〜妖怪・濡れ女〜
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〜side of Koyomi〜
アルフォンスさんが鋼鉄の扉を開いた瞬間ゾクリとした寒気が体を突き抜けた。
モンスター等がその存在が人外であると証明する為(だと俺は教わった)に発する妖気である。
だが、今感じるのは唯の妖気ではなく何処か異質の色を秘めている様に思え、どういう訳か妙にそれが癇に障る。
(気持ちが悪い...いや、これは.....憎悪...?)
全身に纏わり付く不快な妖気を浴びていると、不意にある男の姿が脳裏を過った。
真っ暗な列車の通路に佇み薄ら笑いを浮かべ、黒いコートを着た灰色の髪を生やした。ある意味俺を殺し、紗季をも殺そうとしてオレの返り討ちに遭った名も知らぬ妖怪のあの姿が。
今感じる妖気とその夜感じたそれとが非常に似ていることに気がつくと俺の心中で強い敵愾心が燃え上がった。
シラギ先輩が何かを聞いてきたので初めはしっかりと答えたが後半は半ば無意識的だった。
何かが海面下を突き進み、この船に衝突する。
激しい揺れを感じながらも静かに引き上げて行くそれを目で追って澄み渡った青い海を見渡すと、戦艦から約1000m程の海上にイカの様な生き物が蠢いていて、その外套膜の上にちょこんと座っている黒髪、白肌の可愛らしい少女の姿を捉えた。
「見つけた...」
口が勝手に動いてそう呟く。
頭がボーッとしてきて、日光を浴びてキラキラと輝く金色の前髪が視界に垂れてくるが、それすらも額縁の絵を眺めている様に客観的に受け取っていた。
「確かに女の子だ...あいつじゃ無い。でもこの気配、不愉快だな...」
「ミズカミ君?どうしーー」
隣で騒ぐアルフォンスさんが目障りだったが、一瞥すると気圧された様子で引き下がった。
「すみませんシラギ先輩...あの巨大イカの頭に座ってる女の子、オレに殺らせて下さい」
無駄だろうと思いながらシラギ先輩に単独行動の許可を求めてみる。
「待て、独断専行はするな!」
肩を強く掴まれてギリギリと音がした。
予想通りだったが、彼の頭の中で構成された作戦に支障が出ることを防ぐため勝手な行動は許さない様だ。
どちらにせよ、既に心が決まっていたオレは掴まれた手を振り払うと、脚に力を籠めると一息に跳躍した。
キラキラと輝く海面を砲弾の様な速さで飛翔する。
オレの目に映るのは、帆船ならば一振りで船体を引きちぎられてしまいそうな触手を振り回す巨大イカではなく、その頭上にちょこんと腰掛けた少女だった。
ものの数秒でオレは目標まで到達し、イカの外套膜に左手をめり込ませた。
「・・・流石の私もこんな洋上で、しかもこの子の上で押し倒されるなんて思ってなかったわね」
オレはピンポイントで少女の元に飛来した為に、予期せず押し倒した様な状態になっていたのだ。
それを彼女は細く微笑みながら、何処か楽しんでいる様子でいる。
状況と場所のせいで、それがより一層不気味に見えた。
「お前は...妖怪か?」
「そうよ、アナタと同じ、ね。狐さん」
「・・・・」
微笑む彼女をオレはもう一度観察してみる。
艶やかな長い黒髪に陶磁器の様に白く、シミひとつない肌。
穏やかそうな目と形のいい鼻に血色の良い唇が揃った可憐な顔。
小柄な体から伸びるややほっそりとした四肢。
そしてオレたちにとってみれば懐かしい、故郷の町娘が着ていそうな小袖。
外観だけで年齢を判断するならば十五~六歳といったところだろう。
「なぁに?どうかしたのかしら?」
「あの船団を、何故襲った」
「え?」
彼女は質問するオレを不思議そうな目で見つめた。
「人間を襲って何がいけないのかしら?...それともアナタが楽しんでいた所に私が横槍を入れたから怒こってるの?」
「・・・要件だけ言おう。今直ぐにここから立ち去れば死にはしないが、どうする」
「随分と自信家さんね。アナタ名前は?」
「水上 暦だ」
「水上...アナタ、もしかして水上大納言様の子孫かしら?」
楽しそうにしていた様子から一変して、急にヒンヤリとした空気が張り詰めた。
水上大納言。名を水上時定といい、オレの一族の先祖で、約千年前の人物だった。
