〜実戦試験・後〜
ゴツゴツとした岩が至る所に顔を出している砂漠地帯で一匹の巨狼が砂埃を巻き上げて疾走している。
そして、よくよく目を凝らせばその両脇にて並走する四つの人影も確認できた。
左右前列には暦とエレンが、後列にはアイシャとウィリアムが走っている。
「後五十メートルだ!頑張れ」
既に相当な距離を全力で走り続けているために顔を青くしている班員たちを暦は声をかけて励ます。
現在彼らと並走している巨狼の正体はスチールウルフという名のモンスターで、鋼鉄の様な毛皮に身を包む体長は3m近くもある大型モンスターであり、獰猛で危険なモンスターとしても有名な狼だった。
「グルルルゥゥウウゥゥゥゥ....」
しかし、低い声で唸るスチールウルフの輝く様な白い毛皮には無数の斬痕が刻まれており、駆けた後には血の雫が残されていて誰の目にも追い詰められている事がわかった。
そして、左右から進路と速度を操られた狼は自然にある場所へと誘導されて行く。
「ここだ!全員止まれ!!」
巨大な岩が二つに裂けて谷間の様になっている場所の手前で暦が叫ぶと同時に全員が足を止めて一匹で走り続ける狼を見送った。
「衝撃に備えろ!」
暦がそう言った瞬間スチールウルフの駆け込んで行った岩の隙間から地を轟かせた爆音と物凄い量の爆炎が隙間から噴き出すと、続いて「キャインッ!」という鳴き声が辺り一帯に響いた。
そして暦たちが居る方と逆から、もうもうと噴き上げる煙を裂いて黒く焦げた狼がヨロヨロとしながら出てくる。
目を血走らせ、超硬度の毛皮の殆どを失ったその姿はどこか憐れみに似た感情を抱かせると同時に、それだけの傷を負っても尚倒れることのない狼に対する畏敬の念も感じさせられた。
だが、深傷を負って注意力が散漫になったスチールウルフは真上から急降下して来る気配に気づくことが出来なかった。
「はああああああぁぁぁあああ!!」
岩の上から飛び降りてきたスピエンが大きく振りかぶった剣をスチールウルフの無防備な首に叩き込まれる。
自重と落下の勢いが加味された肉厚な両手剣の刃は、狼の硬い肉を断ち鉄柱の様な骨にまで深々と食い込んだ。
「ギャオンッ!」
これには流石のスチールウルフも全身を激しく痙攣させる。
それと同時に治癒不可能な致命傷を自らが受けた事を直感的に悟った狼は冥土の土産にせめてスピエンだけでも喰らおうと、体を大きく揺すぶって振り落とさんとした。
「うお!」
不安定な足場がさらに揺れたため、スピエンは剣を手放して地上に飛び降りた。
「ガアアア!!」
スピエンは牙を剥き出しにして唸る狼に睨まれると、全身から嫌な汗が噴き出すのを感じた。
ただし彼に恐怖は無かった。
何故なら口を大きく開けて今にも自分に飛びかかろうとしている狼の上と下から、敵対したらこの狼以上に恐ろしい二人が刃を振り下ろし、或いは振り上げている姿が目に止まったからだ。
スチールウルフにとっての死の使者は互いに無言で自らの得物を振り抜き、スピエンによって傷ついていた首をすっぱりと斬り飛ばしてしまった。
声を上げる間も無く絶命したスチールウルフは、その巨体をぐらりと揺らつかせると砂漠の砂を巻き上げて倒れた。
「ふぅ....間一髪、だったな」
「九死に...一生....」
きめ細かな砂の上に無事着地した暦と刃に付着した血糊を拭うエレンが片足と片腕を砂に埋めたスピエンに手を伸ばした。
「全くだ、まさかモンスターの肉と骨が
あそこまで硬いとは思ってもみなかった。僕も...情けないものだな、助かったよ」
二人に手を引かれて起き上がったスピエンはスチールウルフの遺体に近寄ると、支えを失ってこぼれ落ちていた剣を拾うと軽く血を払ってから腰の鞘に収めた。
彼が自虐的な笑みを浮かべて礼を言っていると、岩陰からアイシャとウィリアムがえっちらおっちらと歩いてきた。
「うえぇぇ!爆風で砂が緩くなったから歩きにくいよぉ〜」
「ア、アイシャ⁉︎そんなに腕を振らないでって、危な...ツァ!!」
爆風によって解れてしまった砂に足を取られ、必死に腕を振ってバランスを取ろうとするアイシャであったが、振り回す腕が不幸なことにもウィリアムの顎に命中してしまった。
