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7. グレンの想い

俺は、子爵家の次男として生まれた。

幸いなことに魔力量が人より多かったため、ブルール伯爵家へ婿養子として迎えられることが決まっていた。


そのため、魔力の扱い方はブルール伯爵であるエレノアの父上に教わった。

エレノアは、両親のような立派な宮廷魔導士になることを夢見て、誰よりも真剣に修行へ打ち込んでいた。

だが、俺は違った。ただ、エレノアの隣に立てる男になりたかった。

それだけが俺の目標だった。



——エレノアが努力するから、俺も努力をする。


そんな狭い世界しか見えていない俺のことを、エレノアの父上である師匠はとっくに見抜いていたのだろう。

ある日、不意にこう切り出された。


「グレン。世界は広い。隣国は魔力研究の最先端だ。

そこで、エレノアのためではなく、お前自身の夢を見つけてきなさい」


初めは、エレノアの側を離れることが何よりも嫌だった。

それでも、尊敬する師匠であるブルール伯爵にそう言われては、拒否することなどできなかった。


こうして、俺は隣国に渡った。

隣国は、魔力研究の最先端と呼ばれるだけあって、毎日のように新しい発見に満ちていた。


そして、隣国は恋愛に寛容な国だった。

口下手な俺でさえ、好意を寄せられることは少なくなかった。

だが、俺の心には最初からエレノアしかいない。

誰からの誘いも丁重に断り、エレノアのもとに少しでも早く帰れるよう研究だけに没頭した。


そんなある日、魔導具の研究に情熱を注ぐ男と出会った。彼に誘われるまま研究を手伝ううちに、俺も次第にその面白さに惹かれていった。



そのことを師匠であるブルール伯爵に手紙で報告すると、研究内容についての質問が便箋五枚にもわたって綴られた返信が届いた。


エレノアにも研究のことと、師匠から質問攻めにあったことを手紙で伝えた。

すると、「お父様は、隣国へ行ったグレンのことをずっと気にかけていた」という返事が返ってきた。

師匠の便箋五枚に及ぶ質問も、きっと弟子の成長を誰よりも喜んでくれている証なのだろう。


そんな日々を送っていると、あるとき、一緒に研究をしていた男から、不思議そうな顔で話しかけられた。


「グレン。君は、男が好きなのかい?」

「…なぜ、そう思う?」


思わず聞き返すと、男は呆れたように肩をすくめる。


「君は見た目も悪くないし、女性から何度も誘われているだろう?

