16. 謎に包まれた任務
午後、ウォーター隊長の執務室に、シルバー先輩、グレン、そして私の三人が集められた。ウォーター隊長は私たちの顔を見渡すと、穏やかな口調で切り出した。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。
今回は少数精鋭で討伐に向かおうと考えています。
メンバーは、ここにいる三名と私を含めた四名です。よろしくお願いいたします」
一度言葉を区切ると、机の上に広げられた地図へ視線を落とした。
「目的地は、リーリエ村北西の山岳地帯です。
今回の任務には、部隊長以上しか知らされていない機密事項が含まれています。そのため、詳しい内容はお伝えできません」
ウォーター隊長は申し訳なさそうに微笑み、言葉を続けた。
「皆さんには通常どおり魔獣討伐を行っていただきます。その他については、私の指示に従ってください」
すると、シルバー先輩がにやりと笑った。
「俺たちは、隊長を信じてますから。余計なことは考えず、任務をしっかり遂行しますよ」
私とグレンも、同意するように頷いた。
ウォーター隊長は、安堵したように微笑みながら、私たち一人ひとりの顔を見つめた。
「皆さん、ありがとうございます。では、現地へ向かいましょう」
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「ではでは〜!転送を始めますよ〜。お気をつけて〜。ハイイイ〜」
ワープゲートの管理人さんの元気な声に見送られ、リーリエ村に到着した。
村は岩肌が剥き出しの山々に囲まれていた。その中心に簡素な作りの家が立ち並んでいる。人影こそないものの、家の中からこちらの様子を窺うような気配がする。
そして、ふと今から向かう予定の山岳地帯とは逆方向に視線を向けた私は、その光景に思わず息を呑んだ。
遠目からでもはっきりとわかるほど巨大な爪跡や、なにか巨大なものが強引に通り抜けたような生々しい痕跡が、山肌に刻まれていたのだ。
——まさか、この場所が父と母の…。
「隊長、ここは…」
思わず問いかけると、ウォーター隊長は一瞬だけ視線を伏せた。
「エレノアさん。思うところはあるかと思いますが、今はお答えできません。申し訳ありません」
「…そう、ですか」
隊長の表情から、何かを隠していることだけは伝わってくる。
けれど、それ以上を尋ねることはできなかった。
私は、胸の奥に広がる不安を押し殺し、目の前の惨状へと視線を戻した。
しばらく歩き、リーリエ村北西の山岳地帯へ到着すると、私は思わず足を止めた。
そこには、狼型、鳥型、巨大な獣型など、様々な種類の魔獣が無数にいた。肉眼では数えきれないほどの魔獣がひしめき合い、いまにも私たちに飛びかからんばかりの雰囲気で、舌なめずりをしている。
しかし、驚いたのは、その数だけではなかった。
本来なら縄張りを奪い合うはずの異なる種族の魔獣たちが共存していたのだ。魔獣が争うことなく同じ場所に集まっているなんて…。こんなの、ありえない。
目の前に広がる光景は、まるで地獄そのものだった。
これまで何度も魔獣討伐を経験し、魔獣との戦いにも慣れているつもりだった。それなのに、この光景を前に身体が勝手に震えていた。
隣では、ウォーター隊長が険しい表情で魔獣の群れを見つめている。
すると、そんな隊長の横顔に視線を向けたシルバー先輩が、飄々とした態度で口を開いた。
「…まあ、まずは予定どおり片付けちまいますか?」
「え、ええ…。そうですね。魔獣討伐はお三方にお任せしても大丈夫でしょうか?」
シルバー先輩は、にやりと笑った。
「任されました」
そして、グレンと私に向かって、いつもの飄々とした口調で言った。
「んじゃあ、俺はここの三分の一をやる。お前らは二人で連携して、残りの三分の二を頼んだぞ」
「わかりました」
グレンが淡々と答える。私もシルバー先輩の飄々とした様子に、張り詰めていた気持ちが和らいだ。
