87.教団の変化
「ごきげんよう」
いつものようにクリスが俺たちのところに来た。俺がエントランスで過ごすことにより、彼らもエントランスに集まるようになって久しい。エントランスは過ごしやすいとは言えないが、ここにいるのが落ち着くようになってしまった。
「誰かキリオを見ましたか?」
「キリオですか? 今日はまだ会っていません。どうかしたのですか?」
そういえば、そろそろキリオが来てもおかしくない頃だ。昨日、ハーグリーヴ枢機卿を出迎えて以降、キリオの姿は見ていない。
「昨日、ハーグリーヴ枢機卿を出迎えてから、一度も部屋から出なかったようで」クリスが続ける。「様子を見に行ったのですが、先ほどは部屋にもいませんでした。リーヴと一緒にどこかへ行ってしまったようです」
どこかへ行ってしまったって? ハーグリーヴ枢機卿を出迎えてから一度も部屋から出なかった? なぜそんなことに? ハーグリーヴ枢機卿に何かを感じているのだろうか。特別な光属性の魔法使いとして、ハーグリーヴ枢機卿の神々しい空気に圧倒されているのだろうか。
「枢機卿に怯えているようでした」マーヤが言う。「あたしもお会いするのは初めてですが、そんな恐ろしいお方だとは思いませんでしたが……」
クリスとセオドア、ダンも頷く。彼らはもちろん、ハーグリーヴ枢機卿がハーグレイヴズ神だとは知らないが、ハーグリーヴ枢機卿は間違いなく俺たちの味方である。
「キリオは光属性の魔法使いだけど、平民」俺は言った。「枢機卿の圧に怯えているのかもしれないね」
ハーグリーヴ枢機卿は恐るべき者ではない。何せ、この国を加護するハーグレイヴズ神なのだから。もちろんキリオがそれを知る術はないが、国を加護する神として、誰かを怯えさせるようなことはしないはずだ。
「いつもここでお喋りしているの?」
ゆったりとした声が近付いて来た。噂をすればなんとやら。ハーグリーヴ枢機卿が俺たちのもとに歩み寄って来ていた。俺は立ち上がり、辞儀をする。他の四人も同じように頭を下げた。
「ハーグリーヴ枢機卿、ごきげんよう」
「そんなに畏まらないで。私はそんなに偉い人間ではないわ」
この国を守る神様がなんか言ってるよ。まあ、俺以外の人間にそれを知っている者はいないが。ハーグレイヴズ神は庭での俺の態度について苦言を呈したことはない。とは言え、彼らはハーグリーヴ枢機卿がハーグレイヴズ神だということは知れない。例えそうであったとしても、彼らが枢機卿に対して礼儀を欠くはずがないのだ。
セオドアが俺の隣の席をハーグリーヴ枢機卿に譲った。ハーグリーヴ枢機卿は遠慮して謝辞しようとしたが、枢機卿を立ったままでいさせるわけにはいかない、とセオドアが無理やりに座らせることになった。
「教団は随分と雰囲気が変わったわね。明るくなったようだわ」
ハーグリーヴ枢機卿はただ微笑んでいるだけでも、どこか神々しさを感じさせる。この雰囲気がキリオを怯えさせたのだろうか。ハーグレイヴズ神にそんなつもりがないのは当然のことなのだが、この神々しさがキリオは圧倒されているのだろう。
「そうですね。司祭たちも使徒たちも、教団のために力を尽くしてくれています」
おそらく、教団の雰囲気が変わったのは、俺が悪役神官の役割を捨てたからだろう。悪役神官フランは自分のことしか考えず、司祭や使徒たちに横柄な態度を取っていた。民のために戦地に赴くことなどあり得ないことで、司祭や使徒たちもフラン司祭長を恐れていたことだろう。いまでは俺と教団員たちの関係は悪くなく、気軽に挨拶できるような関係性を築けている。それが教団全体の雰囲気を変えたのかもしれないな。
「これもあなたの人柄の影響なのでしょうね」と、枢機卿。「あなたの周りは、こんなに賑やかなのだもの」
「それはどうでしょう。私は流れに身を委ねていただけなのですが」
これまで俺は、特に深く考えて行動していたわけではない。ただ俺が正しいと思うままに行動して来た。それが教団員たちに良い影響を与えたのなら、きっとそれは良いことなのだろう。




