9. 盾(護衛)と矛(討伐)①
宮廷魔導局は、魔導士のエリートだけが所属できる組織で、三つの部隊で構成されている。
第一部隊は、一級品の魔導具開発やインフラ整備を担う技術部隊で、隊員の九割が女性。
第二部隊は、王族や貴族など要人の警護を担当し、貴族出身者で編成されている。
そして第三部隊は、魔獣討伐を主な任務とし、隊員のほとんどが平民出身の男性だ。
第一部隊とは魔導具や装備の開発などで仕事上の関わりがあるものの、第二部隊と第三部隊が顔を合わせる機会はほとんどない。
ただし、宮廷内の食堂など、共用の施設を利用することはある。
そして、そういう場所で顔を合わせると、決まって起こるのが、第二部隊による、第三部隊への嫌がらせだ。
第二部隊は、貴族出身者で編成されている。
そのため昔から、平民出身者ばかりの第三部隊を見下し、日頃の鬱憤を晴らすかのように絡んでくる者がいるのだ。
しかし、宮廷魔導士は本来、身分に関係なく全部隊が対等な立場にある。
一部の隊員による嫌がらせを放置すれば、部隊間の関係が悪化し、組織全体の均衡が崩れかねない。
そこで、いつからかある行事が設けられた。
それが、年に一度開催される、第二部隊と第三部隊の“交流戦”だ。
第三部隊は、日々魔獣と命懸けで戦っている実戦部隊で、その実力は、三部隊の中でも群を抜いている。
交流戦では、そんな第三部隊と第二部隊が正面からぶつかり合う。
そこで第三部隊が圧倒的な実力を見せつけることで、第二部隊に「自分たちのほうが上だ」などという思い上がりを抱かせない…という裏テーマがある。
…少々荒っぽい方法ではあるが、これが意外と効果的なのだ。
——そして、今年も交流戦の季節がやってきた。
交流戦は、各部隊から選抜された代表者五名による一騎打ちで行われる。
代表に選ばれるのは、入隊してから八年から十五年目の、いわゆる中堅どころの隊員がほとんどだ。
ところが、今年の第三部隊の代表者には、異例の人選があった。配属されて一年にも満たないグレンが、代表の五人に選ばれたのだ。
私は、選抜メンバーにグレンが選ばれたことに驚いた。
しかし、当のグレンはというと、いつの間に打ち解けたのか、第三部隊の皆から温かなエールを送られている。
「グレン、絶対勝てよ!」
「第三部隊の実力を見せつけてこい!」
「イケメン具合でも勝ってるぜ!」
そんな声が飛び交う中、特に熱の入った応援を送っているのが、新人のキャメルくんだった。
「さすが、グレン先輩!漢ですっ!」
そう言って、キラキラと瞳を輝かせている。
いつの間にか、すっかり仲良くなっている。
私はそんな二人を眺めながら、なんだか不思議な気持ちになった。
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交流戦当日は、青い空が眩しく感じるほど、晴れ渡っていた。
交流戦には国王陛下や第一王子もいらっしゃる。いわゆる“御前試合”だ。
そんな大切な試合に一年目の新人であるグレンが選ばれたのだ。私はふとグレンのことが心配になった。そこで、試合前にグレンを激励しようと、出場者たちが最終調整を行う訓練場へ向かうことにした。
すると突然、背後から名前を呼ばれた。
「エレノアちゃんだ!こんなところで会えるなんて、ラッキー!」
振り返ると、そこには褐色の短髪をした男が立っていた。深紅のローブを纏っていることから、第二部隊の隊員だろう。
いかにも軽薄そうな笑みを浮かべながら、私を上から下まで眺めている。
「今日も可愛いね~。あんな平民ばかりの第三部隊に配属されて、可哀想だなって、ずっと思ってたんだよね」
…何を言っているのだろう、この人は。
私は呆れて言葉が出なかった。
それを、どう勘違いしたのか、彼はさらに距離を詰めてきた。
「可哀想に。言葉が出ないくらい辛かったんだね。大丈夫。俺と結婚すれば、もうそんな苦労をする必要なんてないよ。貴族の俺が、エレノアちゃんを幸せにしてあげる」
「いえ、結構です」
