魔族と魔物と間違い
「魔物学の授業を担当します。今日からよろしく!」
次に教室に入ってきたのはクルクルした髪の元気そうな若い男性の先生だった。
「授業の先生ってたくさんいるんだね」
隣のミアにこっそり話しかけると、「そうだね。私もびっくり」と、小声で返してくれた。ミアは優しい子だと思う。
「この魔物の名前がわかる人~?」
先生は黒板に貼り付けた絵をみんなに見せた。
「はい! スライムです!」
わたしは手を挙げて自信満々に答える。
「正解です。これはスライム。よくわかりましたね。」
みんなの前で手を挙げて発言したり、褒められたりするのはなんだかちょっと恥ずかしい。
(だけど、これ……すごく学生って感じがする……!)
さっきまでの授業とは違って、これならわたしにもできそうだ。よかった。
「――高度な知能を持つ魔物のことを『魔族』と呼んでいます」
うん。わたしも大体そんな認識だ。人間の授業がわからないことだらけだったらどうしようかと思ったが、心配しすぎだったようだ。
授業は次から次へと続いていく。
「これはゴブリンです。森や洞窟に生息し、冒険者や商人を襲うとされています。『ゴブリンと出会えば人や馬や荷物も食べられて、荷車しか残らない』なんて言われているんですよ~」
ゴブリンは魔王領でもよく目撃される存在だ。
(魔王領には姿のよく似たゴブリン族もいるけど、あっちは人を襲ったりしないし、手先が器用で道具作りが得意なんだよね)
教科書を読み進めていくと、たくさんの魔物や魔族を見ることができて面白い。あれこれ思い出して思考がどこかへ飛んで行ってしまいそうになる。その度にわたしは集中しなきゃ! と気を引き締めた。
「これは吸血鬼です。吸血鬼は夜にしか活動できないとされています」
先生は大きな翼を広げた恐ろしい顔の魔物の絵を指差した。
(うーん……吸血鬼さんたちって昼間にもお仕事してるんだけどな)
わたしはヴィオレッタ姉様と一緒に働いてる吸血鬼たちのことを思い出していた。人間の国の近くにいた昔の吸血鬼はこうだったのだろうか? 今度姉様に聞いてみよう。
「では、64ページを開いてください」
(なんだろう? この魔物。羽があるから吸血鬼かと思ったけど角と尻尾があるし……)
教科書の挿絵に描かれているのは見たことのない魔物だった。ほかの魔物の絵と比べて、やたら薄着だ。
「はい、これはサキュバスですね~」
先生はニコニコと笑顔で説明する。
嘘⁉ サキュバス⁉ なんでこんな下着みたいな姿なの⁉
わたしは実家で仕事から帰ってきた姉様が、ソファーに下着姿でゴロゴロと転がっている様子を思い出した。
(あの時はヴィオレッタ姉様が「風邪ひきますよ」って注意してたな)
「サキュバスは魅了の能力で人間を操る危険な魔物とされています。詳しい説明は……まあ、今やる必要はないかな?」
わたしは手を挙げて「違います!」と、言おうと思ったがやめた。ヴィオレッタ姉様に入学前、注意されたからだ――。
「それからリリン。授業で魔物や魔族について、教師たちは事実と異なる説明をすることもあるでしょう」
「間違っている時は教えてあげた方がいいの?」
「いいえ。ダメです。」
「どうして⁉ 間違ってるのに?」
「なぜ人間の新入生であるあなたが、人間の専門家よりも詳しいのですか?」
「あ、そっか」
「ですから、違うとわかっていても過剰に反応したり、訂正しようとしないように」
「はーい」
モヤモヤとした気持ちを抱えて教科書のサキュバスの挿絵を睨んでいると、ミアが心配そうな顔でそっと話しかけてきた。
「大丈夫? リリン」
「え?」
何のことだろう。
「すごく怖い顔してる」
いけないいけない……。過剰に反応するのもダメなんだった。
「魔物って怖いよね……教科書の絵、どれも襲いかかってきそうな見た目だし」
「そ……そうだね」
「はい。そこ! おしゃべりしてないで授業に集中する!」
先生に注意されてしまい、すみませんと小さく反省する。
隣にいるのがその恐ろしい魔物なんだよ、とミアにはとても言えず、ただただ授業が終わるのを待ち続けるのだった。
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