〜大海の悪魔〜
気づけばPV1851、ユニーク711になっていました。
読者の皆様方、ご拝読いただき誠にありがとうございます。
巨大な主砲を乗せた戦艦を先頭に三隻の大型輸送船団が船体を黒く輝かせながら荒波を突っ切り遠くにボンヤリと浮かぶ島に向かって走っていた。
周りには5隻の駆逐艦が海中の警戒に忙しなく海を駆け巡っている。
その島は白で統一された城や砦のような、風格のある巨大な建物が数多にそびえ立ち、島そのものが一つの要塞のような佇まいであった。
そんなガーデンを戦艦の高い艦橋から見つめる、本来そこに立つにしてはまだ若い青年がいた。
「ディアナ艦長、ガーデンが視認可能な距離となりました。お疲れ様でした」
「まだ気を抜くな馬鹿者。この海域でもごく稀 にモンスターは現れるのだからな」
艦長と呼ばれた彼女は『艦長』と呼ばれるにしてはあまりに若く、そして無骨な戦艦の艦橋には似つかわしくない、澄んだ紫の髪と瞳を持った美しい女性だった。
「はっ失礼致しましたっ!」
叱咤された青年はピシッと背筋を伸ばしてガーデン式の敬礼をする。
「レーダー班、何か異常は?」
「ありません!」
「機関の調子はどうだ」
「全タービン異常なし!スクリュー、4軸ともに動作良好です」
「うむ、ならいい」
そうは言いつつもどこか落ち着かない様子のディアナに面々が疑問を感じた 。
「艦長、落ち着きなく如何されたのですか?何か気になる点でも?」
「海が....静かなんだよ」
「へ?」
窓越しの海を眺めるディアナが突然そんなことを言い出したので、彼は思わず気の無い声が出てしまった。
「あの...失礼ですが、海が荒れていないのは良いことだと思われますが?」
青年は戸惑いながらそう言うがディアナはそれを聞き流してひたすら海を眺め続けた。
「静か過ぎる海は...不吉だ」
ディアナが独り言のように呟いた瞬間、通信士が声を上げた 。
「哨戒の駆逐艦より入電っ!北西より高速で接近する物体をソナーが感知した模様です」
「やはりな、黒だった。速度は?」
「駆逐艦からの情報によりますと、物体は42ノットで接近中。スクリュー音は無いとのことです」
通信士は額にあぶら汗を浮かべてディアナを見た。
(やはりか...)
ディアナは胸中で嫌な予感が当たってしまったなと思いながらも顔には出さず、指揮をとった。
「全駆逐艦へ告げ、直ちに魚雷戦用意。各艦で目標を察知し次第発射開始せよ!」
「了解!各艦に告ぐ、至急魚雷戦よう...」
ブオオオオォォォォォォォォォン・・・......
不気味で、何か強大なものが迫っていることを告げる様な音が艦内に響き渡った。
こんな高い位置にある艦橋まで届いたのだ。恐らくは疾走する全艦艇が今の悪魔の声を聞いたことだろう。
「ん?今何か...」
望遠鏡を覗いていた一人の観測士が不意に何かが海面から顔を出していることに気がついた。
だが、彼がその事を告げようとした瞬間に事は起こった。
まず艦隊の中で一番北西を走る駆逐艦が、次はその左手前を走る駆逐艦の計2隻が不自然に揺らいだのだ。
「駆逐艦より入電!敵の攻撃が船体中央部に2発命中。せ、船体を貫通されたとのことです!もう1隻は艦尾を破損。機関部をやられて航行不可能な上に浸水が激しいとのことです」
「「「「何⁉︎」」」」
艦橋内にいた全員が驚愕の表情を浮かべる。
それと同時に最初に攻撃を受けた方の駆逐艦が中央部で爆発。そのまま沈没していった。
「く、駆逐艦1隻轟沈。敵は姿を眩ましました」
「くそっソナーで探せ!」
「駆逐艦は爆沈しましたから、あの付近はしばらく探知不能でしょう」
「もう1隻は完全に沈黙しています!」
乗組員がそれぞれ慌てる中、ディアナは静かに電信管と通信機の両方に語りかけた。
「旗艦艦長、ディアナより攻撃可能な全駆逐艦及び本艦に告ぐ。総員戦闘配置、直ちに砲雷撃戦用意せよ」
ディアナの発言に艦橋内はどよめいた
「ディアナ艦長!あの化け物と戦う気ですか⁉︎」
「そうだユリウス副艦長」
「む、無茶です!駆逐艦を一瞬で沈めるような相手ですよ⁉︎ここは退避した方が懸命です!」
