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Mercenaries Garden   作者: ゆーやミント
ガーデン生活 初年度生編
61/87

〜アーケイン・エンド〜

〜Side of Diana〜


予想していた通り市街地跡に入ると四方八方に飛び散った瓦礫のせいで急激に足場が悪くなって、私たちの歩みも必然的に遅くなった。


瓦礫の向こう側では同じ様に道を駆け抜ける訓練生の姿が目につき始めて、銃声や怒号、刃が肉を切る鈍い音が至る所から聞こえてくる。


撤退命令が出て人が集中している為か、遭遇するグールの数が急激に増え始めて、倒壊した建物の陰から現れるグールは顔や体の一部が潰れていて外見からは性別もわからない程崩壊したものが大半だったが、ガーデンコートを着た者たちの数も多かった。

つい数時間前までは後ろに続く訓練生たちと同様に生き残る為に必死で剣を振るい、銃のトリガーを引いていたであろう者たちの成れの果てに向かって、すっかり傷んでしまった愛用のサーベルを振り下ろして動きを鈍らせる。


変に人の面影があるからグールを切る時はいつも気分が悪くて仕方がないが、一瞬でも躊躇えばすぐに奴らの仲間入り、なんていう事態もあり得ない話ではない。

だから感情と剣の動きを切り離して足の健を捌いて地に這いつくばらせる。


これは動きの素早いグールの様なモンスターから逃げる場合の最終手段であり、普通は銃で健を撃ち抜くのだが、剣の様な近接武器しかない今の様な場面では非常にシビアなタイミングを要求されるので、神経が著しく磨り減っていく。

しかも徐々にではあるが刃が肉を断ち、骨をかち割る嫌な感触が鈍くなり、裂くのではなく滑っている感触へと変わっていく。

血と油で確実に切れ味が鈍り、時折引っかかる骨により細かな刃こぼれが増えているのだ。


「先輩、自分が前に出ます」


私が苦しそうにしていると、ミズカミ君がそう言って先頭に飛び出した。

さっきまで青かった顔色にはやや血の気が戻っていて、表情も疲労はある様だが今にも倒れそうといった様子はない。


「すまないが頼む。だが誘導は私が引き続いてやらせてもらおう」

「お願いします」


歯切れの良い返事をしながらも彼は銀色に輝く刀を振り下ろして正面のグールの脳天を真っ二つに斬り裂く。

流石は音に聞こえるカタナの斬れ味。

私のサーベルの4倍は敵を斬ったであろうにまだあれ程の余裕を残しているとは恐ろしい剣だ。


「次の角を右に曲がってくれ!この先は特に足場が悪いから迂回する」

「了解!」


私の指示で進路をたびたび変えながらグールの足をさばいていく。

もう私のサーベルに奴らの頭をかち割るだけの鋭さは無くなっていた。


サーベルを右手一本で握り、空いた左手で腰のホルスターから拳銃を引き抜くと、敵の足めがけて立て続けに発砲する。

私の拳銃は口径の小さい通常弾を使用しているのでモンスターを撃ち殺すことはできないが、グールの様な生命力は高くても防御力は低い相手なら足止めぐらいには使えるのだ。


拳銃で迫り来るグールを転ばせ、撃ち漏らした奴はサーベルで捌く。

近くを見たり遠くを狙ったりと両目と両手がとにかく忙しかったが、そうこうしているとスライドが開いたままで固定されて弾切れを知らせてくる。

即座に空の弾倉を落として予備と交換すると再び引き金を引く。


剣もいよいよ鉄の棒と化し、残った弾丸も今撃っている弾倉で最後だった。

サーベルを腰の鞘に納めると両手で拳銃を握り締めてしっかりと狙って1発1発を確実にグールの足首に撃ち込んで転ばせていく。

最後の1発となって、どれどいつに撃とうかと見回すと、アイシャ訓練生に迫るグールが居たのでそいつに銃弾を叩き込んだ。


遂に銃が品切れとなってしまったので、切れなくとも身を守るくらいならできるだろうと思ってもう一度サーベルの柄に手をかけようとした瞬間、突然後ろを振り向いたミズカミ君は一瞬の間にカタナを私に手渡すと、ジャケットの裏に手を回して2本のダガーを取り出した。


