〜終・まどろみの中の追憶〜
「ル....シア......」
俺の最愛の人は40m程離れた草むらで血の池を作っていた。
「ぐっ....くそっ!」
必死になって起き上がろうとするが、鉛の様に重たい腕はピクピクと震えるだけで力が入らず、脇に抱えたままのエリスも重石となっているので身体は微塵も動かない。
それもそうだろう、俺のHPは常人ならば意識不明になるレッドゾーンまで堕ちているのだ。
寧ろ今現在まで意識が繋がっていること自体が奇跡に近いのである。
俺は自分の怪我も忘れてルーシアの容態を遠目から見る。
右足の付け根から脇腹までを無惨に引き裂かれ、食いつかれたかの様な痛々しい傷が広がって血だまりを作っている。
顔色は青く、少しでも早く治療しなければ命を落としかねない。
「く....そ....動け...」
俺は全身傷だらけだというのにも関わらず、無理に身体を動かそうと足掻くせいで流血が早まって余計に意識が遠退いた。
全身の血液が流れ出て身体が冷たくなっていくと同時に景色も色あせてきた。
「はぁ....は...は....ル...シ..」
虫の羽音の様に小さく声が漏れる。
するとどういう奇跡だろうか、遥か前方に倒れるルーシアの身体がピクリと動いた。
「シラ...ギ?」
彼女の口が動いた気がして、距離からして聞こえるはずも無い声が聞こえた。
「・・・・ふぅ...」
彼女が生きている。
そうわかった瞬間から瞼が異様に重くなった。
やがて、ルーシアが動いた気がした。
草の上を這う音が僅かに聞こえる。
「シラ....ギ、シラギ.....!」
俺を呼ぶ声が近づいたと思うと、誰かにそっと頭を抱きかかえられ、一番傷の深い腹部に優しく手が添えられた。
「・・・・」
俺のボヤけた眼にルーシアの姿が映し出される。
「シラギ....ごめんなさい......っ」
ポタポタと頬に涙らしきものが零れ落ちた。
震える彼女の肩はどうも心地が良く、そのまま眠ってしまいそうだった。
ポソッとエリスが俺の小脇から落ちる。
けれどもその手はしっかりと俺の服を握りしめているらしく、引っ張られた感覚が残った。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
ルーシアは自分の傷の止血もせずに尚も謝り続けている。
このままでは失血死してしまわないか不安になる。
「ル...シア...泣......くな」
「ごめんなさいごめんなさいシラギっ、私...やっぱり不吉な存在だったんだよ...でもどうしてこんな日に....明日で私たち結婚できたんだよ.....酷いよ神様!」
「泣くな!....はぁ...はぁ...俺..は、生きてる」
残った力を振り絞って声を出す。
だが、ルーシアのすすり泣きはより一層大きくなった。
「ルーシア....傷...止血...を...」
何とか出てきた単語のみの文で必死に血止めする様に伝える。
「シラギ...死なない..よね?」
HPバーに残った赤い線は最早糸のように細い。
それでも俺はどうにか笑みを浮かべて見せた。
喋ろうと思ったが、今や喉からは空気が漏れるだけで声は出せなかった。
「シラギ、私ももう...赤いんだ」
「・・・・」
死という深い海の底に沈みかけた俺にルーシアが語りかける。
「それで、この前王都の図書館で読んだある本にね...面白い魔法があったんだ....術者が対象と合体して...命を永らえる、同化の何とかって魔法なんだ」
彼女が何かを言っても、暗い海に沈みゆく俺には何も聞けなかった。
「それでね....この魔法、反対呪文を唱えると対象に術者が合体しちゃうらしいの。....やってみようか」
彼女に抱かれる感覚すら消え失せた俺は、沈没する船の様に全てを失っていく。
「短いスペルだから覚えたんだ...いくよ」
HPが消え去る瞬間、死の海に沈んだ俺にもその短いスペルは確かに聞こえた。
「テェ・アーム・カーレ」
視界が真っ白になると全身を暖かな光で包まれた。
光は海に沈んだ俺をたちまち引き上げると全身の無力化を一気に消し去ってゆく。
「・・・・ん」
どれほどの時間が過ぎ去ったのだろうか。
一瞬であったようにも思えたし永遠の時を彷徨ったような気もした。
「ッ、ってーな...?」
最期、何があったか俺としてはよく覚えていない。
だがもう一つの記憶にはその瞬間が残っていた。
「ルーシア?...ルーシア!何処だ!!」
飛び起きて周囲を見回すが、幾ら経っても彼女の姿が見当たらない。
けれども彼女の象は自分の深層意識にしっかりと居て此方に微笑んでいる。
そして俺は彼女と俺が融合してしまったことを本能のように知っていた。
「何だこの記憶は...何がこの呪文は!!どうしてだ、どうしてこんな術を使った!」
俺は自分の内側に居るルーシアに問いかけた。
「何故だ、どうしてお前が消えた!どうしてなんだ...お前が居なくなった俺は...どうやって生きていけばいいんだ....」
ルーシアは相変わらず内側から微笑むだけで何も答えない。
「キシャアアアアアァァァアアアアアア」
直上からドラゴンの鳴き声と翼が力強く風を煽る音が俺から欠片のように残っていた理性を打ち砕いた。
「全ては.....あのドラゴンのせいだ......奴等が来なければ、ルーシアもこんな決断をしなくて済んだろうに!」
ギッと空睨み、ドラゴンの姿を視界に入れる。
すると、ドラゴンを中心として様々な情報が映し出された。
NAME:Lance Dragon
Level:2855
Hit point:3,408,239/4,000,000
Power:2,163
Agility:Subtle
Maximum speed force:120kn...
