6.氷の魔法
日が沈み、魔獣の住処とされる地点に到着した。
「こんなに繁殖しているなんて…。これじゃあ、人里に降りてきても仕方ないね」
蝙蝠に似た魔獣のカマソッツの群れを見て、つい独り言がこぼれた。そこには、五百匹を超えるカマソッツがいた。飛び交うカマソッツに空は覆われ、月が不気味に輝いて見える。辺りは異様な光景に包まれていた。魔獣討伐に長けた手練れでも、この数を無傷で相手にするのはきついだろう。
それを、三年目の自分と新人のグレンで倒すことになるとは。
——しかし、やるしかない。
私は腹を括った。「作戦会議をしよう」とグレンに声をかけようとした、その瞬間だった。
「俺が先に行く。エレノアはサポートを頼む」
有無を言わせぬ口調でそう告げると、グレンは宮廷魔導士のローブをはためかせ、魔獣の群れへ一直線に駆け出した。
——こういうところは、昔と変わらない。
呆れながらもグレンの後を追おうとした、その瞬間だった。
グレンは懐から杖を取り出し、魔獣の群れへ向けて魔力を放った。
「アイス・スピア!」
ガラスのように澄んだ紺碧の氷の刃が、カマソッツたちを一撃で仕留めていく。
しかも、たった一度の攻撃で、百匹以上ものカマソッツをあっという間に殲滅していた。
「氷魔法‥?!どういうことっ?!」
私は、初めて目にする氷魔法に目を見開いた。
この世界には、火・水・風・土の四大属性しかないはずだ。
けれども、今は驚いている暇はない。私は、グレンの動きに集中することにした。そして、グレンが討ち漏らした魔獣へ狙いを定め、水魔法で確実にとどめを刺していく。
昔からグレンは、クールな見た目とは裏腹に、魔法は大雑把だった。
一方の私は、細かな制御を得意としており、グレンが討ち漏らした魔獣を仕留めるのは、いつも私の役目だった。
父の指導のもと、幼い頃から二人で修行を積んできた私たちは、言葉を交わさなくても息が合う。
グレンと並んで戦うことは、他の誰と組むよりもやりやすい。
それは、数年のブランクがあっても変わらなかった。
グレンが放った無数の氷刃が、魔獣を切り裂いていく。月の光で氷の欠片がキラキラと輝き、その光景は恐ろしいほど美しかった。
そして、気がつけば、残るは通常のカマソッツの五倍程ある、群れのボス一体のみ。ボスはこちらに向かって「キィィィ」と叫び、飛びかかってきた。
グレンは涼しげな表情のまま巨大な氷槍を放った。あまりにも巨大な氷槍は、素早いカマソッツでも避けることは不可能。ドーンというけたたましいと共に、一撃で仕留めた。
そして、杖を懐へ収めると、こちらへ歩み寄り、静かに口を開く。
「エレノア、怪我はないか?」
「あ、うん。大丈夫。それより…氷魔法なんて初めて見た」
「ああ、隣国で研究していたんだ」
グレンは、懐から杖を取り出すと、説明を続けた。
「魔導具を通して水魔法を放つと、氷になる」
「魔導具で…性質を変えているの?」
「まあ、そんなところだ。水魔法は、対人では優位に立ちやすいが、魔獣相手だと、そうでもないからな」
そう言って、私を見つめるグレンの眼差しが少しだけ優しくなった気がした。
——もしかして、私のために…?
そんな都合が良い考えが頭をよぎり、鼓動が早まる。
「私も使えるようになる…?」
「ああ」
「帰ったら使い方を教えてくれる?」
「もちろんだ」
そう言って、グレンは私の頭をぽんと優しく撫でた。
——三年前、全てを失ったと思っていた。
けれど、私が勝手にそう思っていただけだったのかもしれない。
彼の優しさは何ひとつ変わっていなかった。
それに気づいた瞬間、私の胸に温かい何かが満ちていくのを感じた。
今日まで、自分と同じような被害者を出さないため、必死に魔獣と戦ってきた。もう誰にも、大切な人を失う苦しみを味わってほしくなかった。
だからこそ、もっと強くなるために、今は自分の力を磨く時だと信じ、ひたすら鍛錬に励んできた。
——だけど、いつか…。
すべてを終えたそのときには、グレンの気持ちに応えることが許されるだろうか。
そんな想いが、静かに胸の中に芽生え始めていた。
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