「終わったら、うまい酒でも飲もうぜ」
そう言って、シルバー先輩はひらひらと手を振ると、宮廷魔導士のローブをはためかせ、両手に炎を纏い魔獣の群れへと駆け出した。
その背中を見送ると、グレンが私に声を掛けてきた。
「エレノア、いつも通りサポート頼む」
「任せて」
グレンは宮廷魔導士のローブを翻し、魔獣の群れへ一直線に駆け出した。
次の瞬間、グレンが放った氷魔法が地面を走り、魔獣たちを次々と凍らせていく。私はその動きを見ながら、グレンが討ち漏らした魔獣へ狙いを定める。
戦ってみると、魔獣そのものの能力や強さは、普段討伐しているものと変わらなかった。私たちは互いに連携を取りながら、次々と魔獣を討伐していった。
しばらくすると、向こうから片手を上げながらシルバー先輩が近づいてきた。
「よお。お前らも終わったのか?」
「はい」
「じゃあ、俺たちの任務は完了だな。しかし、隊長はどこに行ったんだろうな」
辺りを見渡してみるが、ウォーター隊長の姿は見当たらない。
「まあ、待つしかないか」
そう話していると突然、山の奥から耳をつんざくような地響きが響いた。
そして次の瞬間——。
「エレノアさん!逃げてくださいっ!」
山の奥から、ウォーター隊長の必死な叫び声が聞こえてきた。
——そして。
禍々しい魔力を持った巨大な何かが、私目掛けて飛んできた。
「エレノアっ!」
「エレノアちゃんっ!」
咄嗟に、グレンとシルバー先輩が私を庇うように魔法を放った。しかし、二人の攻撃をもってしても、その塊を止めることはできなかった。
「…っ!」
迫り来る禍々しい魔力の塊を前に、私は反射的に魔力を集中させ、その塊を覆い尽くすように水魔法を放った。
「ウォーター・ベール!」
ベールで捉えたにも関わらず、こちらに向かってこようとする強い衝撃に、必死に踏ん張りながら魔力を注ぎ続けていると、背後からグレンが私の身体を支えてくれた。後ろから両手を私のお腹に回し、抱きしめるような姿勢で、安心させるように声をかけてきた。
「大丈夫だ。そのまま集中しろ」
「うんっ…」
私はもう一度、目の前の塊へ意識を集中させた。
必死に魔力を注ぎ続けていると、突然ウォーター隊長の声が聞こえた。
「ウォーター・ベール!」
次の瞬間、私が作った水の膜に、さらに強い魔力が重なった。
振り返ると、そこには額に汗を浮かべたウォーター隊長が立っていた。必死に禍々しい魔力の塊を追いかけてきたのだろう。隊長は息を整えながら、私たちに優しく微笑む。
「もう大丈夫ですよ。後は私に任せてください」
「隊長…」
隊長のおかげで、目の前の謎の塊を冷静に見る余裕が生まれ、よく見ると、それは——魔獣の尻尾のようだった。けれど、こんなに巨大な尻尾を持つ魔獣など、私は見たことがない。しかも、こんなに禍々しい魔力の残渣を含むなんて…。
——まさか、災竜ジャンの…?
だとしたら、異なる種族の魔獣たちが争うことなく集まっていた理由にも説明がつく。
私の心臓が、どくりと嫌な音を立てた。
気がつくと、謎の塊はウォーター隊長が用意した、魔獣を捕らえるための檻に閉じ込められていた。一度閉じ込めれば、外に魔力が漏れ出すことはない仕様だ。
「隊長これは…」
「エレノアさん、ご無事で良かったです。…ただ、申し訳ないのですが、まだ詳細をお伝えすることはできないのです」
ウォーター隊長は申し訳なさそうな表情を浮かべると、檻に目くらましの魔法が付与された布を、さっとかけてしまった。
「私は、後処理をしてから戻ります。皆さんは先に王都へ戻ってください」
「…分かりました」
隊長の言葉に、私は小さく頷くしかなかった。
あの巨大な魔獣の尻尾のようなものは、一体何だったのだろう。
なぜ、私目掛けて飛んできたのだろう。
胸の奥には、拭いきれない疑問だけが残っていた。
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