「肩に要らない力は入れないで、叩くのではなく滑らせるように刃を走らせて下さい。後はサーベルの感覚で扱えると思います」


ダガーでリーチが短くなった分余裕がなくなったのか振り向くことこそしないが、彼は簡単な使い方を説明してくれた。


「戦闘中だ。折れても責任は取れんぞ?」

「平時なら取ってくれるんですか?」


珍しく皮肉を言うミズカミ君の背中に軽く微笑むと言われた通りに振ってみた。

すると刃は吸い込まれるようにグールの頭をカチ割って血しぶきを散らす。しかも手応えは非常に軽くて重量も手の中で心地よく分散されるので非常に使い易い。正に名剣の一言に尽きる。


「これならばやれる。ミズカミ君!私が再び先頭に出る。君には陣形の最後尾での防衛を頼めるか?」

「了解しました!」


彼は威勢の良い返事をすると走るスピードを少し緩めて一瞬の内に最後尾へ移っていった。


その顔は表面上こそ冷静だが、瞳の奥には燃え上がる敵愾心(てきがいしん)が揺らめいていた。

それを見ると私の中にも「若い訓練生にばかり美味しいところを持って行かれてたまるか」と闘志が燃え上がる。


「海岸は目前だ!駆け抜けるぞ!!」

「「「了解!」」」


全員の返事を背中で受け止めた私は、自分で言うのも恥ずかしいが怒涛の進撃をする。

廃墟を走り抜けながら、すれ違うグールの、3匹は腹を捌いて、2匹は首をはねた。


ところがこの快進撃はそう長くは続かなかった。

不幸なことに集団で食事中(・・・)のグールと出くわしてしまったのだ。


「うっ...」


無惨な光景と鼻を摘んでも通り抜けてくる血の匂いに戦闘経験の浅い訓練生3人が口元を押さえた。


私たちという新たな食料を見つけた総勢15体のグールどもは飛びかかって距離を詰めてくる。

即座に転進も考えたが、生憎にも唯一の脱出路である後ろの小道からも今まで仕留め損ねたグールが無数に控えていた。


正直言って全員が生還できる可能性はもう無いと思った。


「艦長、これは流石に...」

「わかっているさ、私も生きた体を裂かれるのは覚悟の内だ。とは言え、死んでから自分がモンスターになるのは御免だな」

「自分はあんな醜い奴らに食われること自体が嫌ですよ」

「ふん。ライトめ、ここでも潔癖症が発症か?」

「ノエル、ノリが良いのは構わないが普段はもう少し身の回りに気をつけなさい。でないといつか寝首を掻きますよ」

「お前がやんのかよ...」


緊迫した空気だったが、真面目な口調で茶化したライトのおかげで我々から緊張の強張りから少しだけ解放される。

いざという時に役立つ友で助かった。


「艦長、例の手榴弾。落としてませんよね?」

「ああバッチリだ。ただし先着2名様だけだがな」


私たちのこの会話にミズカミ君以外の全員が不思議そうに首を傾げる。

東の民であるサキちゃんが知らないのは以外だったが...自決(これ)は知らない方が良いだろう。ミズカミ君も敢えて教えていないのかもしれない。


「いいか皆んな、これから全員で正面のグール群に突っ込んで血路を開く。誰が生き残るか...若しくは誰も生き残らないか...それはわからないが、生き残った者は全力で前へ進め、(たお)れた者は魂になってでもガーデンへ帰って来い!ヴァルハラへ逝くのはそれからだ。いいな!!・・・進めぇ!!」


