〜目覚め〜
閉じた瞼の間から薄っすらと射し込む光に、シラギは自分が目を覚ました事に気がついた。
「・・・・」
シラギはしばらくの間眉を顰めて胸中で蠢く複雑な気持ちを鎮めていたが、意識がはっきりとしてくるに連れて感じ始めた重さに思考を奪われた。
シラギはため息混じりに寝そべったまま自分の腹部を眺める。
そこではブラウンの髪をサイドテイルに結んだ白衣姿の女性がうつ伏せで眠っていた。
エルメスだ。
「・・・重い」
静かに目を細めながら小声で不満を漏らしつつもシラギは彼女を起こさないように気をつけてそっと姿勢を戻した。
(こいつが居るとなるとここはガーデンの病室か...しかし、どうして俺は助かったんだ?)
記憶の奥底へ沈んでしまった過去を思い出そうと唸って居ると、白塗りの自動ドアがスライドして暦が姿を見せた。
枕元の時計を確認すると、針は夜中を示していたことから彼が訓練帰りであることが伺える。
涼しい顔をしていて傍目にはわからないだろうがシラギの目にはしっかりと蓄積されている疲労が見て取れた。
「あ、気がついたんですね」
「・・・ああ」
彼を見た瞬間にシラギの脳裏には、海中へと沈みゆく自分の手を掴もうとする金色の輝きを纏った何かが近づく姿を思い出した。
「お前が...俺を助けたのか?」
「はい、シラギ先輩が海に落ちるのを見かけたので必死で追いかけたんです」
「そうだったか、世話を掛けたな」
礼を告げながら優しく、妙に女性的に微笑むシラギを見た暦は、自分の知る彼と何処か違って見え困惑した。
「えっと...その、付き合いも短いので知らなかっただけかもしれませんが、先輩もそんな風に笑うんですね」
「お前は俺を何だと思っていたんだ...俺にだって感情はある。それに笑みを見せるのも初めてじゃないだろ」
「そうですけど...何と言いますか真っ白な絹の様に純粋な笑みだなぁと」
「それまでの俺は黒かったとでも言いたいのか?」
「いえそういう訳では...」
暦が困った顔をして居ると、シラギの腹を枕にしていたエルメスがモゾモゾと動き出した。
「う....ん?.....シラギ?」
「ようやく起きたか、エルメス」
彼女は、シラギの顔を見るとみるみる瞳に生気を宿らせると文字通り飛び起きた。
「シラギ!よかった目が覚めたんだね!!三日も目を覚まさないからダメかと思ってたよ!」
そう言って彼女はシラギを抱きしめ、自分の豊満な胸にその顔を埋めさせた。
「ああ、君が居なくなったら私はどうやって生きて行こうかと真剣に悩んでしまったよ」
「!!!!!」
明らかに窒息しそうなシラギを他所に彼女はうっとりと恍惚とした表情を浮かべて抱きしめている。
「はぁ...まさにこれが恋」
「ぷはぁ!はぁ...はぁ...色ボケるのも大概にしろこの変人が...危うく貴様に殺されるところだったぞ」
力任せに抜け出したシラギは青筋を立てながらエルメスを引き剥がした。
「小柄・色白・美少女フェイスで普段は気が強いけど寝顔が超かわいい君が寝ぼけ眼でこっちを見てて寧ろ抱きしめないほうが変人だぁぁぁ!!」
「その俺よりも後に起きたくせに寝ぼけ眼とか言うな!」
このシラギとエルメスの応酬を暦は少し離れた場所からとても複雑な心境で眺めていた。
(これは横槍を入れたほうがいいんだろうか?でもあの二人仲が良さそうだから変に邪魔をしたら悪いかな?でもシラギ先輩があんな風に喋るところが見られたのは得をした気分だけれども...)
東の地の血を引く者特有の謙虚さが彼を踏み留まらせた。
「ところでコヨミ、どうして君が此処に?」
「端末にネギル衛生兵団長からシラギ先輩がそろそろ目覚めそうだとメールが届いたんです」
「そっか、彼も何だかんだで結構な世話焼きだからね」
「はい、お陰でようやく面会できましたよ」
様々な理由で門前払いをくらっていたので無事にシラギの安否を確認できて暦は胸を撫で下ろした。
「ところでミズカミ、こっちに来い」
「?...はい、わかりました」
暦は疑問符を浮かべたままシラギの側へ寄ると、突然腕を引かれて転びそうになる。
そして、シラギはバランスを崩した暦の頭を両手でガッチリと掴んでジッと暦の目を見据えた。
「?!....?」
いきなり過ぎる行動に暦は混乱状態に陥りシラギのなすがままにされる。
「....やっぱりな、居ない」
数十秒間見つめあった後にシラギはボソリとそう呟いて、今度は優しく解放した。
「いつつ....居ないって、何がですか?」
解放されても尚ジンジンと痛む側頭部を押さえつつシラギに尋ねる。
「狐だ、お前の中に...本質の部分に居た筈の狐が跡形もなく消え失せている。妙にトゲトゲしさが無くなっていると思ったら本質が変わっているとはな」
「本質って...君がよく言ってる『魂の形』のことかい?」
冷静さを取り戻したエルメスが首を傾げて尋ねるとシラギは小さく頷いた。
「ああ、一体どんな手品をしたらそんな事ができるんだ?」
「えっと...わかりません。それと普通はその...本質というものが変わっていたら偽物と疑うんじゃないですか?」
流石の暦も実妹に宥められたとは言えなかったので適当に話をはぐらかす。
するとエルメスが面白そうに吹き出した。