最初にガーデンを見ていた青年が慌てた様子でディアナに抗議した。
そんな彼を見ながらディアナは細く笑みながら肩を叩いた。
「本艦は戦艦だぞ?駆逐艦ごときとは装甲の厚さがまず違う。それに、確かに退避した方が懸命ではあるだろう。が、最大戦速26ノットのこの艦で、しかもさらに鈍足な輸送船まで連れている我が艦隊が奴から逃げ切れるとでも思ったのかい?」
「しかし、それでも...」
ディアナは今だに煮え切らない様子の青年に微笑みかけた。
「なに、ガーデンはもう目視できているんだ。いざとなれば泳いで行けるさ、まあ半日以上泳ぎ続けられる体力と奴の追撃に遭わない強運があればの話だがね」
ユリウスはしばらく沈鬱な顔で項垂れていたがまた顔を上げた。
「そ、そうだ!今からガーデンに救援を求めればきっと...」
「巡回している巡洋艦等を呼んでも奴相手では雀の涙だろう。それに救援を求め、戦艦の出航準備や足の遅さ、連絡の時間も含めて考えれば増援が辿り着く前にこちらの決着は決定的なものになっているだろうな」
「駆逐艦より入電!敵の全体像が判明したもようです。....ひぃ!か、艦長....くら、クラーケンです!」
「なっ...」
これには流石のディアナも表情が硬くなった。
「深海に住まう太古の番人にして大海の悪魔か、厄介なのに出会ったな...」
ディアナはその白く美しい眉間に皺を寄せてどうすべきか悩んだ。
(ヤバそうな相手だとは思ったがまさかクラーケンとはなぁ...これは本当に救援を呼ばないとまずいかもしれんな)
唸る彼女の頭に不意に妙なことが過った。
(・・・待てよ?クラーケンは深海に住まう太古の番人だ。戦艦が自在に走れるだけの深度はあるが、奴にしてみればこの海域も十分に浅瀬であろう。なら何故...)
そこまで考えた時、戦艦が大きく振動した。
「敵、本艦の直下です!」
「や、やられたぁ!」
悲痛な叫びと絶望が艦橋を支配した。
ただ一人、ディアナを除いて。
「静かにしろ!!」
ディアナの声とサーベルの鞘で鋼鉄の床を突いた音が艦橋内を静まり返らせた。
「か、艦長?」
「各部、被害状況を報告せよ」
『火薬、弾薬庫共に被害なしっ!』
『水圧機室、被害なしっ!』
『...全主機機械室、被害なしっ!』
『全主砲塔、異常無し』
「うむ、ご苦労。では第一艦橋内全乗組員に告ぐ」
ディアナの声に全員が顔を向けた。
「第二艦橋の乗組員と人員交代だ。貴様らは目障りだからここから出て行け」
「「「「・・・・・は?」」」」
全員が文字通り目と口を丸くする。
「い、今何と?」
「聞こえんかったかな?私は出て行けと命令したんだ」
ディアナは今度は凄味のある声で言った。
それと同時に第一艦橋と通路を繋ぐドアが開いてメガネをかけた男性が現れた。
「と、言う訳なので...呼ばれて飛び出て元第二艦橋組です」
彼に続いてゾロゾロとドアから人が溢れて、合計すると12人が集まった。
「さあ異動ですよ、現第二艦橋組さん」
「ま、待ってださい!管理委員の判断もなく異動など規則に反して...」
「ああ、言っときますが」
メガネの男はクイッとメガネを上げると爽やかな笑顔で言った。
「会敵中は艦長の言うことが絶対です」
「さーどこ〜、あたしらの邪魔だよ〜」
「ま、待てぇぇぇぇ...」
元第一艦橋組が引きずられて艦橋内から放り出されると、メガネの男はさっさと内側から鍵を閉めた。
「ふぅ...相変わらず管理委員の老害共が寄越す若いのはどうも腑抜けな未熟者ばかりだ。しかも根っから腐った輩はよこさんから毎度 の処分に困る分余計にたちが悪い。奴らは私の艦を沈めたいのか?」
「いえ、寧ろ過大評価してるんじゃないですかね。彼らを見ても反抗的な態度もなく、艦長のことも上司として慕っていた様でしたし」
「艦長さ〜、あの子ら追い出したのも本当に邪魔だったからでしょ〜?」
「どうだろうな...それより早く持ち場につけ!お前たちは艦橋に空きがないから上の防空指揮所に放り出すぞ!」
ディアナの厳しい声に各員がテキパキと持ち場につくと背筋を伸ばす。
そしてメガネの男はディアナの横に立つと真面目な顔でディアナに宣言をした。
