〜まどろみの追憶〜
一話のつもりが長くなってしまったので分割致します。
コンッコンッと小気味良い音が白色の葉が茂る森の中から響いている。
その音源では髪をポニーテールで纏めた俺が、アイアンオークという硬い木材で作られた剣を熱心に丸太へ打ち付けていた。
全身に汗をかいた俺は厚革のブーツと簡素なズボンを履いているのみで上半身には何も纏っていない。
「...9997..9998..9999..10000ッ!ハァハァ....終わった」
「お疲れ様シラギ、着替えとタオル、それにお水持って来たよ」
棒打ちを終えると、木陰から現れた、銀色の髪をたなびかせる少女が手に持った籠を持ち上げた。
「いつも悪いな、ルーシア」
俺は額の汗を拭いながら少女にお礼を言う。
「好きでやってるだけだから気にしないでっていつも言ってるでしょ?それに...私なんかと相手してくれるのはシラギや子供たちだけだから暇なのよ」
彼女の瞳は、赤眼が普通である俺たちの種族の中では異質の琥珀色だった。
俺は彼女と幼馴染の関係で昔から仲が良く、親たちが不吉だと言った目の色など気にして居なかった。
「...しっかり礼は言わないとだろ」
彼女から冷水の入った皮袋を受け取って中身を一気に飲み干すと、疲れで熱っぽくなった体に冷たい水が染み渡り心地がいい。
「ふぅ...生き返った。朝から昼までここで丸太の相手をするのは酷だ。あのジジイめ、せめて水くらいは持って来ても良さそうなものを...」
「長老様の事をそんな風に言わないの。シラギが手ぶらでここに来るから特例で私もこの『錬士の森』に入れるんだし...“あなた”の迎えに行けるのよ?」
「あ....いや、式は明後日だろ。まだその呼び方は早い」
俺は、ほんのりと頬を赤く染めて微笑むルーシアの姿に見惚れて顔を真っ赤にする。
俺たちは明後日に結婚式を上げるのだが、彼女はそれが待ち遠しいのだろう。
「そうだね、それに明日はシラギがお城の近衛兵団に入団する日だもんね。おめでたい事が二日連続で続くなんてきっと精霊様の御加護だわ」
「おいおい、そうなる様に予定を組んだのはルーシアだろ?」
「ん〜そうだっけ?」
「それに、近衛兵になったら頻繁に帰って来れなくなるんだぞ?」
「でも月に一度は帰れるんでしょ?」
「ああ」
「ならいいんだ〜。疲れて帰って来る旦那を癒せるように準備して待ってるから」
楽しそうに、幸せそうに笑うルーシア。
普段はあまり笑わない俺も彼女の笑顔を見る時だけは微笑んだ。
「ありがとう...さて、帰ろうか。昼食にしよう」
汗をタオルで拭き取り、持って来てもらった上着に着替えて彼女の手を引いた。
「うん!」
元気良く頷く彼女の笑顔はどこまでも澄んでいて、可憐だった。
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ゆらりと視界がぼやけて、世界が溶ける。
わかっている、これは俺の見ている夢だ。
夢の中で過去の記憶を、追憶を見ているに過ぎないのだ。
幸せと不幸が一挙に押し寄せたあの三日間。
俺は目をつぶりたい思いだったが、夢である為そんなことをしても映像が途切れることは無い。
やがて無情にも溶けた世界が再構築されていく。
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きらびやかな王宮の玉座の間。
王の前で膝を突いた俺は宣言を受ける。
「ではシラギ・スラティスタよ。汝はこれより近衛兵として、いついかなる時も我が王家に忠誠を誓うか?」
「はい、このシラギ、死すまで王家へ忠誠を捧げると誓います」
「では...」
スラリと澄んだ音が響き王が手に持った、鍔と柄頭に大粒のルビーが嵌った聖銀の剣が抜かれて、その眩しいぐらいに白く輝いた刃が俺の肩にそっと添えられる。
「汝を只今より栄えある我が近衛兵とする。剣を持て」
王が言うと、脇で控えていた侍女が一本の騎士剣を持ってきた。
自分の剣を鞘にしまうと、その騎士剣を俺へと差し出す。
「近衛兵の証を授ける」
「はっ!」
俺が剣を受け取ると王は、それまでは厳格だった表情を和らげる。
「頼んだぞ、シラギよ」
「はい、お任せください」
「うむ、してシラギよ。明日はお主の祝宴であろう?」
「はい、入団して早々にお暇をいただいてしまい申し訳ありません」
一月程前から、王を筆頭に師団長といった面々には明日のことを伝えてあったのだ。
全員から俺たちの結婚を祝っていただき、早々に二日間の休暇まで頂戴していた。
王は親しみを持った顔で俺の肩を叩く。
「では早く帰って婚約者と共に夜を明かすがよい」
「はっ!それでは失礼致します」
「おいシラギ、恋人と夜を過ごすのはいいが、明日の式に支障がでんようにな」
俺が下がろうした時に師団長が茶々を入れると部屋中に笑がどよめいた。
「師団長殿、御前ですよ?」
「なに、気にすることは無いぞシラギ。トーマス師団長の無礼はいつものことじゃ」
「なぁ!?そんなことはありませんよ王」
両者のやりとりに再び一同が笑った。
「ほれシラギよ、早う行ってやれ」
「では、失礼させていただきます」
一言断りを入れて、俺は今だに湧き立った玉座の間を後にした。
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閉まりゆく扉は途中で霧散し、再び映像はもやもやと霧の様に途切れた。
嫌な場面はどれほど目を閉じようとしても、どれほど目を覆い隠そうと無限の様に長い時間をかけて再生されるが、懐かしいと思う場面は一瞬で過ぎ去って行く。
俺は何故今さら追憶など見ているのだろうか?