それなのに、一度も相手にしないじゃないか。

この前も、下着姿で君の寝室に押しかけてきた女の子を、水浸しにして追い返していただろう?」

「いや…。あれは、身体が熱いと言って部屋に入ってきたから、水をかけて冷やしてやっただけだ」

「…………」

「何か問題があるか?」

「いや…問題しかないと思うよ」


よく分からないが、恋愛に寛容なこの国では、俺はそういう風に見えるのか。



「俺には、婚約者がいる。他には興味がない」

「へぇ、一途だねぇ」


男は、口笛を吹いて感心したように笑うと、さらに興味深そうに尋ねてきた。


「その子のどこが好きなの?」


——エレノアの、好きなところ?そんなのすべてに決まっている。


だが、この答えではこの男は納得しないだろう。

俺は少し考え込み、エレノアを意識するようになった頃のことを話し始めた。


——俺たちの婚約が決まったのは、十二歳の頃だった。


当時の俺は、感情が爆発すると膨大な魔力が制御できなくなる危険があった。

そのため、幼い頃から感情を押し殺し、常に平静を装うよう教え込まれていた。


そんな俺が、宮廷魔導長官の娘であるエレノアの婚約者になった。

宮廷魔導長官の娘との婚約に、両親からは「必ず気に入られるように」と何度も言い聞かされていた。

だから俺は、エレノアの機嫌を損ねないよう細心の注意を払いながら接していた。

その頃の俺にとって、エレノアは「大切にすべき婚約者」であって、それ以上の感情はまだなかった。



そうして、婚約から一年経った頃、不意に彼女はこう切り出した。


「グレンは、自分の気持ちをもっと大切にすべきよ」

「自分の気持ち…?」

「そう。何が好きか、何をしていて楽しいか。私の顔色ばかりうかがっていたら、疲れちゃわない?」


その言葉に、俺は思わず息をのんだ。

幼い頃から、感情を押し殺すことに慣れきったせいで、両親にさえ「何を考えているのか分からない」と言われるようになっていた。

それなのに、エレノアだけは、俺の本心に気づいてくれた。


「ふふふ。今、驚いたでしょ?」

「…なぜ、分かる?」

「私はグレンの婚約者だもの。この一年ずっと側で見ていたから、分かるわ」


エレノアはそう言って、花がほころぶように笑った。そして、そっと優しく俺の手を包み込んだ。その手の温もりは今でもよく覚えている。


「だからね、もっと自分の気持ちを大事にしてほしいの。グレンが心から楽しいと思えるものを、見つけてほしいな。うん、一緒に見つけていきましょう」


そんなことを言われたのは、生まれて初めてだった。

胸の奥がじんわりと温かくなる。

あの頃の俺には、その感情が何なのか分からなかった。


けれど今なら分かる。

俺という人間を見て、俺の気持ちを受け止めてくれた。それが、どうしようもなく嬉しかったのだ。


——あの日から、エレノアは誰よりも大切な存在になった。



「…へぇ、そんなことがあったんだねぇ」


男は俺の話を聞き終えると、ニヤニヤしながら、保護用メガネをくいっと押し上げた。


「その子との結婚が楽しみだね」

「ああ」


エレノアと夫婦になった未来を思い浮かべる。

他愛のない話をしながら、隣でエレノアが笑っている。

ただそれだけで十分だった。

そんな何気ない日常を想像しただけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。


「…君って、そんな表情もできるんだね」


男は目を丸くしたあと、苦笑しながら肩をすくめる。


「こりゃ、誰にも靡かないわけだ」



——しかし、その幸せな未来が訪れることはなかった。


数カ月後、俺のもとへ一通の書類が届いた。

そこには、エレノア直筆の署名が入った婚約解消届があった。


俺の親からの手紙も同封されていたが、「婚約解消が決まった」としか書かれておらず、状況が理解できなかった。

すぐに一時帰国し、その足でブルール伯爵家へ向かった。

だが、そこで待っていたのは、受け入れがたい現実だった。

師匠はすでにこの世を去り、エレノアもまた、ブルール伯爵家を去った後だったのだ。


混乱したまま実家へ戻り、事情を尋ねても返ってきたのは冷たい言葉だけだった。


「二度とブルール家には関わるな」

「お前には、すでに新しい縁談が決まっている」


俺は、「エレノア以外と結婚する気はない」と両親に訴えたが、聞き入れてもらえなかった。


「結婚は貴族の義務だ」


その一言で、話は終わった。だから俺は、家を出ることにした。

エレノアのいない未来なら、爵位なんて必要なかった。



その後、エレノアが在籍する学園を訪れた際、偶然ウォーター隊長と再会した。そこで、エレノアが隊長の養子になったことを聞いた。

俺は、すぐにでもエレノアに会いに行こうとしたが、ウォーター隊長に止められた。


「今のエレノアさんは、頑なに心を閉ざしています。

今、グレンさんが会いに行っても、きっと良い結果にはならないでしょう」

「しかし…俺は…」


エレノアのことが心配なのに、焦る気持ちばかりが募り、上手く言葉にならない。

そんな俺を見て、ウォーター隊長は優しく微笑んだ。


「エレノアさんが、事実を受け入れ、現実に身を任せられるようになるまで待ちましょう。大丈夫です。その間は、私が必ず彼女を守ります」


その言葉に、俺は顔を上げた。


「だから、君は隣国へ戻りなさい。エレノアさんのお父上との約束を、果たしてきてください」


師匠との約束。


——世界は広い。隣国は魔力研究の最先端だ。そこで、自分のやりたいことを見つけておいで。


俺は拳を握りしめた。本当は、今すぐエレノアのそばにいたかった。

それでも、今はウォーター隊長の言葉を信じることにした。



——そうして三年後、俺はようやく自国へ戻ることができた。


今度こそ俺がエレノアの味方となり、守ってみせる。

そんな決意を胸に、俺はあの日ウォーター隊長の執務室で、ようやくエレノアとの再会を果たしたのだった。



"ここまでお読みいただきありがとうございました!


『続きが気になる!』『主人公頑張れ!』と思ってくださった方は、ページ下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆の励みになります!"


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