と船団を護衛する駆逐艦の砲手たちは徐々にはっきりしてくる敵の姿をじっと見つめる。

測距員たちは敵は高度約600mを飛行していると伝えると、砲手が直ちに仰角と信管の調定が修正された。


大きな体躯とそれを宙に浮かす巨大な翼。

日に照らせれて不気味に光る太くて鋭い鉤爪とクチバシ。

獰猛な “狩る者の目” をした鋭い瞳。

鍛え抜かれた黒鉄の如き強靭な羽毛。

その体長は一番小さい個体でも4m、大きいものは10m以上はあるだろう。


遂にハンターホークの一群が群れから離れて直下の船団目掛けて急降下を始めた。

狙われた一団とその付近の駆逐艦は一斉に主砲の高角砲や機銃を撃ち出す。


流石のモンスターといえども駆逐艦の撃つ10cmの高角砲弾が命中すれば一撃で撃墜できたが連射性は低く、その間に大半の接近を許してしまう。

続いて上陸艇の機銃が曳光弾を輝かせながら紐のように大鷹を追っていくが、7.7mm機銃弾ではいくら撃ってもめぼしい効果は得られず、目の付近に命中した時のみ大鷹は空に引き返していく。

そして、両者に共通する欠点として命中率がさほど良くないのだ。


結局、降下してきた殆どの大鷹に攻撃を許してしまい、太く鋭い爪で切り裂かれた上陸艇は船殻に亀裂を生じて浸水を起こすと、速力が目に見えて低下して傾斜も増大する。


一方、駆逐艦も数隻狙われており、多くは軽微な被害のみで第一次攻撃を凌いだが、一隻が海魔用の魚雷発射管に損傷を受けて爆発を起こした。

攻撃を仕掛けた大鷹は爆炎に焼かれて火だるまとなって海に突っ込んだが、駆逐艦も甲板での誘爆が相次ぎ、遂には弾庫にまで引火して予備の魚雷が船体内で炸裂、大爆発を起こすと艦は中央部で真っ二つに裂けて沈没していった。


僚艦の惨劇を目の当たりにした他艦は更に対空射撃を密にするが、損傷を受けていた上陸艇が再度襲撃されると遂に転覆してゆっくりと沈んでいく。


二隻とも、沈んだ後に海上へ頭を出した人影は残らず大鷹に啄ばまれた。


一回目の空襲で駆逐艦と上陸艇各一隻を撃沈し、他にも小破二隻、中破四隻の戦果を挙げたハンターホークの一群は三羽撃墜の被害を受けつつも直ぐに本隊に追いつくと、既に降下を始めている二群と共に攻撃を再開した。


降下する大鷹の一羽が狙いを定めたのは104班の乗り組んだ上陸艇だった。


瞬時に高角砲と機銃が火を吹いた。


途端、その大鷹は急に暴れ出してバランスを失うと近くの大鷹を道ずれにして海に落ちた。

奇行の原因は暦の撃った銃弾が寸分違わずに大鷹の左目を射抜いたからだった。

彼は大鷹の一連の動作をしっかりと観察し、そして高速で降下する大鷹の眼球を的確に撃ち抜いたのである。


ボルトを引いて素早く次弾を装填すると次の目標を探す。

ずれたイアパッドをエレンが直し、再度発射された弾丸がまたしても大鷹の眼球に命中する。

駆逐艦も負けじと撃った高角砲の命中率は良く、合計五羽も撃墜した。

二群による被害は上陸艇一隻が中破させられたのみである。


流石にハンターホーク等も、八羽も落とされては薄気味悪いものを感じたのか、空襲は一回のみで引き上げ、海面近くの超低空飛行で第三群の攻撃に加わる。

ところがそれがガーデン側の不幸となった。


それまでは大鷹たちは揃って急降下してきたので上に対空砲火を集中させればよかったが、今度は低空で突っ込んでくる二群の生き残りと、急降下してくる三群の両方に対応しなければならなくなったからだ。


