〜和を保ちたく〜
〜side of Koyomi〜
『エレンが目を覚ましたら今まで黙ってきた事を話そう』
俺がそう言ったのはエレンをエルメス先輩の部屋に運び込み、容態は安定していると告げられて直ぐにスピエンを筆頭とした質問攻めに遭ったからに他ならなかったからだ。
仲間たちは皆々俺を恐れ、信頼を裏切られたといった様な...そんな顔をして俺を見ていた。
それも尤もな話だろう。
下手をすれば彼らにとって命取りにすらなりかねない重大な隠し事をしながら平気で仲間面していた上に、戦闘能力の圧倒的な差があるのだ。
これだけでも十分に信頼を損ない、恐れられる要因になり得るが、それは飽く迄も人間という種の範疇での話だ。
人外に対してならその比では無いだろう。
人間ではない圧倒的な強者が素知らぬ顔をして自分たちの側にいた。
それは人類の絶対的な捕食者であるモンスターが跋扈するこの世界では何よりも恐ろしいことなのである。
しかもこの場に居る殆どの班員は今さっき対モンスター戦の恐怖を植え付けられてきたばかりなのだから余計に疑心暗鬼にもなるだろう。
『自分が化物だとも知らずに他人と接し、その結果その人を傷つける事のないように最初から自分が化物だと理解しておけ』
ガーデンへ来る途中にシラギ先輩に言われた言葉が脳裏をよぎる。
(なるほどなぁ....シラギ先輩が言ってたのはこういう事だったのか....折角忠告してもらってたのに....馬鹿だな、俺は)
俺は自虐的な気持ちになると同時に、自分の迂闊さに自然と歯を食いしばった。
思えば俺は自分が異常な存在であるということに関して疎過ぎたのだ。
俺の秘密を知っているシラギ先輩やエルメス先輩にネリシャと紗希は全員普通ではなかった。
シラギ先輩は化物であり、エルメス先輩はその理解者。
ネリシャは緑のエルフであり、紗希は狂愛を注ぐ妹だ。
誰も俺が妖怪だからといって恐れることも避けることもせずに自然に接してくれていた所為で俺自身が一番注意しなければならないのだということを忘れてしまっていた。
いや、忘れていたと言うのは程のいい言い訳だ。
皆んなが自然に受け入れてくれたから、いざという時に本性が現れたとしても、【驚かれはしても納得してもらえるだろう】という反吐が出る程甘い考えが生まれていたのだ。
(その結果がこれ....か)
覚悟を決めて列車内で起こった事件によって俺の身に何が起こったのか、また、伝説の域ではあったものの生家には人ならざる存在の血が通っているという伝承があったこと。
話せるところを話してみればどうだ、納得されるどころか余計に恐れられてしまったではないか。
自分の甘さに声の無い笑いと一条の涙が溢れる。
「騙す気は、全くなかった。俺自身が人間でありたい、妖怪ではないと、誰よりも俺がそう思いたかったんだ....」
自分に言ったのか、それとも班員に言ったのか、自分でもわからない一言に神妙な顔つきで俯いていた仲間たちが顔を上げた。
鞘が無くなってしまったが為に抜き身のままで俺の傍に立てかけてあった刀を握ると、さっと部屋中に緊張が走る。
彼らの緊張を他所に、俺は自分の左手首に刃を添えて軽く滑らせると僅かな痛みと共に薄っすらと紅い筋が浮かび上がる。
数秒待ってから手巾で血を拭うと、そこには傷跡一つ残っていない手首が現れた。
「見ての通り、俺は驚異的な自己再生能力を持っていて普通の攻撃じゃ絶対に死なない自信がある。だが...」
俺は刀を半ば無理矢理にウィリアムに押しつけると、上着とシャツから片袖だけ脱いで半身の肌を露わにする。
一同は俺の意味不明な行動に訝しげな目をしていたが、自然にそれらの目は俺の胸の中央付近、心臓の辺りに吸い寄せられた。
そこにはくっきりと跡の残った刺し傷の痕が残っていたのだ。
「今期のガーデン志願者の輸送の際にモンスターの襲撃があった事はおぼえているか?」
俺がそう聞くと、皆揃って黙ったまま頷いた。
「これはその時に現れた妖怪の磯姫と戦った折に負った傷で、今でも偶に疼くことがある、未だに完治していない傷だ。これから見てもわかるかもしれないが、どうも妖怪という存在は心臓が弱点らしい。この傷を負った時の俺は今よりも身も心も妖怪寄りの状態であり、受けた傷はその瞬間に治癒する程だったにも関わらずこれだけの傷跡を今も残しているんだから疑う余地は無いだろう」
一度間を置いてぐるりと一同の顔を見回してみる。
どの顔にも迷いと困惑が色濃く浮かんでいた。
俺は大きく息を吸い込んでからしっかりと前を見て続きを言う。
「もしも、この第104班の中に俺が人間でありたいという気持ちをを信じることができないという人がいるなら...その刀で俺の心臓を突き刺せ。恐らくそれが現在俺を殺せる唯一の方法だ...俺をこの先仲間として信じる事が出来そうにもないのならば、迷わずに殺せ」
そう言って俺は衣服を元に戻すと、ジッと班員たちを見回した。
既に覚悟ならば決まっている。刺すなら刺せという意思表示である。