記憶の最後にあるのは暗い海に俺が沈む瞬間だ。
とすると俺は死んだのであろうか?
これはもしかしたら夢ではなく走馬灯の一種かなにかなのだろうか?
困惑する俺を無視して、追憶は再び流れ出した。
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馬車が薄暗い森の中を走っている。
俺はガタゴトと揺られながら、することも無いので明日の段取りを思い返していると自然と口元に笑みが浮かんだ。
「お前でも、やはり結婚が嬉しいものなのだな」
一応と護衛について来た同じ近衛兵団の先輩が頬杖を突きながら呟いた。
「・・・顔に出ていましたか?」
「ああ、バッチリ出てたぜ」
「はぁ...シアトルさん、することが無いとはいえ、人間観察するのはやめて欲しいですね。私は気にしませんが、普通は嫌がられますよ」
「そん時はそん時さ」
「暗に悪趣味だと言ったのですが通じませんでしたか」
「遠回りな言い方は好まなくてな」
彼は自分の長い金髪を弄りながら俺の髪を見つめた。
「俺はお前らの種族と交流が無いから知らないんだけど、皆お前みたいに銀髪赤眼なのか?」
「はい、我々の体には黒の色素が無いため自然とこうなるんです」
「へー、そうなのか。そういやお前って男の割に色白だったな」
そう言って納得した様に頷く。
「まあ、私からしてみれば何故髪が金色なのか、という方が理解できませんが」
「それは俺も知らん」
「狭いので暴れないで下さい」
馬車の中で胸を張ろうとするので、俺はそれを何とかやめさせると、彼は急に馬車の窓を開けて森の空を見上げた。
「空が....赤いな、それに極僅かだが焦げ臭い。木造の家が焼ける臭いだ」
「!」
俺も急いで窓を開く。
臭いまではわからなかったが、確かに空がほんのりと赤かった。
鼻が効くと定評のある彼だったからこそ気がついたのだろう。
「あれは里の方向だ...カルマー、馬をもっと速く走らせろ!」
「わかりました」
前の席で馬を操っていたカルマは、ピシッと鞭で馬の尻を叩くと一気に速力が増した。
俺は速く速くと念じながら立て掛けてあった騎士剣を剣帯に吊るそうとすると、シアトルさんの手に止められた。
「待ちな、そいつは官給品だろ?切れ味良くないからこっちにしろ」
そう言って椅子の下を開き、そこから一本の黒い剣を取り出した。
「それは...」
椅子の下に収納があったことにも驚いたが、何よりも彼の持つ剣に驚いた。
黒装鞘に同色の拵え、鍔に嵌め込まれた菱形のルビーが不気味な気配を醸し出す。
「魔法剣...ですか?」
「そうだ、まあ上物ってほどでもないがその剣よりはマシだろ」
「お借りします」
「俺のじゃないさ、近衛兵団の馬車には非常用に魔法剣が一本隠されてる」
魔法剣を受け取ると、その重量にも驚かされた。
振れないことはないが、片手剣としては桁違いな重量だった。
そうしている間に、開いた窓から木の燃える臭いが入ってきた。
それと同時に獣の唸り声の様なものが左右の森から聞こえる。
「あの唸り声....ブラックウルフの群れだ。森の奥深くにいる筈のモンスターがこんな浅い処に居るのは変だ!」
チラリと横を見る。
確か彼のレベルは1000そこそこであったはずだ。俺と合わせても合計レベルは2000少々、レベルが個人の技量を左右する訳ではないがHP面で不安が残る。
チラッと森の中で動く幾つかの目が見えた。
「やっぱブラックウルフか...カルマー!馬を離せ」
「はい?」
シアトルさんの指示にカルマーは困惑の表情を見せる。
「馬に狼どもが集中している間に俺たちは駆け抜けるんだ!合図したら上手く左右に向かわせろ、やれるな?」
「やりますよ!」
「シラギ!俺が残りを片付けるからお前は真っ直ぐ走れ!」
「ですがそれでは...」
「なぁに、帰ってから飯奢ってくれれば勘弁してやるよ。....カルマー、今だ!」
「はい!」
馬車と馬の連結が解け、車体が急速に前のめりになる。
俺たち三人は器用に飛び降り、着地するとまずブラックウルフの動きに注目した。