「ぷっははは...おいおいコヨミ、君は誰にものを言っていると思っているんだい?シラギの目が普通じゃないことは戦ったことのある君はよく知っているだろう?」
「そう言えば確かに話してもいないのにレベルなどを言い当てられましたね」
ミーラスブリザでの出来事を思い返した暦はこれ以上ないくらい納得できた。
「まあ、そういう事だ。俺に正体を偽ることができる存在などこの世には居ない...が」
言葉を切ったシラギは暦を嬉しそうに見た。
「本質を変える奴はいるみたいだな。世界広
しとは言え、お前みたいな奴は初めてだ。一つ賢くなった気分だよ」
シラギはそう言うと、気持ちを切り替えるかの様に目を閉じて大きく息を吐いた。
「さて...と」
そして次に目を開けると先程とは打って変わって、そこには深い悲しみの色があった。
「エルメス、生き残った班員はどうなった?」
「彼女らはまだ目覚めてないよ。レッドまでやられた君程ではなかったけど、イエローまでは追い込まれていたし精神的な疲れもあったみたいだったからね。よく自力で帰って来れたよ....でも、常人の彼女らじゃあ後二三日は目覚めないらしいけどね」
「そうか...着替えを持って来てくれ」
「・・・・・・はぁ、君って奴は」
暦は首を傾げたが、エルメスにはシラギの言わんとする事が理解出来た様で大きな溜息を吐く。
備え付けのクローゼットを開いて中から着替え一式とブラシを取り出すとベッドの横に置いた。
「病み上がりなんだから程々にね」
「わかっている」
「一人で平気かい?」
「ああ」
「じゃあ私たちは外で待ってるよ。終わったら呼んでね」
「では失礼します」
エルメスたちが退室すると、シラギは纏っていた薄い病人服を脱ぎ、着々と着替えを進めて行く。
「やはり...こいつが一番落ち着くな」
シラギは久しぶりに身に纏った黒ずくめのガーデン服とロングコートの重量感にやっと地に足がついた様に思えた。
(流石に剣は無いか...)
腰が少し寂しく思えたシラギだが、病み上がりの身にも関わらずで剣を持ってこいと言う要望は聞き届けられそうに無いことは自覚があった。
最後にブラシで髪を梳かして寝癖を正すと、いつも通りのキチッとしたシラギが出来上がった。
「もう入っていいぞ」
「早かったね」
「足腰立たない老人じゃないんだ。着替えくらい普通にできる」
エルメスが戻るなり茶化しを入れるとシラギは冷静に応えるが、それはシラギの暗くなった気持ちを僅かながら元気付けた。
「ははっそうだね...今回は付き添いは要るかい?」
「ああ...ミズカミ、お前が付き添ってくれ」
「はい、わかりました」
「助かる...っ!」
「危ない!」
シラギは久々に歩いたためかバランスを崩して転びそうになってしまう。
暦は反射的に飛び出すと倒れゆくシラギの肩を支えた。
「大丈夫ですか!?」
「すまなかった。まさか足が縺れるとはな...助かったなミズカミ」
「いえ...肩を貸しましょうか?」
「・・・嫌味か?」
ジトーッとした目で見つめてくるシラギに暦はしまったと思えた。
何にせよ暦とシラギでは30cm近い身長差があるので肩を貸すことは物理的にできない。
暦は善意で言ったつもりだったが、確かにこれでは嫌味にしかならない。
「すみませんでした...」
「・・・構わん。俺はお前に掴まって行くから気にするな」
「掴まって行く?」
シラギの言い方に首を傾げる暦であったが、数分後にはその意味を嫌という程に理解した。
「次の角を右だ」
「はい...」
シラギのナビに暦はげんなりとした声で答える。
その理由は、道中シラギが普段紗希がする様に暦の腕にくっついて来たからだった。
ただでさえシラギはガーデン内では知らぬ者無しという程有名な人物である上に性別不詳としているので実際にシラギの『無性別』を知る者は少ないが、小柄で可憐な容姿というアドバンテージを持っているのだから他人の目につかない筈がない。
当然暦に向けられる視線は嫉妬が大半だったが驚きや尊敬の念も少なくなかった。
中には「美男子美少女コンビ最高だぜ!」など叫んで端末を取り出すガーデン生も居たが、ことごとくシラギに端末を握る潰されて沈黙していった。
「ここだ、着いたぞ」
シラギの一声で暦は足を止めた。
やっと辿り着いた場所はガーデン北部エリアの最北端の岬で穏やかな青い海が臨める...
墓場だった。
-----------------------M.Gメモ----------------------
武器(銃器編)
火薬を使って弾丸を撃ち出す事のできる武器。
種類は自動式、回転式の二種類に別れるハンドガン、散弾や大口径の弾を使用するショットガン、連続して弾を撃ち出すマシンガン、スコープを装着して遠距離から狙撃するライフル銃の4種類である。
弾力性のある肉を持つモンスターに対しては大口径の物以外はあまり有効な武器とは言えないが、被弾する側のレベルに関わらず一定の破壊力と貫通力を与えるので専ら対人用。
ガーデンの高等兵団で正式採用されている65口径精密狙撃銃(手動装填式)は厚さ30mmの鉄板を楽々貫くことができる。
また、稀少ではあるが小口径で貫通性に優れた拳銃も存在する。