二群に襲われた艦隊も援護射撃として低空を飛行する群団に砲撃を浴びせるも、遠ざかっていく飛行物体に対する射撃はその逆よりも遥かに難しく、高角砲は仰角を上げ過ぎると僚艦に砲弾が命中してしまう危険性があり、機銃はハンターホークの鋼鉄のような羽毛に弾かれて有効打は与えられない。


暦も機銃弾が通らないのを見ると、弾丸を一点集中させれば落とせるかもしれないと思って適当な大鷹の翼の付け根を狙って五発連続で同じ場所に命中させるも、羽に微かな傷が付いた程度の損傷から見てとても残弾を全て撃ち込んでも落とせないだろうと悟って射撃を止めた。徹甲弾でもあれば貫通できたかもしれないが、そんなものは都合よく転がっていない。


結局のところ一羽も撃墜できないまま攻撃を許してしまう。


狙われた艦隊は合計十羽のハンターホークに襲われる。機銃は生き物のように旋回し、高角砲が断続的に砲弾を撃ち出すが、初手で撃墜できたものは無く、逆に上陸艇六隻と駆逐艦四隻が損傷を受けた。


特に後部三番主砲に損傷を受けた駆逐艦は給弾塔内で砲弾が炸裂して火災を発生させ、火炎が弾薬庫と火薬庫にまで侵入すると瞬時に大爆発を起こした。

砲塔が基部から吹き飛んだその駆逐艦は奇跡的に船体断裂はしなかったものの、操艦系統に深刻な傷を負ったようで、半径300m程の円を描いてグルグルと同じ場所を回頭し始めた。火災は艦全体に広まって尚も治らない。


他にも襲われた上陸艇六隻のうち二隻は船殻に大きな亀裂が数本走っていて20度ほども傾いていた。

傷を負いつつもなんとか微速で航行していた近くの上陸艇は、沈みつつある上陸艇に救助の為に接舷しようと近寄っていく。


その時、大破炎上しながら回頭を続けていた駆逐艦が爆発して船体が跡形も無い程バラバラになると破片が四方八方に飛び散った。

放り出された幾つかの砲弾が空中で爆発し、機銃弾が加熱によって炸裂する。


その中でも比較的原型をとどめていた主砲砲身の残骸が沈みつつある上陸艇に当たり、既に致命傷を負って断末魔の叫び声を上げていた上陸艇の船体は完全に断裂して、艦首と艦尾を上に向けてみるみると海に引きずり込まれていった。


一通りの攻撃を終えた大鷹たちは半数以上を落とされながらも『食事』を終えて飛び去っていく。


沈没した艦艇は上陸艇三隻と駆逐艦二隻の計五隻で大破漂流が四隻、その他多くの艦艇が小破以上の損害を受けていた。


先程までの騒音が嘘のように静まり返った海では海面に漂流している生存者の救出や機銃の冷却が始まる。

海面の所々には沈没した艦の残骸や重油がもの悲しげに浮かんでいた。


訓練生たちは大半が焦点の定まらない様な呆然とした目で無口に作業を続けた。


彼らは用意されたものでは無い、突発的に起こった本物の戦場を体験した事で今まで危険だと思っていた実戦訓練や今回の試験がいかに生ぬるいものであったかを認識せざるを得ない。


『自分たちはモンスターに対してあまりに無力だ』


こんな考えが一部の楽観視してきていた訓練生たちを襲ったのだった。

続けてこんな事も脳裏に浮かぶ。


『自分は強いから生き残ったのでは無い。ただ運が良くて自分の所にはモンスターがやって来なかっただけなのだ』と。


これからガーデンで傭兵として生きていくならば明日も自分の命があるとは限らないのだと否が応でも思い知らされる。

ガーデンの保護下にあれば予定された戦闘時以外は安全だという幻想は完全に打ち砕かれた。


『次は自分の番かもしれない。もしかすればまたハンターホークに襲われるかもしれないし、帰れても今晩ガーデンにモンスターが襲撃してくるかもしれない』


そんな恐怖が彼らを硬直してさせていた。


戦闘態勢から警戒態勢に戻った事で各艦内も動きだけは平常に戻ったので駆り出された訓練生たちは再び待機室に集まったが、班によっては死傷者も出ていてそこには暗い空気が立ち込めていた。


それは104班も同じだった。

暦たちが部屋に戻ると他の班員は長イスに腰を下ろしてうなだれていた。

紗季も手術を終えたらしく血で濡れたジャケットを脇に置いて、疲れた様子で上を向いて固まっているが、ディアナの容態が向上した気配は無い。

そっと手首を握って脈を計った暦はその弱々しい脈動に眉をひそめた。


(今の弱った俺では血を使っても治癒の力があるだろうか?だが、このままだとガーデンまで持つかどうかは二対八くらいか...)


