部屋と報告と新たな問題
預けていた荷物を受け取り、わたしは用意された女子寮の自室へと向かっていた。
「えっと……ここだよね?」
そっと扉を開いて中を覗く。
部屋はあまり広さこそないが、清潔そうなベッドと学習机、それからクローゼットが置かれている。
「わあ……! すごい! ここがわたしの部屋?」
扉を閉めると、わたしは靴をぽいっと脱ぎ捨ててベッドに飛び込む。
「ふかふかだ……それにいい匂い……!」
誰かに見られたら怒られちゃいそうな気もするけど、今はわたし一人だ。
さっきまでの緊張が一気に溶けていくのを感じる。授業は明日からだし、あとはゆっくり部屋で過ごすだけ。
「今日は一日いろんなことがあって疲れちゃったな……」
このままベッドで寝転がっていたら眠ってしまいそう。でも何かやるべきことが残っているような……。
「そうだ! 姉様に報告しないと!」
わたしは勢いよく立ち上がって、カバンから手鏡を取り出した。鏡面を自分に向けて、背面の赤い石をギュッと押し込む。するとプツっ……という音がして鏡の中の自分の姿がゆっくりと変化していく。そして一人の女性が映し出された。
「ヴィオレッタ姉様! 聞こえますか?」
「はい。聞こえていますよ。通信鏡は問題ないようですね。」
姉様のすみれ色の髪が揺れ、いつものように優しく微笑みを浮かべている。
「姉様! 報告しなきゃいけないことがたくさんあるの!」
わたしは今日起こった出来事について、最初から説明することにした。
「――なるほど。聖女科に転科ですか……」
「……うん」
唸るように悩んでいる様子にわたしは不安になった。
「わたし……何か失敗しちゃったかな。せっかく初めて任せてもらったお仕事なのに……」
そう言うと、姉様は「いえ、想定外だったというだけです。聖女科に進むことで集めやすくなる情報もあるでしょう。悪い判断ではありませんよ」と、優しく声をかけてくれた。
「それで治癒魔法というのはどうやったんです?」
「それはね! 3年生の先輩が傷を治していたから、わたしも再生能力で治したの!」
「……なるほど。納得しました」
ヴィオレッタ姉様は考え込むように腕を組む。すると、髪の間から伸びた長い角が通信鏡から見えなくなってしまった。
怒られるかもしれないと思ったけど、どうやらそうではないみたい。よかった。
「詳しいことはこの先学園の授業で学ぶでしょう。今後、能力を使う時はよく考えるように」
「……? はーい!」
私は元気よく返事した。意味はよく分からないが、とにかくやれることをやるしかない。
「それから――」
澄んだ紫水晶のような瞳と目が合う。
「リリン、よくがんばりましたね。」
「えへへ……」
正面から褒められると、なんだか胸のあたりがムズムズする。嬉しいのと恥ずかしいのが半々だ。でも嫌な気持ちにはならない。
「あなたに潜入任務を任せたことに全く不安がないとは言えません」
「は……はい!」
「でもそれは、あなたが能力不足だからという理由ではありませんよ。あなたにしかできない任務だと思っています。」
「本当ですか⁉」
「ええ。それにあなたは大切な私たちの妹です」
姉様は続ける。
「もし何かあったら任務を捨てて逃げなさい」
「いいの? どうして?」
思わず、そう聞き返してしまう。
「命よりも大切な任務なんてありません。わかりましたか? リリン」
「はい!」
心の奥が暖かい。
(やっぱりヴィオレッタ姉様は優しいな……)
話しているだけで幸せな気持ちが溢れてくる。
「リリン。最後に1つ、あなたに言っておくべきことがあります」
「なあに? 姉様」
さっきまで褒められていたせいで顔がニヤニヤしてしまう。気を引き締めなきゃ……!
「あなたは魔族です。魔族と人間では身体の構造は大きく異なります」
「えっと……それはどういう……」
「治癒魔法を含む聖魔法は魔族とは相性が悪い。教師や周りの生徒に治癒魔法をかけられれば、あなたの再生能力では回復できないほどの傷を負います。最悪の場合、死に至るということです」
「え?」
死ぬ……⁉ そんなの聞いてない!
「ですから、気を付けるように」
「む……無理です! やっぱり聖女科やめます!」
知っていたら聖女科に進むなんて言わなかったのに! ひどい! 助けてヴィオレッタ姉様!
縋るようなわたしの声は届かない。
「では、がんばってくださいね。無事を祈ります」
「待って! ヴィオレッタ姉様!」
通信鏡はプツンという音を立てて、わたしの顔しか映らなくなってしまった。
「姉様ァー‼‼」
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