あまりにも自分勝手な言い分に、反射的に拒絶の言葉が口から飛び出していた。
——しまった。
恐らく、相手は先輩だろう。それに、他の部隊の人でもある。できるだけ角が立たないように、この場を切り抜けたいのに。
どうしよう…。
私が内心で焦っていると、男はまったく気にした様子もなく、突然、何かを思いついたようにパチンと指を鳴らした。
「そうだ!いいこと考えた!今日は君を苦しめている第三部隊の連中を、俺がコテンパンにしてあげるよ!」
誰が、いつ、第三部隊の皆さんに苦しめられたというのだろう。むしろ、私が困っているときはいつも助けてくれる、大切な仲間たちだ。
その男は、さらに得意げに胸を張った。
「よし!俺が勝ったら、豊穣祭でデートしようよ!」
…もう、全く意味がわからない。私は、何と答えていいか分からず、黙ってしまった。
すると、突然、背後からグレンの声がしたかと思うと、そのままぎゅっと抱きしめられた。
「…エレノア」
「グレン!」
「探した」
「ご、ごめんなさい!今、行こうと思って…」
私の言葉を遮るように、突然、第二部隊の男が声を荒げた。
「おいっ!お前、誰だよ!俺のエレノアちゃんに、気安く触るなよ」
その言葉に、グレンの動きがぴたりと止まった。
初めて、そこに男がいることに気づいたかのように、ゆっくりと視線を向ける。
私を後ろから抱きしめたまま、耳元で呟く。
「俺の…?」
「そうだよ!俺は、その子と結婚するんだ!今は豊穣祭のデートの話をしてたんだ。邪魔をするな」
「結婚…?」
その瞬間、周囲の空気が一気に冷えた気がした。ぞくりと、背筋に冷たいものが走る。何だろう…。今、振り返ってはいけない気がする。
「エレノア」
グレンはただ、私の名前を呼んだだけだった。けれど、長年の付き合いから分かる。これは「説明しろ」という無言の圧力が込められている。私は、グレンにだけ聞こえるよう、ヒソヒソと小声で訴えた。
「えっと、私も勝手に話を進められて困っていて…その…どうしよう?」
すると、状況を察したグレンが、ハァ…とため息をついた。
「すみませんが、エレノアは“俺の”です。諦めてください」
「…は?」
男が目を丸くする。
「…何言ってるんだ、お前?」
グレンは先ほど男が口にした言葉をなぞるように、わざと「俺の」という部分を強調した。
余程男の発言が気に入らなかったのだろう。
「それでも納得できないのでしたら…今日の交流戦で決着をつけましょう」
グレンが自ら争いを仕掛けるなんて初めてのことで、私は驚きを隠せなかった。
一方で、第二部隊の男は鼻を鳴らし、不敵な笑みを浮かべた。
「ふんっ。いいだろう!勝った方が、エレノアちゃんと豊穣祭でデートする。それでどうだ?」
「…え?」
思わず、私の口から間の抜けた声が漏れた。
ちょっと待って。どうしてそうなるの!?
「分かりました」
「…ふんっ!かっこつけていられるのも、今のうちだぞ」
そういうと、男は第二部隊のメンバーが集まる場所へと戻って行った。
男の姿が見えなくなった瞬間、私はグレンへ詰め寄った。
「ちょっと、グレン!?」
「俺が勝てば、問題ないだろ」
「いや、そういうことじゃなくて…」
さらに言葉を続けようとした、そのときだった。
「聞いちゃった~♪見ちゃった~♪」
「えっ!?」
振り返ると、そこにはシルバーたち第三部隊のメンバーがいた。
しかも、なぜか全員、恋する乙女のように、きゅるんと瞳を輝かせている。
「“俺の”だってさ~」
「いいねぇ~!俺もそんなセリフ言ってみてぇ~!」
「グレン先輩…漢ですっ!」
グレンが呆れたように眉をひそめる。
すると、シルバー先輩がグレンの肩をがっしりと掴んだ。
「いや~、まさかグレンがあんなこと言うとはなぁ!
よし、お前ら!今日はグレンに花を持たせてやろうぜ~!!」
「「「お~~~~~!」」」
私の気持ちをよそに、第三部隊の皆はすっかり盛り上がっていった。
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