ワイバーンと空と冒険
「さあ、そろそろ着きますよ」
わたしはシスターのおばあさんと深い森を歩いている。まだ太陽が昇っていないので、暗い木々の間を進むのはランタンの明かり頼りだ。
「姉様。いくら魔王領に着くまでに時間がかかるっていっても、こんなに早くなくていいんじゃない?」
「今の私はあなたのお姉ちゃんではなく、シスターです。それに、子供たちが起きる前に孤児院へ戻らなくてはなりませんからね」
「そっかぁ。姉様……じゃなかった。シスターは仕事熱心で偉いね」
そう言うと、シスターは姉様の顔に戻って微笑んでくれた。
ようやく目的地にたどり着くと、大きな黒い影が見えた。
「あっ! ルルちゃん!」
「グルルルルル……」
ルルというのは灰のような色の鱗を持つワイバーンの名前だ。小型竜種のなかでも、魔族が品種改良を重ねて飼い慣らしたものをワイバーンと呼ぶ。
「待機、ご苦労様」
ジェイド姉様が懐から小さな干し肉を取り出して与えると、ルルは嬉しそうに唸り声を上げた。とっても人懐こくて、わたしが小さい頃から背に乗せてくれるかわいい子だ。
ルルの胸元のベルトに固定されたカゴへカバンを入れ、鞍に跨る。
「どうしてルルちゃんが来るって言ってくれなかったの?」
「その方が嬉しいでしょ?」
また1つ、ウインクをする姉様。
「魔王領に帰還するため、今回最も適しているのがワイバーンだと判断されたからです。これ以降は手段が変わるかもしれません。わかりましたね?」
「はーい!」
きっとヴィオレッタ姉様たちが安全に送り届ける方法をたくさん考えてくれたのだろう。最初に来た方法とは違っていたからびっくりしちゃった。
「それじゃ、行こっか」
わたしが首筋を軽く撫でると、ルルは返事をするように「グルル」と喉を鳴らした。大きな翼がゆっくりと左右に広がる。
次の瞬間――バサッ! と力強く羽ばたいた。
「わっ!」
巻き起こった風に、周りの草や木の葉が一斉に揺れる。もう一度、さらに強く翼が振り下ろされると、ふわりと身体が浮き上がった。
「ルル! リリンを無事に送り届けて!」
ジェイド姉様がわたしたちに向かって叫ぶと、それに応えるようにルルは大きく唸り声を上げた。
地面がみるみる遠ざかっていく。さっきまで目の前にあった木々が小さくなり、その向こうにはどこまでも続く森が見えた。
「わあ……!」
久しぶりに見る空からの景色。頬に当たる風が気持ちよくて、思わず笑顔になる。
ルルは身体を大きく旋回させ、森の上を抜けていく。ここからは王国を迂回するように飛ばなくてはならない。王都の真上なんかを通ってしまえば、魔術師たちに撃ち落されるかもしれないからだ。
目指すのは、ここからずっと先にある魔王領。最高の冒険の始まりだ――。
魔王領に着いたのは、もうじき日が沈みそうな時間だった。途中、何度かルルと休憩するために泉や山の上にある廃墟へ降り立った。そのため時間はかかってしまったが、仕方のないことだろう。
よく見慣れた街がなんだか嬉しくてたまらない。
わたしはとある建物の庭に降りるよう、ルルに指示を出す。翼をゆっくりと畳み、速度を落として静かに着地することができた。
ルルを竜小屋に繋ぎ、組んできた井戸の水を木桶に注ぐ。
「お疲れ様。乗せてくれてありがとう」
「グルル……」
今度は嬉しそうに唸る。ルルという名前はこの唸り声から付けられている。姉様のうちの誰かが付けたらしい。安直だとは思うが、見た目通りのかわいらしい名前なのでわたしは気に入っている。
わたしは数カ月ぶりに実家の扉をノックした。
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