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帰宅と教科書とサキュバス

「ただいまー!」

 わたしは勢いよく玄関の扉を開ける。この台詞を言うのも久々だ。

「リリンちゃん!」

「わっ⁉」

 中に入った途端、誰かにぎゅっと抱きしめられた。

「おかえりなさい! 会いたかったわぁ~!」

「わ、わたしも……!」

「ずるい! 抜け駆けしないでよ!」

「私もリリンちゃんにおかえりって言いたい!」

「こういうのは順番でしょ!」

「そんな順番なんて聞いてない!」

「ほら、荷物くらい置かせてあげなさいよ」

 次から次へと姉様たちに囲まれて、頭を撫でられたり、頬を触られたり、抱きしめられたりする。

「リリンちゃん、少し瘦せた?」

「ちゃんとご飯食べてるの?」

「人間にいじめられてない?」

「大丈夫だよ! 学園のご飯も美味しいし、お友達もできたから!」

「まあ! お友達ができたの?」

「どんな子?」

「男の子? 女の子?」

 質問が一気に飛んできて、どれから答えればいいのかわからない。だけど、不思議と嫌じゃなかった。

 懐かしい声。懐かしい匂い。それから、ちょっと苦しいくらいの抱きしめ方。ずっとここで育ってきたわたしにとっては、これがいつもの日常だった。

「ただいま! 姉様!」

 そう言うと、みんなが嬉しそうに笑った。

「おかえりなさい。リリンちゃん」


 姉様たちが用意した夕食を食べ、お風呂に入る。濡れた髪を乾かしてもらいながら、わたしはルビー姉様に質問した。

「そういえば、ヴィオレッタ姉様は?」

「あの子は仕事が忙しいってなかなか帰ってこないのよ。今日はリリンちゃんが帰ってくる日だからそろそろ戻るとは思うんだけど……」

 そんな会話をしていると、ガチャリとドアが開いた。

「ただいま戻りました」

「おかえりなさい!」

 わたしはヴィオレッタ姉様に抱き着く。

「ありがとうございます。あなたもおかえりなさい」

「うん!」

 ヴィオレッタ姉様は優しくわたしの頭を撫でる。通信鏡で顔は定期的に見ていたけれど、実際にこうやって会うことができるのは本当に幸せだ。

「そうだ! みんなに見てもらいたいものがあるの!」


 わたしは荷物の中から魔物学の教科書を取り出した。

「人間の教科書?」

「うん! サキュバスについても書いてあるんだよ!」

 その一言で、近くにいた姉様たちが一斉に集まってくる。

「まあ、私たちのこと?」

「見たい見たい!」

「人間からどう思われているか……気になる」

 わたしは姉様たちに囲まれながら、目的のページを開いた。そこには大きな挿絵と一緒に『サキュバス』と書かれている。

「えっとね……『サキュバスは魅了の力によって人間の精神を支配し、自らの意のままに操る危険な魔族である』だって」

「精神を支配?」

「ずいぶんと物騒な書き方ねぇ~」

「でも、できなくはないのかしら?」

「できるからって、普段からやってるみたいに書かないでほしいわ!」

 早速姉様たちが言い争いを始めた。

「ヴィオレッタ姉様、これって間違ってるの?」

「完全な間違いではありません」

 ヴィオレッタ姉様は教科書を覗き込みながら答える。

「魅了を深くかければ、相手の判断に強い影響を与えることは可能です。しかし、ここに書かれているような『なんでも自由に操ることのできる便利な能力』ではありませんね」

「やっぱり!」

 授業を受けていた時から、ちょっとおかしいと思っていたのだ。姉様たちにも同意してもらえたのですっきりした。

「それに、魅了ばかり使っていたら疲れるもの」

「若い娘の姿に化けて、普通にお願いした方が早いわよねぇ」


 わたしは次に挿絵を指差す。

「見て! この絵! なんでサキュバスの絵だけこんなに薄着なの?」

「…………」

 今度はみんなの視線が自分たちの服へ向かった。

「さすがにその服は……ねえ?」

「そうよ。人間って私たちが普段からこんな服装だと思ってるのかしら?」

「あなたは仕事から帰ってくるとその辺に服を投げ捨てて下着姿のままでいるじゃない」

「いいじゃない! 家くらいはダラダラしたって! 外ではちゃんと服を着るんだから!」

 姉様たちは次々に教科書に文句をつける。

「大体! 見てよこの顔!」

「ぜんぜんかわいくない!」

「もっと美人に描いてほしいわよねぇ」

 ヴィオレッタ姉様だけは、そんな姉様たちを横目に教科書をじっと読んでいる。

「……なるほど」

「どうかしたの?」

「ええ。現代の人間が我々魔族をどのように認識しているのか、よくわかる資料です。後ほど少し借りても?」

「いいよ!」

「ちょっとヴィオレッタ! その前に他のページも見せて!」

「他の魔族はどんな風に書いてあるの?」

「えっとね……」

 気が付けば、わたしの教科書を中心に姉様たちがぎゅうぎゅうに集まっていた。人間の学園の教科書のはずだったのに。まさか姉様たちとこんなに楽しく読むことなるなんて思いもしなかった。

 結局この日は夜遅くまで、賑やかな姉様たちから囲まれることになったのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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