2.叔父の憤り
「くそっ…!エレノアめっ!やってくれたなっ…!」
俺は、つい怒りを抑えきれず、部屋にあった花瓶を叩き落とした。
俺は、ブルール伯爵家の次男として生まれた。
ブルール伯爵家は、これまで数多くの宮廷魔導士を輩出してきた。
兄貴も膨大な魔力量に恵まれ、宮廷魔導士の頂点である宮廷魔導長官にまで上り詰めていた。
一方、俺は魔力量が人より少し多い程度で、宮廷魔導士にはなれなかった。
そのせいで、ブルール伯爵家を継ぐことは叶わず、男爵として苦汁を舐めてきた。
——しかし、やっと俺にもツキが回ってきた。
兄貴夫婦が死んだのだ。
俺は、すぐに大喜びでブルール伯爵家へ向かった。
この国では爵位を継げるのは男だけ。
つまり、ブルール伯爵家の血を引く正統な後継者は、俺だけなのだ。
これからは、俺がブルール伯爵家の当主になる。
この家にある物も、金も、名誉も…何もかも、俺のものだっ!
そう考えただけで、抑えきれない喜びが込み上げ、俺は全身を震わせながら大笑いした。
そんな俺が、当主になって最初に行ったことは、兄貴の娘であるエレノアの婚約解消だった。
何の力もない子爵家との婚姻を続けたところで、我が家にとっては何の利益もない。
それよりも、多くの支度金を出してくれる家へ嫁がせたほうが、我が家のためになる。
そう考え、さまざまな伝手を使って声をかけたところ、ヨーナル男爵に出会った。
奴は、すでに息子が二人おり、孫も五人いる、俺より年上の、でっぷりと太った男だった。
男爵は、以前からエレノアに目をつけていたらしい。
国内一とも言われる魔力量がどうとか、嬉しそうに語っていた。
だが、そんなことは俺にはどうでもよかった。
俺にとって重要なのは、男爵が「誰よりも高値でエレノアを買う」と言った事実だけだった。
——なのに。
エレノアが勝手に、除籍届を出した。ブルール伯爵家から出て平民になるという。
そして、あの娘は「これで、ヨーナル男爵のもとには嫁げない」と、すました顔で言ってのけたのだ。
初めは、怒りで頭が沸騰しそうになった。
「小娘が…っ!何を勝手に…!」と、怒りに任せ、酒瓶を叩き割った。
…だが、そのおかげで冷静になれた。
よくよく考えてみると、それも悪くないと思えてきたのだ。
あの娘が平民になれば、貴族である俺たちが何をしようと、文句など言えなくなる。
ならば、こっそり拉致して、ヨーナル男爵に売り払えばいい。
そうすれば、結局は俺の望んだ未来になると、にんまりとほくそ笑んだ。
——しかし。
それから数日後、あの娘が、宮廷魔導士の養子となり、男爵令嬢になったというのだ。
しかも、あろうことか我が家に代理人などというものまで寄越してきた。
「なんだ!お前たちっ…!」
「我々は、エレノア様の代理人の者です」
「代理人だと…っ?」
「はい。エレノア様のお母上の個人財産は、娘であるエレノア様に相続の権利がございます。本日は、こちらのリストにあるものを回収しにまいりました」
「ふざけるなっ!この家のものはすべて、俺のものだっ!」
すると、代理人を名乗る男は、呆れたような表情を浮かべ、ため息をついた。
「はあ…曲がりなりにもブルール伯爵家のご当主なら、相続については一度きちんと学ばれたほうがよろしいかと…」
「なんだとっ…!」
心底見下したかののような男の態度に、激しい怒りを覚え理性を失いそうになるほど、頭に血が上った。
「貴様ごとき、我がブルール伯爵家ならば、簡単に潰せるんだぞっ!」
「はあ…。私は、この国の法に基づいて職務を全うしているだけです。ご不満があるのでしたら、どうぞ、法務局にかけあってください」
そして、その男は俺には聞こえないほどの小声で呟いた。
「まあ、あなたにそのような能力があるとは思えませんが…」
その後は、俺の存在を無視して、リストをもとにあれもこれもと、次々に持ち出していった。
一番腹立たしかったのは、一目で高級品と分かる魔導具まで、エレノアの指示ですべて持っていかれたことだった。
エレノアの母親は宮廷魔導士で、さまざまな魔導具を開発していたらしい。
それらはどれも希少なものばかりで、屋敷に置いてあるだけでも、それなりの価値があった。
妻と娘のエリーは、その魔導具を友人たちに自慢できると大喜びしていた。
しかも、すでにお披露目のための招待状まで配っていたらしい。
その夜、高価な魔導具がすべて奪われたと知った二人は、「エレノアに恥をかかされた」と激昂していた。
さらに、どこからか噂を聞きつけたヨーナル男爵まで、「エレノアを渡せないなら、すでに払った金を返せ」と我が家に乗り込んできた。
こちらは伯爵家だ。
それにもかかわらず、たかが男爵風情のヨーナル男爵に、偉そうに詰め寄られた。その屈辱感と、一度手にした大金を手放さなければならない口惜しさで、怒りで頭がおかしくなりそうだった。
——それもこれも、すべて、エレノアのせいだ…。
「あの小娘めっ…。必ず報いを受けさせてやる…」
しかし、エレノアは、宮廷魔導士であるウォーター男爵の養女となっていた。
ウォーター男爵は部隊長を務める男だ。簡単に手を出せる相手ではない。
「本当に小生意気な娘だ…っ」
——けれども。
きっと今は、まだその時ではないだけだ。チャンスは必ず巡ってくる。
そうだ。俺がこうしてブルール伯爵家を手に入れたように。チャンスは必ずやってくるはずだ。
…ふん。何もできないのではない。
今は見逃してやるだけだ。
そう自分に言い聞かせながら、俺はどうにか怒りを鎮めた。
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