〜実戦試験・中〜
104班の班員と三人の付き添い教官たちは薄暗いエレベーターの中で十数秒の浮遊感と停止時の衝撃を味合わされると、順に開いていく分厚い装甲板の隔壁を通り過ぎた。
「時刻:一三二六、それでは試験始め!」
「「「「「了解」」」」」
隔壁を出てすぐの見晴らしの利く広場のような場所で教官の一人が現在時刻を告げると、エレンは端末を操作して目標となるモンスターを調べ上げる。
「目標...は、リッパーリーフ...スチールウルフ...リグルツリー....全部レベル1500程度で...スチールウルフ以外は...この森に...いる。でも...リッパーリーフは...群れで行動する...注意が...必要」
彼女にしては大きな声で必要事項を告げると班員に目配せする。
「まずは索敵しながら前進するか...総員、周囲の警戒を怠るな」
スピエンが低い声で言うと一同は黙って頷き、輪形陣を組んで森を進んだ。
腰まで届く草を掻き分けてしばらく進むと、急に先頭を歩いていた暦が足を止めて手を挙げる。
進行停止の合図だった。
自然に全員が身を低くする。
「距離八十、一時の方向にモンスターだ。アイシャ、解析を頼む」
「りょ、了解」
低い声でモンスターの座標を告げると視線を動かさずに指示を出す。
アイシャは最初、森林の中80mも先にいるモンスターを見つけられなかった様だったが、暦が指差したお陰でその姿を捉えた。
それは赤黒い大きな三枚の葉が天辺から垂れ、茎からは無数のツルが伸びていてそのうちの二本には刃のような葉が生え、残りは地面を這い足の様な役目を果たしていた。
「ポイズンクローバー、三枚葉だからレベルは1700程度。鋭利な毒葉で攻撃してきたり、腐食液を吐き出してくるそうよ」
「弱点は?」
「えっと...火や爆発ね」
「わかった」
アイシャがテキストを読み上げると、暦は腰のポーチから赤塗りの鉄針を取り出すと静かに狙いを定める。
「シッ」
そしてその場にいた全員の目でも捉えられない程の高速で投擲された針は機銃の曳光弾の様に空中で燃えながら突き進み、遥か遠方の目標に突き刺さるとさらに火勢を増した。
耳が痛くなるような超高音の叫び声を上げたポイズンクローバーは身を振り乱して炎を消そうとしている。
「今のうちに突っ切るぞ!」
走り出した暦に続いて班が移動し、燃え盛るモンスターを横目に過ぎ去り、それから三分程の走り続けた後に足を止めた。
「追っ手は?」
「はぁ...はぁ...居ないみたいだよ」
暦の問いにウィリアムが答えると暦とエレン以外班員の緊張が解けた。
「は、ははは...私...モンスターと戦うの初めてだったんだけど...あ、あんなもんなの?」
暦は膝立ちになって声を震わせるアイシャの背中を摩り、落ち着かせながら首を横に振った。
「いや、本当の戦闘はこんなものじゃない。見知らぬモンスターに遭えば特性もわからなければ弱点だってわからない。端末で調べられるこの試験はかなり優しい方だよ」
「そっか...だ、だよね」
彼女の顔は真っ青で呼吸も不正常なものになっていく。
「私...コヨミの横で見てただけだったのに...モンスターの叫びを聞いた瞬間に体の力が抜けて...逃げるのやっとだった...」
「アイシャ」
暦は静かにアイシャの名を呼ぶと優しく彼女の頭を撫でた。
アイシャは震える腕で縋る様に暦に抱きつく。
「初陣なんてそんなものだよ。俺だって昔は怖くて守ってもらうばっかりだった...こればっかりは場数を踏んで慣れるしかないんだ」
「で、でも私...鈍臭いし...慣れる前に死んじゃうかもしれない....」
