14.一万ポイント
エリーのもとを離れた私たちは、豊穣祭の露店を見て回っていた。
すると、突然グレンが、捨てられた仔犬のような顔をして謝ってきた。
「…すまなかった」
何かを言おうとしているのに、上手く言葉にできないのか、困ったように視線を揺らしている。そんな姿が少しだけ可愛く見えて、私は思わず微笑んだ。
「グレン。ありがとう。大丈夫だよ」
私は、優しく言葉を続ける。
「両親や私が大切に守ってきたブルール伯爵家を、簡単に踏みにじろうとするエリーが許せなかったんだよね」
グレンの気持ちは、ちゃんと伝わっていた。
私たちのために怒ってくれたこと。だから私は、笑顔で伝えた。
「グレン…。私たちのために、ありがとう」
「いや…」
グレンは小さく首を振った。
その後は、何となくお互いに言葉を交わすことなく歩いていた。
すると、露店の方から威勢のいい声が聞こえてきた。
「いらっしゃい〜!豪華景品の当たる楽しいゲームだよ〜!」
私とグレンが声の方へ視線を向けると、露店のおじさんが笑顔で話しかけてきた。
「お!そこの可愛いお嬢ちゃん。よかったら、ゲームをしていかないかい?」
「ゲームですか?」
「そうさ。ルールは簡単!この動く人形に魔力を当てるだけ。出たポイントによって、もらえる景品が変わるっていうゲームさ。一万ポイントを超えると豪華景品プレゼントだぞ」
つまり、魔力量に左右されるゲームか。
一応、私は宮廷魔導士だ。
本気を出せば、一般の人たちより遥かに高得点を出せるだろう。
それは…少し反則のような気がする。
悩んだ末、私は首を横に振った。
「おじさん、ごめんなさい。私、人よりちょっと魔力量が多いから、やめておくわ」
「ハハハ!自分で言うとは潔いね〜!けど、大丈夫。動く人形に魔力を当てるっていうのは結構難しくてな。あの宮廷魔導士様ですら、一万ポイント超えることは滅多にないんだよ」
そう言われて、私は改めて人形を見る。
お腹の部分には、直径三十センチほどの円が描かれていた。
その円の中はいくつかの区画に分かれており、それぞれに「二倍」「五倍」「十倍」といった数字が書かれている。
一番高い十倍の区画は、わずかな面積しかない。
なるほど。ただ魔力をぶつけるだけではなく、狙いを定める技術も必要なゲームなのだ。
「一万ポイントは、十倍部分に魔力を当てないと行かないからなぁ。なかなか難しそうだろ?」
おじさんは腰に手を当て、ガハハハと豪快に笑っている。
確かに、これは難しそうだ。宮廷魔導士でも一万ポイントを超えることは滅多にないと聞いて、興味が湧いてきた。私は、ワクワクした気持ちで、おじさんにお金を渡した。
「挑戦します!」
「おう!頑張れよ」
「じゃあ、ゲームスタート!」
おじさんの掛け声と同時に、人形が左右へ動き始める。
——いやっ!速すぎる…っ!
想像していた以上の速度だった。
目で追おうとしても、人形の姿すらまともに捉えられない。
私は、目を閉じて魔力を集中させる。気配探知は得意な方だ。集中力を高めると、周囲の音も人の気配も消え、私の周りは凪いだように静まり返った。その瞬間、高速で動く人形の形を捉えた。
私は、人形に向かってゆっくりと右手を銃のように構える。
「ウォーター・ガン!」
狙うは、もちろん十倍。私の人差し指から放った魔力が、正確に人形を捉えた。
次の瞬間、盛大なファンファーレが鳴り響いた。
そして、呆けたような顔のおじさんと目が合った。おじさんは、独り言のように呟いた。
「い、一万ポイント‥」
その直後。
「「「わあああああ!!!」」」
周囲で見ていた人たちから、一斉に歓声が上がった。
「お嬢ちゃん、すげぇな!」
「今の、めちゃくちゃかっこよかったぞ!」
「おめでとう!」
次々に掛けられる声に、私は少し照れてしまう。
一方、おじさんはまだ現実を受け止めきれていないようだった。
目に涙を浮かべながら、手を叩き続けている。
「一万ポイント…。豪華景品…」と、何度も同じ言葉を繰り返していた。魂が抜けたように呟き続ける姿が、なんだか可哀想で、景品受け取りは辞退することにした。
すると、おじさんはさらに涙を浮かべ、「お嬢ちゃんは…天使だ…」と、なぜか感動したように呟いていた。
その後もしばらく、私たちは屋台を巡りながら豊穣祭を満喫した。そして、夕日が沈み始める頃。私たちはランタンを手に、川沿いの遊歩道を歩いていた。
辺りを見渡せば、同じようにランタンを抱えた人々が、笑い合いながらその時を待っていた。
——そして、豊穣祭最大の催しが始まった。
人々は今年の豊穣に感謝を捧げ、それぞれの願いを胸に、一斉にランタンに魔力を込め、夜空へ放った。温かみのあるオレンジ色、淡いピンク、深紅。それぞれの色が混ざり合い、漆黒の闇を温かく照らす幻想的な光景が目の前に広がっていく。
「わあ…綺麗」
思わず、独り言のように呟く。
「…ああ」
隣にいたグレンが、優しく相槌を打った。
その時の私は、優雅に光輝く夜空に夢中だった。
——だから。
グレンが、優しい眼差しで私を見ていたということには気がつかなかった。
彼が「綺麗」と答えたのは、夜空のことではなく、グレンとお揃いのピアスを付けた私のことだったということも、知る由はなかった。
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