彼は肩にかけた狙撃銃を下ろしながディアナの心配をすると同時に己の無力さを嘆いた。


「コヨミ、貴様は先の戦闘や試験で十分に活躍したんだ。今更先任一人の命を救え無いばかりに気落ちすることは無い、貴様はもう十二分に僕たちの為になってくれたのだからな」


暦が狙撃銃を銃架に戻しながら暗い表情をしていると、スピエンが珍しく慰めの言葉を口にした。


「それとだが...試験終了時は罵倒してすまなかったな。さっき貴様の妹に言われて、僕の言葉で随分と病んでいたことを初めて知ったのだ。それに、今まで僕は貴様の異能力に依存し過ぎていたようだ。これまで僕は貴族として大切なものは力だと考えていたが、ハンターホークに襲われた時の貴様の行動を見てやっと気がついた。統べる者に本当に必要なものは...コヨミの様に機転が効いて迅速に動けることだったとな。ありがとう」


そう言うスピエンの顔にはいつものような傲慢な色は欠片もなく、爽やかな表情で心から感謝をしていた。


「....こちらこそ、ありがとう」


一瞬の戸惑いの後に笑みを浮かべた暦もスピエンに頭を下げる。


「どうして貴様が礼を言うんだ?気付かされたのは僕の方だというのに」

「変な事を言って悪かった。ただ、俺は人間じゃないから誰かに嫌われていても仕方が無いと思っていたんだ。特にスピエンの様な誇り高い貴族の、言い方は悪いが人間至上主義の人には魔物(モンスター)に近い存在なんか受け入れることができないだろうと諦めていた。だから改めてそう言われて嬉しかったんだ」


暦は逆に恥ずかしそうな表情でスピエンに手を差し出した。


「これからも、よろしくな」

「うむ、任せておけ」


二人が和解の握手を交わそうとした瞬間、爆発音と共に上陸艇全体が激しく揺れた。

天井の電灯が消えて赤い非常電灯が薄暗く灯る。


「何だ!!」


スピエンはそう叫ぶと伝声管のフタを開いて艦橋と連絡を取ろうとしたが、返事の代わりに海水が溢れ出した。鉄板が裂け、竜骨が折れる音が続いて、ゆっくりと艦首が持ち上がると鋼板の隙間から浸水する。

沈没した駆逐艦の魚雷の中で、偶然起動したものに不幸にも当たったらしい。


上陸艇が不気味な軋みを上げて沈没していくのが中からでも、いや、中からだからこそよくわかった。


荷物が音を立てて転がっていき、意識の無いディアナをウィリアムが抱き上げていると、あっという間に壁が床になってしまう。

その間にも不気味な軋みと浸水は続いて、ふくらはぎの半分程までが水に浸かっていた。


「この待機室は密室だから何とか持ち堪えているが、あと何分持つか...」

「私たち、このまま死んじゃうの...かな?」


深刻な顔のスピエンにアイシャが怯えた声で話しかける。


「窒息死や溺死は苦しいらしいよね...」


ウィリアムも絶望顔でそう呟く。


「諦めるの...早い....あれ見て...」


暦は船が深くまで沈まない内にエレンから得た分の妖気を使って船体を斬り裂いて脱出口を作ろうかと考えていると、冷静に周りを観察していたエレンが上陸の時に使った開閉式の艦首を指差した。


