8. 第三者目線
突然だが、俺の名は、シルバー。平民だから姓はない。
そんな俺が所属する第三部隊は、エレノアちゃんとウォーター隊長以外は全員平民だ。
そして、エレノアちゃんは、第三部隊初の女性隊員だった。
彼女が配属されることになり、女性用の制服を新たに仕立てることになったときは、それはもう大騒ぎだった。
彼女のご両親は、災竜ジャンを封印した英雄であり、俺たちの命の恩人だ。
「そんな英雄の娘に、変な服を着せるわけにはいかない!」そう言い出したのは、なぜか第三部隊の男たちだけではなかった。
第一部隊の女性隊員たちまで加わり、ああでもない、こうでもないと意見を出し合いながら、エレノアちゃんに似合う制服のデザインを全力で考え始めたのだ。
その結果、完成したのが——今、エレノアちゃんが身にまとっている制服である。
白いブラウスを基調に、若い女の子の好みに合うように、胸元には黒に近い濃紺のベストを重ねた。金糸の刺繍が施され、腰には細身のベルトが巻かれていた。
もちろん、手鏡など小物を入れるポシェット付きだ。
袖はゆったりとした作りになっているものの、手首に向かって細く絞られているため、魔法を扱う際の邪魔にはならない。ローブの内側から覗く白い袖口が、全体に清楚な印象を与えていた。
スカートは、紺色のプリーツミニスカートで、足元は黒いタイツとすっきりとしたミニブーツでまとめられている。
実戦部隊らしい機能性を備えながらも、女性らしい上品さを失わない。
それは、第三部隊初の女性隊員となったエレノアちゃんのためだけに仕立てられた、特別な制服だった。
そして、配属されてからというもの、エレノアちゃんはますます人気者になった。
なぜかって?
そりゃあ、仕事は丁寧だし、愛嬌もある。それに、休憩時間になると、平民出身の俺たちにまで笑顔でお茶を淹れてくれるんだ。
そんなの、好きにならない方がおかしいだろ~~~!
…というわけで、第三部隊の独身男たちは、俺も含めて、みんなエレノアちゃんに密かな憧れを抱いていた。
しかし、俺たちは平民だ。
お貴族様であるエレノアちゃんに、本気でアプローチできるはずもない。
俺たちはいつしか、恋心を憧れに昇華していた。
エレノアちゃんが笑顔でいてくれる。それだけで、俺たちは幸せだった。
…巷では、こういうのを「推し活」というらしい。
俺たちは、そんな平和な日々を過ごしていた。
…あの男が現れるまでは。
そう。グレンだ。
愛想はない。
だが、魔力量は桁違いだし、実力も申し分ない。
…しかも、悔しいことに顔までいい。
そんなグレンとエレノアちゃんが、二人きりで辺境へ魔獣討伐に行った。
それ以来、どうにも二人の間に甘い空気が流れることがある。
新人のキャメルなんて、そりゃあもう、相当落ち込んでやがった。
あいつはまだ、恋心を「憧れ」に昇華できていなかったからな。俺たちのような境地に至るには、まだまだ修行が足りない。少し心を鍛えてやらないと。
グレンが来た当初、アイツはエレノアちゃんの「婚約者」だという噂があった。
しかし、当然俺たちはその現実を受け入れられなかった。だから、あの二人の関係を、持てるすべての情報網を駆使して調べ上げた。
その結果…アイツは「元婚約者」だということが判明した。
とはいえ、悔しいことに二人の間に甘い雰囲気が流れているのも、また事実。
第三部隊内で、「どんな奴か見極めてやる!」と、連帯感が生まれるのに時間はかからなかった。
俺たちはさっそくグレンを「歓迎会」と称して酒場へ連れ出した。
狙いはもちろん、酒を飲ませて本性を暴くことだ。
「グレンって、お貴族様なんだろ?なんで第三部隊に配属されたんだ?」
ビールを数杯干したところで、同僚の一人が切り込んだ。
グレンは一瞬、話したく無さそうな顔をしたが、すぐに観念したように小さくため息をついた。
「…正確には元貴族です」
「なんだっ!ということは、今は俺たちと同じ平民ってことだな!」
俺はグレンの肩を組み、ガハハと笑った。
お貴族様じゃないなら、遠慮はいらない。
ここから、ガンガン飲ませてコイツの本性を暴いてやる。
「それで?どうして、俺たちと同じ平民になったんだ?」
「…好きな人と、どうしても結婚したかったからです」
「つまり、その子と結婚するために、エレノアちゃんと別れたってことか?」
その瞬間、和やかだった酒場の空気が一気に尖った。
エレノアちゃんを振るなんて…許せん!
俺たちの視線が、一斉にグレンへ突き刺さる。
「…いえ、振られたのは俺です」
「は?どう言う意味だよ!エレノアちゃんを振ったくせに、好きな子には振られたのか?」
酒も進み、俺たちはすっかりいい感じに酔っ払っていた。
そんな俺たちをよそに、グレンは少しだけ眉を寄せると、静かに言った。
「…いえ、俺はエレノアに婚約解消されたんです」
「「「「…………」」」」
いや、わけが分からねぇ!
どう見ても、エレノアちゃんはグレンのことが好きだろ?
——その場にいた全員の頭の中に、巨大な「?」が浮かんだ。
そういや、コイツ普段から口数少ないよな。口下手なのか…?なんて考えていると、背後から穏やかな声が聞こえてきた。
「グレンさんは、隣国へ留学中に、エレノアさんのご両親が亡くなったことで、婚約を勝手に解消されていたんです」
そこには、「遅くなりました」と微笑みながら片手を上げるウォーター隊長がいた。
「しかも、すでにグレンさんには、勝手に新しい婚約者が決まっていたそうです。それでも、グレンさんはどうしてもエレノアさんと結婚したかった。だから、貴族としての地位を捨てて、ご実家を出られたんですよ」
俺たちは、揃ってグレンを見た。
…え?
つまり、この男。
エレノアちゃんと結婚するために、貴族の身分まで捨てたってことか?
すると、グレンがぽつりと呟いた。
「エレノアのいない未来なら、爵位なんて必要ありません」
男たちの間に沈黙が流れた。
そして誰からともなく、ぽん、とグレンの肩に手が置かれた。
「お前…合格!」
「エレノアちゃんを絶対幸せにしろよ」
「よし!兄弟の盃を交わすぞ!グレンにカンパーイ」
「ウォーター隊長にもカンパーイ」
俺たちは推しの幸せを願いながら、盃を酌み交わした。
ちなみに、キャメルに至っては感極まったのか、涙を流しながらグレンに抱きついていた。
「グレン先輩!漢ですっ!俺、一生ついていきますっ!グレン先輩~~~!」
「…離れろ」
「嫌です~~~!」
…こうして、俺たちの夜は更けていった。
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