大半の狼はカルマーが意地で別れさせた馬たちに食らい付いたが三匹はこちらに向かって走ってきた。
「行け!シラギ!!」
「はい!」
俺は後ろ向いて走り出す。
すぐ後ろからは剣が風を切る音と肉を切り裂く音がして、キュンキュンと狼が鼻で鳴く。
「ここは通さんぞー!!!」
彼らの雄叫びが聞こえた頃には、既に里の手前まで着いた頃だった。
バチバチと音を立てて燃える家々。
倒れたランタンが火元らしい。
人の悲鳴が時折聞こえるがその数は少なく、最初に襲われてからだいぶ時間が経っていることがわかった。
「ルーシア!何処だ!!」
俺は辺りを見回しながら必死にルーシアの姿を探した。
「きゃあああああああ!!!」
ルーシアの声ではないが少女の悲鳴がすぐ近くで聞こえた。
悲鳴の聞こえた方へ駆けつけると薬屋の娘がレッドオーガに襲われているところだった。
「やめろおぉぉぉ!!」
俺は叫びながら魔法剣を振り上げると、今まさに少女の頭を掴もうとしていたレッドオーガの腕目掛けて振り下ろした。
すると、硬いはずの赤鬼の筋肉と骨はまるで紙を裂くようにスッと切り飛ばす。
「ギャアアアアアァァァァオ」
俺はすかさず追撃を加え、悲鳴を上げて暴れる赤鬼の胴体を真っ二つにした。
今度は赤鬼は何も言わずに倒れる。
「シ、シラギさん...ああ、ありがとうございました。わ、私怖かったです」
「ルーシアを知らないか!」
泣きじゃくりながら俺にしがみつく彼女を、悪いと思いながら引き剥がして尋ねる。
「ル、ルーシアお姉ちゃんなら...れ、錬士の森に」
「ありがとう」
「置いてかないで!」
駆け出そうとした俺に、震える少女は涙を一杯に浮かべながら再びしがみついた。
確かに13~4歳の非力な少女をここに置いて行くのでは見殺しにするようなものだ。
「くっ....背中に乗れ!」
「は、はい」
仕方が無いので連れて行くことにした俺は、彼女でも乗れるようにしゃがんでやる。
やがて、震える手がしっかりと俺の肩を掴んだことを確認すると、全力で錬士の森へと走り出した。
「里が襲われ始めたのは何時頃だ?」
「は..い、に、二時間くらい前です。日が暮れてお父さんたちとゆっくりしていたら突然モンスターの声が聞こえて...!」
「君の.....いや何でもない」
キュッと肩を掴む力が増す。
相当に怖い思いをしたようだ。
この子が一人で襲われていたということは両親は手遅れだろう。今そのことを聞いくのは野暮というものだ。
「そうか...話してくれてありがとう」
「う...ひっく...お父さん、お母さん.....」
剣を握って走っている俺はすすり泣く彼女を撫でてやることもできないことが悔しく思えた。
「着いた、錬し...」
錬士の森に辿り着いた俺は、そこにいたモンスターに絶句した。
「な、何故...こんな平地に.....」
声の震えが自分でもわかる。
二枚の大きな翼をつけ、鋼のような鱗を全身に纏った巨体。
足元と両腕から覗かせた爪は如何なる素材の鎧であろうと切り裂く。
「ドラゴンが.....」
絶対無敵を誇る一匹の翼竜がそこに佇んでいた。
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・魔法剣とは
魔法剣は、その名の通り魔法を宿した剣であり、魔剣とは別物である。
どちらも似たような物であるが、魔法剣は魔剣の模造品であり、魔法で魔剣の様な切れ味を生み出している。
両者の具体的な違いは、魔法剣には使用可能回数があり、魔剣にはそれがないことである。
使用可能回数とは、文字通りに使える回数のことで、それを超えると唯の剣になってしまう。
魔法剣はその使用可能回数によってランクが定められており、最高がSランクで、最低がDランクである。
今回シラギが使用している魔法剣はBランクの剣で、シアトルの言った上物ではないというのはこういう訳ではある。
・シラギの一人称
この頃のシラギは、話す場所や相手によって一人称を私と俺で使い分けている。(それが常識である)
現在のシラギのように何処でも誰が相手でも同じ話し方はしていない。