「でも戦う道を選んだのはアイシャ自身だろう?」
恐怖に体を震わせる彼女に、暦は少し厳しくなるかもしれないと思いながら言葉を続けた。
「戦いっていうのは命のやり取りだ。そこには相手がモンスターだろうと人間だろう違いはない。俺はアイシャがどうして此処に来たのかは知らないけど、自分が生きるか死ぬかという恐怖に耐えることができないのであれば悪い事は言わない、ガーデンから去った方がいい」
「恐怖に...」
暦は暗い声でブツブツと呟くアイシャを、今度は背中に手を回して介抱する。
「大丈夫、少なくともこの班が解散されるまでは絶対に俺が守り抜く。ウィリアムやスピエン、それにエレンもだ」
突然自分の名前を呼ばれた三人はハッとした表情で暦を見た。
「隠してるようだけど口数の少なさや動きの硬さでバレバレだ」
「はは...やっぱりコヨミにはお見通しか。恥ずかしいけど...僕も初陣でさ」
「さっきは見栄を張ったが...すまない。まさかあれ程恐ろしいものとは.....」
二人そろってすまなそうに目を閉じる。
「大丈夫だ。俺やエレン、それに今なら教官たちもいる。死者は絶対にださない、だからこの試験を早く乗り切って皆で合格を祝おうじゃないか」
暦が優しく励ますと三人は幾らか顔を明るくして頷いた。
「済んだ...?」
今まで一人で周囲の警戒を行っていたエレンは、仲間の空気が軽くなったのを感じ取って暦に尋ねた。
「ああ、多分しばらくは平気だと思う。一人で見張らせて悪かったな、ありがとう」
暦もぐるりと周囲を見回したがモンスターの姿も気配も感じる事は無かったのでエレンと向き合った。
「お礼を言うのは...私の方...私では....皆を励ませなかった...士気の低下は...死亡率を上げる...だから...コヨミを邪魔する訳には...いかなかっただけ」
「昔、同じ様に紗季がモンスターとの戦いで部屋に閉じこもった事があってさ、その時に今みたいに励ましたんだ。上手くいって良かったよ」
「そう...」
小さく頷くエレンの頭を暦は軽くポンポンと何度か叩いた。
「・・・恥ずかしいから...やめて」
嫌と言う割には振り払う様な素振りは見せずただ顔を赤くする。
暦も野暮な事は言わずにしばらく頭に手を置いていたが、やがて真剣な顔で振り返った。
「さて、そろそろ出発しよう。ここだって安全じゃない。次の休憩はこの森林を抜けて見晴らしのいい所に出てからにしよう」
一行がいざ進もうとした瞬間、草叢から複数の物音がして班員に緊張が走った。
「ここで囲まれると危険だ!木々の無い広場まで走るぞ!」
暦が叫ぶと全員は彼の後に続いて走り出した。
幸運な事に広場はすぐ近くにあり、飛び込むと教官も含めた全員が武器を手に取って背中合わせに立った。
広場の広さは半径10m程度で、地面に草は無く硬くなった泥で足場としては悪くない。
草を掻き分ける複数の音が近づき、やがてその姿を露わにした。
出てきたモンスターはポイズンクローバーと似た様な姿だが、頭には葉ではなく大きな口の付いたウツボが乗っており、ツルから伸びる葉の枚数も二枚ではなく四枚である。
それが合計で五体、ツルをうねらせながらジリジリと近寄ってきた。
ウィリアム、アイシャ、スピエンの三人が息を呑んで肩に力が篭るのを暦は横目で捉えた。
「あれ...リッパーリーフ....前に...戦ったことがあるから...知ってる...ウツボと...茎の付け根が弱点...」
エレンが彼女なりに早口で正体と弱点を告げて指示を求めるような目で暦を見る。
それに気づいた暦はどう指示を出したらいいか一瞬悩んだが、リッパーリーフの群れが左右で四体と一体に分かれている事に気がついた。
