戦果と異変と災害
「みんな! 怪我はない?」
「ああ。なんとか」
「僕も大丈夫だよ」
「私も」
わたしたちを襲った首狩りバニーは既に息絶えていた。白い毛皮に赤い傷跡が残っている。
「それにしても、よく魔物のことを知っていたな」
レオンは鞘に剣を納めながら、わたしに向かって振り向く。
「あはは……。昔読んだ本に書いてあって……」
「なんていう本?私も気になる」
「えっ!?わ……忘れちゃったなあ」
勉強熱心なミアは本が読めそうにないと聞くと残念そうな顔をする。そもそも本なんてものはない。あれは姉様たちから教えられた知識だからだ。
首狩りバニーは非常に獰猛で警戒心が強く、大きな耳で敵の居場所を探す。そして、後ろ足の鋭い爪で相手の頸動脈を掻き切る。素早い動きとその習性から魔族も恐れる存在と言われている。
「確か、聴覚が優れてるから急に指笛みたいな大きい音が鳴ると硬直しちゃうんだよね…… そう書いてた気がする! うん!」
「それにしても低級魔物しかいないような場所になぜこいつが?」
カバンから取り出した魔物の名前リストには首狩りバニーの名前は書かれていない。つまり先生も予測できていなかったということだ。
「このリスト、毎年行われている行事に基づいて作成されているようですし、そうなると過去に首狩りバニーの出現は観測されていないということになりますわね」
「見て、教科書には載ってる。だけど『山間部に生息』だって」
ミアは教科書を指差す。そう、首狩りバニーは草食で、迂闊に縄張りに足を踏み入れない限り襲ってくることはない。なのに、あの個体はわたしたちの姿を見た瞬間に襲いかかってきた。つまり……。
「縄張りに何かが起きた……?」
5人がわたしを見る。
「何かって?」
「わからないけど……」
「普通ではないことが起きているのは間違いないようですわね」
エレオノーラは辺りを見渡す。
「私もそう思う。毎年1年生がフィールドワークを行っているのなら、全く魔物に出会えないのというのはおかしい」
「うん。なんだか変な感じがする。警戒しておく必要があるな」
レオンは腰に付けた筒型の魔導具を見る。これは高い位置に光を放つ魔導具だ。先生は「これは何かあった時に空へ向かって打ち上げてください。緊急事態と見なし、直ちに救助に向かいます」と言っていた。これの出番がないことを祈るばかりだ。
「とにかく、一度先生のところに戻ってもいいんじゃないか?他のグループも同じことを考えているかもしれないし」
フィンの提案に全員が頷く。全員が歩き始めると、ミアが着いてきていないことに気が付いた。後ろを振り返ると5歩くらい離れたところで立ち止まって何かを考えている。
「ミア?」
「ねえ、リリン。おかしいと思わない?」
「え? 何が?」
「変だよ……。さっきから何の音もしないの。鳥も、虫の鳴き声すらしない」
言われてみると確かに何の音もしていない。わたしは周りを見渡す。岩、草、木。景色はさっきと全く同じなのに、なぜか不気味な感じがする。
みんなに知らせた方がいい。わたしは声をかけようとしたのだが……。
――ズン。
足元が僅かに揺れた気がした。
「え?」
――ズン。
やっぱり。気のせいなんかじゃない。地面の小石がかすかに跳ねた。
「地震か?」
――ズンッ!
まただ。地響きは一定の感覚で少しずつ大きくなっていく。
「違う……。何かが近付いてきてる……?」
一際地面が大きく揺れると、少し離れたところの林から一斉に鳥が飛び立っていくのが見えた。
「魔物がこっちに来てる!」
ノエルの叫び声が聞こえた。山の上を見るとスライムや首狩りバニーの群れが物凄い速度でわたしたちに向かって走ってくる!
「スタンピードか!?」
レオンが剣を取り出す。しかし、魔物たちにはわたしたちの姿など目に入っていないようだ。
――ズンッ!メキメキメキ……。
向こうで林が揺れた。風のせいじゃない。それに1本だけでもない。木々が押しのけられるようになぎ倒されていく。
「なんですの……。あれは……」
それに答えられるものは誰もいなかった。最初は。
木々の間から巨大な岩のようなものが持ち上がる。2つの鋭い光を宿したそれは岩なんかじゃない。巨大な顔だ。
わたしの身長の何倍もありそうな木をなぎ倒し、太い首で巨大な角を持つ頭を持ち上げる。その脚が地面を踏みしめる度に大きな振動が伝わってくる。そして、身体を覆う金属のような硬そうな鱗。
「嘘だろ……」
レオンさんが呟いた。
「大型……竜種……!?」
――グオオオオオオオ!
それは空に向かって吠えた。その重い声は振動へと変わり、わたしたちを襲う。内臓ごと揺らされるような衝撃だ。
「レオン! 救難信号を!」
「もうやってる!」
そうか。魔物や動物たちはこれに本能で気付いていたんだ。突然現れた圧倒的上位者に住処を追われたのだろう。
「みんな逃げて! 勝てる相手じゃない!」
「先生のところまて走るぞ!」
レオンさんの声と同時に、全員が走り出した。振り返る余裕はない。草を踏みつけ、転がる石に足を取られそうになりながら来た道を必死に駆け戻る。
「ミア、こっち!」
「う、うん……!」
少し遅れたミアの手を取って走る。
――ズンッ!
背後から重い音が響いた。地面が揺れる。足の裏から伝わってきた振動に、思わず身体がよろめいた。
「うわっ!」
「止まるな! 走れ!」
また、地面が大きく揺れる。さっきよりも大きい。
(嘘でしょ……!? こんなに必死に走っているのに……!)
「はっ……はぁ……!」
息が苦しい。それでも止まるわけにはいかない。木々の隙間を抜け、枝を払い、前を走るみんなの背中だけを追いかける。
「っ……!」
すぐ後ろで何かがなぎ倒される音がした。振り返ると大きな身体が、さっきよりずっと近くにあった。木を避けることすらしていない。枝をへし折り、幹を押し退けながら、真っ直ぐこちらへ進んでくる。
「リリン! 前!」
「わっ!」
慌てて前を向く。危うく木の根に足を引っかけるところだった。
怖い。怖い怖い怖い……!
ゴーレムに岩を投げられた時とは全然違う。あの時は、ヴィオレッタ姉様がいた。怪我をしても、絶対に死なないと分かっていた。でも今は違う。わたしだけじゃない。ミアも、エレオノーラさんも、レオンさんも、フィンさんも、ノエルさんもいる。
もし、あれに追いつかれたら――。
「……っ!」
考えちゃダメ。今は走る。ただ、みんなでここから逃げるんだ。
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