文字は読めなかったが、意味は何と無く順に名前、レベル、HP、筋力、敏捷、最大速力といった事が主に記されていたが、気性や年齢、持ち得る攻撃手段もあった。
「ガッ」
唸りと共に背中から無数の槍が飛来する。
緩やかなカーブを描くと、中々の正確さで俺に飛んで来た。
ドカドカと地面に刺さってゆく槍の内二本が俺目掛けて真っすぐ飛んでくる。
「遅いんだよ。こんなのに当たって重症を負ったのか俺は...」
飛来する槍を素手で受け止めると真っすぐ上に投げ返した。
2本の槍はあっという間にドラゴンの翼を貫くと、バランスを崩して墜落させた。
外れた槍を数本引き抜くと、地を轟かす叫び声を上げながら高速に落下してくる巨体の首と頭を狙って投げた。
「消えろ」
重力に従って落ちるドラゴン目掛けて放たれた槍は寸分の狂いも無く獲物を貫いた。
「・・・ドラゴンを一人で、しかも本の十数秒で仕留めるか。これじゃ俺がモンスターだな...」
少し冷静さが戻ったので俺はドラゴンの死骸に近寄って、その青い鱗を眺める。
「ん、そういえば声が妙に高いな?」
今更ながら俺は自分の姿が今までとは違ったものになっていることに気がついた。
鏡の様な鱗には長い銀髪を風にたなびかせた美しい少女が、緋色と琥珀色の瞳でこちらを覗き込んでいる姿が映る。
「これは...俺か?」
自分と全く同じ動きをするそれを俺は呆然と眺めから、素早く身体を触れて諸所の確認をした。
結果として言えば俺は性転換した訳では無く、男女何方でも無くなっていた。
性の消失は生物としての意義を半分失った様なものである。
「おねーちゃん、誰?」
後ろからエリスの声がした。
目が覚めて間もないのか口調が変だが気がついたなら大事には至っていないだろう。
「・・・俺は男だ」
「でも女の子にしか見えないよ?....あ、シラギさんを知りませんか!」
パタパタと近づきながらエリスはシラギを、俺を探している。
「シラギは...死んだ。許嫁のルーシアと共にこの世を去った」
「シラギさんが....ルーシアお姉ちゃんと?嘘ですよね、ね!」
エリスは涙を浮かべて抗議した。
「シラギさんはすっごく強いんです!...そんな簡単に....死ぬわけ...」
「嘘だったなら、どれだけ良かっただろうな」
「嘘です!死ぬわけ...」
「くどい!」
俺の叫びにビクリと身体を震わせると、エリスはそのまま硬直してしまった。
「ルーシアが死んだ事は誰よりも俺が辛い!ただ目の色が違うだけで不吉だなんだ言って彼女を蔑んだお前らに何がわかるんだ!!」
「も、もしかして...あなたがシラギさん?」
エリスは語気の荒い俺に怯えながら小さな声で尋ねる。
「・・・シラギ、だった者だ。今は違う」
自分で立てた憶測であっても信じられないといった顔をするエリス。
「怒鳴ってすまなかった。お前はルーシアを悪くは言わなかったな...俺も少し混乱している、正しい判断ができなかった。....しかし、ここは危ない。王都まで連れて行ってやるから着いてこい」
手を差し出すと、エリスは何も言わずにその手を取って後に続いた。
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森を歩くうちに再び映像が溶けた。
この時の襲撃で俺たちの種族は俺とエリスを残して絶滅。
里の入り口で戦ったシアトルとカルマーは5~6匹のブラックウルフの死体と共に転がっていた。
いつ見ても嫌な記憶。
辛く悲しい、俺の最大のトラウマだ。
-----------------------M.Gメモ--------------------
・シルバール族
白い髪の毛と赤い瞳を持つ1000人程度の少数部族。
謎の多い種族でその他は不明であるが、今ではその大半が死滅してしまったという。




