10. 盾(護衛)と矛(討伐)②
『勝者っ!第三部隊ブラック!』
「「「「わあああああああああ!!!!」」」」
会場は一気に歓声に包まれた。初戦は、第三部隊の勝利だ。
そして次に登場するのは、シルバーだ。勢いづいている第三部隊のメンバーから声援が飛ぶ。
「シルバー先輩!頑張ってください!」
「ブラックに続けよ~!」
「第三部隊の実力見せつけてやれ~!!」
『続いて第二試合。第二部隊ラウル・シェパード 対 第三部隊シルバー!』
会場の中央へ進み出たラウルとシルバーが、向かい合う。一瞬の静寂の後、先に動いたのは第二部隊のラウルだった。
「ファイアー・ボール!」
シルバーの目の前に、無数の火炎玉が撃ち込まれる。しかし、シルバーは余裕な顔で、そのすべてを、難なく避けてみせた。そして、最後の火炎玉をひらりとかわすと、シルバーは余裕たっぷりに口笛を吹く。
「ひゅ~っ♪やるね~っ!」
シルバーの飄々とした態度に、ラウルの顔がみるみる険しくなっていく。
「…貴様」
怒りを露わにしたラウルは、両手に膨大な魔力を集め始めた。
「くそっ!平民が…調子に乗るなっ!——ファイアー・スピア!」
ラウルの手から、灼熱の炎をまとった槍が勢いよく放たれた。
先ほどの火炎玉とは比べものにならない。凄まじい勢いの炎の槍を前に、会場から息を呑む声が漏れる。
「おお。こりゃすげぇ」
当のシルバーは、相変わらず余裕の笑みを浮かべていた。腰に手を当て、悠然と立っている。動く気配すらない。
次の瞬間、炎の槍がシルバーを包んだ。
「馬鹿めっ!燃やし尽くしてやるっ」
ラウルは勝利を確信し、口元を歪めて笑った。
——しかし。
「なっ、なんだと…」
ラウルは、目の前の光景が信じられないのか、両目を見開いた。
先ほどまでシルバーを包んでいた炎が、一瞬にして消えてしまったのだ。
第二部隊メンバーと観客たちが、呆然としている。
一方、第三部隊のメンバーはというと…。
「…まあ、そうなるよな」
「シルバー相手に火属性はなぁ」
皆、まるで結果が分かっていたかのように、したり顔を浮かべていた。
シルバーは、飄々とした様子で肩をすくめた。
「すまねぇな。俺も火属性なんだよ。
ついでに言うと、火を出したり消したりするのが、ちょっと人より得意でな…」
そして、にやりと笑う。
「アンタの火、いただいちまった」
シルバーの指先から、ラウルが放った炎が現れた。
「俺も攻撃的な方でね。今度は、こっちから行かせてもらうぜ」
そう言うと、鋭く踏み込み、一気に間合いを詰める。
炎をまとった拳が、ラウルの顔面めがけて勢いよく振り抜かれた。
「ファイアー・ブロー!」
ラウルの体が大きく吹き飛び、そのまま闘技場の床へ叩きつけられる。
ぴくりとも動かない。
『勝者っ!第三部隊、シルバー!』
シルバーは、片手を軽く掲げるとウィンクを飛ばしながら、第三部隊へ勝利を報告した。
その瞬間、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
「「「うおおおおおおおっ!!」」」
一方で、第二部隊の応援席は静まり返っていた。
誰もが、圧倒的な実力差を目の当たりにし、言葉を失っていた。
——ただ一人を除いては。
「ちっ。先輩たち、弱すぎっすよ。これじゃあ、第二部隊に所属する俺たちまで弱く見られるじゃないですか」
わざと周囲に聞こえるように声を張ったのは、褐色の短髪の青年だった。
——グレンと戦うことになった、あの男だ。
男は鼻で笑いながら、悠々と試合場へ歩み出る。
「ま、ここからは俺が流れを変えますよ」
そう言うと、第三部隊の応援席にいるグレンを真っ直ぐ指差した。
「俺の相手はお前だ。降りてこい」
グレンは表情一つ変えず、静かに立ち上がった。
そして、観客席の手すりへ片足を掛けると、軽々と試合場に飛び降りた。
そのまま男と向かい合う。
「あの相手、知ってますか?」
不意に、隣にいたキャメルくんが私に小声で話しかけてきた。
「ペーター・ドーベルマン。二十六歳、伯爵家の三男です。宮廷魔導士になって八年目になります」
そこで一度言葉を切ると、少し声を潜めた。
「ただ…素行に問題があるらしくて。つい最近まで辺境へ左遷されていたそうです」
「辺境に…?」
「はい…。第二部隊に所属していながら辺境へ左遷されるなんて、普通はありません。
よほど素行に問題があったんでしょうね」
キャメルくんの言葉に、私は不安を覚えた。
一体、どんな人物なのだろう。
そう考えていると…。
「はああああっ!」
気が付けば、すでに試合は始まっていた。
先に仕掛けたのは、ペーターだった。
どうやら彼は水魔法の使い手らしく、勢いよく次々と魔法を繰り出している。
対するグレンは、表情こそ涼しげなままだが、防戦に回っていた。
——おかしい。明らかにいつものグレンと戦い方が違う。
普段なら、相手の攻撃を受け流しながら、確実に反撃するはずなのに。
その違和感に、私は不安を覚えた。
その間にも、ペーターの攻撃は激しくなる一方だ。
——どうして、グレンは反撃しないの…?
