閑話と入学試験と結果
――入学試験3ヶ月前。
「姉様。これは……?」
わたしの目の前には大量の本が積まれている。『一般教養』、『レグナリア王国の歴史』、『良い子のためのマナー全集』などと書かれた本は背表紙を見ているだけで目眩がしてくる。
「入学試験に必要な教科です。あと3ヶ月しかありませんからね。叩き込んでいきますよ」
そう言うヴィオレッタ姉様はいつもの服装ではなく、髪を後ろで三つ編みにし、赤縁の伊達メガネを着用している。
「その格好は?」
「家庭教師スタイルです。似合いますか?」
「うん。すごく」
わたしが褒めると、ヴィオレッタ姉様は伊達メガネをクイッと指先で持ち上げる。似合ってはいる。いるのだが……。
「それって入学試験の勉強と関係あるの?」
「まあ、いいじゃないですか。気分ですよ。気分」
これ以上ツッコんでも無駄だろう。わたしは本の山と向かい合うことにした。
「数学や簡単な文章読解については問題ないようですね」
姉様の細い指がわたしの解答用紙をペラペラと捲っていく。
「学校には行ってないけど、その辺りは姉様たちに教えてもらってるからね」
わたしがそう答えると、ヴィオレッタ姉様は満足げに微笑む。サキュバスたちは上の世代が後から生まれたサキュバスを教育する文化がある。おかげで生活に必要な読み書き程度なら余裕だ。
「しかし……地理や王国の歴史については酷い結果ですね」
「うっ……」
姉様が採点した紙を見ると、その2つは赤いペンでたくさんバツが付けられている。
「ねえ、姉様。なんで入学試験の勉強しないとダメなの? 上手く合格通知の偽装とかできないの?」
わたしは椅子から浮いた足をバタバタと動かして文句を言う。ヴィオレッタ姉様は呆れたような顔でこちらを見た。
「そんなわかりやすいことをしたらすぐにバレるでしょうね。それに、あなたの任務は入学することではありません。次期聖女候補を見つけ出すことです。」
「うう……」
「入学試験時に解けていた問題が、入学後にわからないとなればすぐに怪しまれますよ」
「はーい……」
こう言われてしまえば、わたしは何も言い返すことができない。姉様は仕事で忙しいのに心配してここまで付き合ってくれているのだ。それに応えないと……。
「特に現国王の名前と戦争開始理由がわからないのは致命的ですね」
「戦争の開始理由は知ってるよ!『人間が魔王領に攻め込んだから』でしょ?」
姉様は大きなため息をつく。
「それは魔族側の理由です。この入学試験に必要なのはレグナリアから見た理由なのですよ」
「同じじゃないの?」
「いいえ。同じ出来事であろうと観測する者が違えば異なるように書かれるものです。」
ヴィオレッタ姉様は『レグナリア王国の歴史』を開いてとあるページを指差す。そこには『魔王がレグナリアの地を占領せんと侵攻したため』と書かれていた。
「これってどっちが正解なの?」
「わかりません。少なくとも1000年以上、お互いの国は争ってきましたから」
「ふーん……」
「あなたは人間として学園に入学するのです。ですから、人間側の知識を頭に入れておく必要があります」
「そっかぁ」
なんだかわかるようでわからない話だが、自分を納得させるように呟く。せっかく姉様に与えられた初めての任務なんだもの。絶対に成功させなくちゃ。そう意気込んで、わたしは『現在流通しているレグナリア王国の通貨は何?』という問題に見事に打ちのめされた。
――入学試験1週間前。
「レグナリア王国の現国王の名前は?」
「アルベルト・エルネスト・レグナリア!」
「西部の特産品は?」
「果実、織物、それから染料とスパイス!」
「この100年戦争の開戦理由は?」
「レグナリア王国に突如、魔王軍が侵攻したため!」
「これなら問題ありませんね」
「本当に!? やったー!」
姉様は持っていた本をパタン、と閉じる。長かった勉強生活からようやく解放された。
「ですが、まだこれは任務の準備にすぎませんよ。入学してからが本番なのですから」
「うん。わかってるよ」
来週には入学試験。そしてこれが上手くいけば合格通知が届くはずだ。他の姉様たちも応援してくれたんだし、絶対合格してやるぞ!
――しばらくして、魔王領に茶色い大きな封筒が届いた。宛先は孤児院になっている。きっとこれは姉様が偽装用に用意した偽の住所だろう。差出人の名前は……『レグナリア王立学園』
わたしは緊張しながらペーパーナイフを押し当てる。手の震えが収まらない。目をつむったまま、感触だけを頼りに紙を取り出す。
「大丈夫。ここまでがんばってきたんだから。絶対大丈夫」
ゆっくりと深呼吸。肺の中を新鮮な空気が循環する。心を落ち着かせ、わたしはまぶたを開いた。
「あ……」
『入学試験結果通知書、先日行われました試験の結果を下記の通りとする。』
通知書の中央に大きく書かれた『合格』、の文字。足元からじわじわと湧き上がる喜びの感情に頭が追いつかない。
わたしは通知書の紙を持ってヴィオレッタ姉様のところへ走り出すのだった。
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