「あれ...パージできるみたい...」

「だが、今更道を作ってもここは海の中だぞ!」


スピエンがもっともな反論をすると表情を明るくしたアイシャたちが再びどんよりとした。


「そうだね、第一今の水深がいくつかもわからないんだし...」

「多分...まだ10m以上...水圧で....耳が痛くなってないから....」


エレンはウィリアムの言葉にも素早く反応すると、暦の方を見つめて腕を前に出す。

それは小さな子供が親に抱擁を求める時のポーズとよく似ていた。


「?」

「.................背が...届かないから....」


疑問符を浮かべている暦にしびれを切らしたのか、少し恥ずかしそうに言う。


「ああそうか、気づかなくてすまない」


真意を察してあげられなかった暦は詫び入れてから彼女の両脇に手を添えて軽々と持ち上げた。


「肩...借りる....」


エレンも短い断りを入れてから身軽に暦によじ登ると彼の両肩の上に立った。


「流石に足りないよな、何か登る為の手がかり足がかりはあるか?」

「電灯の穴が...良い感じ...」


元天井の壁をするすると登っていった彼女はあっという間にガラスカバーを叩き割ってパージレバーに手をかける。


「コヨミ...狐に..なれる?...なれなくても....全員抱えて....高く飛ぶだけの...力...ある?..」

「....ああ、時間は短いが脱出する時間くらいなら狐に化けれる」


エレンの問いに暦は一瞬だけ口を閉ざしたが、班員や妹の不安そうな顔を見ると意を決した表情で頷いた。


「お兄ちゃん!さっきまで怪我だって治らないくら弱ってたんでしょ?無理したら...お兄ちゃんが...」


暦は腕に飛びついて反対する紗季に優しく微笑んでからある覚悟を決めた。


「大丈夫、紗季を守る為なら俺も奴も力を出し惜しまない。少しなら持ち堪えるよ」

「大丈夫じゃないよ、お兄ちゃんを死なせるくらいならいっそこのまま...」


子供みたいに駄々をこねる妹の頭を軽く小突くと真剣な顔で彼女に尋ねる。


「紗季、皆んな助かるか、皆んな死ぬか、どっちかを強く願ってくれ」


どうして?という疑問が彼女の頭に浮かばなかったわけでは無いが、こんな二択の答えに迷う理由も必要も無い。


「お願いです。助けて、下さい!」


紗季の叫びに呼応して暦の雰囲気が急に変化した。


長い金髪と同色の獣耳と揺らめく九本の尾。

金色に輝く慈愛に満ちた瞳。

いつもの変化した時の暦から感じる強い殺気とは異なる気配は、恐怖による威圧ではなく、神聖不可侵の近寄り難さである。


「その願い、聞き届けた」


九尾の暦はそう言うとくるりと後ろを向いて班員たちの方を向く。


「時間が無い。全員しっかりとオレに掴まれ、振り落とされたら命は無いぞ」


暦は四本のふさふさの尾で慎重に、されどしっかりとディアナを包むと左手でアイシャ抱えて、右手で紗季を抱きしめる。

背中にスピエン、正面にウィリアムがしがみつくと暦はエレンを見上げた。


「レバーを引いたらオレに向かって飛び降りろ。貰った血の分は全力で助けよう」

「わかった...」


やや固めのレバーを引くとゴツンという何かが外れる重たい音と振動が一同を揺らすと開閉する部分が丸々外れた。

その瞬間にエレンは解離する艦首を足場にして暦目掛けてジャンプする。

すると意志を持ったように動き出した五本の尾が優しく彼女を受け止めて衝撃を緩和すると同時につぼみの様に閉じて完全に彼女を包み込んでしまった。

それと同時に海水が滝の様に流れ込んで残った空気を一瞬で奪うと船体の沈下が加速していく。


暦は体が浮き上がる前に足元の鋼板を蹴ると、明るい海面目掛けて一気に上昇する。

ものすごい水圧に全員が引き剥がされまいと必死になった。


時間にしておおよそ3秒で一同は海面から飛び出したが、勢い余って更に5秒ほど空中浮遊する。


「いやああああぁぁぁぁ!!」


高いところが苦手なのかアイシャが全力で悲鳴を上げてしがみつくが、彼女が涙を浮かべて目をつぶった時には暦は海面に音も無く着水していた。


「...歩きにくい、落とさないから足まで絡めないでくれ」

「あ、うぅ...ごめんなさい」