「エレン、右にいるリーフをウィリアムたちと連携して囲むように攻撃してくれ!残った四体は俺が引き付けるから思う存分にやるんだ」
「あれ相手に...単身で?....死ぬ気?..」
「いいから行け‼︎」
「!...皆...右の一体を...包囲して....」
暦が怒鳴るとエレンは黙って頷き班員に指揮を飛ばした。
暦はそれを見届けると刀を右手で持ち、左手で腰から刃渡り20cmはあるダガーナイフを抜くと逆手持ちに構える。
そして普段の彼からは想像できないようなギラリとした鋭い眼光で迫り来るモンスターたちを睨みつけて腰を低くした。
「はぁぁああぁぁぁ!!!」
怒号と共に走り出すと、まずは一番手前にいたリーフに襲いかかる。
「シャアアアアアァァァアアア!!」
口から唾液の様な液を垂らしながらリーフたちは一斉にツルを振り上げると暦目掛けて振り下ろすが、暦は殆どの葉を躱し、残った数枚はダガーで弾きかえしたので、目標を捕らえ損ねた葉がザクザクと鋭い音を立てて地面に深く突き刺さる。
それによって僅かに動きが鈍くなった瞬間を狙って暦は間合いにある全てのツルを断ち切った。
「キシャアアアァァァアアァァ!!」
一本のツルを斬られた一体のリーフが猛り狂って先の数倍の速さでツルを振り回した。
「くっ!」
暦は両手の得物で二本のツルを弾きかえすも防ぎ切れなかった一本がジャケットに当たり、左肩の防護用金具を熱したナイフでバターを切るようにあっさりと切り裂いた。
僅かに遅れて肩からにジンと痺れるような熱と痛みが脳に伝わり歯をくいしばる。
「舐めるなぁぁ!!」
暦は叫びながらダガーで残ったツルを引き千切り、最後の一本を千切った勢いで弱点を刀で斬り飛ばした。
スカンという手応えを残してウツボと茎が分離し、暦は痙攣する茎を蹴り飛ばすと次の一体に全力を注ごうとするが、今度は二体同時に襲ってくる。
襲い来るツルをダガーで同じ要領で千切ろうとするも硬質な植物系モンスターの繊維によってついさっきまでは新品同然だった筈がもう至る所の刃が潰れ、或いは欠けこぼれてしまっていた。
「ちっ...」
短い舌打ちと同時に使い物にならなくなったダガーを片方のリーフの口に目掛けて投擲すると、それは高速で回転しながら見事命中し、大きく体を仰け反らせた。
素早くポーチから三本の大針を取り出すと、これをウツボの付け根に向かって真っ直ぐ投げつける。
そして命中の確認もせずに更にもう三本の大針を投擲した。
カンコンと硬い音を立てながら僅か30cm程度の茎に突き刺さった合計六本の大針は尾部が数回点滅したかと思うと大爆発を起こして突き刺さった一帯の茎を塵も残さずに消し飛ばした。
更に振り向きざまにもう一体も葬り去ろうと刀を振るったが鞭のように伸びてきたツルに絡めて取られて後方に飛ばされてしまう。
迫り来るツルを前に、暦は剣帯から鞘を引き抜くとそれを棍棒のようにして応戦しつつ、左手をサッと腰のベルトに伸ばすと野営などで使う様な折りたたみナイフを取り出して、ツルを捌きながら着実に後退して突き刺さった刀に近づいて行く。
しかし、残ったもう一体のリッパーリーフが背後に回り込んでおり、それ以上の後退は不可能となってしまった。
そして元々戦闘用ではないナイフは数回ツルを捌いただけで回転部が破損して刃と柄が分離し、棍棒代わりの鞘もあっという間に砕かれてしまう。
流石に万策尽きた暦はどうしようかと高速で頭を回転させる。
(くそっ...まだ針は残っているが隙の無い状態での使用は無意味だ...どうする?)