「もしそうなら何だ?」
「その対応...やっぱりそうなのね。それでその姿ってことは...あの女狐の...ふふ」
突然笑ったかと思うと、オレは何に弾かれて空へと打ち上げられた。
下を見ると、オレが居た辺りで水しぶきが飛散していた。
どうやら何らかの方法で打ち上げられた水の玉に当たったらしい。
空中で姿勢を立て直し、上手く入水出来る様に調整しながら着水したが。不思議なことに柔らかな衝撃と共に足が踝のあたりまでが水に浸かったきり、それ以上は沈む気配がなかった。
原理はわからないが水に浮けるようだ。
「遅くなったわね。私は濡れ女の磯姫よ、狐さん。気が変わったからあの船たちは見逃してあげるわ。だから...」
いつの間にか少女もとい磯姫も水面に立っている。
イカの姿は無いが近くで渦潮が起こっていることから潜行したらしいと思われた。
「私と二人きりで遊びましょう」
「後に何人か来るが?」
「その心配は無いわ」
彼女は残忍な笑みを浮かべると同時に後方で大きな音が轟く。
振り返るとあの大イカが後方のシラギ先輩たちに襲いかかる瞬間だった。
「あの子がみーんな始末してくれるから」
暦の後を追って飛び立ったシラギたちは高速で飛行していた。
ネリシャはただ一人海面を走っているが、ほぼ同速である。
「目標位置変わらず、風は南より微風、波は1mだ。若干の欠員はあるが予定通り左右に展開し、獲物を叩け!」
「「「了解!」」」
シラギが指示を飛ばすと、あらかじめ指定されていたメンバーが左右に分かれて綺麗な編隊を組み、進んでいく。
「各員、No.3、剣抜け!」
掛け声と同時に鋭い音が鳴り響いて、それぞれから銀色に輝く二枚の刃が引き抜かれた。
「最大速力、俺たちは一気に駆け抜けてまず出ている触手を一人一本ずつ切り落ーー、編隊止まれ!」
シラギは姿勢を起こして急停止を命じた。
本人を含めた全員が急停止の強い衝撃に顔を歪める。
「目標が海中に潜った。高度を上げて奇襲に備えろ!」
「隊長!ネリシャさんが!」
「俺が回収に向かう、お前たちは早く上がれ!」
「了解!」
シラギは急降下してネリシャの元へ降りるとその腕を掴んで引き上げた。
「!?な、なんですか?」
「見ての通り敵が潜行した、奇襲回避の為に上空に上がる!」
驚く彼女に説明しながら急上昇する。
「いけません!悪魔は天にいる者を引きずり落とす存在です。高く上がれば上がる程あれの思う壺でーー」
悲鳴のようにネリシャが叫んだ瞬間、せり上がってきた巨大な触手の一本が二人を弾き飛ばした。
「くはっ!」
攻撃をモロに喰らったシラギは血飛沫を上げながら真っ逆さまに落下する。
「シラギさん!」
ネリシャは叫びながら必死に手を掴むと、抱きかかえて着水した。
「すまないな、世話になった」
直ぐに自分で浮かび上がった彼だが、頭を軽く切られたようで右半分が血で濡れている。
「あいつらは!」
シラギは自分の怪我は気にせず空を見上げると、大半は無事回避していたが、ポロポロと同じ様に墜落してくる者もいた。
「エルフ、お前は落ちてくる奴らを可能な限り回収してくれ。俺はこいつを叩く!」
「わかりました」
シラギは体を反転させると、急速で海中へ引き上げて行く触手群の内二本を切り倒した。
ネリシャも迅速に動いて二人までは回収したが、残る一人は間に合わず暗い海中へと沈んでいった。
「くそっ!クラーケン、やはり手強い」
シラギはチラリと後ろの船団を見ると、既に全艦影が小さくなったことをことを確認した。
「第一目標は達成か、だが第二目標の生存はかなり難しそうだな」
そう呟きながら彼は素早く剣を振って上空のメンバーに降下するように信号を送った。
空からも了解の信号が送られ、全員が降りてくる。
それぞれが緊張した顔で海面を見つめている。
クラーケンは海中にその姿をくらませたきりで、それがかえって恐怖心を膨らませているようだった。
「各員、それぞれ15mずつ間隔を開け、海抜50mまで上昇しろ」
シラギの支持にネリシャ以外の全員が指定された位置へ移動する。
「さて、海の悪魔とどう戦うか」
一人低空に残ったシラギの呟きが海面に反射してこだました。




