〜ならば行こう〜
「・・・治まったな。全員無事か?」
壁に手を添え衝撃に耐えていたシラギは静かに呟いた。
「なんとか」
「お兄ちゃんと同じく」
「平気ですよ」
それぞれが思い思いの場所で衝撃に耐えた暦たちはシラギに無事を伝えた。
「この振動といい、叫び声といい・・・」
「ああ、間違いなくモンスターの襲撃だろうな。この海は比較的に安全な筈だったんだが、どうもこの巨艦といい勝負な大物に当たったみたいだ」
「・・・大海の悪魔です」
ネリシャが船窓から海を眺めてそう言った。
「クラーケンか、それは大当たりだな。さて、上はどう動くか...」
招集を予期してか、シラギは髪をポニーテールに纏め、部屋の端に置いてあった大きめのケースから取り出した刃と鞘の中の刃を交換していく。
さらに同じケースから両手に収まる程の大きさで、滑らかなフォルムの装置を取り出すと背中に装着した。
一通りの準備が終わったのか、各装備の点検を行っていると電信管より女性の声が響いた。
『艦長より乗艦中のシラギ班に告ぐ、至急第一作戦会議室に集まってくれ。』
「...ご指名か、行って来る」
シラギは急ぎ足で部屋から出かけたが、寸前のところで振り返った。
「いや、ミズカミとエルフは着いてこい。クラーケン相手なら一人でも戦力が欲しい」
「え?私は?」
シラギは一瞬だけ目を赤して一瞥すると戸惑う紗季を椅子に座らせた。
「治療が得意なようだな、じゃあ一通りの決着が着いたら治療班に手を貸してやってくれ。俺に言われて来たと言えば何も言われない筈だ」
「で、でも」
「適材適所だ。戦いは俺たちの専門分野だ、お前は傷付いた奴らを癒してやってくれ」
「はい...」
シラギの言葉に紗季は渋々といった様子で居残りを了解する。
「時間が無い、急ぐぞ」
「わかりました」
シラギたちは颯爽と部屋から出て行ったが、暦だけは残って紗季に声をかけた。
「そういう訳だから、行って来るよ」
「うん、気をつけてねお兄ちゃん!」
無言だがニッコリと笑って紗季に答えた暦はシラギに続いた。
艦内は慌ただしい空気に包まれ、あちこちで鋼板の上を駆け回る音が響く。
そんな中でやけに静まり返った部屋が一室だけ存在した。
艦のほぼ中央の位置に存在する第一作戦会議室だ。
「シラギ班、よく集まってくれた」
部屋の奥の壇上に立ったディアナが真剣な面持ちでシラギ達十数人を迎え入れた。
「現在本艦はクラーケンと交戦中だ」
ディアナが宣告すると、鍛えられた精鋭達であるシラギ班のメンバーでも顔色を変えた者も数人いた。
ディアナはそんな 彼らを一瞥してから続ける。
「一応ガーデンに応援の艦隊は要請したが、戦況の良く無い今のままでは主力部隊が到達する前に本艦は沈むだろう。それだけも乗組員2900人が死ぬことになるが、本艦が沈んだ後に取り残された駆逐艦と輸送船団の乗組員、ガーデン志願生の合計約12000人の生存はまさに絶望的と言える」
「随分と回りくどい言い方をするようになったな、ディアナ」
ディアナは沈鬱な顔でサーベルの柄頭を小突きながら説明していると、シラギが突然話に割り込む。
ディアナは扉のすぐ右側に寄りかかっていたシラギを見つめるが、シラギは腕組みをしてディアナに告げる。
「あーだこーだ言わなくても俺の班の奴なら全員わかっている。俺たちにクラーケン目掛けて突っ込めと言いたいんだろう」
「・・・・。」
ディアナは何も答えないがシラギは気にせず話を続ける。
「それでクラーケンの意識が俺たちに向いている隙を突いて艦隊を安全な海域まで逃がす。その後、増援を引き連れてここまで戻って来たら俺たちを回収して砲撃戦で牽制しつつ退散する。作戦の大体の内容はそういったものだろう、違うか?」
「・・・敵わんな、シラギ討伐部隊長。その通りだよ」
「もし嫌だと言ったら?」
「なに?」
ディアナはシラギに睨みを効かせるが、シラギは落ち着いている。
「これは命令だ」
「俺に命令できるのは高等兵団長グレイ・フォックスだけだ。そのことを忘れたか?」
「この艦の上では私の言うことは絶対だ!」
サーベルの石突きを強く床に突く音を響かせながらディアナは怒鳴った。
「私だってわかっている!五百人を超えるガーデンの大部隊でも仕留められなかった奴を相手にたったの十数人でどうこうできることなど何も無いとな。だが14000の命を守る為には必要な犠牲だ!」
「・・・本当にこの自殺行為がお前の考えうる最善策か?俺は無駄死にはするのもさせるのも好きじゃない。そのことはお前も知っている筈だ。それに、お前自慢のこの艦の装甲は耐久力調査の結果では50cm砲で撃たれても平気だった。いくらクラーケンといえこの装甲には苦戦する筈だ。」
「...今の私は冷静では無い」
ディアナは力無く項垂れると小さな声で絞り出すように言った。
「艦橋からクラーケンを見たとき、その頭上に一人の女の子が座っているのが見えた。本来は指揮官である私が弱音を吐く訳にはいかないのだが...あれを見た瞬間....本能が逃げろと言ったんだ。まるで捕食者に睨まれた獲物のようにな」
ディアナは握り締めた拳を睨みながら声を絞り出している。
「今までも何度か死線をくぐり抜けてきた。だが、あいつと戦うのは...丸腰でモンスターと遭遇した時よりも死を身近に感じたんだ」
「つまりはびびったから適当な捨て駒を置いて逃げようとした訳だ。俺は乗り気じゃないが...お前達に問おう、この作戦、やるか、やらないか?」
シラギは視線をディアナから自分の班員達に移す。
「俺も、シラギさんと同じです」
「自分も」
「私もよ」
「俺もだ」
「俺だって」
「...俺はこの作戦、やってもいいと思う」
「右に同じく」
「俺もだな」
殆どがシラギに同意する中、数人は反対した。
「理由を聞こう」
「確かに俺たちは死にに行くようなものですが、それで多くの命が救えるなら俺はやります。お前らもだろ?」
「ああ」
「そうだ」
シラギは彼らの意見を黙って聞き、静かに頷いた。
「ミズカミ、エルフ、お前らはどうだ?」
「俺はその人たちに賛成です。この艦には紗季も乗ってるので、もしシラギ先輩に駄目だと言われても行きます」
「私もコヨミさんと同意見ですね。エルフたるもの命は見捨てられません」
「そうか、ではディアナ。もう一度聞こう、この作戦は今のお前が考えうる最善策か?」
「すまないが、そうだ」
「そうか、ならわかった」
ディアナが小さな声でそう言うとシラギはあっさりと頷いた。
「14000の命の為、俺たちは死地に行こう」