しゅんとなったアイシャは絡めた足を解こうとしたが、海上とは言え足が宙ぶらりんになるのは中々の恐怖体験であり、自然と腕に力がこもった。


「目の前の駆逐艦まで走る。落ちたら泳いで行ってもらうからな」


暦は冷たい忠告をすると、全速で僚艦を追いかけた始める。

走る、と彼は言ったが、厳密には実際に足を動かしているわけではなくて、その姿は海面から僅かに浮いた状態での水上スキーに近かい。

とは言えなかなかのスピードが出ているので各々振り落とされ無いようにと必死になった。


あっという間に駆逐艦に追いついた暦は軽くジャンプしただけで乾舷を越えて最上甲板に降り立った。

武装した艦の乗組員たちがすかさず現れるも強襲乗艦した全員がガーデンの服を着ている事を確認して武器を下げたが、金色の尾の中から出てきた青白い顔のディアナを見て文字通り飛び上がった。


「ディアナ様!」

「誰でもいい、この女を救いたかったら真水を持って来るんだ!」


暦は駆け寄ろうとしたガーデン兵たちに大声で真水を要求する。


「早くするんだ!」


判断に困っているらしく、まごついている彼らを見て焦れったくなったのか声を荒げると、今度は駆け足で艦内に戻っていく。


「水なんか要求してどうするんだ?」

「この娘の治癒をする。彼女に残った(ヒットポイント)は数値にして一桁か二桁程度だ!それにオレ自身ももう時間が無い...」


いつの間にか暦は全身に汗をかいて肩で息をしていた。


話していると尾の一本が数本の毛を残して空気に溶けるように消滅する。

彼自身の身体からも金色の粒子が散り、風に揺られて消えていく度にその存在が希薄になっているような気がした。


その内にガーデン兵たちが大きめの水差しを持って戻って来た。


「真水を持ってきましたが...」


暦はディアナの服を脱がして患部の脇腹を露わにすると、戸惑う彼らに向かって両手を器の形にして差し出す。


「手の平に水を」

「はい!」


手に水が満たされると彼はそれを口元に運んで呪詛を唱える。


『水の盟主水上が告げる:万物の渇きを潤す命の水よ・魔を退け穢れを祓う清き水よ・枯れゆくこの者に癒しを与えるのだ』


詠唱が終わると暦から散っている光が手の中の水に吸い込まれていき、澄んだ輝きを宿すと形を維持したまま宙に浮かんで丁寧に縫い合わされた脇腹に向かいゆっくりと降下していき肌に溶け込む様に吸い込まれていった。


水が触れている場所は暦が血を垂らした時の様にみるみると傷が消えていく。


誰もがこの奇跡の様な光景を固唾を呑んで見守っていた....が。


傷が半分ほど癒えたかと思うと急激に水の輝きが失せていって最終的には普通の水同様に溢れてしまった。

それと同時に人間の姿に戻ってしまった暦がばったりと横に倒れる。同時に一同は奇妙な感覚囚われた。

それは倒れた彼が非常に認識し難いのだ。確かにそこに居るはずなのに、まるで昼間の星の様に瞬きをすれば見失ってしまいそうな程存在が希薄なのである。


この異常な現象の驚きからいち早く脱して行動を起こしたのは紗季だった。


「--------------!!」


声にならない絶叫を上げた紗季は真っ先に飛びついて兄の頭を抱きかかえるといち早く脈をとるが、鼓動は一切感じられなかった。

紗季は全身に稲妻が走るような錯覚を感じたが、直ぐに呼吸はしている事に気がついた。


(お兄ちゃんはまだ生きてる!)


希望を取り戻した紗季はどうにかして蘇生できないものかと培ってきた知識を総動員させるが、そもそも彼女は心臓が完全に停止しているにも関わらず呼吸は正常などという症例は見たことも聞いたことも無かった。

普通に考えて、心臓が血液を送らなくては肺周辺の血中酸素濃度が高まり過ぎて細胞が破壊されてしまうからだ。


再び焦りを感じた彼女は助けを求める様に辺りを見回したが、駆逐艦の救護班はディアナの容態確認に忙しそうでとても指示を乞える状況では無い。

更には暦が人間の肉体ではない事が彼女の思考をかき乱して正確な答えが導き出せなかったけれど、ふとした瞬間に《人間の肉体ではない》というワードが頭に引っかかり、即座に脳内の書庫から昔読んだ妖怪についての文献が浮き上がってくる。


(確か妖怪の命の源は...)