全員が黙って頷いたのを見届けてから私は全神経を訓練生を守ることに捧げた。

もちろん私もこんな場所で力尽きる気は全く無いが、だからと言って撤退に殿(しんがり)が居なくては成功するモノも成功しない。


カタナを握り直して深呼吸をすると昔読んだ事のある東洋剣術書の内容を思い出してみる。

確か、まずは心を鎮めて平坦で波一つ無い水面をイメージするはずだった。

そうしてすべての音は雑音で、すべての動きは無駄であり、敵の気配のみを頼りに剣を振るうのである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・駄目だ。走っていてはとても心を落ち着けられ無いし、そもそも気配云々はまったく私にはわからなかった。

やはり私に向いているのは見える奴を片っ端から切り殺す脳筋的な方法が一番しっくりとくる。


ならば話は早い。

グールが腕を振るのを危うく伏せて躱し、その顎を下から突き上げた。

そのグールは脳さえ壊せば赤黒い血を流しながら数回だけ痙攣して絶命する。

だが一体屠ったから何なのだ。目の前にはまだまだ沢山のグールが生きた肉を求めて私に嚙りつこうとしてくる。

そして私はそれらの頭を割り、顎を砕く。

カタナを振る度に飛び散る血しぶきで服が、髪が、顔が、余すところなく濡れて生臭さが全身に染み付きそうだ。


だがそんなものは関係無い。

意識的に過度な興奮状態になることでバーサーカーの様に敵を切り裂く。

そんなことをしていると段々と変な気持ちになってきた。


ーーー頭をかち割って脳幹を確実に破壊すれば奴らは面白い様に倒れていく。

喰われれば自分も仲間入りにはなるが、耐久力が人間と同じ分普通のモンスターよりも圧倒的に楽ではないか。


名剣には魔力が宿るというが、それはきっと本当なのだろう。現に私自身がカタナの圧倒的な性能と狂化によって本来の実力以上の剣技に私は完全に溺れた。


初心者のような慢心だったが、私は本当になんとかなると思っていた。


「ディアナ先輩!!」


ミズカミ君の声で正気に返って私は現在自分が置かれている状況を初めて理解した。

それと同時に心臓を掴まれた様な冷たい恐怖に囚われる。

十数匹のグールの中に自分一人がたった一本の剣を持っただけで立っている。

それがどれだけ無謀で愚かなことか、自分でもよくわかっていたつもりだったのだが...


ーーーまずい、このままでは確実に殺られる!


焦りで一瞬だけ思考が停止していた私の背中にグールの爪が深々と突き刺さり、そのまま切り裂いていった。


「ぐはっ!」


「先輩!」

「「艦長!」」


ミズカミ君の他にも、小柄で白髪の訓練生が私の部下数人と共に戻ってきてくれたらしく叫び声が聞こえた。


体の奥が冷え込むのを感じて視界の右上に見える命の線が音もなく縮んで黄色くなる。


ーーー大丈夫だ。まだ噛まれた訳じゃない。


追い討ちをかけてくるグールの攻撃を転がって回避すると適当なタイミングで起き上がり全力で海岸へと走り出した。

どうやら戦闘経験の浅い訓練生と弾切れのガンナーたちを先に撤退させたらしい。ならば殿としての役目は充分に果たした筈である。


兎も角ミズカミ君たちと合流するためには前方のグールが邪魔でしかたない。

腰のベルトから手榴弾を一つ取り外すと安全ピンを抜いて投げつける。

下手をすれば自爆になりかねない危険極まりない行為だが、細かい金属片で敵を殺傷する手榴弾ではなかった為に熱線を浴びてわずかにジャケットの袖と裾が焦げただけで済んだ。

ちょうど前方のグールの頭に当たって炸裂したおかげで一匹を確実に仕留めたが、目立った効果はそれだけだった。


その他が黒く焦げた爛れ顔で近寄ってこられると流石の私でも不気味な思いをしたが、そんなことで立ち止まる訳にもいかないのでカタナを右に構えて正面のグール3匹に突進する。


「どけ、グール共よ!我が名はディアナ・アーケインであるぞ!!」


自分に喝を入れるためにそう叫びながら目の前のグールを真っ二つにして奥のもう2匹は伏せて間をすり抜けた。


しかし、機敏なグールは私の動きを見切り、腕を伸ばして爪攻撃を仕掛けてきた。

それが私の両脇に当たり、軽合金の装甲と細身の鎖帷子を難なく貫いて肉を切り裂いた。


「あがぁ...うっ」


真っ赤な鮮血が飛び散って強烈な熱と痛みが傷口を焼いたが、私は逆に体の芯が冷え込むのと痛みによる吐き気に襲われた。

膝の力が抜けると転がって仰向けに倒れ込む。


(まずい...)


