マーセナリーズガーデン
〜〜〜〜〜〜Side of Koyomi〜〜〜〜〜〜
静かに波打つ海が孤独さを引き立てる。
「流石は海です、ガーデンはもう見えているというのに距離が縮まっている気がしません」
すぐ脇で遥か遠方にボンヤリと浮かび上がった構造物をネリシャが指差した。
「早くこの人の手当てをしないと手遅れになり兼ねないが、このまま早足で歩いていてもは後2~3時間はかかりそうだ」
潮風に長い金髪と狐耳、それに尻尾をたなびかせるオレの腕の中にはボロボロになり、気を失ったシラギ・スラティスタがお姫様抱っこされていた。
「すみません、私が最後に負傷しなければもう少し速く歩けたのですが..」
「気にするな、磯姫の強さは異常だった。それなのに先輩に投げ飛ばされて自由の効かなかった空中でよく被害を片腕で済ませられたと思う」
「エルフは身軽な種族ですから...」
「どうかしたのか?」
先ほどからチラチラと感じるネリシャからの疑惑の視線。
それがどうも気になった。
「何でもありません...ただ......」
「ただ?」
「本当に狐だったんだな、と思いまして」
「オレが怖いのか?」
ネリシャは緑色の髪を揺らして首を振る。
「いえ、強力過ぎる気配故に畏怖に似た感情はありますが、貴方があのコヨミさんだとわかっているので怖くはありません」
「お前は人の性質を見抜くのが得意かもしれないが、お前が知っている水上 暦が今のオレだとは限らない」
「それはどういう意味でしょうか?」
「言うなれば今、オレは人間よりも妖怪寄りに意識がある。だから獲物を見れば構わず飛びかかってしまうし、人間を気に留めない節がある。だが面白いことに磯姫と戦っていた時は襲われる船舶を守ろう、人を助けようとしていてどちらかといえば人間寄りに意識があったように思える。が、3日も思い返せば列車の中でオレは完全に化け物と化していた。つまり、今現在この水上 暦という男は人間を主体として幾つかの人格をグルグルと回っている事になる。だからお前が信じる暦が今のオレだとは限らないのさ」
「・・・・・コヨミさん」
ネリシャは少しの間考えると、急にオレの前へ飛び出して瞳をジッと覗き込んだ。
「・・・・やはり、妖怪であっても貴方は私の感じたコヨミさんですよ。表面が変わっても根っこの部分は温かいです」
太陽のように朗らかに笑うネリシャが眩しく、軽く尻尾を振っただけで言葉にはしなかった。
「尻尾が揺れてますよ。照れてるんですか?」
「・・・ワザと振ったんだよ」
「ふふっ可愛いですね」
つま先立ちで水を蹴り、小躍りしながらオレの周りをグルグルと回った。
適度に舞う水しぶきはキラキラと日光を反射させて、舞い踊るネリシャに神秘的な美しさを演出していた。
「あっ!」
突然ネリシャは声を上げると、右肩を抑えてよろけた。
「すみません、大丈夫です」
オレが危なげなところで支えると彼女は無理をした顔で謝る。
元気そうに振る舞う彼女に気を取られて忘れていたが、彼女も十分に重症者なのだ。
(急いだ方がいい、か)
オレはボンヤリと見えるガーデンまでの距離を目測で測る。
「距離およそ8kmか...ネリシャ、少しきつめに抱きついてくれ」
「え!」
ネリシャは突然顔を真っ赤にすると、素早くオレから距離を開けた。
「コヨミさん?...その、嫌ではないのですが時と場合を考えて....」
「?....あ、そうか。多分ネリシャが考えてるような意味でじゃないから」
「へ?」
ポカンとしたネリシャを見て、オレはよくもまあコロコロと表情が変わるものだと感心した。
「ネリシャの容態も良くなさそうだから一気にガーデンまで飛ぼうかと思うんだけど、生憎シラギ先輩で両手が塞がっててな、だからネリシャに自分から掴まって貰おうかなと思った訳だ」
「そ、そうでしたか。ですがコヨミさん、急に女の子に「抱きついて」と言うのはこの様に色々と誤解を生み兼ねませんから以後気をつけられた方がいいですよ」
無駄に身振り手振りを付け加えながら話すネリシャだったが、呼吸を整えて落ち着きを取り戻すと同時にオレの右腕にしがみついた。
「では、お願いします」
「振り落とされないようにな」
「はい!」
彼女が元気良く頷くのを確認すると足に力を込め、砲弾の様な速さで飛翔した。
その頃ガーデンのとある港内から混乱した空気が流れていた。
今年度のガーデン生志願者を迎えにミーラスブリザへ派遣された直掩の艦隊が大被害を受けて入港してきたからだった。
加えて、艦隊より少し遅れて帰還したシラギ・スラティスタを隊長とする精鋭部隊がたった二人しか居なかったのだ。
輸送任務としては思わぬ大損失に現場の管理者たちは狼狽えた。
そんな中、五番艦船管理局と大陸の公用語で書かれた看板が掛けられた建物の奥で二人の男が暗い顔で会談していた。
「輸送船団に被害は無かったが戦艦は中破、駆逐艦は二隻沈没、その他は小破状態だった。クラーケンが現れたという打電があったが、まさか本当に...ディアナ艦長たちの様子はどうだ、何か聞き出せたか?」
豪華な椅子に座った白地のガーデンコートに身を包む中年の男が、向かい側で立つ同じ様な格好の男に問いかけた。