「自分、ライト・セミャルック以下元第二艦橋担当員はこの度第一艦橋にてディアナ・アーケイン艦長の指揮の元全身全霊を尽くし、戦い抜く所存でありますっ!」
「では時間が無い、早速取り掛かってくれ。まずはシエラ通信兵各艦艇の現在状況確認を急いでくれ」
「は〜い、了解だよ〜」
「ノエル観測兵は敵影を追ってくれ、奴め賢くて艦の真下に潜るようだ。が、本当に賢いなら今しばらくは敢えて艦隊を外れる筈だ、海面をしっかりと観察しろ」
「了解した」
「さて後は...」
ディアナは電信管の一つに語りかけた。
「ディアナだ。アレックス砲術長そちらはどうなっている」
『とっくに準備できてる。指示次第でいつでも撃てるぞ』
電信管からは野太く、ぶっきらぼうな声が返ってきた。
『......今日はやけに遅かったな、珍しい』
「すまないな。どうもああゆう子たちには厳しくできん、だが今はもう片付いた。して、今回の使用弾頭は?」
『海洋モンスター用カノン砲弾だ』
アレックスの言う砲弾名はディアナにとって聞き覚えのない弾だった。
「聞いたことがない弾だな。輸入品か?」
『いや、エルメス局長の《自信作》だそうだ』
「何て不吉なものを積んでいるんだ私の艦は...」
『実射実験はしたらしいが...正直こんなものを50発の弾薬室に置いときたくない』
「艦長、お話中失礼ですが敵影発見です。右弦艦首方向から来ます。接触までは20...いや、15か?ですが駆逐艦の魚雷も的確に走っています」
「最大戦速、取り舵いっぱい!横を掠めさせて回避するんだ!」
「9...8...7...」
艦はようやく舵が効き、予想進路からそれ始めた。
「5...4...3」
慎重な口調でノエルが双眼鏡を片手にカウントを続ける。
「...2...1...接触、今!」
ノエルが叫ぶと同時に、再び強い衝撃が艦を揺さぶった。
「っ!...各部、被害を報告せよ」
『火薬、弾薬庫共に被害ありませんっ!』
『全水圧機室異常なしっ!』
『第四主機機械室、火災っ!伴って四番スクリューが停止しました!』
「消火作業を急げ!」
『了解っ!』
各部からの報告が終わり、ディアナが海に視線を戻すと見計らったかのタイミングで3本の水柱が空高く上がった。
「魚雷命中!」
「よし、現在の速度を報告せよ!」
「20ノット可能!」
「敵、海中より姿を現します!」
ハッとして外を見据えると高い水柱をさらに押し上げるかのようにしてその巨体が海上に姿を現した。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
姿を現したクラーケンは超高音の雄叫び発して艦橋に嵌められた分厚い防弾ガラスにまでヒビを走らせる。
「ん?...何か変だ?」
ライトが眼鏡のズレを直してクラーケンを見た時そんな疑問を上げ、ディアナもそれに同意する。
「ああ、あいつ、触手が三本も千切られているのに全く怒り狂っている様子が無い」
その言葉に全員がそういえばと思った。
健全な触手はゆらゆらと海上で揺らし、被雷した3本はゼンマイの様に巻いている。
だがそれだけで、クラーケンからは憤怒の気配は微塵も感じられなかった。
「おい、あれを見ろ!」
そのうち誰かがそう叫んだ。
「クラーケンの上に...女の子が居るぞ」
クラーケンの頭の上で微笑みながら静かに座る一人の少女を指差しながら。
--------------------------M.Gメモ-----------------------
クラーケンとは?
光も届かない様な深く、暗い海の底に棲むイカに似た姿のモンスター。
古くより船乗りたちからは悪魔として恐れられていた。
恐怖故に神格化されたところもあり、その実態は邪神であったり深海の帝王であったり幽霊船船長のペットであったりと様々な仮説が説かれており、正確なものは現在も解っていない。
また、クラーケンは稀に海岸線の大都市を襲撃することがあり、その度にガーデンへ討伐の依頼がやって来るがその強大な力の前にはガーデンの猛者たちでも敵わず、毎度部隊は壊滅又は全滅といった痛手受けている。




