86.教団の勢力
神殿には毎朝、国中の各所の新聞が届く。王都の新聞には、静養に行っていた枢機卿が教団に戻って来たことが書かれていた。枢機卿の経歴は謎に包まれている。ある日、突然に王国に現れ、教団を私設した。そういった内容が記されている。
人間界ではそういう扱いになるんだな。ということは、ハーグレイヴズ神が人間界に顕現するのは今回が初めてではないということか。最初に人間界に顕現したとき、ハーグリーヴ枢機卿として教団を私設した。それが謎の人物として扱われているのだ。
「ねえ、マーヤ。この国にとって教団はどういった立場だと思う?」
俺はそばに控えるマーヤに問いかけた。マーヤは少しだけ考えたあと、口を開く。
「敵にしたくない相手、といったところでしょうか。教団はハーグリーヴ枢機卿の私立の神殿。私立であるのに国に匹敵する勢力を持っています。間違えれば紛争になり兼ねません」
確かに、教団には数十人の司祭と、それより多い使徒がいる。それに加えて神殿騎士団がある。筆頭公爵家であるナタウェル公爵家より強大と言える。もし王宮が教団を敵に回せば、充分に対抗し得る勢力を持っているということだ。
「聖協会にとってはどう?」
「目の上のたん瘤、といったところですね。もし聖協会が教団に手を出せば、あっという間に潰されることでしょう」
国に匹敵する勢力を持つ教団。国立とは名ばかりの半端な光属性の魔法使いたちの集まりである聖協会。聖協会には、初めから教団と敵対しようがないのだ。
「フラン様が前任の司祭長様に拾われなければ、教団もいまほど大きくならなかったでしょう」
「聖協会は教団を敵視しているの?」
「敵視とまではいかないかもしれませんが、疎ましく思ってはいるでしょう」
前任の司祭長、フラン司祭長に関する黒い噂は聖協会が流している、とナターシャは言っていた。聖協会にとって、教団は憎らしい相手なのだろう。
「なぜ国立の聖協会より、私立の教団のほうが大きくなったのかな」
「それはハーグリーヴ枢機卿の存在と、ハーグレイヴズ神の加護があるためです」
どちらも同じ存在なのだが、ハーグリーヴ枢機卿はあくまで人間。ハーグレイヴズ神は神。人間界において、同一人物であると気付く者はいないはずだ。
「やはり、人間の中でも加護持ちの人間は特別なんだね」
「はい。ですから、聖属性や光属性の魔法使いたちは教団に来ました。教団に入ることのできなかった者が聖協会に行くのです。なんとも言えない話ですが」
「聖協会に興味があるのか?」
問いとともに、セオドアが歩み寄って来た。そういえば、セオドアは第二王子だ。国立の聖協会についてある程度のことは知っているのかもしれない。
「あそこはなんともつまらない場所だ」
「行ったことがあるのですか?」
「視察でな。嫌々だったがな」
一応、国立というだけあって、放置しておくわけにもいかないのだろう。税金の使い道として経営している、とナターシャは言っていた。視察とは名ばかりなのかもしれない。
「あそこは陰湿な空気が流れている。おそらく教団に対する敵意が溢れているんだろうな。樹立したのは聖協会が先だったが、教団の勢力はあっという間に大きくなったからな」
「なぜ枢機卿は聖協会に行かなかったのでしょうか」
「本人に訊いてみたらどうだ? せっかく戻って来たんだから」
それもそうだな。教団について最も詳しいのは、教団を創り上げたハーグリーヴ枢機卿だ。教団に関することはハーグリーヴ枢機卿から聞いたほうがいいだろう。
「枢機卿はいまはどうなさってる?」
「他の司祭たちの顔を見に行ってらっしゃいます」マーヤが答える。「お戻りになったのは数年ぶりですから。顔振りもだいぶ変わっているでしょう」
動機が不純とは言え、ハーグリーヴ枢機卿は教団の最上位の立場。俺だけに構っているわけにもいかないだろう。きっとハーグリーヴ枢機卿を知る司祭や使徒たちは、ハーグリーヴ枢機卿の帰還を喜んでいるはず。顔を見て回るのは大事なことだ。




