第3話:白銀の聖女、その瞳の深淵
「駆君……今のは、一体……?」
夕闇が差し込む旧校舎の廊下。
呆然と立ち尽くす白銀織絵の瞳には、怯えと、それ以上の「何か」が混ざり合っていた。
未来の記憶が本物なら、彼女は数年後に人類最高峰の結界魔導師『白銀の聖女』と呼ばれる存在になる。そして、僕を庇って最初に逝った、僕の最愛のパートナーだ。
だが、現時点の彼女はただの大人しいクラス委員長。
……本当にそうか?
「白銀……どうしてここへ?」
僕は右手に隠した魔導結晶を制服のポケットに滑り込ませ、あえて冷徹なトーンで問い詰める。
歩み寄る僕の一歩に、彼女はビクリと肩を揺らした。
「忘れ物を取りに、旧校舎の倉庫へ来たら……凄い音がして。そしたら、あなたが、変な蜘蛛の化け物を光る拳で……」
「これ以上は、関わらない方がいい」
僕は彼女の言葉を遮り、すれ違いざまに耳元で囁いた。
「今見たことはすべて忘れろ。君の手に負える現実じゃない」
突き放す。それが彼女を日常に留めるための最適解だ。
だが、その瞬間。僕の制服の袖が、強い力でギュッと掴まれた。
「忘れるなんて、できるわけないよ……!」
織絵が顔を上げる。
その瞳には、涙が溜まっていた。しかし、その奥にある光は、ただの女子高生のものではなかった。
「だって、あの蜘蛛は『スカウト・スパイダー』でしょう? 第一の『歪み(アノマリー)』から現れる、斥候型の魔導兵器……」
「――ッ!?」
心臓がドクンと跳ね上がる。
その名称は、この時代の地球上に存在するはずがない。未来の、それも軍の最高機密に属する情報だ。
僕は瞬時に彼女の手首を掴み、壁へと押し付けた。ドン、と鈍い音が廊下に響く。
「……どこでその名前を知った」
僕の目は、完全に戦場の司令官のそれに戻っていた。
織絵は手首の痛みに眉をひそめながらも、僕の視線を真っ向から見つめ返してくる。
「やっぱり、駆君なんだね。その目、その冷たい声……。最後に私をタイムゲートへ押し込んだ時の、最高司令官と同じ……!」
おにぃちゃん。
それは血の繋がりではなく、過酷な戦場で生き残った僕たちが結んだ、魂の義兄妹の契りの呼び名。
「織絵……お前、まさか……」
「思い出したの。今朝、目が覚めた瞬間に、全部。あなたが死なせてしまった、あの地獄の未来を……!」
彼女の目から、大粒の涙が溢れ落ちる。
僕の胸に、激しい感情の濁流が押し寄せた。
タイムゲート(時間遡行陣)に飛び込んだのは僕だけではなかった。
いや、僕が彼女を救うために無理やり送り込んだ魂が、僕よりも数時間早く、この時代で覚醒していたのだ。
僕は掴んでいた手首の力を緩め、彼女をそっと抱き締めた。
「すまない、織絵。またお前に、あんな辛い記憶を背負わせた」
「ううん……嬉しい。また駆君に会えた。今度こそ、私はあなたの盾じゃない。一緒に世界を救う、あなたの『剣』になる」
泣きながら微笑む彼女の胸元から、ふわりと純白の魔導の光が漏れ出る。
未覚醒のはずの彼女の身体が、未来の記憶と同調し、聖女の力を呼び覚まし始めていた。
未来からの転生者は、僕一人ではなかった。
絶望の未来を覆すための「二周目の戦い」に、これ以上ない最強の相棒が加わった瞬間だった。




