バイコーンと交渉とさらなる疑惑
「――あなたの角、1本だけ折らせてくれない?」
「…………は?」
バイコーンはしばらく固まった後、勢いよくわたしから距離を取った。
「お前、いきなり何言ってやがる!」
「お願い! 1本だけだから!」
「1本『だけ』じゃねえ! 俺には2本しかねえんだぞ!」
「2本『も』あるなら1本くらいいいでしょ?」
なかなか納得してくれそうにない。困った。
「角が1本になったらユニコーンに見えると思うの!」
「見えるわけねえだろ!」
「でも似てるよ?」
「あんな若い小娘にしか興味のないようなバカと一緒にすんな!」
バイコーンは怒ったように地面を前脚で蹴る。
「そもそも精霊を連れてくるだけなら、角を折る必要なんかないだろ⁉」
「ダメ! バイコーンは悪しき心を好むって教科書に書いてあるんだよ⁉ 先生たちに怪しまれちゃう!」
「だからそれは間違いだと……」
「みんなは知らないんだもん!」
「…………」
バイコーンは何も言わなくなった。
「……もしかして角って折ったら痛い?」
「血が通ってるわけじゃねえから痛くはないな。それに、またすぐに生えてくる」
よかった。それなら角を折っても平気そうだ。
「……お前、だからって角くらいなら折っても平気だと思ってるんじゃないだろうな?」
どうやらバレていたようだ。精霊って相手の考えてることがわかるのかな?
「大体なァ! なんで俺が初対面のお前の言うことを聞かなきゃならないんだ! もう俺は行くからな!」
彼はぷい、と背を向けてしまう。
「そんなぁ! お願いだから!」
(どうしよう……このままじゃ……)
その時、わたしにとっておきのアイデアが頭に浮かんだ。
『胸と尻のでかい美人の姉ちゃんに会いたいから人間の国にいるってわけよ!』
「そ……そうだ! 折らせてくれたらサキュバスの姉様たちに会わせてあげる!」
バイコーンの耳がぴこん、とこちらを向いた。
「姉様たちはわたしと違って美人で、スタイルもよくて、それにとっても優しいの!」
「……話くらいなら聞いてやる」
やった! バイコーンが食いついてくれた。どうやら綺麗な女の人が好きなのは本当のようだ。
「そのサキュバスの姉ちゃんたちとお前に何の関係があるんだ? それに、本当に連れてきてくれるんだろうなァ?」
「大丈夫! わたしサキュバスだから!」
「お前……、魔族の匂いがするとは思ったがサキュバスだったのか……それにしては……」
何か言いたげだったが、慌てて言葉を遮る。
「わたしには35人の姉様たちがいるの!みんな綺麗で素敵な人たちだよ!」
バイコーンはずっと悩んでいる。もう一押しすればいけるかも!
「約束する! 誰か一人来てくれるように頼んでくるから!」
「わかった。わかったよ」
わたしが必死に頼んでいると、彼は頭を深く下げた。
「……?」
「角だろ? 持っていけ」
「いいの⁉」
「その代わり、丁寧に折れよ。根元からゆっくり力を入れろ」
わたしは角に両手を添える。パキン、と音を立てて角は簡単に折れた。
「そうとなれば、早く先生のところに行かなきゃ!」
わたしは今いる場所から引き返そうとする。
「おい! どこに行くつもりだ!」
「え?」
「先生とやらがいる場所はおそらく逆だ。聖魔法の嫌な臭いがする」
そういえば迷子何なんだった。危うく、さらに森の奥へ進んでしまうところだったようだ。
「聖魔法ってそんなに臭いの?」
「ああ。別に耐えられねえってわけでもないが、不快な感じがする」
きっとこれはバイコーンにしかわからない感覚なんだろう。私は普段そんなこと思ったこともないし。
「お前は本当にろくなことをしないな。俺が案内してやる。……背中には乗せないからな」
「うん! わたし、体は人間より少しだけ丈夫だから。まだまだ歩けるよ!」
わたしたち1人と1匹、なんとか森の危険な区域を抜けることに成功した、……のだが。
「――それで、あなたはユニコーンを連れてきたと言うのですね?」
「だから俺はユニコーンじゃ……」
わたしは慌ててバイコーンの口を塞ぐ。
「はい! たまたま出会えたので連れてきました!」
結局、わたしたちがスタート地点へ戻ってきたのは、4つ目の鐘が鳴るギリギリ前だった。
時間には間に合っているはずなのに、先生は何か言いたげな顔をする。
(もしかして……バイコーンってバレちゃった⁉)
「リリンさん……」
「はっ、はい!」
どうしよう。怒られちゃう⁉ 退学になんてならないよね?しかし、待っていた先生の言葉は、わたしの予想とは全く異なるものだった。
「素晴らしい!」
「え?」
「まさか、滅多に人に姿を見せることのないユニコーンを連れてくるなんて! あなたには聖女としての素質はあると思っていましたが、こんなにも……!」
どうやら、怒られるわけじゃなかったみたい。だけど、この反応は何か求めていたものとは違うような……。
「エレオノーラさんが契約して連れてきた火の精霊も、新入生にしてはとても素晴らしい成果です。しかし、それを上回る子がいるなんて!」
先生はぎゅっとわたしの手を握りしめる。
「あはは……そんなにすごいことでもないと思うんですけど……」
「しかも、契約もなしに連れてきたというではありませんか! 高位の精霊が交渉のみで人間の言うことを聞くとは!」
「俺は別に、言うことを聞いたつもりなんてないんだがなァ……」
バイコーンが反論するが、先生の耳には届かない。
「皆さん! リリンさんに拍手を!」
聖女科のみんなはパチパチと拍手を送ってくれた。ミアなんて誰よりも嬉しそうに手を叩いている。
(なんだかちょっと恥ずかしいかも……じゃなくて! わたしに聖女の才能なんかないのに勘違いされてる⁉ どうしたらいいの⁉)
あわあわとしながら周りを見ると、金髪が目に入ってくる。エレオノーラだ。彼女は口の端をぎゅっと結び、涙を浮かべながらこちらを睨みつけてきた。
(なんで⁉ わたしが何をしたっていうの⁉)
色々あったが、今日の授業はわたしが最優秀の評価を貰って終わることになった。後になって知ったことだが、何人かは精霊を見つけられなかったり、契約や交渉に失敗したらしい。
どうやら『精霊探し』に失敗しても、退学なんてことにはならないようだ。
(それにしても……これ、どうしよう)
ポケットに入ったままの角を見て、わたしはため息をつくのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
面白かった、続きが気になると思っていただけましたらブックマークや評価をいただけると、とても励みになります。
感想もお気軽にお寄せください。