ツルを躱しながら刀までの距離を見計らえば大股なら三歩程度である。
捨て身覚悟で飛び出してみるかと悩んでいると不意に鼓膜が張り裂けそうになる程の発砲音が鳴り響くと同時に暦と刀の間に立っていたリッパーリーフのウツボが吹き飛ぶ。
「訓練生!急いで武器を回収するんだ!」
煙りを上げる大口径のショットガンを構えた教官が大声でそう叫んだ。
「ありがとうございます!」
暦も大声でお礼を言いながら突き刺さっていた刀を抜く。
暦はチラリとエレンたちの方を確認すると向こうも葉の付いたツルを全て切り落とし、後はウツボを搔っ捌くだけになっている状況を確認して安堵の息を吐くと同時に気を引き締め直す。
「シャアアアアアァァァアアア!!」
絶対的有利であった状況が一転したのがリッパーリーフにもわかったのか、焦ったように威嚇をしている。
「お前もよくやった」
当然暦は威嚇に臆することもなく、先程の鬱憤と称賛の意の籠った斬撃を横一閃に放ち、振り回しているツルごとウツボを断ち切り決着が着く。
そして急いで後ろを振り向いて班員の安否を確認すると、丁度エレンがウツボを切り飛ばした瞬間だった。
「ふぅぅぅ....」
吐息と一緒に体の緊張が抜けて、どっと押し寄せた疲労感にその場に座り込んだ。
「コヨミィ!!」
心配して駆け寄ってくる班員たちに無事を知らせる意味で手を振ると広場に歓声が沸き起こった。
特にアイシャは泣きながら飛びつくほどである。
「凄いねコヨミ!僕たちが四人がかりで一体仕留めてる間に四体もやっつけるなんて」
「流石は僕を目覚めさせた人物なだけはある。僕の想像以上の腕前だ...感嘆の言葉以外に掛ける言葉が無い」
ウィリアムとスピエンも拍手を送っている。
「俺が倒したのは三体だよ。あの時の教官の援護射撃が無かったら腕の一本も持っていかれていたかもしれない」
「まったくだ訓練生」
試験開始以降無口だった教官たちが呆れたように口を開き始めた。
「我々の任務にはお前たちを生きて帰すことも含まれているんだ。今後はあの様な無謀な行動は謹んでもらいたい」
「す、すみませんでした...」
「ともかく、肩の傷を見せてみろ」
申し訳なさそうにしていた暦であったが、傷を見せろと言われてどきりした。
「いや...上着を掠っただけですから」
「いいから見せてみろ」
やや強引に肩を覗かれてしまった暦は、なるならなれぐらいの気持ちで診断結果を待った。
「ふむ、確かに切られているのはジャケットのみだがこれは...」
どこか腑に落ちない様子の教官であったが、傷が無い以上は気のせいだろうということにして自分を納得させた。
「今回は無傷な様だがこれは奇跡に近いことだ。そもそも単身で複数体のモンスターに突っ込むなど貴様は馬鹿なのか?」
「まあそのぐらいにしてやれ。無傷なら良いじゃないか、それに折角盛り上がってのに水を差したらわるいだろ。なあ?」
先程暦に援護射撃をした教官が痛いくらいに暦の肩を叩きながら説教を止めさせる。
「周辺に...モンスター無し....移動するなら...今が...丁度いい....」
またもや一人で警戒を行っていたエレンがぼそりと呟いた。
「そうか、じゃあ今度こそ一旦この森を抜けよう...で、アイシャはいつまでくっついてる気だ?」
「ふぇ!あああ...その、ごめん!感激のあまりについつい...」
暦に指摘されてアイシャが顔を真っ赤にして飛び退いた。
全員それを見て大笑いし、アイシャは更に顔を赤くするのであった。
----------------------M.Gメモ---------------------
リッパーリーフ
Lv.(推定)1500
HP (約)60000
全長 3m前後
備考
茎の上に捕食器である大きな口を持った肉食性の植物モンスター。
長いツルを無数に伸ばしており、そのうちの四本ないし六本にはカミソリ状の葉が生えていて鋼程度ならばやすやすと切り裂いてしまう。
また、硬い自身の茎(幹という説もある)とは裏腹に食する肉は柔らかいものが好物で、野生のものは女性や子供を狙うことが多い。