そこまで浮かんだ時、エレンが普段よりも小さな声で叫びながら暦の胸にしがみついた。


「ヨウカイの力....切れた...のね?....コヨミ....目を開けて....私の血を...もう一度...今度は...もっと濃いのを....」


そう言って彼女は自分の白くて細い首筋を暦の口元に近づけるが、彼が起きる気配は無い。


「そんな力も...残って無い...の?....なら....」


エレンは暦が動かないことを確認するやいなや、ジャケットの裏から先ほど自分の腕を切ったナイフを取り出して首に添えた。


「何をして...」


紗季は兄の頭を強く抱えてエレンから守るような動きをしたが、自分の首を裂こうとするエレンの行為に驚いた。


「馬鹿者が!」


彼女が首を切り裂く直前に、とっさに動いたスピエンがその腕を取り押さえると手から溢れたナイフを蹴り飛ばして海に落とすと、そのまま両手を押さえて組み伏せる。


「邪魔!....コヨミを救うには...命が必要!!」

「何を訳のわからない事を言っているんだ!少しは落ち着け、貴様らしくもない!!」

「私はコヨミに命を助けられている!だから今度は私が助ける!!」


レベルや身体能力的にはエレンの方がスピエンよりもずっと高かったが、小柄な彼女には完全武装の青年にマウントポジションを取られては流石にそれを突き飛ばす程の筋力は無い。

押し倒されたままのエレンは珍しく強い口調と共に彼を睨みつける。


「お、落ち着いて。...エレン、何でコヨミを助けるのに貴女が死ななきゃいけないのか話してよ!」


アイシャは険悪な空気が渦巻き始めた二人の間に慌てて飛び込むとエレンに説明を求める。


彼女は一瞬だけ迷ったようだったが、ここで黙っているよりも話してしまった方が早いと判断して上陸艇の甲板で暦と話した一連の会話を打ち明けたのだがと、全員とも驚いた様子ではあったが戸惑いはしなかった。


「人の心があるとは言え、奴はモンスターなのだ。この反応を見ればそのくらいの事は誰もが予想していたのだろうな」


スピエンの言葉にアイシャとウィリアムが黙って頷く。

紗季だけは初めから暦の体質等については知っていたので、表面的には驚いていなかった。


「それで貴女、お兄ちゃんに助けられたから恩返しに命を捧げるつもりだったんだよね?」


誰もが紗季も止めにかかるのだと思ったが、その予想は彼女の代案によって良い意味で裏切られる。


「じゃあ、皆んなで分よ。エレンさんの話を聞く分には、数滴でも傷の修復ができるくらいには回復した訳だし...お兄ちゃんに助けられた回数分の血をあげない?」

「そうだね!誰か一人で受け持つんじゃなくって全員でコヨミへの恩返しをしようよ!」

「うん、私なんてドジでコヨミにはお世話になりっぱなしだったから、結構回復させられると思うよ!」

「流石はコヨミの妹か、いい事を思いつくものだ。...おい、お前はどうだ?この辺りが落としどころだと思うが」


紗季の提案にウィリアムたちは快く賛成した。そしてスピエンに問いかけられたエレンも黙って頷く。


紗季はジャケットに隠す様に帯びていた小太刀を抜くと自分の左腕に添えてからアイコンタクトを送ると各自それに(なら)う。


「本だと妖怪は信じる心を糧に生きているらしいから、皆んなちゃんと心を込めてね。いくよ!」


わずかな痛みに眉をひそめる者もいたが、各々刃を滑らせると垂れる血液を暦に捧げる。

(したた)る血は暦の体に触れる直前で、まるで湖面に水滴を落とした様な波紋を描いては消えていく。


全員が不安げに見つめる中、彼の胸に小さな鼓動が蘇った。

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