防御魔法と訓練とゴーレム
「ヴィオレッタ姉様! 聞いて聞いて! 休暇明けに防御魔法の実技試験があるの!」
「防御魔法……ですか?」
ここはヴィオレッタ姉様の執務室だ。壁際にずらりと並んだ本棚たちと、大量の本。読んだだけで頭が痛くなりそうな分厚い書類や、人間の国の雑誌や新聞紙なんかもある。
姉様はこういったものや、部下の人たちから渡される報告書などの情報を繋いでいく。そして、魔王様に報告するのが仕事らしい。
書類を読んでいる姉様の机の横には、小さな学習机が置かれている。かなり新しい物で、わたし専用だと言ってくれた。
休憩用に、と姉様が机に置いてくれた焼き菓子を頬張りながらわたしは会話を続けた。
「うん。防御魔法は長期休暇の前に習ったの。それで、休暇中に復習しておいて、だって!」
「なるほど。それで実技試験というのはどういうものなのですか?」
「火球が出る魔導具を使ってやるらしいよ。だけど、失敗してもわたしには再生能力があるから平気だよ!」
書類にペンで何かを書き込んでいた姉様は手を止める。
「リリン。あなたの能力について周りの教師や生徒が知っていると思いますか?」
「え?」
「では聞き方を変えます。あなたが実技試験でケガをした時、心配した聖女科の人間は何をすると思いますか?」
「それって……」
きっと先生やみんなはすぐに駆け寄ってくるだろう。それから治癒魔法をかけて……。
「あ!」
そうだ。治癒魔法をかけられたら死ぬかもしれないんだった!恐怖で血の気が一気に引いていくのを感じる。
「ど、どうしよう姉様! わたし死んじゃうかもしれないの!?」
「治癒魔法を受けないよう、防御魔法の訓練の必要がありますね……リリン。1時間後に訓練場へ来てください。私が何とかします」
「本当!?」
「ええ。もちろん」
姉様はティーカップに残っていた紅茶を一気に飲み干すと、椅子から立ち上がって部屋を出ていってしまった。
(あ、そういえば訓練場がどこにあるか聞かなかった)
「――ヴィオレッタ姉様。それ何……?」
「ゴーレムです。正確には投擲型ゴーレム7号機と言います」
一時間後、周りの兵士に道を聞いて、なんとか訓練場にたどり着いたわたしを待っていたのはヴィオレッタ姉様と……。
「ヘーゼル姉様はなんでここに?」
「えへへぇ……かわいいかわいいゴーレムちゃん7号を試運転してもいいと許可が出ましたので、来ちゃいました。それと、魔王軍本部ではヘーゼル主任と呼んでくださぁい」
ヘーゼル姉様はわたしの『姉』のうちの一人だ。寝癖が付いたままのくすんだ金髪に、ヨレヨレの白衣、目には大きなクマが出来ている。サキュバスは見た目を気にする者が多いのだが、ヘーゼル姉様は例外だ。
そして、魔王軍研究部の主任でもある。
「リリン。まずはあなたの防御魔法の実力を見ます。中央に立ってください」
わたしはヴィオレッタ姉様に言われた通りへと移動した。訓練場はかなり広く、足元には砂が敷かれている。きっとここは様々な訓練に使われているのだろう。
訓練場の真ん中には、大きなゴーレムが立っていた。わたしの倍くらいはありそうな身体に、やたらと太くて長い両腕。頭には目や鼻、口もなく、小さな魔石だけが光っている。
そして、その大きな手には――わたしの頭よりずっと大きな岩が握られていた。
「…………ヴィオレッタ姉様?」
「はい?」
「あのゴーレム、なんで岩持ってるの?」
「投擲型ですから」
当たり前のことでは? という顔をしてヴィオレッタ姉様は答える。
「岩なんて当たったら火球よりも大怪我しちゃうじゃないですか!」
「火球よりは大きい的ですし、これが避けられるということなら実技試験も問題ないと思われますよ」
「うう……」
これ以上言っても姉様に言いくるめられるだけだろう。こうなったら全力でやるしかない!
「では始めましょう」
ヴィオレッタ姉様が開始の合図をすると、ヘーゼル主任がゴーレムに魔力を込める。
動き出したゴーレムは腕を持ち上げ、わたしに向かって岩を投げつけた!
「わっ! 『防御魔法!』」
わたしは即座に身体全体を覆う結界を展開した。結界に当たって岩は粉々に砕け散る。
「た……助かった……」
どうやら、無事に身を守れたようだ。ホッと胸を撫で下ろす。呼吸を整えていると……。
「では次」
「え?」
ゴーレムの頭部にある魔石がキラリと光り、信じられない速さでこっちに向かって飛んでくる。
「いやあああああああ‼」
次の瞬間、身体を吹き飛ばすほどの衝撃がわたしを襲った。
「うう……当たったところが痛い……」
わたしは岩が直撃したお腹をさする。普通の人間なら死んでいたかもしれない。サキュバスでよかった。
「なぜ、2発目は防御魔法を展開しなかったのですか?」
壁まで飛ばされてしまったわたしにヴィオレッタ姉様が手を差し出す。わたしはその手を掴んでよろよろと立ち上がった。
「だってぇ……次も来るなんて思ってなかったし……1回目で魔力をたくさん使っちゃったからぁ……」
「実技試験ならここで治癒魔法を使われているのですよ。油断してはいけません。」
「うう……」
「えへへぇ……ゴーレムちゃん7号機は岩を連続で投げられるように改良していますからね! さすが私のゴーレムちゃん!」
ヘーゼル主任は気味の悪い笑い声を上げながら、ゴーレムに頬擦りをしている。ちょっとくらい妹の心配をしてくれてもいいのではないだろうか……。
「さあ、全て防げるまで続けますよ」
いつもなら優しく聞こえるヴィオレッタ姉様の声が、今だけは地獄への招き声のように聞こえた。
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