熱と救いと謎
わたしは死を覚悟した。全てを焼き尽くすような赤。身体を一瞬で灰に変えてしまうような熱。やり残したことはまだまだたくさんあったのに。だけど、いつまで経ってもその瞬間はやっては来なかった。
「……?」
瞳を僅かに開く。そこにいたのは……。
「皆さん、よくぞ耐えてくれました。ここからは私に任せて!」
エレオノーラの時よりも強く輝きを放つ結界。これは防御魔法だ。白くきらめく巨大な壁が炎とわたしたちの間に立っている。
――グオオオオオオオ!!
大型竜種が強く唸ると、さらに炎の勢いは増していく。しかし、その熱がこちらを焼き尽くすことはない。
「セレスティア……先輩……!?」
間違いない。防御魔法を展開している白金色の髪の女性はセレスティアさんだ。聖女科の適性検査の時にみんなの目の前で治癒魔法を実演して見せた人がここに立っていた。
『ドラゴンの吐息』が止まると、セレスティアさんは防御魔法を解除した。
「みんな! 怪我はない?」
「僕たちは大丈夫です!聖女科は……」
「私たちも! 魔力切れが1人いるだけで無事です!」
「そう。それなら良かった。間に合ったのね!」
セレスティアさんは嬉しそうに微笑む。
「でもどうして先輩がここに?」
「1年生のフィールドワークは3年生も監督として補佐するのが恒例なの。でもまさかこんなことになるなんて……」
大型竜種は再び、カチン、カチンと喉を鳴らした。
「まずい! また炎が!」
レオンが叫ぶ。セレスティアさんは防御魔法のために杖を構えた。
「グウウ……」
なぜか口を開けようとしない。これは一体……?
「燃料袋の中身を使い切ったみたいね」
セレスティアさんは冷静に分析する。どうやらしばらく炎を吐くことはできないらしい。竜は悔しそうにこちらを睨む。
「だけどどうすればいい!?このままでは炎じゃなくて牙や尻尾で殺されるだけだ!」
そう、問題は解決したわけじゃない。あいつは明確にこちらに敵意を向けている。いつ次の攻撃が飛んでくるかわからない。
「セレスティア! 防御魔法を展開してくれ!」
背後から聞き覚えのある声が飛んできた。
「先生……!」
振り返るよりも早く、何か白い軌跡がわたしたちの頭上を通り過ぎた。光の球だった。
それは、大型竜種の顔のすぐそばへ飛んでいき……。
「……ッ!」
――大きく弾けた。
目の前が真っ白になる。
「ひゃあ!」
とっさにわたしは目を閉じたが、まぶたの裏に光が焼き付いている。
「ギャアアアアアアアアア!」
大型竜種の咆哮が響いた。巨大な身体が体勢を崩し、地面が大きく揺れる。恐る恐る目を開けると、竜はさっきまでとはまるで違う動きをしていた。長い首を左右に振り、何度も瞬きをしている。それはわたしたちのことを見ていないような……。
「あいつ、目が見えてないんだ!」
光によって視覚を奪われた大型竜種は唸り声を上げ、誰もいないところに向かって前脚を叩き付ける。
「閃光魔法着弾! 音による誘導を開始する!」
先生が叫んだ。今度は山と反対側に立っている先生が杖を振る。すると、雷が近くで落ちたかのような爆音が響いた。
「きゃあ!」
ミアが悲鳴をあげる。大きな音に驚いた大型竜種は身体をよろめかせた。
「効果あり! そのまま続けろ!」
「東側を開けて! 山に向けて包囲する!」
「了解!」
防御魔法越しでもわかるくらいの音がわたしたちの鼓膜を揺らす。ノエルたちは耳を塞いだ。
光と音に耐えられなくなった大型竜種は山の方角に向かって歩き出す。そして、数歩進んだところでこちらを振り返った。
「……!」
わたしの身体が固まる。しかし、喉の奥からあの音が聞こえてくることはなかった。大きな翼を広げた竜。土と枯葉を巻き上げながら、その巨体はゆっくりと山の上へと消えていった。
「誘導完了! 追跡は不要だ」
「了解! 生徒の保護を優先して!」
先生たちの声を聞いて、わたしは全身の力が抜けていくのを感じた。立っていられなくなり、その場に座り込む。
(よかった……。助かったんだ……)
「……なるほど。首狩りバニーの襲撃に、大型竜種ですか。無事でいてくれてよかった」
先生たちに事情を聞かれたわたしたちは全てを説明した。他の生徒たちも全員安全が確認され、ホッとする。
「この地域に大型竜種が降りてきたという話は聞いたことがありません。何かが起きているのでしょうか……?」
「戦争の影響でしょうか?」
「魔王の影響も考えられますね……。フィールドワークは中止としましょう」
先生たちは腕を組みながら話し合っている。
(魔王様が大型竜種を操るなんて聞いたことないけどな……)
魔人族である魔王様は魔物を使役することは聞いたことがある。でもそれはスケルトンの兵士たちだ。彼らは自我を持つことはなく、命令通りに行動する。
そんなことを考えていると騎士科の3人に声をかけられた。
「さっきはありがとう。おかげで助かったよ」
「わ……わたしなんて何にもしてないよ! エレオノーラが防御魔法を張ってくれたから! それに3人とも首狩りバニーを倒してくれたし!」
「そんなことないよ。首狩りバニーも、大型竜種も君がいてくれなければ全滅していたはずだ」
あれは姉様たちが教えてくれたから……と言おうかと思ったが、それを言うのは変な話だろう。わたしは素直に受け入れる。
授業は中止になってしまったが、誰も傷付くことはなかった。それだけで今は十分だった。
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