「・・・コヨミ、ぼ、僕はどうしたらいいんだい?いきなり君が人間じゃなかったと言われて動揺しているところに刀を渡されて...君を殺すことができるかもしれない状況を作り出して...」
「・・・・」
俺は何も言わずに、震える手で刀を握るウィリアムを見つめる。
彼は青い顔で必死に震える手が勝手な行動に出ないように辛抱していた。
やがて肩で荒い呼吸を数十回した後に目を瞑って刀を隣に座っているアイシャに押し付けると、俺の顔をしっかりとした目で見つめてはっきりとした口調で言った。
「僕は半年間仲間として語らい合い、今回の試験でも何度となく命を救ってくれたコヨミを信じるよ」
ウィリアムはいつものような物柔らか口調ではない、腹の据わった声でそう言ってくれる。
すると、アイシャもきつく閉じていた目を開いて刀をエレンに回す。
「コヨミにはいっぱいお世話になったし、迷惑もかけてきた、それに珍しいお話や楽しいお話もいっぱい聞かせて貰った!...だから...私も貴方を信じる!怖くない!!恐れない!!」
最後の二言はほとんどアイシャが自分自身に言い聞かせた様に思えたが、それでも僅かに潤んだ彼女の瞳はしっかりと俺を捉えていた。
「私は...最初から....信じてた......驚きは...したけど...命の恩人は....恐れられない」
アイシャから渡ってきた刀をほとんど受け流す様にスピエンへと回したエレンは、普段滅多に見せない笑顔でそう言った。
「コヨミ...安心して....私は...何があっても....貴方の味方...だから!」
傷は癒えていてもまだまだ安静にしていなければならない筈の彼女は身を起こして俺の手を取ると、小さな手で包み込みながらそう言ってくれた。
「くそっ....僕は...」
最後に順番が回ってきたスピエンは両手で刀をしっかりと握ったまま激しく迷っている様子だった。
「僕は、貴様に貴族のあり方について改めて教えられた時...とても感激していたのだ。肉親と祖国の王家以外に生まれて初めて尊敬の念を抱いた人間だった。だからこそ貴様が人ではないと知った時、僕はこの中で最も激しい憤りを感じた自信がある!偉そうに人間の貴族について語った男がモンスターだったのだからな!」
「スピエン!」
スピエンが俺をモンスターと言った瞬間、エレンが彼女らしからぬ大きな声で怒鳴った。
「人間以外でも....森のエルフ...地のドワーフ...海のマーリン...優しい心を持って...人間と共生している種族だって居る....人間以外を....モンスター扱いするのは....良くない」
「奴らとて腹の底では何を考えているかわからんのだぞ!」
感情が高ぶっているスピエンがエレンに怒鳴り返すと同時にパンッと澄んだ音が部屋に響いた。
それはアイシャがスピエンの頬に平手打ちした音だった。
「もう止めてよ」
涙目で消えてしまいそうな震えた声を絞り出した彼女は、俺の告白によって胸中を渦巻いていたのであろう感情が、これまで募らせてきた不満を堰き止めていた心の堤防が決壊させてドッと癇癪を起こした。
「どうしてスピエンはいつもいつもそうやって私たちの会話に波風を立てるのよ!今だって貴方が素直に頷いていれば、私たちはコヨミをもう一回仲間として信用できたのに、グズグズするからその覚悟が崩れだしちゃったじゃない!!貴族のプライドが何なのよ!私たちはガーデンに入ったら俗世お身分は一切関係無いのよ、だから貴方みたいに下らないプライドをネチネチと引きずった奴がいるとこっちが迷惑なのよ!」
「下らないとは何だ!第一貴様らは下級と言えども貴族であるにも関わらず必要最低限の誇りも持たずにヘラヘラしていて恥ずかしくはないのか!!」
「なっ!スピエン、君の方こそいい加減に...」
「あーもーうっさいわ!」
喧嘩が喧嘩を呼ぶ負の連鎖が起こると、部屋の扉が勢いよく蹴り飛ばされてエルメス先輩が怒鳴り込んできた。
そして普段薄暗い工場に籠って武器兵器の設計をおこなっている科学者とは思えないような早技でスピエンを床に組み伏せると薬箱の中から一丁の拳銃を取り出して彼の額に押し当てた。
「仲間内のゴタゴタだから本人らに任せようと思えばどんどん脱線していって!君はコヨミを仲間と信じるのか信じないのかハッキリするんだ!」
「くっ..........................................信じる」
「その言葉に偽りは無いね」
「・・・・・・・・・・・・・・はい」
絞り出した様に小さな声でスピエンが呟くと、エルメス先輩は大きな溜息を一つ吐いてから彼を解放した。
「よし、これにて一件落着。エレンとコヨミ以外は寮に帰りなさい」
エルメス先輩が睨みを利かせながら少し低い声でそう言うと、渋々と言った様子で三人は退室して行った。
「ふう...お茶でも飲もうか?」
そう言って次に先輩が振り向いた時には、既にいつもの先輩を戻っていた。




