第19話:生体解剖(ハッキング)の慟哭――凍れる魂の救済
「――これより、捕縛した人体改造兵の構造解析を開始する」
『アーク・ノア』の最深部。現代科学の粋を集めた無菌生体ラボの冷徹な空気の中、僕は金属製の解剖台を見下ろしていた。
台の上に拘束されているのは、東京湾で捕獲した敵兵。
その肉体は悍ましかった。四肢は不気味な黒い魔導合金の義肢に置換され、皮膚の下を走る血管は、青黒いナノマシン液によって奇妙に脈動している。魂の領域にまで機械の刃を入れ、魔力を強制抽出する――未来の敵の、非道な人体改造の成れの果て。
「駆君、本当にやるの……? 相手は、元は人間なのに……」
ガラス越しにモニターを見つめる織絵の声が、不安に震えている。
「感傷は捨てろ、織絵。奴らの通信網を内側から焼き切る『魔導回路破壊ウイルス(ウイルス・リアクター)』を作るには、この生体サンプルの中枢を直接ハックするしかないんだ」
僕は右腕の『零式・逆行天叢雲』から微細な解析用触手を伸ばし、敵兵の頸椎にある魔導制御弁へと突き刺した。
脳内データが、僕の『レプリカント・ギア』へと怒涛の勢いで流れ込んでくる。
無機質な0と1のデータ、敵の軍事暗号、バグの脆弱性――それらを冷徹に精査していた、その時だった。
『――システム、一時同期。個体識別コード、読込中……』
『識別名:小岩井 宗介。元・防衛軍第一師団・一等陸佐』
心臓が、跳ね上がるような衝撃を受けた。
「小岩井……一佐……っ!?」
脳裏に、2120年のあの血塗られた終末の戦場がフラッシュバックする。
最高司令官である僕の盾となり、「閣下、人類の未来を……!」と言い残して、無数の機械の獣の中に消えていった僕の、最高の、そして最も信頼していた直属の部下。
なぜ彼が、敵の人体改造兵としてここにいる。
「そんな、嘘だろ……。小岩井のオッサンじゃねえか! なんであいつが鉄屑の仲間になってんだよ!?」
格納庫から駆けつけた刹那が、ガラスを叩いて絶叫する。
「……違いますわ、刹那君。よく見てご覧なさい」
麗華が『八咫烏』の透視スコープで小岩井一佐の肉体をスキャンし、悲痛な声を上げた。
「彼の心臓、そして脳の深層のバイタル……完全に死んでいるわけではありませんわ。敵の寄生プログラムによって、強制的に『仮死状態』のまま生体パーツとして操られているだけです……!」
「……っ」
僕は拳を血が出るほど強く握りしめた。
神代と同じだ。敵は未来の戦場で戦死、あるいは捕らえた僕の仲間たちの肉体を回収し、仮死状態のまま脳をバグらせ、過去を蹂躙するための兵器として再利用していたのだ。
「閣下……」
綱臣が僕の背後に立ち、静かに、しかし重い声で言った。
「俺たちの任務は、こいつらをウイルスで内部から破壊すること。……ですが、本当に彼らをこのまま殺すのが、俺たちの戦う理由ですか?」
静まり返るラボ。
小岩井一佐を、かつての仲間を、兵器として解剖し、ウイルスを仕込んで利用する。それが一番効率的で、確実な戦術だ。僕の司令官としての冷徹な脳が、そう叫んでいる。
だが。
「――否だ。そんなものは、人の尊厳を捨てた敵と同じ『三流の合理主義』だ」
僕は天叢雲の刃を収め、ギアの画面を高速で叩き直した。
「作戦を変更する。ウイルス・リアクターのプロトタイプは、小岩井一佐の魔導回路を破壊するためではなく、『彼らを仮死状態から目覚めさせ、敵の寄生プログラムだけを焼き切るワクチン・リアクター』として再構築する!」
「駆君……!」
織絵の瞳に、一瞬で希望の光が戻る。
「簡単じゃねえぞ、ボス! 敵の寄生コードだけを選別してハックするなんて、それこそ神懸かり的な演算が必要だ!」
刹那の言葉に、僕は不敵に笑ってみせた。
「そのために、僕の『観測眼』と、お前たちの『神話の武器』がある。麗華、八咫烏のスコープで小岩井一佐の脳内にある敵の寄生核をミリ単位で捕捉しろ。刹那、お前の雷で、その核だけに微弱な高周波パルスを流し込んでフリーズさせろ。織絵、その瞬間に聖女の結界で脳の神経細胞を保護するんだ!」
「「「了解!!」」」
全員のアーティファクトが同時に駆動する。
麗華の群青の光が小岩井の脳内の「敵のバグ(寄生虫)」を暴き出し、刹那の精密な青雷がその動きを止め、織絵の純白の光が彼の命を紡ぐ。
「――最後は、僕のハッキングだ! 目を覚ませ、小岩井!!」
僕はギアから、日本の原始魔導のエネルギーを乗せた強制上書きコード(ワクチン)を、小岩井一佐の頸椎へと打ち込んだ。
ジジ、ジジジジジジッ――!
解剖台の上の肉体が、激しく痙攣する。青黒かった血管の液体が、原始魔導の黄金の光によって浄化され、本来の赤い血の色へと戻っていく。
そして。
「ガハッ……! ――ハァ、ハァ、ハァ……!」
小岩井一佐の目が、カッと見開かれた。
その瞳には、機械の濁りは一切ない。まぎれもない、あの懐かしい僕の部下の、人間の光だった。
「……か、閣下……? 私は、一体……。ここは、どこですか……?」
「現代の日本だ、小岩井」
僕は彼の無事な方の手を、強く、強く握りしめた。
「よく戻った。二周目の世界へようこそ。……さあ、次は富士山に囚われている、残りの仲間たちを全員救い出しに行くぞ」
ただ敵を滅ぼすのではない。絶望の未来に囚われた全ての仲間を救い出し、真の人類の可能性(科学の誇り)を証明する。
5人の絆は、小岩井一佐の救出によって、より強固なものへと進化した。
――(第20話へ続く)




