〜続・まどろみの追憶〜
目の前にいるドラゴンに呆気を取られていた俺は、絶対的な強者に対して先制攻撃のチャンスを逃すという致命的なミスを犯した。
唸りを上げて振り抜かれた尾に叩かれ、簡単に20m程吹っ飛ばされた。
「かは!...」
トゲは生えていないが、鋼鉄の様に硬質な鱗に包まれたドラゴンの尾は俺の肺から全ての空気を吐き出させた。
必死になって呼吸を整えようとするが、空気を吸うたびに胸が酷く痛んむ。
肋骨が数本折れたらしい。
(心臓が破裂しなかっただけ儲け物か...)
骨折による鈍痛に思考を奪われながらも俺は辺りを見回す。
尾で叩かれる寸前に突き飛ばした薬屋の娘が心配そうな顔でこちらを見る。
「シラ...」
「逃げ....ろ!...ドラゴンが相手じゃ......敵いっこない!」
少女は戸惑った表情でドラゴンと倒れ伏した俺を見比べる。
「でも...どこに....?」
里もダメ、森もダメと彼女は泣きそうな顔で逃げ場を俺に尋ねるが、正直な話逃げ場などどこにも無かった。
逢えて言えば俺が守って居られるほんの僅かな時間ならこの場が一番安全だと言える。
ドラゴンの攻撃が俺に降りかかり、思考するだけの時間と余裕を奪って行く。
「俺の...俺の後ろに居ろ!」
「は、はい」
体を捻って唸りを上げる爪を回避するのだが、僅かに躱しきれなかった分が右目を引き裂き、その視力を永遠に奪った。
「はあああああああああ!!」
脈打つ痛みに耐えながら剣を構える。
一挙一動の大きいドラゴンなので、隙を見つけては鱗と鱗の隙間に魔法剣の刃を滑り込ませて削ぎ落とす。
「グルルルルルルゥ」
次第にドラゴンにもイラつきの色が見え始めた。
喉を鳴らしながら必死にちょこまかと動く俺の姿を追う。
そこで俺はあることに不信感を持った。
(何でこいつ...こんなに弱いんだ?それにどうして火炎を吐かない?)
大空の皇帝とさえ呼ばれるドラゴン相手に高々一人の人間で牽制できていることはどうも変だ。
それによくよく観察してみれば、所々の鱗に凹み、砕けた痕がある。
それは決して剣によるダメージではないことは一目瞭然だった。
(まさかこいつ!)
最悪のパターンが脳裏を過った瞬間、まるで見計らったかの様なタイミングで数本の槍が降り注ぎ、そのうちの一本が俺の腹部を貫いた。
槍といっても人間の持つ武器ではなく、どちらかと言えば大きなトゲに近かった。
「・・・ぐふ...」
大量の血を吐き出すと、サッと体から熱が失われていくのがわかり、視界の端に浮かぶHPが急激に減少して危険領域へ一気に堕ちた。
そして、今も減りゆくゲージはジワジワと縮まる足を止めていない。
「は....くっ...タイミングが...良すぎるんだよ」
錬士の森上空から、そいつは突風を巻き起こしながら近づいてきた。
目の前にいるドラゴンよりも2~3倍はある巨体が上空に浮かんでいる姿は恐怖を通り越して勇ましささえ感じられる。
俺に撃ち込んだ槍と同じものと思えるトゲを背中から無数に生やし、ほんのりと青く輝いた鱗は先ほどのものよりも遥かに硬そうだ。
ダラリとぶら下がった腕から伸びる二本の槍はこの世のものを全て貫きそうな不気味さを纏っている。
「キシャアアアアアアアァァアアア!!」
耳を塞いでもなお頭が潰れそうになる咆哮をするドラゴン、《ランサードラゴン》
「ガアアアアアァァァアアア!!」
地上から小柄なドラゴンが咆哮を上げる。
俺は全てがわかった。流れとしてはこうだろう。
この二匹のドラゴンが何らかの原因で喧嘩をしているうちに、この里まで近づいてしまった。
強力な力がぶつかり合い、里を守っていた結界が破壊されると周辺やドラゴンの力に引き寄せられたモンスター群がそのまま攻め込んだ....と、そんなところだろう。
(喧嘩なら外でやってほしいものだ...)
空を見上げる俺の足からは力がスッカリ抜けてしまい、立つに立てない。
「だめ、シラギさん!」
膝を着いたまま動こうとしない俺を心配して少女が近寄る。
「・・・・この...剣を持って...逃げろ。恐らくまだ...百回は使える.....筈だ」
俺の足元に転がる魔法剣の刃は始めよりもずっと色が薄まっていて今や灰色に近く、柄に嵌め込まれた宝石も色が褪せてしまっていた。
剣にかけられた魔法が消えかかっている証拠だ。
「重たい剣だ....自由には振れないだろう...突くだけでもいい、この剣なら....君を守って...くれる...」
「いや!いやだあぁぁ!!一人じゃ逃げない!」
少女は叫びながら俺を引きずって、ヨタヨタと錬士の森へ入っていく。
「ば....もり...は..........」
視界の悪い森に入る前に止まるよう言うつもりが、HPがついに残り一割を切ると意識が途切れてしまった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
俺は今やどうでもよくなって、ただ呆然と追憶を眺めていた。
いや、恐らくこうして見ないとこの先俺の心は壊れてしまいそうだからだろう。
高々追憶でこの俺がガーデンの戦力から外れてしまうのは悔しいし淋しい。
しかし、後にも先にも腹を貫かれたのはこれだけだが、今でもこの時受けた腹の傷はときどき疼く。
そして...この右目も....