「まだ話せる状態ではありません。普段は勇敢な彼女らがあそこまで恐怖を植え付けられるとは...クラーケンの恐ろしさを再認識させられますね」
「まあ、あの小娘も最近いい気になっていたところだ。良い薬になっただろう...それよりもシラギか、あいつの安否がわからんのは不安だぞ。奴は一人で一個大隊よりも強いのだからな、艦の損害は誤魔化せるが死んだ者は、ことにシラギともなれば上も黙ってはいないだろう」
「大陸でも彼は有名で、今やガーデンの花形となっていますから、長く姿を見せなければもしやと感づく所も現れるかもしれません」
「そうだろうな、帰ってきた班員はどうだ」
「彼らは離脱するように命令されて撤退し、その五秒後に撃墜されるシラギを見たと言っていました」
「ちっ!」
男は荒々しい舌打ちをして椅子から立ち上がると窓から海を眺めた。
「一応、高等兵団本部にはシラギ・スラティスタが行方不明と報告してあります」
苛立った雰囲気で窓枠を突つく音が室内に鳴り響いていたが、やがて力の抜けた声で男は自分の秘書官に話しかけた。
「・・・ラスタル、運営長、秘書官の役職を忘れて同期の友として聞くが...シラギは生きていると思うか?」
ラスタルと呼ばれた男はため息を一つ吐いくと、重々しく口を開けた。
「・・・・死んだ、と考えるのが妥当だろう。何せ落ちた先が海のど真ん中だ、仮に墜落後も生きていたとしても力尽きている筈だ」
「そうか、ありがとう」
「いえ、役目ですから」
「何処までも仕事の堅い奴め」
二人でニヤニヤとしながら海を眺めていると、ラスタルが遥か遠方で水柱が上がるのを見つけた。
「今、何かが飛んだような...」
彼がそう呟いてから、ガーデン水上正門のある湾岸近くで騒ぎが起こったのはほんの数秒後であった。
「ん?」
最初にひゅるひゅると風を切る音に気がついたのは正門前の庭で昼寝をしていたとあるガーデン生だった。
「今何かが光っ...」
彼が一言言い終えるよりも早くそれは海面に着水して巨大な水柱を生み出す。
やがてそれが大瀑布の様に轟音を立てて落ちきると中から金色姿の暦が姿を表した。
「ふう、ギリギリだったけど無事に着水できたな。しかしここがマーセナリーズ ガーデンか、青塗りの壁が綺麗だ...」
暦の言ったその一言はその脇で必死にしがみついていたネリシャ以外に聞き取った者は居なかったが、長い金髪に薄っすらと纏った水っ気を払う為にプルプルと頭を振ると、水滴に暦の金髪が反射して光の粒を撒き散らしているような神秘的な絵となった。
「神獣だ....神獣がエルフを連れて来た」
呆然と口を開けていた彼は暦の両腕にシラギが抱きかかえられている事に気がついた。
彼は素早く腰のポーチから端末を取り出してシラギの所属する高等兵団本部へとコールをかけた。
しばらく無機質なコール音が流れると、男性の事務的な声が流れた。
『此方は高等兵団本部だ。一般のガーデン生が端末でここにコールをするのは原則禁止されている』
「すみませんでした!ですが、ボロボロのシラギ討伐部隊長が神獣に抱えられて帰還しました!」
「シラギ」という単語を聞くと男性の声にも動揺が走る。
『なんだと、今すぐに人を派遣しよう。場所は何処だ?』
「水上正門前の湾岸です」
『わかった、報告に感謝する』
一連の報告を終え、彼がもう一度湾内を見ると、暦が静かに海面を歩いて上陸しようとしている所だった。
彼はすぐさま暦の元へ駆けつけるが、その威圧感と神秘性によってあと一歩の所で行き脚が止まった。
「貴様は...ガーデン生か?」
暦に問いかけられた彼はしばらく硬直しており、自分に語りかけられた言葉だとは気がつかなかった。
「え、俺...自分ですか?」
「他に誰がいる」
「失礼しました!自分は確かにガーデンの者であります」
「別にそうも硬くなるな事もないだろ...」
カチコチな喋り方に暦が困惑していると、地響きと共に白衣姿の女性が後方で担架を担いだ二人組を置いてけぼりにして疾走してきた。
「シィィィラァァァァギィィィィィ!!」
まだ相当な距離があるというのにも関わらず聞こえる程の大声で彼女はシラギの名を呼んだ。
「大丈夫かいシラギ!行方不明だったって聞いてたけど!?...ああ!気を失ってるのかい?今すぐ私の研究室のベッドを空けさせるから死なないでね!!ぐふぅ」
暦の元に駆けつけるなりマシンガンの様に喋り続けたかと思うと今度は盛大に吐血した。
「エルメス技術開発班長!無理をしないでください!!」
「シラギが死ぬかもしれないのに無理しない訳にはいかないじゃないかぁぁ...」
「貴女が死にますよ!」
コントの様な会話を繰り広げながらもしっかりと担架で運ばれるシラギを横目に見送ると、エルメスと呼ばれた女性は青い顔で暦とネリシャを見つめた。
「狐の君は....」
「?」
何やらブツブツと呟くとキラキラとした笑顔を向けて手を差し出した。
「ようこそガーデンへ、まあ色々と話すこともあるし一緒に来てくれないかい?」
やっとのことでガーデンに辿り着いて早々に面倒なのに絡まれたなと、暦は胸中で呟いた。
---------------------M.Gメモ--------------------
開発班長 エルメス・サンドリヨン
Lv.1100
HP 14500
装備品 無し




