18.恋のライバル…?②
執務室には、すでに第一部隊と第二部隊の部隊長、そして事務長のアルカードが揃っていた。
アルカードは、髪を乱し、全身ずぶ濡れになった娘の姿を見るなり、血相を変えて駆け寄った。
「マリアンヌっ?!どうしたんだ?何があったっ?!」
「お父様っ…エレノア嬢が…。私っ、怖かった…」
マリアンヌ嬢はそう言うと、父親に縋りつき、泣き始めた。すると、ウォーター隊長がアルカードに厳しい視線を向けた。
「アルカード。お嬢さんに職場見学は、まだ早かったようですね」
普段は温厚なウォーター隊長が、厳しい表情を浮かべていることに何かを察したのか、アルカードの額に冷や汗が浮かび始めた。彼は動揺しながらも、ハンカチを取り出し、額の汗を拭いながら、おそるおそる尋ねた。
「あの…うちの娘が、何か粗相を…?」
すると、ウォーター隊長は指を二本立てた。
「問題は二つあります。ひとつ、許可されていないエリアで魔法を使用したこと。ふたつ、宮廷魔導士に対する冤罪です」
隊長はそこで一度言葉を切り、アルカードをまっすぐに見据えた。
「我々宮廷魔導士には、私利私欲のためにその力を行使した場合、いかなる理由があろうとも、その資格を剥奪されるという規定があります。お嬢さんは、その規定を逆手に取り、エレノアさんに魔法で攻撃されたと虚偽の申告をしてきたのです」
アルカードは、娘がそのような愚かな真似をするとは信じられなかったのだろう。額の汗を拭いながら、困惑した様子でマリアンヌ嬢に視線を向けた。
すると、マリアンヌ嬢は私を指さしながら声を張り上げた。
「嘘じゃないわっ!その娘が、私にグレン様との婚約を解消しなさいって脅してきたの。それを断ったら頭から水をかけてきたのよっ!」
「マリアンヌ…」
アルカードは、茫然とした表情で娘を見つめていた。
すると、第一部隊の部隊長が、全身ずぶ濡れのマリアンヌ嬢を上から下まで観察しながら、茶色のウェーブがかった長い髪をさらりとかき上げ、深いため息をついた。
「はあ…。お嬢ちゃん、よくも私たちの前で、そんな嘘がつけるわね」
「うっ、嘘じゃ…」
「お嬢ちゃんが今、全身に纏っているその水魔法は、明らかに質が悪いわ。こんな程度の魔力じゃ、到底、宮廷魔導士になんてなれない。そもそも、こんな粗末な魔力がエレノアちゃんのものであるはずがないでしょう?」
そして、彼女はアルカードにすいっと流し目を向けた。
「ウォーターは『職場見学にはまだ早い』なんて、優しい言葉で済ませていたけれど…。アルカード、こんな子が子爵家の跡取りだなんて…教育に失敗したわね」
「うっ…それは…」
アルカードは滝のような汗を流しながら、どうにか娘を守れないかと必死に言い訳を考えているようだった。
しかし、そんなアルカードの親心を無視するかのように、マリアンヌが叫んだ。
「なんなのよっ!さっきから偉そうにっ!あんたたちなんて、お父様の力で簡単に左遷できるんだからっ!お父様は、この宮廷魔導局で一番偉いのよっ!」
その瞬間、執務室内に重たい沈黙が落ちた。
——まさか、ここまで無知だったとは…。
事務長は、三人の部隊長と宮廷魔導長官の承認を得て任命される。
要するに、事務長は部隊長たちよりも上の立場ではなく、その部下という位置づけなのだ。
それにもかかわらず、マリアンヌ嬢は、まるで事務長が宮廷魔導局のトップであるかのような発言をしていた。
私はマリアンヌ嬢の発言に驚きのあまり、息をのんだ。
一方、アルカードは顔面蒼白になり、その場に崩れ落ちるように膝をつくと、地面に額をこすりつけて土下座した。
「誠に…誠に申し訳ございませんっ!私の教育不足により、皆様にご不快な思いをさせてしまい…っ。子どもの戯言として済ませていただくには、あまりにも虫が良すぎるとは存じますが…。何卒、何卒ご容赦ください…」
「え…お父様どうしたの?」
マリアンヌ嬢は、必死に頭を下げる父親の姿に困惑した様子で声をかけたが、アルカードは娘を厳しい目で見据え、低い声で言い放った。
「マリアンヌ、今は黙りなさい。これ以上、この場で発言することは許さない」
マリアンヌ嬢は、まだ納得がいかない様子だった。けれども、父親のただならぬ様子に気圧されたのか、ぎゅっとスカートを握りしめると、不貞腐れたように口を噤んだ。
そして、アルカードは私に向き直り、再び深々と頭を下げた。
「エレノア嬢、誠に申し訳ない。娘のせいで君にも不快な思いをさせたね」
「いえ…」
確かに、話が通じず困惑はしたものの、それ以上の実害があったわけではない。私としては、特に気にしていなかった。
すると、ウォーター隊長はにこやかな笑みを浮かべたまま、背筋が凍るような冷気を漂わせた。
「ああ、そうでした。アルカード…。お嬢さんは、私の部下であるグレンと婚約しているなどという妄想を抱いているようですね。私の部下を巻き込んでいる以上、これも見過ごすわけにはいきません。ご家庭で、しっかりと再教育なさってください」
「はい…。誠に申し訳ございません」
アルカードは立ち上がると、私たちにもう一度頭を下げた。そして、肩を落とし、びしょ濡れになった娘を連れて執務室を後にした。
——その後、宮廷魔導局であれほどの騒ぎを起こしたことで、マリアンヌ嬢の失態は貴族社会に広く知れ渡ることとなった。
再教育を施したものの、すでに十九歳という年齢だったこともあり、他家から婿養子を迎えることさえ難しくなったという。
結局、彼女は修道院へ送られたそうだが、最後まで反省することはなく、「どうして私がっ?」と不満を漏らしていたらしい。…どうやら、再教育の甲斐もなかったようだ。
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