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逃走と炎と絶望

 走る。走る。走る――。

 口の中に鉄の味が広がる。足は痛みで千切れそう。心臓も爆発しそうなくらいに痛い。だけど止まることは許されない。

 背後の大型竜種が大地を踏みしめる度、地面が大きく揺れた。ぎらり、と妖しく光る双眸はわたしたちの姿を捉えて離さない。

「ミアさん! 何をしているの!」

 エレオノーラが叫んだ。見るとミアは足を震わせて動かない。

「ごめんなさい……! もう……」

 限界だ。とうとう体力が尽きてしまったのだ。顔からは血の気が引いて真っ白になっている。でもこのままじゃ……! ミアを担いで逃げるべき? それじゃあ追いつかれちゃう! 頭の中を思考が飛び回っているが、正解が見つからない。そんな時、わたしのすぐそばを小さな何かが横切った。


「ドラゴン! こっちを見ろ!」

 フィンだ。フィンが大型竜種に石を投げつけている。小石は顔に当たり、竜は煩わしそうに前脚を持ち上げた。

「動きが止まったぞ!」

 わたしたちは落ちている石を拾って力いっぱい投げる。硬い鱗に阻まれて傷付く様子はないが、大型竜種は不快そうに顔をしかめた。

「ギャアアアアア‼」

 石のうちの1つが黒く濁った瞳に当たった。大きな叫び声がわたしたちを再び襲う。頭が割れそうなくらいに痛い。

 竜が首を高く持ち上げた。その瞳がこちらを睨みつける。そして……。

 ――カチン、カチン。

「何の音だ?」

 大型竜種の口の奥から何か、固いもの同士がぶつかり合うような音が響く。これは……この音は……!

「みんな! あの岩の後ろに逃げて!」

「えっ?」

「いいから! 早く!」

 わたしはミアの手を引いて走る。全員が岩にたどり着いた時、それは起きた。


 ゴォオオオオオ――!!

 次の瞬間、世界が赤く染まった。岩の両脇を炎が駆け抜ける。

「ひっ……!」

 岩に隠れているはずなのに身体が熱い。目を開けていられない。まぶたの裏側にまで届く炎の光は少しずつ弱くなっていった。

「あれは……」

「ドラゴンの吐息。……着火器官か」

 レオンの言葉にわたしは頷く。大型竜種の中には体内に可燃性の物質を溜め込むものがいる。喉の奥にある着火器官を火打石のように鳴らして灼熱の炎を吐き出すのだ。この時に特有のカチンという音が鳴る。魔族の子供たちの間でおとぎ話のように伝えられたんだけど本当だったんだ。

 炎に晒された岩は全体が白く変化し、大きなヒビが入っている。次は耐えられないだろう。周りの草は黒く焦げ、煙が上っていた。

 大型竜種はわたしたちが生存していることに気付き、苛立ったように尻尾を地面に叩きつけた。

「先生はまだ来ないのか!?」

「あの様子じゃ、私たちが死ぬまで許してはくれなそうだね……」

 再度、首が大きく持ち上げられる。大きな腹が息を吸い込むのがわかった。

 ――カチン、カチン。

「来るぞ!」

「でも! 隠れる場所なんてどこにも……!」

 

 その時、誰かがわたしたちの前に立った。

「……わたくしにできないことはありませんのよ!」

 6人を覆う大きな防御魔法が展開されると同時に、炎が襲いかかった。結界越しに熱が伝わってくる。

「エレオノーラさん!」

 魔力の壁がびりびりと揺れている。

「平民を守るのは貴族の定めですわ!わたくしが……わたくしが守らなくては……!!」

 エレオノーラが両腕に力を入れる。踏み込んだ足が少しずつ滑り、地面が削られていく。それでも防御魔法を解除することはない。彼女の額には大量の汗が浮かんでいた。一秒、一秒と時間が経つにつれて結界にはヒビが入っていく。

 

 ――グオオオオオオオオオ!

 大型竜種が吠えた。炎が止んだ途端、エレオノーラは地面に倒れる。

「エレオノーラ!」

「皆さん……お怪我は……?」

「大丈夫! でもエレオノーラさんが!」

「どうやら今ので魔力を全て使い切ってしまったようですわ……」

 エレオノーラの指先は震えている。魔力切れの症状だ。

「どうする! このままじゃ!」

 絶望。わたしたちの前に立ち塞がるのは避けることのできない絶望だ。ミアとエレオノーラは動けない。わたしでは同じように6人全員を守れる防御結界なんて無理だ。騎士科の3人が力を合わせても、きっとあの大型竜種に傷を付けることすら不可能だろう。

 どうすればいい? ヴィオレッタ姉様ならどうするだろう? 全員がバラバラに逃げる? 誰か一人囮になる? ……ダメだ。それじゃ誰かが犠牲になってしまう。誰かが死ぬのは見たくない。

 竜が首を持ち上げる。来る。あの炎だ。迫り来る死に、わたしたちは動くことができない。

 ――カチン、カチン、カチン。

 大型竜種が着火器官を鳴らす。さっきよりも多く鳴らされるそれは、わたしたちを確実に焼き尽くそうとする強い意志のように感じた。大きな口がこちらに向かって開いていく。

 わたしはゆっくりと目を閉じた。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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