本能的にそう感じるが身動き一つ取れなくなった私に2匹のグールが襲いかかる。

そして私はそれらの歯が襲いかかる姿をやけにゆっくりと、そして正確に見ていた。


ーーーよもやこれまでか。


私は観念して、わずかに動く左手を腰の手榴弾の安全ピンに手を掛けるとグールを極限まで引き付ける。


(私一人では大人しく死んでやらんぞ!貴様らも道連れだ!!)


2匹の死神をしっかりと見据えながら私は薄ら笑いを浮かべて指に力を込めて、込めてーーーーーー込め切れなかった。


私の名誉のために言っておくが、決して臆したからではない。

最後の一引きというところで私に襲いかかってきたグールの頭を2本の短剣が串刺しにしたのだ。

まさかと思って見上げてみるとミズカミ君ともう一人の訓練生がそれぞれ剣を投げたらしいことが判明して、一瞬の驚きに続いて思わず笑みがこぼれる。


(ミズカミ君は兎も角その隣の娘、小柄なのにあの距離から当てるとは...今年は豊作だな)


これで彼らと私の間のグールは一掃され、背後からはまだグールが迫っているとはいえ相当の距離が空いていたため、動きの速いグールといえども辿り着くには時間を要するので極僅かな安息が訪れた。


その隙突いて駆け寄って来たライトは私をそっと抱き上げると即座に反転して海岸へと走る。

しつこく追ってきたグールも数匹居たが、砂浜に差し掛かると強襲上陸艇に装備された7.7mm機銃が火を噴き、文字通り敵を粉砕していく。


「出せ!」


上陸艇に飛び込んだライトが短く命じると上陸艇は小柄な船体を大きく揺らすと轟音と共に勢い良く海面に躍り出た。


艦内では狭い待機室の中央にあるテーブルに私は寝かされて傷口を綺麗なタオルで抑えてもらったが、白い布地はあっという間に赤く染まってしまって直ぐに交換する必要があった。

出血多量の所為で意識が朦朧とし始めて誰かが激しく言い合うのも聞き取ることがでない。


「ノエ....ル」

「はい」


ノエルがやっとの思いで声を絞り出した私の手を握って答えてくれる。


「カタナは....あるか?」

「艦長が右手に握っています」


無意識ながらも私はカタナだけは手放さなかった様で、まるで溶接したかの様に手に吸い付いていた。


「ミズカミ....君、返そう...」

「・・・すみません、ディアナ先輩」

「?」


力の入らない腕はカタナを持ち上げることはできなかったが、ミズカミ君は黙って受け取りながら顔を無念で染めて包帯に巻かれた血の滲む腕を握ると小さな声で謝ったようだったが、意識が薄れた私には届かなかった。


「私は...助かる...のだろうか?」


何気なく口にした一言に、懸命に応急手当てを続けてくれているサキちゃんの表情が曇る。

思った以上に深手を負ったらしい。

命の線をよくよく見てみれば何と小指の甘皮ほどにまで縮んでいた。ならば彼女の表情もわからなくはない。


「気に...」


せめて場を和ませようと思い「気にするな」と言おうとした瞬間、声が詰まって視界が歪む。

血が流れると命が流れているかの様な冷たさと堪えられない程の息苦しさが蝕んだ。


だが、親しい仲間と可愛い後輩が私の為に泣いてくれるのは素直に嬉しくて、苦しみの中で薄い笑みを浮かべると、私はゆっくりと意識を手放したのであった。


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