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
微かな揺れに俺の意識が蘇る。
「ここは...」
サワサワと風に揺れる木々の葉。
弾力のある冷たい地面。
(錬士の森か...)
妙に懐かしい思いに駆られて森を見渡すと、顔の右半分が布の様なもので擦れる。
「あ...いじらないで」
すぐ横からか細い声、見れば少女が布切れを片手に座っていた。
「本当は包帯で手当てしたかったけど...手元に無くって、こんな布でごめんなさい」
彼女は恥ずかしそうに視線を下に向ける。
わざわざ自分のスカートを裂いて包帯の代わりにしてくれたようだ。
「俺の方こそすまなかった。まさか気を失うとは思っていなかった...今更だが、君の名前は?」
里とはいっても狭くはない上に、一家揃って体が丈夫だったので薬屋の世話になる事は少なく、ルーシアに付き合って5~6回しか行ったことのなかった俺はそこの娘の名は全く知らなかった。(この子が俺やルーシアの名を知っていたのは、俺たちがいい意味でも悪い意味でも有名だったからだろう)
「えっと...エ、エリスです。エリス・カターリンって言います」
「エリスか...いい名だ。しかし流石は薬屋の娘と言ったところだ。大分体が楽になった」
「あ、動かないで下さい!...その、シラギさんは腹部を貫通する重症です。止血はしましたが、今動いたら...い...生き死に関わります!」
まだ幼い顔に涙をいっぱいに浮かべて起き上がろうとする俺を引き止める。
「君がさっき言っただろう、この森の何処かにルーシアが居る。早く迎えに...」
ガサッと草むらが鳴ると俺たちは一気に警戒の態勢に入る。
俺は抜き身のまま転がっていた魔法剣を握り、音源を見つめた。
荒い鼻息とギラついた目、手に石でできたスピアを持つ土色で肥えた体。
「・・・ハンターゴブリンか」
「オオオオオオォォォォオオオ!!」
獲物を見つけた喜びなのかゴブリンは雄叫びを上げる。
直後、同じ様な雄叫びが森の彼方此方から響き渡り、近づく足音で地面が揺れた。
直ぐに2~30匹もの群れになると、各自が棍棒やら石斧やらを掲げてにじり寄る。
「絶対に離れるなよ」
「で、でも...」
エリスが心配そうな目で俺を見る。
「大丈夫だ、俺はそう簡単には死なない。だから離れるなよ」
「はい...」
彼女は渋々といった様子で返事をした。
「来るぞ!」
一斉に動き出したゴブリン共の動きを片目で精一杯追いかける。
しかし、一匹二匹なら未だしも30匹ともなると一度には追えない。
前方の数匹を横薙ぎで葬ると、敵の歪なメイスが背中を抉った。
歯を食いしばって痛みを堪えては剣を振る。
一撃で確実に二匹以上を殺して魔法剣の消費を極限まで軽減するも、剣の力が失われていくのは手に取るようにわかった。
焦りと疲労そして痛みが俺の集中力を奪い去り、一瞬の隙が生まれてエリスへのカバーが遅れてしまった。
スピアの柄で頭を強く打たれた彼女は声も出せずに気を失う。
俺はその体が倒れないように左手で抱きかかえ、更に身動きの取り辛い体勢での戦闘を強いられることになる。
HPは依然としてレッドゾーンのまま、体の奥が冷えていく感覚は今も続いている。
雑念が雑念を呼び、思考が混乱してくる。
そして遂に魔法剣の切れ味が目に見えて落ち始めた事がより俺を焦らせる。
「はっ...はっ......っああああああああ!!」
最後の力を振り絞ってゴブリンを薙ぎ払い、ラスト五匹に切りかかった。
二匹三匹と倒して最後の一匹と振り向いた時に腕から力が抜けた。
しかし、一撃は半ば夢想剣のようにゴブリンを貫いて再び森に静けさが戻った。
そのまま地面に倒れた俺にはもう腕を動かす力も無く、頭だけが辛うじて動いた。
(ゴブリン共は....こんな森で何を...?)
一番始めにゴブリンが出てきた方に視線を向けてみると、頭を叩き割られたかのような衝撃に襲われた。
「・・・ル....シア...」
そこには、俺の大切な人がお気に入りの服と白い髪の毛を真っ赤に染め上げて倒れていた。
------------------------M.Gメモ----------------------
スピアドラゴン
両腕と背中に槍の様なトゲを生やした中型のドラゴン。
好戦的でドラゴン同士でも襲いかかる獰猛さを持った非常に危険な種類である。
ランクとしては下の上程だが、人間では二個師団あっても全滅しないかどうか怪しいほどの力量差がある。