私は無意識のうちに胸の前で両手を組み、祈るように握りしめていた。
「…あれは」
隣にいたシルバー先輩が、低い声で呟いた。
「アイツ…グレンに無効化の魔法を使っているな」
「え?無効化ですか?」
私の反対側に座っていたキャメルくんが、驚いたようにシルバー先輩に問いかけた。
「ああ。さっきから、グレンがアイツに向かって魔力を放とうとするたび、グレンの魔法が霧散している」
「…本当だ!気が付かなかった。でもどうやって…?」
「恐らく、服の中に無効化できる魔導具を隠しているんだろうな。グレンが防御のために放っている魔法はそのままだから、気づくのが遅れた」
「そんな…!それはルール違反じゃないですか!すぐに試合を中止するべきです!」
シルバー先輩とキャメルくんの会話を、私は黙って聞いていた。
そして、あることに気が付いた。
だから、二人を安心させるように、私はにっこりと笑って宣言した。
「多分、大丈夫です。この試合、グレンが勝ちます」
私はグレンへ視線を向けた。
試合場は、すでに水浸しになっていた。
ペーターの水魔法と、それをかわすためにグレンが放った魔法——二人の魔法が重なり、足元には大量の水が広がっている。
その光景を見て、私は確信した。グレンは、この状況を狙っていたのだ。
——そして、その時が来た。
グレンは懐から杖を取り出すと、試合場に広がった大量の水へ向けて魔力を放った。
「アイス・ウォール!」
次の瞬間、水溜まりが一瞬で凍りつき、巨大な氷の壁が地面からそびえ立った。
当然、ペーターの足元にも大量の水が広がっていた。
逃げる間もなく、氷の壁に突き上げられたペーターの身体は、そのまま場外へと跳ね飛ばされ、意識を失っていた。
全員が初めて見る氷魔法に、会場は静まり返った。
「こ、氷魔法…?」
誰かが呟いた。
その一言をきっかけに、静まり返っていた会場が一気にざわめき始める。
「初めて見た…」
「え?四大属性以外の魔法なんて存在したのか…?」
「あいつ、一体何者なんだ?!」
飛び交う観客の声をよそに、グレンは涼しげな表情のまま審判へ声をかけた。
「審判。判定を」
はっと我に返った審判は、慌てて手を高く掲げる。
『勝者っ!第三部隊、グレン!』
「「「「わあああああああああ!!!!」」」」
その審判の声に、会場は一気に歓声に包まれた。
私は、グレンの勝利にほっと胸を撫で下ろした。
ふとグレンへ視線を向ける。
すると、誰にも気づかれないほど僅かに柔らかな表情をこちらに向けたグレンと、目が合った。
その瞬間、胸が大きく跳ね、頬がじわじわと熱を持っていくのを感じた。私は、皆に気づかれないよう、こっそりと手で頬を仰いだ。
——その後。
不正に使用した無効化の魔導具の存在が明らかとなり、ペーターの反則負けが確定した。
以前から素行の悪さは問題視されていたものの、それでも彼が宮廷魔導士でいられたのは、実力だけは認められていたからだ。
しかし、今回は不正まで働きながらグレンに敗北した。その一件で、彼の評価は完全に失墜。
結果的に、ペーターは宮廷魔導士の資格を剥奪された。
そして、それまで三男という立場を理由に甘やかし、どれほど問題を起こしても庇い続けていた生家の伯爵家も、王族が観覧する御前試合での不正に、今回ばかりは彼を庇いきれなかった。
遂に、ペーターは伯爵家からも除籍されたのだった。
ペーターはこの処遇に納得がいかず「ふざけるなっ」と暴れていたようだが、普段から態度が悪く同僚からも嫌われていたらしい。伯爵家という後ろ盾が無くなった今、その身一つで放逐されたそうだ。
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