「あ...ごめん、ウィル」
ついでに舌も噛んだのかピクピクと体を震わせるウィリアムにアイシャはすまなそうな顔をした。
他の三人も思わず苦笑している。
「それにしても、あんな場所で粉塵爆発を引き起こさせるとは...エレンは頭が良いな」
「別に...」
刀を肩に担いだ暦が感心しながら未だに煙が上る岩間を眺めた。
エレンが考案したのはコケなどの胞子が多かったこの岩間に走ってきたスチールウルフを追い込み、予め仕掛けておいた暦の爆針が砂埃と胞子を火種に粉塵爆発を引き起こさせるという極単純であり殺傷力の高い方法だった。
勿論、モンスターの中でも爆発攻撃に強い獣系であるスチールウルフを一撃で仕留められるとは誰も思っておらず、予め戦闘能力が高い暦とエレンの二人が主体となって狼にある程度の傷を負わせた状態でポイントに追い込み、爆発で弱らせたところで上から首を狙うという手筈を取っていた。
「これで残りはリグルツリーだけか...む?ところで教官たちは何処へ?」
「向こうの..岩場を...よく見る....」
首を傾げるスピエンに対し、エレンは遠くの方にポツンと見える岩場を指差した。
言われた通りに目を凝らしてみると、時折何かが光っているのがわかる。
「まさか...あれか?」
「そう...」
今回の作戦は高速で広範囲を長時間移動するというものだった為、主に大口径火器類で武装している教官たちでは足手纏いになりかねない。
その為、見晴らしの利く岩場に腰を据えて大砲の様に巨大な銃口をしたスナイパーライフルのレティクル越しに班員を見張っていたのだ。
「あんな銃を一体どこから...」
「てゆうかコヨミ、あれが...見えるの?」
ゆうに500mは離れた場所で、しかも伏せている教官らの姿と武器を裸眼で目視した暦をウィリアムは頬を抑えながら聞いてしまった。
「まあ、な」
「うっそ...」
頷く暦にウィリアムどころかアイシャまで驚いた顔をしている。
「コヨミ...目...良い....羨ましい...」
エレンただ一人が若干ずれた感心を抱いていたが、それにしても彼の異常な視力に驚いていた。
「昔から鍛えていてさ。そのお陰...なのかな?」
「コヨミの昔...気になる」
「む、言われてみれば確かにコヨミは自分の事をあまり語らんしな。僕も興味がある」
「私も聞いてみたいな〜ねえ、東の方ってどんな所なの?」
降りかかる質問の数々に暦は少し困った顔をするだけで一向に口を開こうとする気配は無かった。
そして次の瞬間、教官たちのいる方向で何かが光ったかと思うと暦たちの右15m程の場所で大爆発が起こった。
「わ!な、何だ⁉︎」
スピエンが驚きの声を上げる中、暦とエレンは教官たちの方を眺めたかと思うと顔を見合わせて苦笑した。
「お叱り、だな」
「向こうから...無駄話して....ぐずぐずするなって...意思を感じる...」
「だからって対モンスター用の徹甲弾を撃ったって言うのか⁉︎」
スピエンは信じられないといった顔をしたがそれも無理の無い話である。
対モンスター用の徹甲弾とは名前の通りにモンスターを仕留める為に造られた弾丸で、今さっき発砲されたものは直径8.6cmもある狙撃銃としては超大口径の部類に入る信管式の炸裂弾であった。
「怒ってる...ね」
「そうだ...ね」
引きつり気味のアイシャの言葉に同じような状態のウィリアムが答える。
「と、取り敢えず次を撃ち込まれる前にいくぞ!」
「「「お、おー!」」」
青ざめたスピエンが足早に歩き出すと、残りの班員たちも黙って後に続いた。
---------------------M.Gメモ---------------------
スチールウルフ
Lv.(推定)1600
HP(約)101200
体長 3m〜3.5m
備考
真っ白な鋼鉄の毛皮に身を包んだ砂漠や岩地に棲む巨大な狼。
獰猛だが賢く、不利な状況では撤退したりもする。
鋭い爪はあらゆる金属を切り裂き、巨大な牙は大木すらも噛み砕くという。
唯一の弱点は他の獣系モンスターと同様に眼球であるが、その他にも尻尾を千切ると歩行できなくなるという情報もある。




