12.エリーの妬み①
私のお父様は、伯爵家の次男として生まれた。
次男だったため、伯爵家を継ぐことはできなかったらしい。そのため、今では下位貴族として、苦汁をなめる日々を送っているというのがお父様の口癖だ。
そして、酒に酔うと、決まって同じ恨み言を口にする。
「兄貴さえいなければ…。俺は今頃、伯爵家当主として名声を欲しいままにしていたのに…」
そして、私を見ると決まってこう言う。
「どう見ても、兄貴の娘より、お前のほうが綺麗だ。まあ、あの娘は地味すぎるからな。たいして需要もなかったんだろう」
そして、鼻で笑うとグラスに口を付けた。
「よりにもよって、下位貴族の子爵家の次男なんぞと婚約しおったわ…」
お母様も、お父様の言葉に同調するように口を開く。
「本当に…。あの娘の母親そっくりな、地味な顔。何の努力もせず、冨も名声も手に入れて…忌々しい」
幼い頃から、私は両親にそう言い聞かされてきた。
けれど、昔はそこまでエレノアのことを嫌っていたわけではない。
だって、私の誕生日パーティーには、毎年ブルール伯爵家の皆が揃って参加してくれていたから。そして、私が欲しいと言ったものを、誕生日パーティーでプレゼントしてくれるの。
ブルール伯爵家の方々が姿を見せると、他の下位貴族の友人たちは、羨望の眼差しを向けてくる。
「エリーって、すごいのね!あのブルール伯爵家の方々が、わざわざお祝いに来てくださるなんて!」
「プレゼントも素敵だわ。エリーがおねだりしたものなの?」
「親戚とはいえ、普通はここまでしてくれないわよ。エリーは、ブルール伯爵家の方々に大切にされているのねっ!」
おかげで、友人たちから一目置かれる存在になれた。
だから、別にエレノアが伯爵令嬢であることを、気にしたことなんてなかった。
——あの日までは。
あれは、私の誕生日パーティーを開くため、友人たちを誘っていたときのことだった。
そのうちの一人が、どこか遠慮がちに…けれども期待を込めた眼差しで、口を開いた。
「エリー、あのね。あなたって、ブルール伯爵家の皆様から可愛がられているわよね?」
「え?ええ、まあ…そうね」
「だったら、お願いがあるの。今年の誕生日会を、ブルール伯爵家の温室で開いてくださらない?」
「…温室?」
そういえば、エレノアの誕生日に、伯爵夫人が自ら温室を造って、娘への贈り物にしたと言っていた。
「そういえば、伯爵夫人が温室を造ったと言っていたわ」
「その温室が、とても素晴らしいんですって!」
友人は夢見るような表情で、噂に聞いた温室の話を語り始めた。
「虹色に輝く滝に、頭上から降り注ぐ光のシャワー。それに、幻影で花の妖精を映し出す魔導具まであるそうなの!」
「まあ、そんな素敵な温室、聞いたことないわっ!」
「さすが、ブルール伯爵家ね!」
「虹色の滝なんて…ロマンティックね…!」
他の友人たちも、次々と声を上げる。
そして、いつの間にか全員が、期待を込めた眼差しで私を見つめていた。
「エリー、お願い!」
「私たちも、その温室に行ってみたいわ」
「ねえ、ぜひ今年の誕生日パーティーを、そこで開いてくれないかしら…?」
今、話題の中心にいるのは、私だ。それが、とても心地良かった。
今までだって、私が誕生日に欲しいものをお願いすれば、ブルール伯爵家の人たちはいつも願いを叶えてくれた。
だから、今回だってきっと大丈夫。そう信じていた私は、その場の勢いに流されるまま、安易に頷いてしまった。
「ええ、いいわ。私からお願いしてみるわね」
そうして私は、華やかな誕生日パーティーを想像し胸を躍らせながら、ブルール伯爵家へお願いに向かった。
——なのに。
「…え?今、何て…?」
「いくらあなたのお願いでもあの温室は貸せないの。ごめんなさい」
エレノアは、申し訳なさそうに眉を下げた。
「どうして…?もう友人たちに約束してしまったのよっ!」
「そうだったのね…。だけれど、ごめんなさい。あの場所は、私の大切な場所なの」
「たった一日よっ!たった一日、貸してってお願いしているだけじゃない!」
私は怒りのあまり、感情を抑えきれず、エレノアに怒鳴り散らしてしまった。
すると、その声に驚いたブルール伯爵夫妻が、慌ててこちらへやってきた。
「どうしたんだい…?」
——チャンスだ。
ここでエレノアが意地悪をしていると訴えれば、きっと叔父様たちが味方してくれる。
そう思った私は、両手を祈るように胸の前で組み、訴えかけた。
「叔父様…!聞いてください。エレノアったら、ひどいんです…。
私の誕生日パーティーの日だけ、エレノアの温室を貸してほしいってお願いしただけなのに、『ダメ』だって…。もう、お友達にも約束してしまったんです。たった一日くらい、貸してくれてもいいと思いませんか?あんまりだわ…」
すると、叔父様は眉をひそめた。
——やっぱり、娘の心の狭さに呆れているのだ。
きっと叔父様なら、エレノアに「たった一日くらい、貸してあげなさい」と言ってくれる。
そう期待して、叔父様の次の言葉を待った。
しかし——。
「エリー、それはいけない」
「…え?」
「君は、あくまでも我々の親戚なんだ。軽はずみに、伯爵家の所有物を人に見せるような約束をしてはいけないよ」
「でも…、でも。もう約束してしまったんです。どうか、今回だけは…」
「今回のことを許してしまえば、他の親戚たちに示しがつかない。エリーには可哀想だが、温室の使用を許可することはできないよ」
私は、頭が真っ白になった。
友人たちに、どう思われるのか。
そのことだけが、頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
——私だって、伯爵家に生まれていれば…。
この時、初めてエレノアへの嫉妬心が芽生えた。
気がつけば、私は男爵家へ戻っていた。
そして帰宅するなり、お父様に書斎へ呼び出された。
部屋に入ると、何やら不機嫌そうなお父様が待っている。
「お前は当分、伯爵家への出入りを禁止された」
「…え?」
思いがけない言葉に、私は目を見開いた。
「今年のお前の誕生日パーティーには、伯爵家の者は誰も参加しないそうだ」
「どうして…」
お父様は忌々しげに息を吐いた。
「娘の教育がなっていないと、俺まで叱られた。くそっ…!たかが先に生まれただけで、偉そうにしやがって…!」
お父様は苛立ちを抑えきれない様子で、酒のボトルを乱暴に開けた。
そして、まだ昼間だというのに、グラスに酒を注ぐと、一気に煽った。
「とにかく、温室のことは諦めろっ!いいなっ!?」
「そんなっ…!でも、もうお友達に…っ!」
「うるさいっ!この話は二度とするな。分かったら出ていけっ!」
私は、初めてお父様から怒鳴られたショックで、茫然としていた。
——それもこれも、エレノアが温室を貸してくれなかったせいだ。
私は、エレノアへの憎しみを胸に抱いたまま、お父様の書斎を後にした。
"ここまでお読みいただきありがとうございました!
『続きが気になる!』『主人公頑張れ!』と思ってくださった方は、ページ下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆の励みになります!"




